桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 133
  • Amazon.co.jp ・本 (401ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003118221

作品紹介・あらすじ

桜の森の満開の下は怖ろしい。妖しいばかりに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり、冷たい虚空がはりつめているばかり-。女性とは何者か。肉体と魂。男と女。安吾にとってそれを問い続けることは自分を凝視することに他ならなかった。淫蕩、可憐、遊び、退屈、…。すべてはただ「悲しみ」へと収斂していく。

感想・レビュー・書評

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  • 桜の森の満開の下;1947年(昭和22年)。
    満開の桜が恐ろしいのは美しすぎるせいではあるまい。美を所有せんとする執着が怖いのだ。代償を厭わなくなる狂気が怖いのだ。結局は、人の心が怖いのだ。麻薬のような女と出会った男の運命は…。addictiveでtoxicな男と女の関係を説話の形を借りて描いた短編。

  • 文庫は、ナンセンス文学である「風博士」から始まる。
    どこかドグラ・マグラ的な匂いを感じなくもない。
    幾度も同じ単語を並べ立て、強調に強調を重ねた「僕」の語り口に、だから何なの?と言いたくなる。
    演説のような「僕」の熱弁ぶりと反比例して、読者は段々とバカバカしい思いに捕らわれていく。
    それでも何か意味があるに違いないと私達はページを繰る。
    しかし坂口安吾は、深読みしたがる読者を煙に巻くのだ。

    さて、読みたかった「桜の森の満開の下」。
    昔話のような語り方で、美しい桜の木のもと、人の業が描かれていた。

    青空のもと見上げる満開の桜は春の喜びを感じるのに、
    ハラハラと散る桜は儚げで美しいのに、
    月明かりに照されて闇夜に滲む桜は、何故妖しさを纏うのだろう。
    美しく小さきものは可愛らしいのに、何故満開の大木は恐ろしいのだろう。

    あの花の下でゴウゴウという風の音を聞いた時、花びらが散るように魂が衰えてゆくと感じた時から、山賊は自分の中の「恐怖」を実感する。
    美しくも残忍な、あの女は何者だったのか。

    山賊は女との出会いを切っ掛けに、女が着飾る「美」を知ってゆく。
    人其々の「価値観」も知っていったのかもしれない。
    そうして山賊は、「知」が増すことで逆に「知らない」ことへの羞恥と不安も湧いてくる。

    物語は、美しすぎるものには恐怖すら感じてしまうという人間の不思議な感覚を、
    桜の妖艶な美しさを効果的に使いながら展開していた。
    「知」を得たからこその「未知への恐怖」
    物では満たされぬ「欲求」
    それ故に「狂気」にも陥りかねない「際限のない欲求」と「退屈」
    それらに飲み込まれ自分を見失ってしまった者に訪れる「孤独」と「空虚」
    失って気付く「悲しみ」

    山賊は、もはや自分自身が「孤独そのもの」であることを知り、自分の胸に生まれた「悲しみにさえ温かさを感じる」のだ。
    そして消えてゆく。
    全ては桜の花が魅せた幻影だったのか。
    それは桜の花だけが預かり知るところ。
    残るはハラハラと散る桜と、冷たい空虚のみだ。
    しかし読者は、その恐ろしいラストシーンにさえ美しさを感じてしまう。
    何度も読み返したい、坂口安吾の傑作だ。

    他に収められている物語も「女性」を絡めつつ「欲求」や「エゴ」を描いている。
    表現方法は実に巧みで、読み返すほどに味わいの増す1冊。

  • 坂口安吾と言えば堕落論の批評家、としか頭になかったので表題作のようなこんなぶっとんだサイコグロファンタジーを読んで驚いた。
    女と男の出会い、そこから始まる悪夢のような現実感の無い惨劇。
    白痴もそうだが、現在のいわゆるポリコレ的な遠慮忖度などまるでない表現の羅列がいっそ気持ち良い。

  • 全14編のうち既読6編、今回初めて読んだのが8編。
    「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」「アンゴウ」の3編(いずれも既読)が
    入った1冊はないかと探したら、この本が見つかったので購入。
    テーマは戦争と恋愛に傾いている印象。
    もっとも、執筆・発表年代を考えたら戦争が取り扱われているのは当然だし、
    明日にも焼け出されるかもしれないといった危機感の中で男女が愛欲に溺れる、
    というのも、まあそうか、そういうものかな――と、呟きながら、
    バタイユ『青空』を思い浮かべたが、ともかくも、
    極限状況の中で男より女の方が肝が据わっているというのは、
    リアリティがあって頷ける(笑)

