久生十蘭短篇選 (岩波文庫 緑 184-1)

著者 :
制作 : 川崎 賢子 
  • 岩波書店
4.13
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感想 : 51
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003118412

作品紹介・あらすじ

現役の作家のなかにも熱狂的なファンの少なくない、鬼才、久生十蘭の精粋を、おもに戦後に発表された短篇から厳選。世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した「母子像」、幻想性豊かな「黄泉から」、戦争の記憶が鮮明な「蝶の絵」「復活祭」など、巧緻な構成と密度の高さが鮮烈な印象を残す全15篇。

感想・レビュー・書評

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  • 戦後に発表された久生十蘭短編集。
    作者の目線は冷静であり、しかし熱狂も感じる。時代柄戦時中から戦後の悲惨さ、高揚、異様さがごく自然に当時の感覚で語られる。後の時代の研究者がいくら戦時中を考察しても敵わない生の感覚。
    小説の筋構成も見事ながら、読んでいる時は本当に読書の愉しみを味わえる作家だ。
    作品のいくつかは初めにコトの結末(誰が死ぬとか)を提示するので外連味たっぷり、まさに「つかみはばっちり」それから一連を振り返る構成で、終わりはバサッと幕を降ろす。それが余韻を残す場合もあれば、もう少し説明がほしかったなと思われるものもあり。
    着物と食べ物の描写が秀逸かつテンポが良い。漢字の使い方が絢爛でさらに振られたルビがなんとも蠱惑。目で楽しむ小説家でもありますね。

    ===

    戦時中に若くして亡くなった従妹を思い出し、降霊術の真似事をする主人公の目の前に示された従妹の思惑。
    主人公が自己中心的人物なので、悪い終わり方を想像してしまったのですが、なんとも不思議な優しい余韻を残す作品でした。
    派遣された南方に降る雪、戦場で死んだ弟子たちの魂と宴会する師匠、何とも印象的な描写です。
     /「黄泉から」

    その男の恨みを買った者は予言通りの死を迎える。ある男が予言を辿るありさま。
     /「予言」

    隣の庭から飛来する鶴をひねって鶴鍋をやります、付き合ってください。
    突然の申し出に興味を覚えて同行する主人公。
    はたして鶴鍋の真意は。
     /「鶴鍋」

    後白河法院政のもと執り行われた死罪、事件の顛末。
    この短編集の中でもより深く印象的だった作品。
    イタリアの実際の事件を日本に置き換えたものですが、描写があまりに見事で途中までは史実の小説化かと思った。
    殺害された男の非道な人格描写が強烈で、その非道さのために小説の人物としては抜きんでた印象を持たせられている。
    ”星屑ひとつ見えない暗い夜で、どこも深い闇だけであった”
    「無月」とは凶事の行われた月の出ていない暗闇の夜でもあり、辛く悲惨な正と死を迎える死刑者の人生そのものでもある。
     /「無月物語」

    ある目的から同宿の男を殺そうとする夫婦。そして主人公はただその傍観者になることに決めた。殺害者と狙われた者の間の奇妙な気持ちの揺れ。
     /「黒い手帳」

    ルードウィヒ二世の晩年を振り返った考察
     /「泡沫の記」

    同じザイルで繋がれた夫が助かり妻は死んだ。愛情とは程遠い感情を互いに持つ二人の間で死に直面した瞬間に現れたある種の愛情。
    ”ひどい女でしたが善も悪もひっくるめて、それが人間というものなので、死んでくれてよかったなどとはいちども思ったことはありません。それどころか、ハナに出逢わなかったら、この世の人間の玄妙さというものをつくづくと感じることもなくすんでいたろうと思っています。”
     /「白雪姫」

    戦時中にスパイ行為で虐殺を導き死刑に処せられた「マリポサ(蝶)」と呼ばれた日本人がいた。
    決して死ぬことのない任地へ送られた深窓の若旦那の生還の秘密、その後の精神の彷徨い
     /「蝶の絵」

