海神別荘・他二篇 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1994年4月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (159ページ) / ISBN・EAN: 9784003127155

みんなの感想まとめ

人間界ともののけの世界との対立をテーマにした作品は、描写が豊かで鮮やかなイメージが脳裏に浮かぶ魅力があります。特に、純粋で理想的な青年「公子」と、普通の女の子「美女」の結婚を描いた物語は、理想と現実の...

感想・レビュー・書評

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  • 夜叉が池等と比べると小粒感が免れない。
    ただ戯曲は劇場で見た時はまた違う感想が生まれるものなので、こちらの舞台を見て見たいとも思う。

  • 晴れた涼やかな風が吹く午後に微睡みながら読んでいると夢と真の間を行き来して実体験のような読書体験となった

  • 戯曲3篇。戯曲なので小説よりも展開はわかりやすい。(少なくとも前日に読んだ草迷宮よりか理解しやすい!)ただ、面白みでいうと普通だなあ。

  • 泉鏡花に初めて触れた作品。坂東玉三郎と市川海老蔵の歌舞伎の鑑賞後に読んだところ、イメージ相俟ってとても美しかったので、星4つ。

  • 泉鏡花 戯曲3編
    設定が面白い〜浦島太郎の竜宮城みたいな海底の国とか、マゾヒズムとか、丑の刻参りとか



    表題「海神別荘」は 美意識高い名言が多い
    *貴く、美しいものは亡びない
    *女の行く極楽に男はいない〜男の行く極楽に女はいない
    *誰も知らない命は生命ではない


    「山吹」は 不倫やアブノーマルな関係から、生きる意味(生きるとは 自分の行きどころを見着けること)を問うている。山吹の意味は 新たな発見、原初的な美しさ。末文の意味は 苦悶自体が生の意味と捉えた








  • 人の娘が海の神に嫁いだり、人形使いが道行く女性を倒錯した世界に引きずり込んだり、男性を呪い殺そうとする女性が女の神に助けられたり...
    何と言うか、妖艶だけでは語りきれない世界観。
    非現実的なストーリーの中でも人間くさい、そんな感じです。
    やっぱり泉鏡花は面白いです。
    ぜひ。

  • 表題作が1番好みだった。

    2作目の雰囲気も好きだな。

  • 表題の「海神別荘」。海の宝を得るかわりに生贄として海に沈められた美しい娘。小舟が沈むが死ぬことはなく遥か深海の海神の殿に迎えられる。そこは素晴らしい夢のような場所であった。そんな素晴らしい現状を、両親に見せたいと願い人間界に赴くが娘の姿は人間の目には大蛇にしか見えない。ぼろぼろになって再び海の底の殿に戻るが嘆き悲しむことを嫌う海神は娘を殺せと命ずる。しかしあわやのところで娘は心変わりし己の幸福に気づく。処刑は取り消され娘と海神は結ばれる。艶のある表現であでやかな海神の世界を堪能できました。

  • 漁師の娘が人身御供として公子の元へやって来る話だが、公子から見た人間の業や見栄、虚栄心の描かれ方が面白い。
    公子が漁師の娘に言うことが正論ばかりで、逆にそれによって漁師の業の深さが浮き彫りになり、読んでいくほど何という父親だという思いが大きくなるが、これほど酷くはなくても誰しも似たような部分があるかもしれないと気づかされた。

    娘が公子に刀を突き付けられて、人間から転生する際の台詞がとても良かった。

  • 表題作の『海神別荘』は、二つの世界を分ける水、垂直構造の舞台設定、「美しい人間」の通過儀礼→転生などが『天守物語』『夜叉ヶ池』と共通している。流れるような文体は勿論のこと、醜い人間の魂が海月になったり、宮殿の侍女の化粧の泡が貝になったりする鏡花の比喩や連想は本当に美しい。「世間」を捨て去ることのできない美女が公子によってたちまち浄化されてしまうのはロマンチシズムの極致と言える。

