二十四の瞳 (岩波文庫 緑212-1)

  • 岩波書店 (2018年5月18日発売)
3.95
  • (23)
  • (22)
  • (17)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 381
感想 : 33
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784003121214

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 何十年遅れの感想文宿題本。戦争が始まった国の小学校教師のつらさはどれ程か。

    • コルベットさん
      ちまりさん、こんばんは。いつもありがとうございます♪何十年遅れの感想文宿題本!うまい♡(*^^*)
      ちまりさん、こんばんは。いつもありがとうございます♪何十年遅れの感想文宿題本!うまい♡(*^^*)
      2024/09/28
    • ちまりさん
      コメントありがとうございます。学生時代に真面目に読まなかったものを今頃読んでおります。
      コメントありがとうございます。学生時代に真面目に読まなかったものを今頃読んでおります。
      2024/09/29
  • 大吉が尊敬の眼差しで仰ぎ見る、戦死者遺族宅の戦死の門標。

    〜 人のいのちを花になぞらえて、散ることだけが若人の究極の目的であり、つきぬ名誉であると教えられ、信じさせられていた子どもたちである。〜

    戦後80年、一本松の写真を思い浮かべ何度も涙腺が緩む…

  • 24歳は24なものを読もうということで誕生日に丸善で買った。
    が、10月に手にしてから1月まで読めずにいたのはなにも忙しかったからではない。戦争への怒りや悲しみを訴えるとする、表紙の謳い文句が重たく感じられ、億劫になった。
    できることなら戦争のことは耳にしたくない。どうせつらかったのでしょう、と思う。耳を塞いでしまう。朝ドラが戦争描写をすれば苦々しく画面を見やり、ニュースやワイドショーが微に入り細を穿って報じれば苛立たしく電源を断つ。ため息まじりに発する「戦争はよくない」は便利な終止符だ。感情がおだやかになるかわりに、思考も想像力もその場で完全に足踏みしてしまう。言うべき結論がそこに厳然と待ち構えている議論は怖い。イルミネーションはきれいで、青春は素晴らしく、海外の治安はどこも悪く、未来は暗く、本屋はオワコンで、浪人はつらく、孤独は脱却すべきで、飲み会は楽しく、共感は大切、歓喜の歌は最高で、戦争はよくない。そうなのかもしれない。しかし、そうやって一言に括ることで溢しているなにかがあるような気がする。完璧な結論のもつ火力では煮え切らない残滓があるから、忘れたようでずっと考えているし、考えたひとの足跡を辿ってしまう。戦争ひとつとってもどれだけの蔵書がわが家にあるだろう。どれだけの映画やドキュメンタリーを観ただろう。「怒り」「悲しみ」とひとくちに言っても、それを訴える肉体と思想と生活によって、またおのおのが二つずつ持つ「瞳」によって、まったく響きが違うのに、いつも驚かされる。わかりやすい情報にも崇高な結論にも還元しきれない、まだ聞けていない言葉に触れたくて、けっきょく、苦々しい顔で本を開く。

    知り合いのおじいさんは、戦争未亡人の母に育てられた五きょうだいの末っ子だと言っていた。芸術の調査の大義を掲げて彼と話していた私はそれをさほど重視しないどころか、漂白ないし無痛化して「大変な境遇にあったひと」と、さもなんでもないことかのように冷淡に聞いた。あのとき止めた想像がぎしぎし音を立てて動き出すのを、『二十四の瞳』を読みながら感じた。また、数年前に他界した私の曽祖父は戦時、二十代だった。戦争のことを聞かなくてはねと母と悠長に話しているうちに亡くなった彼は、生前「自分の道は自分で切り拓かにゃいかん」と述べていた。戦線へ徴発され落命していてもおかしくなかった運命とどのように対峙し、切り拓いていたのだろう。肉体という、曽祖父の一世紀にも及ぶ歴史に触れる手がかりが永久に失われたことがたまらなく惜しい。聞けば漂白、聞かなければ後悔、なんと不誠実なことか。『二十四の瞳』作中ひとりひとりの人生に目を凝らしていたはずが、いつの間にか知り合いや曽祖父のことへ軽々と想いが移ってしまっているのも、じれったい。たくさんの瞳が私と視線を交わしてはさっさと去っていく。ちいさな自分の手に余り溢れていくものをむざむざ見送ることの遣る瀬なさ…