    交通事故を「証拠の残らない殺人」と言い張る女。殺人?の顛末。
    こればっかりは幕引きがあっさりしすぎ。結局その後どうだったんだと気になる。
     /「雪間」

    親戚の留守宅に住む主人公。敷地内の雑木林で行われている闘鶏を覗き見て感じた人生の大事。
    初めは世間とちょっとずれたくらいに呑気な主人公の生活描写で今後小説として語るべき事が起こるのか?と思っていたら、臨場感溢れる描写となり、そして人生の機微まで示される。
    ここにも一大事があった。「春の山で、一羽の軍鶏が涙を流しながら死んだ」
     /「春の山」

    二人の女の姦しい電話の会話から展開するある出来事。
    親からもしようもない娘と語られる女のしたたかな度胸と、高みに立ったつもりでちょろちょろしている女二人の賑やかさ。うん、女だ。
     /「猪鹿蝶」

    老いた母親が親愛を込めて語る息子の姿。
    息子の不始末を悟る母の愛と直感。
    これまたラストの一文が気になる、がここでバスっと止めたのが小説として完成されているんでしょうね。
    しかしこの題名は「気まぐれ」とかを意味し、ドヴォルザークの作品が連想させられるのですが、内容とどう連携するのかが今一つわからず。
     /「ユモレスク」

    少年はなぜ連行されたか。
    聖母子像ではない、正反対の母子像。戦地の悲惨さと少年の歪むほどの母への慕情。
    これはきつい。久生十蘭の小説ではたまにどうしようもなく救いようもないただ心にドスンといつまでも落ちているようなきつさがあります。
     /「母子像」

    母を亡くしたオールドミスの知った真実と微かな悦び
     /「復活祭」

    「この戦争で死ななくともすんだ若い娘がどれほど死んだか。(…)死んだものにはもうなんの煩いもないのだろうが、生き残ったものの上に残された悲しみや憂いは、そうかんたんに消えるものではない」(P372)
    「娘らしい楽しさも味合わず、人生という盃からほんの上澄みだけを飲んだだけで、つまらなくあの世へ行ってしまった。」(P373)
    青春を戦争に台無しにされ消えるように死んだ娘は、死ぬ直前にクリスチャンの洗礼を受けた。
    生と死が当たり前すぎた時代だからこそ生まれた生死を超えた充足があったことを識る。
    言葉も交わさず、手も握らず、同じ平面に立ったことのない相手との精神的な結婚。彼女の精神はどれほど満ち足りていたか。
     /「春雪」

    ===

    巻末の解説で、久生十蘭と中井英夫の父が交流があったと書かれていました。中井英夫は「ジュウラニスト」で、「虚無への供物」に出てくる女性「久生」は十蘭からとったということですが(「虚無への供物」の後日談の短編、登場人物たちが言っていた)父の代からの交流でファンだったんですね。

  • 文芸・演劇評論家、川崎賢子セレクト、
    主に戦後に発表された久生十蘭の短編選集。
    作品のテーマ・雰囲気に合わせて
    自在に文体を変えているが、どれも見事。
    個人的には終戦直後の作、
    どことなく内田百閒に似たテイストの
    「黄泉から」「予言」など、
    少し素っ気ない感じの話が特に好み。
    何となくいい雰囲気を醸して上手いこと誤魔化す、
    みたいな姑息な手を使わず、
    鋭い観察眼と深い洞察力で人間の心に切り込み、
    その断面を覗かせるような描き方が素晴らしい。
    女の読者に、
    登場する女性キャラクターを愛らしい、
    愛おしいと思わせる手腕たるや……(茫然)。

    三一書房『中井英夫作品集Ⅸ「時間」』自作解説にて
    「他人(よそびと)の夢」で

    > 久生十蘭の「姦」を模した電話のお喋りで繋げた

    部分への言及がある(p.513)が、
    この本に収録された「猪鹿蝶」というのが
    「姦(かしまし)」の元のタイトルだそうだ。
    電話での話題に立ち現れ、
    当人のマシンガントークを冷笑するかのような、
    優雅な客体の涼しい佇まいが小気味いい。

