自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫 緑192-1)

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  • 岩波書店 (2013年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784003119211

感想・レビュー・書評

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  • 詩の一編一編を、速度を変えて3回ずつ読み返してみた。詩の中に紡がれる言葉に、心地良さを感じたり、深い闇を感じる言葉に共感したりと、まるで自分の生きてきた、人生そのものを言葉となって表された、言葉の自分史の宝庫のような錯覚を覚えた。独り孤島で暮らすとなったら、持っていきたい1冊の本を選ぶとすれば、今の自分には、間違いなく、この詩集を選ぶだろう。また数年後に、読み返した時に感じる、今とは別な自分の感情に出会えるのを楽しみにとっておきたいと思う。

    • くにちゃんさん
      かけがえのない一冊に出逢えたときの、喜びはひとしおですね。素敵なレビューを読ませていただき、ありがとうございました。
      かけがえのない一冊に出逢えたときの、喜びはひとしおですね。素敵なレビューを読ませていただき、ありがとうございました。
      2025/07/18
  • 谷川俊太郎さんの翻訳している絵本は当たりだらけなので、価値観に共感できると信じていました。しかし、私の詩への感度が低すぎて正直どれもよくわかりませんでした。
    全体的に「死」を扱った詩が多いなという印象と、時々印象に残る表現がでてくるな、と思う。
    初心者だとこんなところでしょうか。

  • そうそう、こういうのが読みたかった!
    でも1回読んだだけではうまく咀嚼できない。
    ちょっと難しい。

  • 日本の現代の詩人で、一番有名な方(たぶん)の自選の選集だけあって、言葉の宝石箱のようなすばらしい詩集でした。(こんな使い古された表現しかできないのが、もどかしいです)
    もう、おなかがいっぱいで、たいへんでした。
    全部読んでしまうのが、とてももったいなかったです。
    特に気に入った詩に、付箋をつけていったら、付箋でいっぱいになってしまったので、その中から、かなり減らして、今の私が好きな詩だけを数編だけ選びました。
    私の感想なんて、とてもつけられないほど、すばらしい詩ばかりでした。
    好きだったもの。
    「悲しみは」
    「くりかえす」
    「ほほえみの意味」
    「そっとうた」
    「あなた」
    「陽炎」
    「ぱん」
    「足し算と引き算」
    「十二月」
    「願い」
    「できたら」
    次に読み返すときは、また違うものがよいと思うかもしれませんが。

    巻末の山田馨さんの解説も、谷川さんの私生活などが、垣間見られて、興味深い内容でした。

  • リズムよい言葉遊び
    生と死の境界を漂う
    なんかエロティック
    色んな世界に誘われ
    想像が委ねられる
    言葉の魔術にかかる
    ザ!俊太郎マジック⁉︎

    ブックオフにて購入

  • 朗読会に参加し、代わりばんこに声に出して気になった部分を朗読し合った。

    元祖言語化が集まった詩集で、人に読んでもらっている時は沁み、自分が読んでいるときは平仮名だけ、漢字混在と読みやすさ読みにくさに苦労しながら谷川俊太郎さんが見た世界観を体感できた。

  • 谷川俊太郎の詩には、まだ幼いとき母親の声を介してお世話になり、ティーンネイジャーになってひとりで読むことを覚えてからひそかに救われ、同時に思春期のナイーブな叙情に浸っていても仕方がないことも教わり(彼は機械少年だった)、
    しばらく世間の何やらかんやらに塗れて汚れてご無沙汰になっていたが、たまに詩集を開くとモーツァルトの音楽のように澄みわたる透明な世界があった。
    温泉につかって疲れを「取り除く」といったものではない。詩集を開くたび、取り除かれるどころか、何かがプラスされる。目玉の動きが活発になって、次から次に言葉が浮かんでくる。
    そうこうするうちに、信じられないことに自分が子供を持つことになって、今度は自分の声を介して、谷川俊太郎の詩を娘に読み聞かせている・・・
    彼が聖詩人ではなく、職業詩人としての態度を守っていてくれたおかげだ。彼は生活のために詩を書くと言って憚らない。老若男女、あらゆる読者にむかって書く。けれども、一人の人間のうちに、老若男女、いずれもが共存しているらしいぞ、というのがわかってきた。だから、何度彼の詩と出会い直してもなお新鮮なのだと気づいた。
    彼もまた老いながら生きながら詩を書いている。それを私は追いかける。彼もいずれは死ぬ身だけれど、彼の晩年の詩が私にストレートに語りかけてきたとき、そのとき私の死はもう遠くないのかもしれない。
    そのとき、もうこの世にはいない詩人を思って、死者になった詩人はいったいどういう詩をいま書こうとしているのだろう、と夢想する老いた自分が、けっこうありありとイメージできる。