    遣る瀬なさ、と書いて思い出すのは宇多田ヒカルの「桜流し」。
    「怖くたって目を逸らさない」ことが私が取り組める唯一のこと。

     もう二度と会えないなんて信じられない
     まだ何も伝えてない
     まだ何も伝えてない

     開いたばかりの花が散るのを
     見ていた木立の遣る瀬無きかな

     どんなに怖くたって目を逸らさないよ
     全ての終わりに愛があるなら

  • 小学校の先生になってみたくなった

    小学生の頃に読んだきりの本
    20年前の私はどう感じたんやろう

    大人になるまで沢山の選択肢の中で
    選べる自由が私にはあって
    お金にもご飯にも衣服にも困らず生きてきた

    今も何にも困らず生きてるけど
    今の私の幸福度は…。

    十二人のこの時代の離島の子供たち
    生まれたときから
    それぞれにそれぞれの少ない選択肢の中で
    疑いもせず
    疑ったところで抗えず

    純粋すぎて優しすぎて
    捨てれば良いものも捨てられず
    そんな選択肢すら誰も教えてくれず

    ささやかなささやかな幸せと
    恵まれていないことも恨まず生きていく

    死んだ方がましとまでは言わなくても
    死んでもそれほど惜しくない世界

    私も今死んでもそれほど惜しくなくて
    でもそれならこの十二人の子供たちのように
    先生のように生きてみたかった



  • ラジオドラマでやっていたので、この機に読んでみました。

    小豆島を舞台にした先生と12人の子供たちのハートウォーミングな話、と思っていました。が、そんな単純な話じゃなかった。深い。貧困や戦争、あの時代のもどかしさ?を壷井栄は書いたんだと思う。

    大石先生は教師だけれど、母親には甘えて拗ねてみたり、一人の人間として描かれていて、子供たちも生き生きと描かれていて、一人一人の個性が素晴らしい。子供たちの成長に大石先生と同じように涙した。

    蛇足だが、ラジオドラマの藤沢恵麻さんの朗読はとても良かった。

  • 小豆島に旅行に行ったので読んだ。本当は行く前に読了できたらよかったんだけど、できなかった…
    小豆島で二十四の瞳映画村に行ったり、土庄港の平和の群像を見たりして、この小説の影響力を感じたり、小説の登場人物たちはこの土地で生きたんだな、と実感することができてよかった。

    戦争の描写のあるフィクションは朝ドラでかなり触れていたけど、実際に戦争を経験した日本人女性の、しかも戦争・平和をテーマにした物語を読むのは初めてだった。
    小豆島を歩いていると、戦争前後の日本の貧しさからここまで復興したことは本当にすごいことだと感じた。
    小説の中に出てくる子どもたちが、家族の中では働き手の一人で、無邪気に遊んでいることは許されない、それを日本の社会が許さない、それが普通の時代だったことを、今までで一番現実味を持って感じられた。

    大石先生はすぐに泣いてしまう人だけど、当時の子どもたちにとって、自分のことを「かわいそう」だと思ってくれる人がどんなに貴重だったことか…
    社会が子どもたちに強いた厳しい現実を、子どもたちは当たり前のことだと思っていて、なんなら自分のせいだとも思っている。
    そんなことはない、かわいそうだと言ってくれる存在を描くことは、戦後の日本人にとってすごく安心感をもたらしてくれたんじゃないだろうか。
    先生の息子たちも、生まれてからずっと戦争をしていたから、親の出征を悲しむことも命を惜しんで泣くことも知らなくて、よく「戦争の一番の被害者は子どもだ」と言うけれど、本当にそうだなとこの小説を読んで感じた。