    『山吹』は幕切れで仕事を選択する画家が地味に強烈。非人情な画家の視点から美を追求する小説は『地獄変』『草枕』等この時代結構多い。

    『多神教』はオノマトペが印象的だった。泉鏡花の描く神や妖怪は残酷だけど、考え方が首尾一貫していてこっちのほうが正しいんじゃないかとか思ってしまう。

  • 『海神別荘』

    『山吹』

    『多神教』

  • 再読。幻想的な怪異の登場する戯曲集。

    「多神教」は、これぞ「ザ・鏡花」なカッコイイ媛神様登場。丑の刻参りがバレて神主らに追いつめられた娘を媛神様が救ってくれて女性読者はスカッと爽快。

    「海神別荘」は海の底の竜宮城のようなところで、珍しく女性ではなく若い男性の海神(乙姫様の弟)が登場。美しい人間の娘を海底に迎えるけれど、この娘の発言が、まあ人間らしいっちゃらしいけど、かなり俗っぽい。それを逐一論破する公子の凛々しさよ。

    「山吹」は少し趣向が違って、怪異そのものではなく、むしろ鏡花の怪異ものに出てくる義理人情のわかる女性妖怪たちの出自が、元は人柱にされた娘だったりする由来譚のようなもの。こういう娘が、眷属を引き連れて、やがて女妖怪になるのだろうなと匂わせる。

  • 泉鏡花で戯曲というと『天守物語』が一番有名だけど、こちらの『海神別荘』も面白かった。
    解説にも引用されているが、終盤の美女の台詞が素晴らしい。
    同時に『山吹』と『多神教』も収録されているが、『山吹』は最後の画家の台詞、『多神教』は媛神が現れてからのシーンがすごく良かった。

  • 鏡花の妖怪三部作の最後の一作。
    天守物語には劣るものの、個人的には夜叉ケ池より好み。
    龍の公子に刀を突きつけられた際の女の台詞が秀逸。
    俗から聖へと一瞬で変化する女の心を表現するのに、これ以上の台詞はないかと。

  • お耽美。破滅的にビューティフル。
    泉鏡花もっと早く読んでればよかった!

  • 「この宝玉も、この指輪も、人が見ないでは、ちっとも価値がないのです。」by美女

    海の財宝と引き換えに、海底の宮の公子のもとへ捧げられた美女。恵まれた身分を手にした彼女は、故郷の人々へ自分が無事幸せに暮らしていることを知らせに行きたいと願うが…鏡花の幻想的な戯曲の代表作「海神別荘」他「山吹」「多神教」を収録。

    父親の欲の犠牲となって公子のもとへ贈られた美女は、鏡花の表現を追う限り一見純粋無垢な乙女に見える。ところが、沈められるままに自分の運命を嘆くのではなく、望まれて海へ沈められるということは、そこに自分を望む何かがあるに違いないと、覚悟してやってくるしたたかな面もある。

    さらに驚くことに彼女は、自分が公子の妻として迎えられ海の宮で財宝にも恵まれて幸せに暮らしていることを故郷へ伝えに行くことにより、活きていることを実感したいと言い出す。人ならぬ公子は、他人に価値を認めさせて得る幸福の空しいことを指摘する。このあたり、どこまでも人間臭い美女と違う価値観に生きる公子の対比が非常に面白い。

    美女はそれを押し切って故郷へ戻ったものの、すでにこの世のものでは無いわが身が、生ける人々には恐ろしい蛇の姿にしか映らず、幸福を知らせるどころか、父親にさえ追われる身となって絶望のうちに海の宮へ還ってくる。「だから言っただろ~」な公子に対しめそめそ泣きつつも陸への未練を断ち切った美女は「どこまでもあなたについてゆきます~」という展開になる。