  • 岩波文庫に入るんだ、、、

    2013年1月23日~2月20日
    @スタンダードブックストア心斎橋
    昨年、大きな話題を呼んだ、郵便で詩を送るプロジェクト
    「谷川俊太郎のポエメール」(発行:ナナロク社)。
    その全6回終了と、
    2月2日の当店での朗読会を記念して、
    ポエメールの実物を展示いたします。
    http://www.standardbookstore.com/archives/66093424.html

    岩波書店のPR
    http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/3119210/index.html

  • 谷川俊太郎さんが亡くなられた。ずっと生きているように思っていたから、居なくなってしまったことが信じられない。
    まだ手にしていなかった詩集を買った。
    小学校の教科書で読んだ詩で、泣いてしまった。
    あの日、初めてあの詩に触れた日、卒業前に少しソワソワしていた日々に、何か、とても大きな何かを受け取ったような気持ちになった。
    今、大人の私は、あの日に受け取ったものとは違う何かを受け取っている。

  • 詩集ってものは、図書館で借りて「期間内に読む」性質のものじゃないと思った。
    手元に置いて、その時自分が必要としているものを読んだり、なんとなくの気分で眺めたり、そんな距離感がいいんだと思う、

  • 某所読書会課題図書: あまりにも多くの作品があるので、自分の人生の中での節目の年にどのような詩が作られていたかを辿ってみて次の作品を選んだ.小学1年生・1954年『生きる』1956年、中学1年生・1960年『悲しみは』1960年、高校1年生・1963年『除名』1964年、大学1年生・1966年『乞食』1968年、社会人1年生・1970年『平和』1971年、結婚・1977年、長男誕生1978年『帰郷』1979年、長女誕生・1981年『ほっとけ』1981年、次女誕生・1985年『たんぽぽのはなのさくたびに』1985年、退職・2010年『生まれたよぼく』2009年.特に『ほっとけ』の言葉の選択とリズムが面白かった.『ほっとけ」
    いけはほっとけ こけははっとけ たけはきっとけ おけはおいとけ
    つけはほっとけ ふけはとっとけ はけはほしとけ かけはまけとけ
    ごけはほっとけ みけはかっとけ さけはさけとけ やけはやめとけ

  • 谷川俊太郎さんの詩でお勧めを各自持ち寄り紹介するという、次回の読書会。

    谷川俊太郎さんの詩はいくつか有名なものをちらりほらりと知ってるぐらいで、もちろん詩集も持っていない。

    と、いうことで先日、最近お気に入りの本屋さんで購入したこちら、
    「自選 谷川俊太郎詩集」から吟味する。

    2013年刊行のこちら、デビュー作から2012年までの詩集から、谷川さんご自身が選んだ詩が173篇入っている。

    古いものから新しいものへ順番に掲載されているのだが、驚いたのは作品がまとう雰囲気や質感のバリエーション。

    どちらかと言えば、
    子ども向けの優しい眼差しで、
    ちょっと笑ってしまうような、
    もしくはきらきら瞬い明日へと前を向けるような、
    カラリと晴れ渡る清々しさのあるような…、そんな明るい雰囲気の詩人だと思っていたんだが、
    得体の知れないゾワゾワさせる怖い面、じめっとした陰気な雰囲気や問答無用の理不尽さを感じさせる作品もたくさんあって、その振れ幅の大きさにクラクラする。

    そうは言っても、わたしの感受性では、

    意味が全然わからない…。
    目が滑って内容が入ってこない…。

    っていう作品も正直たくさんあった。

    読書会で紹介するんだから、エッジの効いたやつ選びたい!

    …なんて、しょうもないモチベーションで読んでいると、やはりなかなか入ってこないのかもしれない。
    とりあえず、読書会までにもう一周しよ。

    さて、これを本として読んだ時、通読して一番面白かったのは、山田馨さんの解説と、1931年から2013年までの谷川俊太郎年譜。

    その詩は知っていても、谷川俊太郎さんご本人のことは昨年の訃報を聞いてからもちゃんと調べたことがなかった。

    戦前生まれの方だし、やはりご本人にドラマがあるので、ここを読んだ上でもう一度、その時々の詩に戻るのは絶対に面白いだろう。

    周辺知識のフレームワークありきでしか芸術を解せないのはわたしの弱点だけど、そもそも、詩にせよ絵画にせよ音楽にせよ、いや、小説や映画でさえ、作品そのものだけから何かを感じ取るということは稀なのではないか?
    周辺知識がなくとも作品そのものから圧倒されるなんてこともあるだろうが、最終的にはその作品を創り上げた人に興味がわいてしまうのは、ホモサピエンスの性なのでは?