    あと、まだ映画は見てないので見たいのと、最後まで十二人の子どもたちの名前と人物像が一致しませんでした…

  • 通勤中に読みましたが通勤中に読むにはハードな内容でした。
    治安維持法という言葉は教科書で学んだだけですが、これ誰も幸せにならないやつでそれを制定した人ですら内心嫌だなとか戦争やめて家族と幸せに暮らしていきたいと思っていたんじゃないかなあと考えさせられました。
    家族が戦死した方が喜ばしいだなんて戦時中の考え方は狂ってるなー。
    生徒のキャラクターが多くてどの人がどんなキャラなのかイマイチ把握しきれず。

  • 瀬戸内の海辺の田舎町を舞台に若い女性教師と12人の教え子たちの戦前〜戦後の激動の人生を描いた作品。
    主人公の大石先生の目から見た戦争が描かれていて、一般市民の、特に女性、妻、母からみた戦争ってこういう感じだったんだと感じることができた。
    戦争中の話で、貧乏だったり、戦死したりと辛い話だが、なぜか読んだあと晴れ晴れした気持ちになる。
    大石先生や教え子たちの、敗戦しても生きていくしかないんだというあっけらかんとした気持ちがそうさせるのかもしれないな〜。

  • 寝る前の読書にするには切ない物語りだったけど、不思議と暗い気持ちにはならなかった。100年くらい前のことを追体験できるって物語りの力はすごいなぁ。また一人ひとりに想いをはせて読んでみたいと思う。

  • ふと懐かしくなって読んだ。

    映画を観たのも、子供向けの本を読んだのも小六か中一だから、文庫本で今回読んでみてその記憶力に我ながらびっくりした。よく覚えているものだ。あいかわらず涙なしには読めないのだが…。

    あらためて壺井栄は文章がこんなにうまかったのかと思う。物語として完成した美しさである。子供時代にこんないい本を読んでいたのか!だから感動が持続するのだろう。

    ユーモアたっぷりな泣ける物語の中にさりげなく、だが力強いメッセージがある。

    おなじ人間として生まれた命が、みんな同じように成長していかない運命の不平等さ。それを深く深く考える一人の女性、岬の分教場の12人の一年生を受け持ち教える先生。先生自身も子供たちに教えられ成長をとげ、強くなっていく。

    と書くと普通で面白みが無いようなんだが、そこがストリーテーラーの腕の見せ所、小豆島という背景と愛情とおかしみという味付けがすばらしいのだ。

  • “いっさいの人間らしさを犠牲にして人びとは生き、そして死んでいった”
    “一家そろっているということが、子どもに肩身せまい思いをさせるほど、どこの家庭も破壊されていた”
    戦争の中で十二人の生徒がそれぞれ懸命に生きる。その中での女性教師の怒り、悲しみ。
    伝えなくてはいけない1冊。

  • 話が短い上に登場人物が多く、内容が薄いのではないかと読む前は考えていた。しかしそんなことは全く無く、12人の子供一人一人の人生がそれぞれしっかりと描かれていた点が良かった。
    物語の前半と後半では雰囲気が全然違く、飽きることなくどんどんページをめくった。
    日本史が苦手なので時代背景などは掴みずらかったものの、非常に楽しめた作品だった。

  • 300ページに満たないこの薄い文庫には、周知の通り、瀬戸内の小さな島の太平洋戦争をはさむ二十数年が描かれる。庶民の目と声に語らせた強い反戦の思い、貧しい暮らしの中での小さな喜び、華美な描写を省いた短い文章と台詞がいかに生き生きと自然や人間を感じさせるか…伝わってくるこれらの点だけをとっても屈指の存在と思うが、加えてこれは過ぎゆく時間の物語でもある。
    去った時は戻らず、惜しんでも何もかもが指をすり抜けてこぼれていってしまう。地上に生きる人間に共通のこのテーマすら内包して、世界に誇るべき名作。読み継がなくてはー!