    久しぶりで特に楽しみにしていたのが推理掌編「アンゴウ」。
    タイトルは暗号、暗合、そして作者の名「安吾」のトリプル・ミーニング。
    主人公の疑問・疑惑が氷解した瞬間、こちらの涙腺も緩んでジーンと来てしまう。
    青空文庫にも入っている、ごく短い小説で、未読の方にもお勧めしやすい佳品。

  • 安吾の作品について何か書こうとすると、いつも自制が効かなくなりそうで、怖くなる。
    なので、これも感想を書かないことにする。



    ……というのも淋しいので、「青鬼の褌を洗う女」だけ。
    私がこの話を読んだのは随分前のことで、その時の感想は正直言って「ヨクワカラナイ?」であった。
    しかし、今回このお話を読んで、私はこのヒロインを骨の髄まで抱きしめたくなった。彼女のことが、とても可愛くて、しょうがなくなったのである。

    彼女は言う。すべてが、なんて退屈だろう、と。しかし、なぜ、こんなに、なつかしいのだろう、と。

    淋しさを嫌って孤独を抱きしめ、理屈を嫌って退屈に媚びる。どうして彼女のそんな生き方を、愛しいと思うのだろうか? 私は彼女の生き方に、どこかで憧れているのだろうか? それとも、私のどこかほんの一部、握りしめればつぶれそうなほんの僅かな部分が、そうやって生きてきたのだろうか? 

    まさか!

  • *青空文庫
    「桜の森の満開の下」
    男女の関係ってなんでもありだなってのと、桜の描写の美しさが秀逸。
    これも美と狂気の抱き合わせだな、この組み合わせの相乗効果は間違いない。

  • 江戸時代より前は、満開の桜は美しい物ではなく、恐ろしいと考えられていたという

    今でこそ「儚さ」というものは美を感じる事が出来るが、大昔は今より遥かに「死」というものが身近であったであろう

    「儚さ」は「死」を想起し恐ろしさを感じたのではないだろうか

  • 私は作品を読むときに「どう死なすか」を重点的に見ているのだが,その視点からすると,坂口安吾の作品は随分と手ぬるいものだ。とはいえ無意味に死なす近年の感動を求める風潮?に比べればはるかにマシ。現代において,坂口安吾の示す姿勢は参考になるだろう。

    以下主要作品についての感想。

    「白痴」

    戦火と微睡みが両立する世界観に単純に惹かれた。理知に対するカウンターとしての白痴の女が終始まとわりつく,感情は古い。p94「その戦争の破壊の巨大な愛情が,すべてを裁いてくれるだろう」しかし,いつだって破滅的願望は叶わないものだ。

    「戦争と一人の女」

    p163「女は戦争が好きであった。〜爆撃という人々の更に呪う一点に於いて,女は大いに戦争を愛していたのである」一種の破滅的願望なのだろうが,やはり成就しない。アンバランスが女の構成要素だとするのなら,先の長いだけの平和には何の意味も見出せなくなる。死を間近に控えた生命は眩い。そこに肯定も否定もなく,ただ孤高であるばかり。

    「桜の森の満開の下」

    「夜長姫と耳男」

    共通して古風ファンタジー?なのでまとめて感想を。何も美しいというのは感動だけではない。畏怖だ。内面で昇華しきれない情動による畏怖である。しかし,それは女の像を更に曖昧にしてしまう。おそらく元とする古典作品があるのだろうが,坂口安吾のそれは遥かに内面的で,当時代の精神分析を思わせるようだ。なお,背景を抜きにして,安易に幻想とか狂気とか言う風潮はいかがなものかと……

  • 様々な「女」をめぐる物語。

    「恋をしに行く」は、純粋ながら人間らしい、この話自体に恋をしてしまうようだった。
    「続戦争と一人の女」は、女の孤独と愛情に共感さえ覚えてしまうほど、胸が苦しく愛を感じた。
    「傲慢な眼」は、不器用さと甘酸っぱさがとても愛くるしい。
    「アンゴウ」は、どんでん返しの結末に、胸が熱くならずにはいられなかった。

    私はこの4つの物語に特に惹かれたが、きっと女性のタイプと同じように、好みは分かれるであろう。

    「女とは?」という問いかけにも似た、多面性を見せる「女」たち。
    皆それぞれ魅力があり、とても引き込まれる短編小説集でした。

  • 「恋をしに行く」を読んだあと、
    何とも言えない放心状態に陥った。

    世界観?雰囲気?
    そういう抽象的な表現しか思いつけないのだけど、
    凄く自分にぴったりときた素敵な作品でした。

    もちろん表題作も素晴らしい。
    ぜんぶおすすめ。

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著者プロフィール

1906年10月20日ー1955年2月17日

「2023年 『「新しい戦前」の時代、やっぱり安吾でしょ 坂口安吾傑作選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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