    そんなことを考えつつ、次こそ素直にお気に入りの詩、好きな詩を見つけようともくろむ2周目。
    初読よりもっと楽しい読書になりそうだ。

  • なんだかわからない詩もありましたが、
    「歩く」という詩は、滲みました。私が散歩が好きなせいかもしれませんが。
    谷川さんは、スヌーピーのコミックの翻訳でよく知ってましたが、お亡くなりになり、とても残念でなりませんが、偉大な方でしたね。

  • この詩集は2千数百におよぶ全詩から作者自身が173篇を精選したものだ。
    そして、個人的なお付き合いのあった編集者の解説は谷川俊太郎さんの人となりを知ることができる。

    「ありがとう」「12月」「夕焼け」「朝」「心のスケッチA」「うそとほんと」「くりかえす」が特に心に響いた。

    詩が無意識に目指す真理は小説とちがって
    連続した時間よりも瞬間に属しているんじゃないか
    /「夕焼け」より
    谷川さん自身の一瞬よりいくらか長くつづく間をことばにして届けてくださったことに感謝でいっぱいだ。

  • 流石に面白かった。また読みたい詩集が出てきた(残念ながら『日本語のカタログ』は近くの図書館に置いてなくて一旦Pendingだけど)

    読んでいて恋愛の詩が好きだなと思った(今自分が恋愛しているからかもしれないが)。解説を読んで三度の結婚離婚についてを知ってさらに、ジーンと?くる。

    「詩」
    愛する人よ 
    帽子をかぶらずにぼくをふりむいておくれ 
    木もれ陽があなたの額におちるとき 
    ぼくは詩の初めての行を書くだろう 
    だが微風があなたの髪の匂いを運んでくるとき 
    ぼくは詩を捨ててあなたにくちづけするだろう

    「ふつうのおとこ」(これは衝撃でした…私が勝手にイメージする谷川俊太郎像がこれというか平易の言葉で、現実を鋭く切り取ってくる)
    ふつうのおとこが いたってさ
    ふつうのめはなに ふつうのてあし
    ふつうのずぼんに ふつうのうわぎ

    ふつうのあめふる ふつうのばんに
    ふつうのやきもち ふつうにやいて
    ふつうのなみだを ふつうにながし

    ふつうのおとこは ふつうのひもを
    ふつうのおんなの ふつうのくびに
    ふつうにまきつけ ふつうにしめた

    「さようなら」いや泣いた
    ぼくもういかなきゃなんない
    すぐいかなきゃなんない
    どこへいくのかわからないけど
    さくらなみきのしたをとおって
    おおどおりをしんごうでわたって
    いつもながめてるやまをめじるしに
    ひとりでいかなきゃなんない
    どうしてなのかしらないけど
    おかあさんごめんなさい
    おとうさんにやさしくしてあげて
    ぼくすききらいいわずになんでもたべる
    ほんもいまよりたくさんよむとおもう
    よるになったらほしをみる
    ひるはいろんなひととはなしをする
    そしてきっといちばんすきなものをみつける
    みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
    だからとおくにいてもさびしくないよ
    ぼくもういかなきゃなんない

    「あなたはそこに」
    あなたはそこにいた 
    退屈そうに右手に煙草 左手に白ワインのグラス
    部屋には三百人もの人がいたというのに
    地球には五十億もの人がいるというのに
    そこにあなたがいた ただひとり
    その日その瞬間 私の目の前に

    あなたの名前を知り あなたの仕事を知り
    やがてふろふき大根が好きなことを知り
    二次方程式が解けないことを知り
    私はあなたに恋し あなたはそれを笑い飛ばし
    いっしょにカラオケを歌いにいき
    そうして私たちは友達になった

    あなたは私に愚痴をこぼしてくれた
    私の自慢話を聞いてくれた 日々は過ぎ
    あなたは私の娘の誕生日にオルゴールを送ってくれ
    私はあなたの夫のキープしたウィスキーを飲み
    私の妻はいつもあなたにやきもちをやき
    私たちは友達だった

    ほんとうに出会った者に別れはこない
    あなたはまだそこにいる
    目をみはり私をみつめ 繰り返し私に語りかける
    あなたとの思い出が私を生かす
    早すぎたあなたの死すら私を生かす
    初めてあなたを見た日からこんなに時が過ぎた今も

    最後の、「ほんとうに出会った者に別れはこない…あなたとの思い出が私を生かす/早すぎたあなたの死すら私を生かす
    /初めてあなたを見た日からこんなに時が過ぎた今も」、若くして逝った友人を思って慰められた

