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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784003117910
みんなの感想まとめ
詩の美しさと深さが感じられる作品で、リルケの詩が日本に初めて紹介された歴史的な意義を持つ一冊です。訳者の芽野蕭々は、古い仮名遣いを用いながらも、リルケの思いを丁寧に伝えています。詩の中には、自然の描写...
感想・レビュー・書評
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リルケの詩集ですね。
訳は、芽野蕭々さん(1883~1946、大阪生まれ)ドイツ文学者、歌人。
1927年(昭和二年)に、日本で初めてリルケの詩集を発刊された作品の岩波文庫判復刊です。
リルケが1926年に没した翌年になります。
「冬の朝」
滝は凍りついた。
鳥は池の直ぐ側にうづくまる。
私の美しい子は耳を赤くして、
何か悪戯を考へてゐる。
太陽が私たちに接吻する。
夢みごこちな響が木の枝の中を
軟音(モル)で泳ぐ。
私たちは進んでゆく。毛孔は皆
強い朝の芳香に充たされて。
「ものおぢ」
うら枯れた森に鳥の声が一人。
それはその枯れた森では無意味に見える。
その円い鳥の声は、
それを作った瞬間の中に
大空のやうに広く枯れた森の上に休む。
万物は軟らかいこの叫びの中に入り、
全地は総べて音なくその中に横はるやうに見える。
大風もその中へたわみ入るやうだ。
さうして歩み続けようとする分(ミニッツ)は、
何人もそれで死ななくてはならない
物を知ってるやうに、蒼ざめて、静に、
その叫びから踏み出した。
「詩人」
時間よ、お前は私から遠ざかる。
お前の翼搏(はばたき)は私を傷つける。
しかし、私の口を、私の夜を、
私の日をどうしよう。
私は持たない、恋人を、
家を、その上に立つ処を、
私が自己を与へる万物は
富むでまた私を出し与へる。
約百年前の訳ではあるが、岩波文庫の2008年判のこの本は、漢字以外はそのまま用いています。
素朴で馴染みやすい、旧仮名遣いがリルケの時代の面影を感じさせてくれますね(=゚ω゚=)
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岩波文庫でこんなにかわいい表紙なんて初めて見ました。表紙だけでもずっと手元に置いておきたくなる一冊。芽野さんが訳した本書によって、初めてリルケは日本人に紹介されたそうです。訳は古くて少し読みにくいところもありますが、リルケの見ていたもの、信じたものが伝わってきました。でもそれ以上に、なんとしても美しいリルケの詩を日本に紹介したいという著者の熱い思いが、ヒシヒシと伝わってきます。
「夕ぐれは私の書物」と「私は人間の言葉を恐れる」という詩が好きです。この詩を読んで、私たちの見ている世界って大きな鏡なのかなと思いました。幸せな時には世界は輝いて見えるけど、苦しみの中にある時は残酷に映る。自分の中にいる神様の声に耳を傾けていたリルケは、神様レンズで世界を見ていたのかも知れません。世界の美しさも人間の哀しさも見えすぎたのだと思います。言葉にするのが難しいのは、神様は人智、言葉を超えたものだからです。真理はどうしても世の中に現れようとすると言いますが、リルケは自分が掴んだ真実をどうしても書かずにいられなかったのだと思いました。詩人って本当にすごいですね。 -
リルケを初めて日本で訳した本、ということらしいので多少旧文語というか、云い回しが難しく感じる。
でも新潮文庫の方と比べると個人的にはこちらの方が好みかな。
茅野蕭々の作品
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