桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2008年10月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784003118221

みんなの感想まとめ

美しさと恐怖が交錯する物語が展開され、満開の桜の下で人間の欲求や孤独が描かれています。桜の妖艶な美しさは、読者に儚さや執着、狂気を感じさせ、登場人物たちが直面する感情の深さを浮き彫りにします。特に、山...

感想・レビュー・書評

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  • 文庫は、ナンセンス文学である「風博士」から始まる。
    どこかドグラ・マグラ的な匂いを感じなくもない。
    幾度も同じ単語を並べ立て、強調に強調を重ねた「僕」の語り口に、だから何なの?と言いたくなる。
    演説のような「僕」の熱弁ぶりと反比例して、読者は段々とバカバカしい思いに捕らわれていく。
    それでも何か意味があるに違いないと私達はページを繰る。
    しかし坂口安吾は、深読みしたがる読者を煙に巻くのだ。

    さて、読みたかった「桜の森の満開の下」。
    昔話のような語り方で、美しい桜の木のもと、人の業が描かれていた。

    青空のもと見上げる満開の桜は春の喜びを感じるのに、
    ハラハラと散る桜は儚げで美しいのに、
    月明かりに照されて闇夜に滲む桜は、何故妖しさを纏うのだろう。
    美しく小さきものは可愛らしいのに、何故満開の大木は恐ろしいのだろう。

    あの花の下でゴウゴウという風の音を聞いた時、花びらが散るように魂が衰えてゆくと感じた時から、山賊は自分の中の「恐怖」を実感する。
    美しくも残忍な、あの女は何者だったのか。

    山賊は女との出会いを切っ掛けに、女が着飾る「美」を知ってゆく。
    人其々の「価値観」も知っていったのかもしれない。
    そうして山賊は、「知」が増すことで逆に「知らない」ことへの羞恥と不安も湧いてくる。

    物語は、美しすぎるものには恐怖すら感じてしまうという人間の不思議な感覚を、
    桜の妖艶な美しさを効果的に使いながら展開していた。
    「知」を得たからこその「未知への恐怖」
    物では満たされぬ「欲求」
    それ故に「狂気」にも陥りかねない「際限のない欲求」と「退屈」
    それらに飲み込まれ自分を見失ってしまった者に訪れる「孤独」と「空虚」
    失って気付く「悲しみ」

    山賊は、もはや自分自身が「孤独そのもの」であることを知り、自分の胸に生まれた「悲しみにさえ温かさを感じる」のだ。
    そして消えてゆく。
    全ては桜の花が魅せた幻影だったのか。
    それは桜の花だけが預かり知るところ。
    残るはハラハラと散る桜と、冷たい空虚のみだ。
    しかし読者は、その恐ろしいラストシーンにさえ美しさを感じてしまう。
    何度も読み返したい、坂口安吾の傑作だ。

    他に収められている物語も「女性」を絡めつつ「欲求」や「エゴ」を描いている。
    表現方法は実に巧みで、読み返すほどに味わいの増す1冊。

  • 桜の森の満開の下;1947年(昭和22年)。
    満開の桜が恐ろしいのは美しすぎるせいではあるまい。美を所有せんとする執着が怖いのだ。代償を厭わなくなる狂気が怖いのだ。結局は、人の心が怖いのだ。麻薬のような女と出会った男の運命は…。addictiveでtoxicな男と女の関係を説話の形を借りて描いた短編。

  • 女は空で男は鳥だったその表現が綺麗でした
    男は女にとって綺麗で記憶からも話せないそんな存在
    それを桜で例えててると解釈しました。桜と散る男を見ると彼はもう恐るものはないと思いました

  • 桜の森の満開の下、白痴のみ読了。

    森見登美彦さん版の桜の森の満開の下を読んでおもしろかったので、本物を読んでみたくて手に取った。
    山賊は女と出会わなければ、何も考えず平穏な日々を送っていただろうな〜。
    女と出会ってしまったばかりに孤独や悲しみを知ってしまった。
    しかし、それを知ったことでこれから先他の人と深く関わり合えるのかもしれないからどちらがいいともいえないな。

    確かに桜の花はきれいさや儚さや執着など人の心を惑わすものがある。
    この話を読んだあとに満開の桜を見ると恐怖を感じそうだな。

  • 全14編のうち既読6編、今回初めて読んだのが8編。
    「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」「アンゴウ」の3編(いずれも既読)が
    入った1冊はないかと探したら、この本が見つかったので購入。
    テーマは戦争と恋愛に傾いている印象。
    もっとも、執筆・発表年代を考えたら戦争が取り扱われているのは当然だし、
    明日にも焼け出されるかもしれないといった危機感の中で男女が愛欲に溺れる、
    というのも、まあそうか、そういうものかな――と、呟きながら、
    バタイユ『青空』を思い浮かべたが、ともかくも、
    極限状況の中で男より女の方が肝が据わっているというのは、
    リアリティがあって頷ける(笑)