  • 初めて読む作家。
    何かで紹介されていて興味を持ったか、購入して積読になっていた。
    買っておいて良かったと思う。美文である。
    初出はほとんどが終戦から5〜6年のもの。
    まだ戦争の傷が癒えない時期で、戦争がらみの物語も多い。死が身近である。
    悲劇的な話多く、伝奇的な要素もあるが、おどろおどろしさは感じられず、透明感がある。
    描かれていることは無惨なのに、なぜか美しい。
    『母子像』なども、戦時中サイパンでの日本人の悲劇はあったが、物語の中の本当の地獄はそこではないところにある。
    『白雪姫』では、氷河のクレバスに落ちた女性の遺体が20年以上の歳月を経て生前のままの姿に凍り付いて出てくる。性悪な女だったが、魂は洗われ、男の胸の憎しみも長の年月に消え、浄化されたような結末だ。
    ギャンブルにのめり込み、確立の研究に人生を費やす『黒い手帳』は、呆れるほどの執念に恐ろしさと同時に滑稽を感じる。
    なかなかそこら辺にはない作品の数々だと思う。
    先が知りたくてストーリーばかりを追ってしまったが、地の文章をもっと味わわなくてはと思った。
    編者による解説は難しく、ほとんど研究者向け。
    一般人としては、物語をただ味わいたい。

  • 世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した「母子像」ほか、おもに戦後に発表された、鬼才・久生十蘭の短篇15編。

    久生十蘭ってどういう作家なんだろう、と気になっていた。
    どういうお話を書く人だか、何が代表作だかはよく知らないけれど、どこかで何度もちらっと見聞きしたような。。なんとなく、「玄人好きのする」作家さんなのだろうな、という印象があった。
    だって「久生十蘭」という名前からして、いかにも耽美的な文章の匂いがするではないですか!

    そんな折、岩波文庫で、しかもこの表紙で短篇集の発売である。
    わ、素敵な表紙(このルーレット、十蘭の遺品だそうです)! ずっと、読みたいなー読みたいなー、と思っていたところを、今回やっと読了。

    文章、美意識、ミステリアスな雰囲気、などなど、予想を裏切らないものだった。
    生ぬるい闇の手触り、ほの暗い華の香り、眩暈のしそうな美しさ・・・。確かに、好きな人は好きだろうなぁ、と思わせる作風である。
    しかし読了後の感想を言わせてもらうと、やや玉石混交の印象が残った。話の緩急がないままずるずると終わってしまう話もいくつかあり、「あ・・・終わった」という感想もしばしば。
    世界短篇小説コンクールで第一席を獲得したという「母子像」が一番起承転結がはっきりした短篇だったと思う。しかし、私はむしろ「母子像」よりも、あまり話のオチがきっちりつかない「黄泉から」や「蝶の絵」のほうが、この作家の味が出ていて面白かったと思う。

    まだこの一冊しか読んでいないけど、この人は作品の出来がどうこうと言うよりは、この人が書いたもの全部が「久生十蘭」というジャンルになってしまう、というタイプの作家さんなのではないかと思った。

  • 無駄の無い緊張感のある文章で心地良い読み心地。
    文体は様々だけれど底に流れているモダンさ、知識の深さはどの作品も同じ。
    時代背景もジャンルも様々、けれどどれも完成されていて著者の大きさがすごいと感じられた。

    『黄泉から』の優しい死者、『蝶の絵』の戦時の闇を抱え切れずに命を絶つ男等々個性的な登場人物に魅せられ続けて気がつけば一冊読み終わっていた。

  • 万華鏡のような後味は他の作家にはないかもしれない。
    アコーディオンの伴奏にのせて物悲しく奏でられるBGM。モノクロの八ミリ映画の哀愁。ラジオから流れる雑音混じりの音声。懐かしい昭和の香り。「鶴鍋」「無月物語」が特に印象的だった。