    「未生」
    あなたがまだこの世にいなかったころ 
    私もまだこの世にいなかったけれど 
    私たちはいっしょに嗅いだ 
    曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを 
    そして知ったのだ 
    いつか突然私たちの出会う日がくると 
    この世の何の変哲もない街角で

    砂に血を吸うにまかせ
    死んでゆく兵士たちがいて
    ここでこうして私たちは抱きあう
    たとえ今めくるめく光に灼かれ
    一瞬にして白骨になろうとも悔いはない
    正義からこんなに遠く私たちは愛しあう

    「夕焼け」
    ときどき昔書いた詩を読み返してみることがある
    どんな気持ちで書いたのかなんて教科書みたいなことは考えない
    詩を書くときは詩を書きたいという気持ちしかないからだ
    たとえぼくは悲しいと書いてあっても
    そのときぼくが悲しかったわけじゃないのをぼくは知ってる

    だが自分の詩を読み返しながら思うことがある
    こんなふうに書いちゃいけないと
    一日は夕焼けだけで成り立っているんじゃないから
    その前で立ちつくすだけでは生きていけないのだから
    それがどんなに美しかろうとも

    最後の連、詩人として自戒を込めていてグッとくる

    「おばあちゃんとひろこ」
    しんだらもうどこにもいかない
    いつもひろこのそばにいるよ
    と おばあちゃんはいいました
    しんだらもうこしもいたくないし
    めだっていまよりよくみえる

    やめてよえんぎでもない
    と おかあさんがいいました
    こどもがこわがりますよ
    と おとうさんがいいました
    でもわたしはこわくありません

    わたしはおばあちゃんがだいすき
    そらやくもやおひさまとおなじくらい
    おばあちゃん てんごくにいかないで
    しんでもこのうちにいて
    ときどきわたしのゆめにでてきて

    おっけーとおばあちゃんはいいました
    そしてわたしとゆびきりしました
    きょうはすごくいいてんき
    とおくにうみがきらきらかがやいて
    わたしはおばあちゃんがだいすき

  • 一気に読むのはあまりにももったいないので、毎日ちょっとずつちょっとずつ、ゆっくり読んでいった。
    好きな詩がいっぱいありすぎる。とにかく詩から広がる世界が豊かで、胸も頭もからだも全部いっぱいになってしまう。こんな風に日本語を使えるなんてすごすぎる。いったいどうやったら「万有引力とはひき合う孤独の力である」なんて出てくるんだろうな。代名詞みたいな詩だけど、やっぱり一番好きかも。でもあれも、これもとなってどうしようもない。好き。

    世界に、人にそそぐ眼差しが温かいというよりは、つめたく澄んでいる。みじかい言葉に、まるごとの世界への想起を引き出す強い力がある。

    「生きようとするものを岸の方へいざないながら
    ひとの中に潮が満ちる ひとの中に海がある
    月の呼び 月のめぐるまま ひとの中に終らない暦がある」

    読んでいるといつの間にか大きな宇宙に独りで浮かんでいるような気持ちになる。身がちぎれそうな孤独と、世界の美しさがしみてくる。

    また折々に読んでいきたいと思う。

  • 全く詩に明るいわけでもない自分がレビューもおこがましい気もしますが。。。
    言葉や世界の捕まえ方でハッとさせられることがたくさんある本でした。
    歳を取るに従ってだんだんとそういう世界の眺め方が一定方向だけに固定されたり狭まっていってしまう感覚があり、そんな中でとても刺激になりました。
    願わくばいつも世界を新しい目で眺められたらです!

  • 戦後日本を代表する詩人は誰かと問われたならば、多くの人がこの人の名を挙げるであろう。1952年に最初の詩集『二十億光年の孤独』が出てから、昨年(2024年)11月に92歳で亡くなるまで、谷川俊太郎は常に第一線で表現活動に携わってきた。その言葉は、わかりやすく直接的であり、老若男女すべての人に訴えかける魅力にあふれている。庶民的と言っていいのかもしれない。音と戯れる心を大切にし、いたずらに深刻にならず、ひらがなで子供向けの詩をたくさん書いた。それは「大人」にとっても素晴らしく楽しい作品であった。

    ありとあらゆる相当な数の作品を残しているが、この詩集は作者自身がその全キャリアを振り返って選び、岩波文庫という「殿堂」から出版された(2013年刊)。おそらく今後末永く読まれ続ける本となるだろう。今年(2025年)5月にはNHKの番組「100分で名著」でも取り上げられている。

    「いろは練習」より

    い 今も一生のうち
    ろ 碌でなし老子を語る
    は 刷毛で禿をぬる
    に 似てるが憎い
    ほ 佛は放っとけ
    へ 屁は減らぬ
    と 時計に時を盗まれる
    ……


    「ごちそうさま」

    おとうさんをたべちゃった
    はなのさきっちょ
    こりこりかじって
    めんたまを
    つるってすって
    ほっぺたも
    むしゃむしゃたべて
    あしのほねはごりごりかんで
    おとうさんおいしかったよ
    おとうさんあした
    わたしのうんちになるの
    うれしい?