    久しぶりで特に楽しみにしていたのが推理掌編「アンゴウ」。
    タイトルは暗号、暗合、そして作者の名「安吾」のトリプル・ミーニング。
    主人公の疑問・疑惑が氷解した瞬間、こちらの涙腺も緩んでジーンと来てしまう。
    青空文庫にも入っている、ごく短い小説で、未読の方にもお勧めしやすい佳品。

  • 安吾の作品について何か書こうとすると、いつも自制が効かなくなりそうで、怖くなる。
    なので、これも感想を書かないことにする。



    ……というのも淋しいので、「青鬼の褌を洗う女」だけ。
    私がこの話を読んだのは随分前のことで、その時の感想は正直言って「ヨクワカラナイ?」であった。
    しかし、今回このお話を読んで、私はこのヒロインを骨の髄まで抱きしめたくなった。彼女のことが、とても可愛くて、しょうがなくなったのである。

    彼女は言う。すべてが、なんて退屈だろう、と。しかし、なぜ、こんなに、なつかしいのだろう、と。

    淋しさを嫌って孤独を抱きしめ、理屈を嫌って退屈に媚びる。どうして彼女のそんな生き方を、愛しいと思うのだろうか? 私は彼女の生き方に、どこかで憧れているのだろうか? それとも、私のどこかほんの一部、握りしめればつぶれそうなほんの僅かな部分が、そうやって生きてきたのだろうか? 

    まさか!

  • 江戸時代より前は、満開の桜は美しい物ではなく、恐ろしいと考えられていたという

    今でこそ「儚さ」というものは美を感じる事が出来るが、大昔は今より遥かに「死」というものが身近であったであろう

    「儚さ」は「死」を想起し恐ろしさを感じたのではないだろうか

  •  坂口安吾の世界観にとても惹き込まれた。限りある人生のなかで心をかきむしり続ける恋の不思議に触れたように感じました。
     プラトニックか肉欲かという葛藤、人の浮気性、利己的か利他的か、人間のもつ苦しい業をここまで描くのかと驚きでした。しかもそれらを批判的ではなくて人間の美しさとして肯定的なところがどこかしら感じられました。読み終わって安吾の堕落論にみられる人間が持つ欲するものを欲する精神の悲しさと美しさがわかった気がしました。
     個人的には『恋をしに行く』と『夜長姫と耳男』が好きでした。恋をしに行くは最後まで精神か肉体かの対立が明確で、それを踏まえて迎えるラストは清々しくもどこか虚しい。夜長姫と耳男は終始グロい黒さが漂うのにとても静謐な感じが好きでした。

  • 一篇目の『風博士』で狐に摘まれたような気分になり、はやくも頭の中では仕事帰りにBOOKOFFで売り払うこと考えつつ、しかし頑張ってのりこえ、そこから先は天国。痴情作家といわれるらしいが、個人的にはそうは思わなかった。男女の関係はいわば生物学の基本で、人間感情の基本でもあるわけで、言ってしまえば政治小説とかの方が異常。それはさておき、痴情というからテッキリ小澤さん甘いよ、甘すぎるよーな筋かと思いきや、自分が完全にこの作家に対して無知から入った所為もあるが、戦争と切っても切れないような作品ばかりで、面食らった。解説曰く、作者は谷崎潤一郎に若い頃憧れていたらしく、言われてみれば系統的に似ていると思うが、同じく解説曰く、系統は似ていても中身はやはり違う、具体的には、谷崎文学は被虐愛で、作者のは奇怪な性格の女性を前にして聖のような主人公の性格が浮き彫にされる感じらしい。確かに、別に被虐愛に溺れている感じではない。『卍』のようなヒョエーな感じはない。思うに、太宰治とは別系統ながら女性に対する観察が鋭いのかなとも思った。思っただけ。期待せずに、それどころかむしろ恐る恐る読んだのでほとんどメモも何ものこさなかった。また近いうちに再読したい。

    総じて言えるのは、男女関係の深層に孤独が巣食っている感じ。

  • 気になるところだけ読みました

  • 読み終わったら、外に出てアンゴーーーーーと叫びたくなる(はず)
    坂口安吾の作品には孤独と故郷が根底にある
    「ちゃっかりずむ」「がっちりずむ」といった言葉の選び方も好き

    堕落論を読んだ後に「白痴」と「戦争と一人の女」を読むと(逆でもいい)よく理解できると思う

  • すべての短編に女性が登場します。
    耽美的な短編集です。耽美、というと谷崎潤一郎が真っ先に思いつくかもしれませんが、谷崎とは少し違う方向で、一線を画している感があります。
    しかし、女性の美しさを描く言葉の端々に、作者の女性に対する一種の崇拝のようなものを感じ、そこは谷崎作品と通ずるところがあるのではないでしょうか。
    谷崎好きなら、ぜひ。

