堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

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  • 岩波書店
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レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (405ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003118214

作品紹介・あらすじ

1946(昭和21)年4月に発表された「堕落論」によって、坂口安吾(1906‐1955)は一躍時代の寵児となった。作家として生き抜く覚悟を決めた日から、安吾は内なるとの壮絶な戦いに明け暮れた。他者などではない。このこそが一切の基準だ。安吾の視線は、物事の本質にグサリと突き刺さる。

感想・レビュー・書評

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  • 2016.1.31
    これまたすごい本に出会った。坂口安吾恐るべし。本著は著者のエッセイ集だが、文学論や芸術論もとより、人生論、人間如何に生きるべきかがここには書かれている。人間、私、これはもうどうやっても他者と交換不可能なものであり、人間みな各々、己を生きている。ではあとか如何に、より己を生きるかである。基準は一切、自己にある。人の人生なんて生きない、人の価値観なんて生きない、ただ己であること、その唯一絶対基準により生きる道を探る。そしてまた己とは人間である。人間とは何か。人間とは欲望存在であり、下手な社会通念や道徳によって覆って誤魔化すのではなく、虚偽にまみれることなく、欲望を直視して生きよという。虚偽にまみれた人生の成れの果て、死という絶対を前にしたその薄っぺらさと後悔は、トルストイのイワン・イリッチの死に描かれている。人間として、虚偽なく、道徳なんて嘘で隠すことなく、人間らしく生きるには堕落が必要だ、人間よ堕落しろ、これが堕落論である。ただひたすら自己に還元し、自分を見つめ、自我に嘘をつかず、正直に、己らしく、人間らしく生きようとした。このような価値観は、私も常日頃考えていることで、非常に参考になったというか、感動した。私なんてまだ嘘まみれな人間だけど、過去にこんな、この茨の道を生きた人がいたのかと思うと、感動する。芸術とは生きることだと岡本太郎さんも言ってたっけ?まさに、芸術家とは何よりも、自己と向き合い、そこから人間を洞察しなければならない。しかし、改めて考える。自己に忠実に生きることが本当に、よく生きると言えるのか。生きることは欲望だ、ならばよく欲望を満たせば、よく生きてると言える、のかもしれない。そして欲望とはまさに私に宿るもの、私の欲望というオリジナルなものである。私の死とあなたと死が全然別のものであるように、私の欲望存在としてのあり方と、あなたのそれもまた違う。己を、人間を生きるとはつまり、他の誰とも変えようのないオリジナルとしての私固有の、欲望存在というあり方を、直視し、誤魔化さず、生きろ、ということだろうか。でも欲望に従えるほど、やろうと思って堕落できるようなものでもない。だって怖い。堕落することも怖い。欲望に忠実にというが、自己を顧みればみるほど欲望はまるで闇鍋みたいにいろんなものがごった返して存在しているものであって、その中には1つに従えば他を捨てる結果になるものもある。欲望に忠実?どの欲望に忠実になれというのだ。従うべき主人が100人いて誰に忠実になればいいのかわからないのと同じだ。自己を自覚し自己を内省すればするほど、何もできない。右に行けば嘘になり、左に行けば嘘になる。結果身動きはとれない。ずっと引き裂かれ、ずっと葛藤。苦しい。もうこんなの嫌だと思う。嘘でもいいからぬるい幸福にすがる。厚顔無恥な道徳を得ようと自己啓発本を読む。でも結局、それもできない。嘘を退け続ける強さもなければ、嘘をつき続ける強さもない。これは私の話だが、これも1つ、人のあり方ではないだろうか。堕落すらできない。人は永遠に満足できず、引き裂かれ続け、苦しみ続ける。これが私なりの、正直な生き方という問いの答えである。救いはない、かな?いや、そんなことはない。この苦しみに嘘はなく、故に己を生きているという実感、その上でたまに手に入る幸福、それを本当にありがたいと思える。また宮本武蔵や勝海舟の親父さんの話も面白かった。人事を尽くして天命を待つ、というか。世界は時に私がいかに生きようと全く関係なく私に幸も不幸も与える。それは天命、変えようのないことだ。しかしならば人事をしてどこまで尽くせるか、これこそ人間の分限であり、ここに生きることの課題がある。この本に書かれていた人生論は、大きく私の今後の指針となるだろう。また読み返したいと思う一冊。下手な自己啓発より、哲学書より、芸術家の書いた人間論や人生論が、私を強く耕してくれるなと思った。生きねば、生きねばならない。その現実、その苦しみと向き合い昇華したものこそが美しい。必要は発明の母という。真善美も、笑も、すべてそうではないか。それ自体として目指すものではない。生きることと向き合うことで、必要を見出さねばならない。必要を見出した人間こそが、真善美も得られるのではないか。

