明石海人歌集 (岩波文庫)

著者 : 明石海人
制作 : 村井 紀 
  • 岩波書店 (2012年7月19日発売)
4.20
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003119013

作品紹介・あらすじ

明石海人(1901‐39)は25歳のときハンセン病と診断される。病が進行していく中、表現者としての研鑽を昇華させて数年の間に秀逸な短歌を残した。「もし長寿を保ったなら、昭和時代を代表する大歌人となったろう」(大岡信)といわれる才能は、隔離された生活の深い絶望を超えて、歌集『白描』をはじめとする文学性豊かな作品を生み出した。

明石海人歌集 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 砂金のような歌だと思う。「絶望」や「死」が背景となって、いわゆるアニミズム的なところに立脚した生の姿が垣間見える。内外の浸透の度合いが高い。把握する感覚が微細。



    医師の眼の穏しきをおふ窓の空消え光りつつ花の散り交ふ

    石壁のかこむ空地の昼の空たまたま松の花がらの降る

    うつらうつら眼下海に照り翳る春日のうつろひ見つつ遥けさ

    戸のひらき重たく降る雨のやみ間を黄ばむ夕空あかり

    風鳴りは向ひ木立にうすれつつ夕べを鶯のこゑ啼きいでぬ

    床下に一つゐて鳴くこほろぎの声のまにまに死にかはり来ぬ

    陽あたりは移りつくして紙障子ほの青みつつ冷えのさしそふ

    鳴き交すこゑ聴きをれば雀らの一つ一つが別のこと言ふ

    日あたりの暖かからし雀一羽窓さきに居ていつまでも鳴く

    おほらかに羽音鳴らしつつ乙鳥梅雨ぐもる朝の窓を出て入る

    梅雨晴れの夕べをながき読経のこえ襖はづせる縁にゐて聞く


    まのあたり向ひの坂を這ひあがる日あしの赤さのがれられはせぬ

    こもり沼のまひるの陰りひとこゑを鳴きてやみしは何の声とか

    脱けおちて木の果は白し音もなし照る日の光立ちわたりつつ

    ひとしきりもりあがりくる雷雲のこのしづけさを肯はむとす

    あたりにて間なく合図をするものあり樹をも揺りぬ掌をもひろげぬ

    こんなとき気がふれるのか蒼き空の鳴をひそめし真昼間の底

    目醒むればいつも一時の鳴つてゐるそんな夜更をまたも醒め来ぬ

    あるときは思はぬ窓に日のさして青む大気の街迷ひ行く

    ある朝の白き帽子をかたむけて夢に見しれる街々を行く

    踏む石がまばゆくてならぬ巷には夜露のにごりあとかたもなく

    あるときは思はぬ窓に日のさして青む大気の街迷ひ行く

    足音の絶えし巷に目醒むればかぎりなき花々闇にひそまる

    煙突ありあがる煙ありめぐる日にみじかき影を地におとせり

    硝子戸はぴしんと閉まりつかの間をひろがり消えるむなしさに澄む

  • 北條民雄とともにハンセン病文学の双璧をなす明石海人の歌集。発病、長女の死、失明、気管切開と続く極限状況のなか、研ぎ澄まされた感覚と暗いユーモアさえ漂わせる諦観が、比類のない命の絶唱を紡いでいく。「深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ何処にも光はない」。編者の村井紀は、生前刊行の『白描』を中心に、遺稿をも丹念に読み解きながら、〝癩歌人〟に国家が被せた仮面とその奥で息を潜める無名の魂の戦慄を見事に切り出している。

  • 明石海人、その名はもうあまり一般的には聞かれるものではないでしょう。この歌集はひとりの人間が生きた証であり、そういうものが残るというのは、やはり、本の力ではないか。
    ひとりの男のひとが、普通に生きて職もある普通のごく普通の男のひとが、ある日、突然、医者から絶望的な告知を受ける。

