林芙美子随筆集 (岩波文庫 緑 169-1)

著者 :
制作 : 武藤 康史 
  • 岩波書店
3.94
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本棚登録 : 101
感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003116913

作品紹介・あらすじ

『放浪記』『晩菊』をはじめ数かずの作品を二十余年の作家生活のうちに残した林芙美子。「随筆をかいている時は、私の一番愉しいことを現わしている時間です。古里へ戻ったような気持ちです。」苦しみの中にも明るさを失わない、その潔さは今も人々をひきつける。

感想・レビュー・書評

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  •  林芙美子って本当に人生の旅人だったのだなと思う。林さんの目を通して、知らない土地や知っている土地でももはや過去の土地となってしまった場所を一緒に旅をしている気分になる。
     例えば京都。

     朝なので、駅の前はしっとりしていて気持ちが良かった。ホテルの旗を立てた人力車が何台も並んでいたりする。東京には人力車なんてなかったが、京都は人力車が随分多い所だ。
     縄手の西竹という小宿に行った。……
    荷車に花を積んだ花売りが通る、赤い鉢巻きをした黒い牛が通る。朝の往来はすがすがしかった。わたしの部屋は朝だというのに暗くて、天井の低い部屋だった。………
     障子を開けると、屋根の上に台がこしらえてあって、幾鉢か植木鉢が置いてある。白い花を持った躑躅や赤い桃、ぎんなんの木、紅葉、苔の厚く引いた植木鉢が薄日を浴びて青々としていた。庭が狭いので、屋根の上に植木鉢を置いて楽しむ気持ちを面白いと思った。如何にも京都の宿らしいと、私は屋根の上にある桃の木を両手にかかえ、机の上に置いて眺めた。……

     林さんの目線で書かれた当時の京都は、いかにも“京都観光者”としての目線ではなく、いち生活者、いち放浪者の延長線で見たものを捉え、その結果、私が現在の姿をよく知っている町の当時の姿がまるで外国か絵本の中の町のように可愛らしく描かれている。
     そう、林さんの旅は観光ではない。生活苦を伴う放浪だ。
     「放浪記」が世に出る前、お金が無くて、浴衣まで売り払い、水着姿で洗濯していたら、改造社の人が後ろに立っていて、雑誌「改造」に林氏の「九州炭鉱街放浪記」を載せてくれるという知らせを持ってきてくれた。これがヒット作「放浪記」のきっかけとなった。
    「放浪記」が売れ、印税が入るとすぐに支那経由でシベリア鉄道に乗り、パリ、ロンドンへ旅立ってしまった。すごいなと思う。私ならやっとこれで腰を落ち着けて、まずは家を建ててこれから本格的に作家生活を始める礎を築こうとするだろうけれど、そうしないのは、林さんが根っからの“放浪者”であり、その生き方を貫くのは本物の“文豪”だからだ。
     パリから帰る旅費がなくて、出版社の人に旅費を送ってもらって無事帰国した林さん。パリ帰りといってもお高くとまっていないのがいい。
     パリで食べた朝ごはんの話をして、米の朝ごはん、パンの朝ごはん、それぞれ何を載せて食べるのが美味いかという話を延々と書いている「朝御飯」。
     “洗いざらしの紺絣は人間を凛々しくみせます”という「着物雑考」。
     半紙を買ってきて、赤い色紙を表紙にして、木綿糸で綴じてつくった“覚え書き帳”に書き留めたとりとめもないことについて書かれた「古い覚帳について」。
     どれもこれも生活臭があっていい。
     個人的にとても興味を持ったのは、「我が装幀の記」。美しい本の装幀を見ることは好きだが、世にいう“豪華本”は好きではないという林さん。林さんの好きな本は“真っ白い紙”を使っていて、“芯にボール紙を入れない柔らかい表紙”で、“ルビや罫はあまり使っていなくて”、“ベタベタと絵が描かれていない”本だそうだ。昔の和綴じの木版本が柔らかくて便利だったと書いている。
    今は林さんの時代からかなり進歩し、ベタベタ豪華な印刷や丈夫な製本も出来、大量に発行出来るようになったが紙の本は売れなくなってしまった。“木版本”にまで戻ることは出来ないが、林さんの文章の中に紙の本の良さを見つめ直すヒントが隠されているように思う。
     

  • いろんな町を「ぽくぽく」歩く、芙美子さん。
    「ぽくぽく」と音を立てて歩いたことのなかった私は
    何か新鮮だった。
    淋しさや孤独を感じながら、なんとなく歩いていく雰囲気。

    「放浪記」が売れて、大金を手にした芙美子さんは
    実家にかなりの額のお金を送る。

    『「あッ!」と云う両親の声が東京まできこえて来たような気がした。』
    とある。

    この間岩波版「放浪記」を読み終えたばかりだったので
    私にもその声が聞こえたような気がした。

    途中に色々写真が入っていて、
    芙美子さんのお母さんも写っているのがある。

    この、優しそうな物静かそうな方があのお母さんかあ、と
    感慨深し、であった。

    幼い日木賃宿で一緒になった
    浪花節語りの雲花さんが印象深い。

    『美しいひとじゃなかったが、机を前にして、
    浴衣がけで語っている処はなかなか色気があって、
    子供心に大変好もしき姿だった。』

    離れても、芙美子さんと雲花さんは文通していた。

    その後あるとき、
    芙美子さん一家が居を四国の高松に移したあと、
    雲花さんが訪ねてくる。

    居候をさせてあげたが、
    雲花さんはじっとしてはおらず、
    裁縫したり、台所仕事をしたり、
    たまに浪花節語りでいくばくかのお金を集め、
    芙美子さんに小遣い銭をくれたりする。

