風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)

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  • 岩波書店
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (420ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003118238

感想・レビュー・書評

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  • 私の魂を私自身が握っていないことだけが分った。これが本当の落伍者だ。自分が、自分の魂を握り得ぬこと、これほどの虚しさ馬鹿さ惨めさがある筈はない。 214p

    人間の慾は常に無い物ねだりである。そして、勝利も同じことだ。真実の勝利は、現実に所有しないものに向かって祈求されているだけのことだ。そして、勝利の有り得ざる理をさとり、敗北自体に充足をもとめる境地にも、やっぱり勝利はない筈である。 252p

  • 表題作「風と光と二十の私と」を読みました。
    主人公が抱く不安や、人生の一つの時期に、
    自分自身を重ねて読む人は多いのではと思います。

  • iPadで再読中。

  • 「白痴」が読みたくて買ったけど、「いずこへ」が良かった。
    生活臭を部屋に持ち込みたくない気持ちに共感した。

  • タイトルがいい。二十歳前後の老成については、なんとなく共感できた。

  • 良かったー

  • この本は退屈で読むのが苦痛だった。事実の多く含む私小説は本当に怠惰だ。
    自慰出版だ。

  • あんごすきだー
    結婚したいたぶんうまくいかないけど
    平気なふりしてるけど、奥底がこういうへなちょこなひとをみると愛しくて愛しくてたまんなくなる
    かわいいひとだなぁ

    「だが私は何事によって苦しむべきか知らなかった。私には肉体の欲望も少なかった。苦しむとは、いったい、何が苦しむのだろう。私は不幸を空想した。貧乏、病気、失恋、野心の挫折、老衰、不和、反目、絶望。私は充ち足りているのだ。不幸を手探りしても、その影すらも捉えることはできない。叱責を恐れる悪童の心のせつなさも、私にとってはなつかしい現実であった。不幸とは何物であろうか。」

    「『憎んでいる?』
     女はただモノうげに首をふったり、時には全然返事をせず、目をそらしたり、首をそらしたりする。それを見ていること自体が、まるで私はなつかしいような気持であった。遊び自体がまったく無関心であり、他人であること、それは静寂で、澄んでいて、騒音のない感じであった。」

    「虚しい形骸のみの言葉であった。私は自分の虚しさに寒々とする。虚しい言葉のみ追いかけている空虚な自分に飽き飽きする。私はどこへ行くのだろう。この虚しい、ただ浅ましい一つの影は。」

    で、やっぱり私は海を抱きしめていたいが大好きなのね。

    「『じゃ、あなたは、私の路傍の人なのね』
     『誰でも、さ。誰の魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体なんて、馬鹿も休み休み言うがいいや』
     『なによ。私のからだになぜさわるのよ。あっちへ行ってよ』
     『いやだ。夫婦とは、こういうものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから』」

    「私は、肉慾自体が私の喜びではないことに気付いたことを、喜ぶべきか、悲しむべきか、信ずべきか、疑うべきか、迷った。」

    「肉慾すらも孤独でありうることを見出した私は、もうこれからは、幸福を探す必要はなかった。私は甘んじて、不幸を探しもとめればよかった。
     私は昔から、幸福を疑い、その小ささを悲しみながら、あこがれる心をどうすることもできなかった。私はようやく幸福と手を切ることができたような気がしたのである。
     私は始めから不幸や苦しみを探すのだ。もう、幸福などは希わない。幸福などというものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福になろうなどと思ってはいけないので、人の魂は永遠に孤独なのだから。そして私は極めて威勢よく、そういう念仏のようなことを考えはじめた。」

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著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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