    「看護婦のなぐさめ言も聞きあへぬいかりにも似るこの侘しさを」
    「妻は母に母は父に言ふわが病襖へだててその声を聞く」

    この時代の政策通り、彼も隔離政策を受けます。故郷を追われ、名は変わり、全てを失ってしまう。

    「さらばとてむづかる吾子をあやしつつつくる笑顔に妻を泣かしむ」

    そして辿り着いたのは、療養所。その冷たさと悲しさと全てを失った絶望はとてもではないが筆舌に尽くし難く、しんしんと骨の髄まで響く絶望を感じるのです。

    「洗面器の昇天水は紅褪せてさかしまにうつれる三角のそら」

    しかしそこから、明石海人の歌世界は自分を離れ、より遠くへより深くへ。刻々と迫る死の影を感じさせるのに胸を締め付けられる。

    「しまらくを足音はみだれ亡骸の運び去られてまた音もなし」

    とても響く。明石海人の詩はとても響く。それはわたしのインドのルーツへと繋がっていくのです。これを読むと心が整い、前を向こうという気持ちにもなる。ひとりのひとが生きた証というものが、時代を経てわたしの手元にとどき、前を向かせてくれるというのは、とてもとても凄いことだ。

  • 癩は天刑である。
    加はる笞の一つ一つに、嗚咽し慟哭しあるひは呻吟しながら、私は苦患の闇をかき捜つて一縷の光を渇き求めた。ー深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ何処にも光はないーさう感じ得たのは病がすでに膏肓に入ってからであった。齢三十を超えて、短歌を学び、改めて己れを見、人を見、山川草木を見るに及んで、己が棲む大地の如何に美しく、また厳しいかを身をもって感じ、積年の苦渋をその一首一首に放射して時には流涕し時にはべん舞しながら、肉身に生きる己れを祝福した。人の世を脱れて人の世を知り、骨肉と離れて愛を信じ、明を失っては内にひらく青山白雲をも見た。
    癩はまた天啓でもあった。(10p)

    いま歌集の「序」とでも言うべきこの一文を書き写して、やはり飛び抜けた詩人だと思った。その才能を、間違った政策のために瀬戸内の島(岡山県長島愛生園)に隔離した人間の愚かさに震える。人間の見ることの出来る世界の広さに驚く。

    ソクラテスは毒をあふぎぬよき人の果は昔もかくしありけり

    帰り来て人の語るは死顔に刷きし化粧の清かりしこと

    人の世の涯とおもふ昼ふかき癩者の島にもの音絶えぬ

    死にかはり生れかはりて見し夢の幾夜を風の吹きやまざりし

    降りいづる雨あし暗き日の暮れを相撲放送の声あわただし

    結局、幾つか美しい自然を謳った歌もあるのだが、選んだのは死を意識したものばかりになった。1935年には病状悪化で失明し、1939年に37歳で亡くなった。その直前に刊行された歌集「白猫」は25万部ものベストセラーになったという。以下の歌は失明した後のもの。

    眼も鼻も潰え失せたる身の果にしみつきて鳴くはなにの蟲ぞも

    音信(おとづれ)の今日はありたり老いらくの母が言葉はながからねども

    ひとしきり跳ぶや海豚のひかりつつ朝は凪ぎたるまんまるの海

    世の中のいちばん不幸な人間より幾人目位にならむ我らか

    入学試験合格の日の空のいろこのごろにして眼には冴えつつ

    南京落城祝賀行進の日取のびて固くなりたる饅頭をいただく

    (愛国婦人会岡山支部より草餅を贈らる)
    霞たつ吉備の春野の若よもぎおよび染めつつ摘ませけらしも

    切割くや気管に肺に吹入りて大気の冷えは香料のごとし

    引力にゆがむ光の理論など真赤なうそなる地の上に住めり

    息の孔潰えむとするこの夜をことさらに冴ゆる星のそこらく

    2014年3月13日読了

  • 癩病を患った明石海人。歌集前半は、病を宣告され、治療の甲斐無く隔離され、やがて失明、そして気管切開との闘争の日々が詠まれる。失明間近な頃に短歌を習った為、回想の比重が大きいのだが、鮮明に情景が伝わってくる。後の章では打って変わり、森羅万象を絶え間ない闘争に透過された眼で視る、昏き叙情が詠われる。それは感傷によって供犠を求める者達との闘争の詩であり、抑圧された声なき者達の怒りでもあった。「癩はまた天啓でもあった。」と云う言葉が重く響く。子規が結核であった様に、海人も癩病であった。

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003119010
    ── 明石 海人《歌集 20120719 岩波文庫》
     

  • 岩波文庫 080/I
    資料ID 2012200282

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