    「そして」

    夏になれば
    また
    蝉が鳴く

    花火が
    記憶の中で
    フリーズしている

    遠い国は
    おぼろだが
    宇宙は鼻の先

    なんという恩寵
    人は
    死ねる

    そしてという
    接続詞だけを
    残して

  • 谷川俊太郎、ちょうど半年ほど前に92歳で亡くなった、日本を代表する詩人、
    などという説明はヤボか…。

    とはいうものの、私は普段、詩というものに触れる機会が全くない。

    谷川俊太郎の作品も、せいぜい小学校で習った『スイミー』くらいだが、残念ながら、本書に『スイミー』は載っていない。

    本書は谷川俊太郎自身が選んだ詩集であり、その点に興味を持ったのだが、自身も言っているように、「教科書には採用されたりしているが、自分ではどこか不満を感じている作」は本書では選ばれていない(『スイミー』がそれに当たるかどうかは明言していないが)。
    でも、このアナーキーな雰囲気は好きだなぁ。

    そして、本書、
    文庫本サイズながら400ページを越える大作だ。
    そのうち最後の約60ページは本書の編集者であり、谷川俊太郎の友人でもあった山田馨氏による解説と後半は谷川俊太郎の年譜となっているが、それにしても詩の部分だけで360ページほどある。

    でも、とりあえず読破した。

    しかし、やはりというか、あまり心に引っ掛からなかった。
    一瞬、面白い表現だなとか思うことはあっても、なんかすっとその感情も消えてしまう。
    なんでだろう?

    でも、もし谷川俊太郎にこのように問うたら、「詩とはそういうものですよ」とか言われそうな気もする。

    また、本書の詩の内容は色々だが、印象的なのは、やたらと「うんこ」が出てくるところ笑。
    ほかにも、「おならうた」とか「なんでもおまんこ」とか小学生みたいな感性をしていることに驚いた。

    確かに「うんこ」も「おなら」も人間が生きていくうえでなくてはならないものだ。
    これこそが人間の本質なのだ、という思いがあるのかもしれない。

    そしてきっとこれが、谷川俊太郎の魅力のひとつなんだろう。

    ただ、私には本編の詩よりも、山田氏の解説が印象に残った。

    山田氏は谷川俊太郎とは編集者と作家という関係をはるかに超えて、かなり深く付き合っていたようで、谷川の別荘に遊びに行った話など、他ではあまり聞けないような話が書かれていた。

    また、谷川は3回も離婚していることを本書で知った。

    きっと少年のように自由奔放に生きる、そのスタイルに女性はついていけなかったのだろう。

    そう、谷川俊太郎について本書で分かったことは、永遠に少年の心を忘れない詩人だったんだということ。

  • 20億光年の孤独

    10代の頃、宇宙の中に自分がいると感じた
    だからこそ感じる孤独、際限なく広がることへの不安抱いた
    歳を重ねた今、孤独だからそこ他人を必要とする

    宮沢賢治の一説
    「簡単に言葉で文節化して名付けられないような感情というものがある。感情とは言葉では言い表せないいろんなものが入っている。」
    感情をうまいこと言語化したり、表現力が豊であろうとするけど、「いろんなもの」を自分の中で面白がってもいいのかもしれない。

    100分で名著より
    「悲しみ」とは人間が持ちうる中で最も美しいもの
    愛するものを失ったとき
    その物への愛を含めるとき
    →仕事で落ち込んだりする時に自分はダメだと思うけど、何でここまで落ち込んでいるのかの考えると、そこには自分の信念を自分で守れなかった悲しみがあるからだと気づく。その信念こそ私の大切なもの。逆から読み取れるもの。

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著者プロフィール

1931年東京生まれ。詩人。1952年、21歳のときに詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来、子どもの本、作詞、シナリオ、翻訳など幅広く活躍。主な著書に、『谷川俊太郎詩集』『みみをすます』『ことばあそびうた』「あかちゃんから絵本」シリーズ、訳書に『スイミー』等がある。

谷川俊太郎の作品

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