  • 不良少年とキリスト

    太宰の死に際しての一文。
    「新聞記者のカンチガイが本当であったら、大いに、よかった。一年間ぐらい太宰を隠しておいて、ヒョイと生きかえらせたら、新聞記者や世の良識ある人々はカンカンと怒るか知れないが、たまにはそんなことが有っても、いゝではないか。本当の自殺よりも、狂言自殺をたくらむだけのイタズラができたら、太宰の文学はもっと傑れたものになったろうと私は思っている。」
    なんと愛に溢れる追悼の句であろう!

    「不良少年とキリスト」(坂口安吾著)
    Day165


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  • ・大人になって、人に笑われずに人を笑うことが君をそんなに偉くするだろうか?
    →笑われないようにすることは、そんなに大事にすることではない。

    ・芸術は、描かれたものの他に別の実物があってはならない。芸術は創造だから。

  • 1946(昭和21)年4月に発表された「堕落論」によって、坂口安吾(1906‐1955)は一躍時代の寵児となった。作家として生き抜く覚悟を決めた日から、安吾は内なる〈自己〉との壮絶な戦いに明け暮れた。他者などではない。この〈自己〉こそが一切の基準だ。安吾の視線は、物事の本質にグサリと突き刺さる。(e-honより)

  • 日本人の変わり身のはやさを知ることができる。
    文体的に自分のに合わない。なぜ、この本を読もうと思ったのだろうか。。。

  • 堕ちるのが怖いから社会制度はあるんだ、
    こういうのを携えてるから僕はオッサンらしいが、絶対面白いって

  • 思想・評論❨というよりエッセイ❩が沢山収録されている。文化とか恋愛とか色々述べるが、時々いや度々難しい言葉とか表現とか使っていて読んでて辛いが、根っこの部分は同じことを言っているように思う。耐えることをしないで乗り越えるにはどうしたらよいかという思想があるからこそ、人間の進歩があるのだという部分は大賛成。
    しかしだが、著者のハッキリとした物言いには少々冷や冷や、そんなハッキリと対象の名前を出してバッサリ酷評してよいのか、と思いながら読むも、読み進めていくとこれは自戒の意味を込めてのことだと述べている章にたどり着く。そんな皮肉分かるかいな。文章だけで書き伝えられてないじゃないか。ベンメイが必要なのではないか。

  • 2月の読書会課題本。エッセーというより文芸批評のような文章が多い。表題作はどちらも個人的にはほとんど肌の合わない内容で、終始違和感を覚えた。また表題作とは直接関係ないが、著者自身と考えの合わない作家たちを「ボンクラ」などの下品な言葉で罵倒していることが多く、それらにはかなり不快な印象を残した。

  • 甘ったるい偽善的な装飾を嫌い、徹底してものごとの奥底に光る「ホンモノ」を見つけ出そうとした文豪:坂口安吾。その格闘の軌跡。

  • 途切れ途切れで読んだから感想書きにくいけど読みやすかったです。目次も読まずに借りたから「不良少年とキリスト」が入っていてラッキーだと思った。
    「不良少年とキリスト」は、太宰治って思ったより「人間失格」そのものの性格してたんだな…って感じ。もっというと人間失格の幼年期がそのまま大きくなったような。


    成増図書館 岩波文庫

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著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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