風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (420ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003118238

感想・レビュー・書評

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  • ‪語れば語るほど自分の言葉になるような。然し、表面だけの偽善的な言葉のようにも思える。‬
    ‪もっと、思考に対する時間的密度が必要なのか。‬
    ‪そして、時間を経てものになった言葉たちは果たして真実のものなのか。‬
    ‪前を向き後ろを向き、右、左、さてここは何処か。私は何処へ向かっているのか。‬
    考えれば考えるほど暗い。
    ただ然し、暗いこと、思い悩むこと、分からなくイライラすること、そんな類のものは何か次に進むための兆候があるのだろうと考え、希望は捨てず考え耽る。
    ある時、顧みると人間に近づいているのかなという自分。
    そしてまた考える。

    坂口安吾、自己との全面対決。
    その決意が読み進めると伝染し、結果そうなっている。
    もっと、もっと自分を知りたい。
    僕にとってそんな思いが強くなる本でした。

  • 表題作「風と光と二十の私と」を読みました。
    主人公が抱く不安や、人生の一つの時期に、
    自分自身を重ねて読む人は多いのではと思います。

  • あんごすきだー
    結婚したいたぶんうまくいかないけど
    平気なふりしてるけど、奥底がこういうへなちょこなひとをみると愛しくて愛しくてたまんなくなる
    かわいいひとだなぁ

    「だが私は何事によって苦しむべきか知らなかった。私には肉体の欲望も少なかった。苦しむとは、いったい、何が苦しむのだろう。私は不幸を空想した。貧乏、病気、失恋、野心の挫折、老衰、不和、反目、絶望。私は充ち足りているのだ。不幸を手探りしても、その影すらも捉えることはできない。叱責を恐れる悪童の心のせつなさも、私にとってはなつかしい現実であった。不幸とは何物であろうか。」

    「『憎んでいる?』
     女はただモノうげに首をふったり、時には全然返事をせず、目をそらしたり、首をそらしたりする。それを見ていること自体が、まるで私はなつかしいような気持であった。遊び自体がまったく無関心であり、他人であること、それは静寂で、澄んでいて、騒音のない感じであった。」

    「虚しい形骸のみの言葉であった。私は自分の虚しさに寒々とする。虚しい言葉のみ追いかけている空虚な自分に飽き飽きする。私はどこへ行くのだろう。この虚しい、ただ浅ましい一つの影は。」

    で、やっぱり私は海を抱きしめていたいが大好きなのね。

    「『じゃ、あなたは、私の路傍の人なのね』
     『誰でも、さ。誰の魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体なんて、馬鹿も休み休み言うがいいや』
     『なによ。私のからだになぜさわるのよ。あっちへ行ってよ』
     『いやだ。夫婦とは、こういうものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから』」

    「私は、肉慾自体が私の喜びではないことに気付いたことを、喜ぶべきか、悲しむべきか、信ずべきか、疑うべきか、迷った。」

    「肉慾すらも孤独でありうることを見出した私は、もうこれからは、幸福を探す必要はなかった。私は甘んじて、不幸を探しもとめればよかった。
     私は昔から、幸福を疑い、その小ささを悲しみながら、あこがれる心をどうすることもできなかった。私はようやく幸福と手を切ることができたような気がしたのである。
     私は始めから不幸や苦しみを探すのだ。もう、幸福などは希わない。幸福などというものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福になろうなどと思ってはいけないので、人の魂は永遠に孤独なのだから。そして私は極めて威勢よく、そういう念仏のようなことを考えはじめた。」

著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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