  • 壺井榮の代表作のひとつ。小豆島が舞台となっており、映画化も複数回されている。初回の木下監督、高峯秀子の大石先生が個人的に好き。母の実家付近もロケ地となり、撮影途中に自宅の便所を借りにきたことが母の語り草となっている。

  • 元々学校現場にいたので、大石先生の立場に立ったときの葛藤は昨今の教育現場を踏まえても、わりと共感できました。
    というのも、誰の方に向いて授業を行っているのかな、と最近の学校教育でも感じることが多いのです。
    本来は、大石先生みたく生徒たちの「瞳」に向けた授業をしなければならないし、それが教育なのではないかと改めて考えることができました。

    初めて読みましたが、もっと早く読んでおけば良かったなと思いました。

  • 牧歌的な島の風景やなごやかな小学校生活の中に、家庭ごとの貧しさや時代の暗い影が描かれる。小学校低学年のこどもたちが大人になる過程で幾人かが身売りされたり兵隊にとられたりする。そして新任の教師時代に違和感を抱いた「老朽」の教師が岬へ赴任することについて、時を経て主人公が同じ境遇になる。教師と生徒を問わず、戦争によって生活の変化が等しく訪れることが強調される。

    解説を読む限り、反戦平和のメッセージがかなり強い作品であるとのことだが、あまりそのように感じなかった。ただ、アカ狩りのシーンは無理矢理に挿入された感じがする。全体的に類型的な人物が多い。今でいうキャラクター小説か。だから時代を超えて読みやすいだろう。面白いかどうかは別にして。

  • 置かれた環境で、必死にもがく子どもたちに心打たれます。
    現代を生きる私達の働く意味をも考えさせられました。貧しい一寒村が舞台となっていますが、家庭事情によって幼き頃から仕事を手伝い働く姿、貧しくても活き活きとしている姿、ぶつかり合いながらも団結していく姿、いつの時も子どもたちは大切なことを気づかせてくれる、かけがえのない存在であることに変わりはありません。
    国のために生き国のために死ぬことが名誉であるとされ、反戦を口にすれば牢獄へ。自分の考えを持つことが許されなかった時代。
    これは二度と繰り返してはいけない過ちですが、間違いに気づき正していく姿勢を持ち続けること、これは現代にも通ずるものがあります。
    そして、子どものような女先生、大切なものを見失わない強さにとても惹かれました。

  • 家族の影響で手に取った作品。教師と教え子たちの短い交流を描いた作品くらいに考えていたが、昭和初期から終戦直後までの長い期間を舞台としていることにまず驚いた。
    戦争にせよなんにせよ、社会のひずみの影響をより大きく被るのは子供たちや弱い立場の人間たちで、そのことをけっして声高にではなく描いたこの作品には反戦文学という以上の重みを感じた。内容としては先日読んだ『母のない子と子のない母と』のほうがより心を打たれたが、この作品に触れるきっかけをくれた家族には感謝をしたい。

全30件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

明治32年(1899)8月5日、醤油の樽職人である岩井藤吉、妻アサの五女として坂手村(現小豆島町坂手)に生まれた。
幼少時に家計が傾いたため、他家の子守をしながら坂手尋常小学校へ通い、内海高等小学校を卒業。村の郵便局、村役場等に勤める傍ら文学書を読む。
大正14年(1925)同郷の壺井繁治をたよって上京し結婚した。繁治や黒島伝治、佐多稲子などプロレタリアの作家の影響をうけ、昭和13年(1938)処女作『大根の葉』を文芸に発表。以来『暦』『初旅』『母のない子と子のない母と』など、小説、随筆を1,500篇あまり発表し、新潮社文芸賞、児童文学賞、芸術選奨文部大臣賞、女流文学者賞などを受ける。
中でも昭和29年(1954)木下惠介監督で映画化された『二十四の瞳』は一躍有名となり、今日の観光小豆島の盛況の端緒を開いた。
昭和42年(1967)5月3日内海町(現小豆島町)名誉町民の称号が与えられる。6月23日67歳、東京で没した。

「2025年 『絣の着物 壺井栄戦争末期短編集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

壺井栄の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×