    このように、
    私には困った時に親類とかではない友達を頼りに訪ねて行って、
    その友達側も、親身になる、
    と言う関係性が物語の中では目にするけれど、
    実際、本当にあるんだなあ、と実感し、憧れた。

    芙美子さんの文章は、
    ああ言った。こうした。そう思った。などなど
    なんとなくたどたどしいというか、一瞬拙さを感じるのだけど、
    実はそんなことはなく、
    じーっと心静かに読み進むと、
    非常に写実的な描写であり、
    風景や感情がそのまま甦ってくる、
    と言うことがわかる。

  •  3冊目。次は何を読もうかと迷ったが、著者のことをもっと知りたいという思いもあり、随筆集を手に取った。
     13歳の女学校の時、鈴木三重吉の「瓦」を読んでいるのを当時の校長に「此様な社会の暗黒街を知るような本を読んではいけない」と咎められた…
    この随筆集に散りばめられた、歯に衣着せぬ当時としては斬新な言動の数々(編集者、出版のあり方から、子どもには付録つきの雑誌を与えるのではなく子ども用の岩波文庫のようなものを読ませたい…など)の出発点はすでに女学校の頃から磨かれてきたものなのだということを知ることができ、彼女の生き方に改めて感銘を受けた。
     余談ですが、先日、佐伯祐三氏の作品展を見る機会があり、彼の作品にアトリエのあった「下落合の風景」そして「パリの下町の風景」をモチーフにした絵をたくさん見ることができた。林芙美子氏の生活範囲、行動範囲と重なる部分が多く、不思議な縁を感じるとともに楽しむことができ、ラッキーだった。

  • ユーモアのある人だな

  • 素朴さを好んだ人。清廉とした文章にハッとさせられながら、どこかユーモアある言葉にときどきくすっと、しながら楽しく読了。
    気取らない文章に、胸がすく。

    • とりっぴーさん
      素朴さを好んだ人。
      清廉とした文章にハッと、ユーモアあふれる言葉にクスクスしながら、楽しく読了。
      217頁のらんちょうと遊ぶ、の写真が好き。...
      素朴さを好んだ人。
      清廉とした文章にハッと、ユーモアあふれる言葉にクスクスしながら、楽しく読了。
      217頁のらんちょうと遊ぶ、の写真が好き。池に手を入れて、チャーミング。
      ::::::::::::::::
      ○教養の文学と云うものにも嫌厭を感じる。素朴心のない芸術にはいまのところ目も向かわない。
      ○バタを使うことは日本の醤油の如くです。バタをけちけちしてる食卓はあまり好きではありません。
      ○俳句というのは生きのいい魚のようなもので、文字がぴちぴちしてなくては心を打って来ない。
      ○八月と云っても秋はもうすぐ隣だ。
      2019/02/03
  • クスッと笑える表現、描写
    「ぽくぽく歩く」「ばさばさと飯を食べる」
    「あはあは笑う」


    なるほどーと納得してしまう表現
    「結婚しているひとたちの恋愛には交通巡査がいる」「ほろ酔いの人生」


    また読みたい

  • BSフジ「原宿ブックカフェ」のコーナー“文壇レシピ”で登場。
    http://nestle.jp/entertain/cafe/


    本の中に登場するあの美味しそうな一品を
    実際に再現してみよう!というこのコーナー。

    第一回目に紹介されたのは、林芙美子の随筆「朝御飯」に登場する
    トマトとピーナツバタのサンドイッチ。


    トマトをパンに挟む時は、
    パンの内側にピーナツバタを塗って召し上がれ。
    美味きこと天上に登る心地。




    原宿ブックカフェ公式サイト
    http://www.bsfuji.tv/hjbookcafe/index.html
    http://nestle.jp/entertain/bookcafe/teaser.php

  • 清廉とした文章に気持ちがスッとなる。

    電話がないから、会いたい人の元へアポをとらずに直接訪れる時代もいいなぁと思ったり。

  • 『放浪記』で有名な林芙美子の随筆集です。『放浪記』出版後一躍有名となり、次々と小説を出して忙しいさなかだった昭和10年前後のエピソードが集められています。(文末の解説より)

    まださわりしか読んでいませんが、日々の何気ない出来事や物思いをつづる表現が新鮮で、ドキドキします。

    「いい作品と云うものは一度読めば恋よりも憶い出が苦しい。」

    上は、才能がありながら病気のために遠くの故郷へ帰ってしまった
    小説家の友人を、林芙美子が思い返すくだりの一節。

    ドキリ、としませんか?

    こんなはっとするような言葉がちりばめられていて、
    今は宝探しをするように少しずつ読み進めています。

  • 「なににこがれて書くうたぞ」

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著者プロフィール

1903(明治36)年生まれ、1951(昭和26)年6月28日没。
詩集『蒼馬を見たり』(南宋書院、1929年)、『放浪記』『続放浪記』(改造社、1930年)など、生前の単行本170冊。

「2021年 『新選 林芙美子童話集 第3巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

林芙美子の作品

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