  • 凝縮された完成度の高い短編が多く、何とも言えない美しい描写や人の性格の描き方が上手さもあって楽しく読める。時々立ち上る「ハイカラ」な香りも良い感じ。

    「黄泉から」
    話の筋よりも、おけいが死の間際にニューギニアで見た「雪」のシーンが実に素晴らしい。★★★★

    「予言」
    これは夢だったか妄想だったか、読んでいるうちに立っている平面が分からなくなる書きっぷりが絶妙。★★★★

    「鶴鍋」
    いやはや、良い話だなあ。といったところ。★★★

    「無月物語」
    これは十分に狂ってると思うなあ。★★★★

    「黒い手帳」
    これはいいね、実にいい。ルーレット必勝法を軸に、短いながらも話が二転三転、読ませる。★★★★★

    「泡沫の記」
    これも黒い手帳のような謎解きの楽しみがあるとともに、語り手の立ち位置がとにかく不思議。★★★★

    「白雪姫」
    氷の中に封印されて30年、美しいといえば美しすぎる話かもしれない。★★★★

    「蝶の絵」
    戦争後遺症の話として読む分には楽しかったが、解説にあるほど蝶の効果は感じなかったなあ。★★★

    「雪間」
    これもミステリ風だが、これは普通。★★★

    「春の山」
    何はともあれ、主人公のような御身分になりたいもんだ。それが一番の感想。★★★

    「猪鹿蝶」
    女はたくましい。着物談義は読んでもイメージ湧かない素養不足が痛手だった。★★★

    「ユモレスク」
    何だか最後は不思議な話に、今一つ流れつかめず。★★★

    「母子像」
    純粋すぎるぜ、まぶしいぜ。★★★★

    「復活祭」
    普通の良い話。最後のほうに読んだのに一番印象薄い。★★★

    「春雪」
    純愛の話。美しいですな。★★★

  • お店でたとえるなら高めの洋食屋。完成度の高い短編を、こってり、たっぷり味わえる。ここ数年は、お刺身・煮物系な日本の作家の味わいにばかり親しんでいたので、とても新鮮だった。

    文庫なのにものすごく読みでがある、お得な一冊。いろいろなトーンの作品が入っているし、久生十蘭を初めて読むのにお勧め。

  • 一個めと、ユモレスクだけ読んだけど、むず!

  •  久生十蘭の2冊目。1編を除いて戦後、1946年から1957年に発表されたものが収められている。1957年は十蘭が55歳で亡くなった年であり、この付近は晩年の作と言うことになる。
     先に読んだ同じ岩波文庫の短編集『墓地展望亭・ハムレット』と同様に、非常に凝縮された見事な表現が目を惹くが、物語の構成も優れているし、予想外の展開になる作品も多く、やはり、一つ一つがキラキラ輝いているような粒ぞろいである。
     しかし、何故か短編集として通読すると、ちょっと疲れてしまう。1編ごとに凝縮されて濃厚な上に、文学性が多岐にわたっており、多彩すぎて作家のコアな「声」が迫ってこない。技巧的で言語表現に凝りまくっている点でナボコフを想起させるが、ナボコフにあるヘンタイっぽさは皆無で、ずっと大人しくも見える。実際にこの作家は穏やかな人物だったのだろうか。
     やはりなかなか正体が掴めないこの作家へ目を凝らしても、何やら霧がかかって茫漠としている。それでいて、個々の作品は非常に優れていることも確かなのだ。
     さらに十蘭を少しずつ読んでみたい。

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著者プロフィール

1902年北海道函館市生まれ。本名、阿部正雄。1952年『鈴木主水』で第26回直木賞を受賞。推理小説、ユーモア小説、歴史小説などその作品の幅は広く、「小説の魔術師」「多面体作家」の異名を持つ。代表作に、「湖畔」「黒い手帳」「ハムレット」「無月物語」「母子像」など多数。『キャラコさん』『肌色の月』など映画・ドラマ化作品も多い。1957年没。

「2023年 『あなたも私も』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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