  • *青空文庫
    「桜の森の満開の下」
    男女の関係ってなんでもありだなってのと、桜の描写の美しさが秀逸。
    これも美と狂気の抱き合わせだな、この組み合わせの相乗効果は間違いない。

  • 「夜長姫と耳長男」が一番印象に残りました。
    今でこそアニメや小説に「血が見たい」「人の死が見たい」といった猟奇的なキャラクターが見られますが、夜長姫のような人は発表当時にはほとんどいなかったキャラクターではなかったでしょうか。
    この本を読んで坂口先生の作品に興味を持ち始めました。

  • 星野源の桜の森が好きです

  • 正直な感想としては「難しかった…」
    全編として「女」と「恋」がテーマではあるのだが…人生経験なのかはたまた恋愛経験なのか…足りなくて理解が追いつかない事が多かった。
    随所には『白痴』の空襲から逃げる描写の美しさ、『桜の森の満開の下』のラストの残酷さ、『アンゴウ』の寂しい鮮やかなどんでん返し等、楽しめる要素は沢山あったが全体の感想としては私の力不足
    もうちょっと年食ったらもう一度チャレンジしてみよう

  • 情痴作家って言葉、すごいなって思ったけどたしかに恋愛、女、情欲にかかわる話が多かった。そういうのを選んで編纂したんだろうか。エロいし浮気なのに爽やか、誠実、孤独、悪魔的という感じの女性像。
    谷崎潤一郎や泉鏡花を読んでみようと思った。不連続殺人事件と私は海を抱きしめていたいも読みたい。

  • 夜長姫と耳男
    恋なのか執着なのか
    夜長姫がだんとつ常軌を逸してるけど耳男の反応もおかしすぎる
    彼らのなかで、強い感情というのはすべてを傷つけるものしかないのかも
    暖かい感情ではたりない!みたいな

    最初はアナマロも何も教えてくれない(知らない?)けど、夜長姫のやばみに気が付き始めて世話を焼いてくれる
    でも耳男はそんなのほしくないんだよねえ すごいもの見つけちゃったから、そのぶんの強い感情を夜長姫に返してほしいんだろう

    夜長姫は神様に思える

  • 坂口安吾の女性像はどこか観念的で、愛情と不信感のアンビバレントがすごいなぁ…などと思いながら読んでいたら、『青鬼の褌を洗う女』の中で作家自らそれを告白していた。

    “彼のような魂の孤独な人は人生を観念の上で見ており、自分の今いる現実すらも、観念的にしか把握できず、私を愛しながらも、私をでなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それから私を現実をとらえているようなものであった”

    女を畏怖するのは孤独な彼の生い立ちからきているのだろうか?
    坂口安吾を『夜長姫と耳男』の耳男と重ねてみると、夜長姫のことばにぐっとくるものがある。

    “好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして”

  • 私は作品を読むときに「どう死なすか」を重点的に見ているのだが,その視点からすると,坂口安吾の作品は随分と手ぬるいものだ。とはいえ無意味に死なす近年の感動を求める風潮?に比べればはるかにマシ。現代において,坂口安吾の示す姿勢は参考になるだろう。

    以下主要作品についての感想。

    「白痴」

    戦火と微睡みが両立する世界観に単純に惹かれた。理知に対するカウンターとしての白痴の女が終始まとわりつく,感情は古い。p94「その戦争の破壊の巨大な愛情が,すべてを裁いてくれるだろう」しかし,いつだって破滅的願望は叶わないものだ。

    「戦争と一人の女」

    p163「女は戦争が好きであった。〜爆撃という人々の更に呪う一点に於いて,女は大いに戦争を愛していたのである」一種の破滅的願望なのだろうが,やはり成就しない。アンバランスが女の構成要素だとするのなら,先の長いだけの平和には何の意味も見出せなくなる。死を間近に控えた生命は眩い。そこに肯定も否定もなく,ただ孤高であるばかり。

    「桜の森の満開の下」

    「夜長姫と耳男」

    共通して古風ファンタジー?なのでまとめて感想を。何も美しいというのは感動だけではない。畏怖だ。内面で昇華しきれない情動による畏怖である。しかし,それは女の像を更に曖昧にしてしまう。おそらく元とする古典作品があるのだろうが,坂口安吾のそれは遥かに内面的で,当時代の精神分析を思わせるようだ。なお,背景を抜きにして,安易に幻想とか狂気とか言う風潮はいかがなものかと……

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著者プロフィール

1906年生まれ、1955年没。太平洋戦前から戦後に活躍した小説家。代表作に『堕落論』『白痴』『桜の森の満開の下』等。

「2024年 『青鬼の褌を洗う女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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