    海底の宮で繰り広げられる幻想的なこの戯曲、近年では玉三郎の美女・海老蔵の公子による歌舞伎の舞台が記憶に新しい。その衣装も宝塚チックな洋風だったが、この戯曲によれば本来、美女は振袖に島田、公子は黒髪を背に捌いた直垂姿とある。だが、かしずく侍女たちは洋装で、舞台の大道具にはドアやテーブルが想定されている。鏡花の思い描いた舞台ってどんな感じだったんだろ…

  • 読了。大正期の戯曲脚本三本、「海神別荘」、「山吹」、「多神教」収巻。
    「海神別荘」は、わたつみの財宝と引き換えに海神の元に輿入れさせられる、傾城傾国の美女の話。
    様々な葛藤を超えて郷に入り従うまでの苦悩、特に俗人のそれと大きくかけ離れた海神の価値観を受け入れるまでの件も、周囲の描写と相まって、とても幻想的で美しい。
    「山吹」はマゾヒズム、「多神教」は丑の刻参りが、題材となっており、いずれも常識や当たり前を疑ってかかる様な内容になっている。

    大正時代も変態フィーバーだったんですかね。少し谷崎のかほりが..

  • 「海神別荘」ってこれ最後すごい美女にとって辛いことになってないか、とか、「多神教」でこれ神職にどうしろというんだ、とか思いつつ、美しい女の話は気になる。舞台で見たら全然違うんだろうな。

  • 何よりも文章の神秘的さが
    魅力の作品なのです。
    表題作は不思議な世界観です。
    そう、いけにえにささげられた女性の
    その後の世界なわけです。

    それでも前の世界を忘れられない
    女性はその世界に戻ると…
    ああおそろしや…

    他には最後の「多神教」が
    思わぬ展開をもたらすので
    面白いこと間違いなしです。

  • 10年前に、ネオかぶきの花組芝居で観た演目。
    花組+泉鏡花というお耽美の相乗効果で、当時はなにがなんだかわかりませんでした。
    入って行けなかったという感想を抱いて、その後ずっと忘れていましたが、今回原作を見つけ、観劇のことを思い出して、読んでみました。

    そもそもの原作の言葉使いが古風で雅なんですね。
    花組の発声でこのセリフを言われても、ちゃんと内容が分かっている人でないととっつきにくそうです。

    短い戯曲ですが、その中に鏡花の美学がぎゅっと詰められています。
    八百屋お七の処刑を幸せだとする捉え方が斬新でした。
    悲しんではいけない海の底の世界に、幸福な王子のサンスーシ宮殿を思い出します。

    親子の情愛がもろくも金銀財宝に砕かれる様子、地上と海底での美の基準の違い、怒りの表情に見出す恋しさ・美しさなど、既存のイメージとは異なる、鏡花流の美学が、流麗な文章に乗って綴られていきます。

    海の公子と美女が、腕を互いに組み、刃を当てて滴り落ちた血を互いにすすり合って永遠の愛を誓うラストシーンは、舞台でも強烈に印象に残っています。
    地上とはルールが違うため、悪にもとれる美学を傲然と説く公子が格好良すぎ。読んでいてクラクラします。
    もう一度、この演目を観てみたくなりました。

    (2000年の花組芝居観劇記)
    http://lily-art.seesaa.net/article/13281969.html

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著者プロフィール

(いずみ・きょうか)
1873年金沢市生まれ。1893年、「京都日出新聞」の「冠弥左衛門」連載でデビュー。主要な作品に、「義血侠血」(1894)、「夜行巡査」(1895)、「外科室」(1895)、「照葉狂言」(1896)、「高野聖」(1900)、「婦系図」(1907)、「歌行燈」(1910)、「天守物語」(1917)などがある。1939年没。近年の選集に、『泉鏡花集成』(ちくま文庫、全14巻、1995-1997)、『鏡花幻想譚』(河出書房新社、全4巻、1995)、『新編 泉鏡花集』(岩波書店、全10巻+別巻2、2003-2005)、『泉鏡花セレクション』(国書刊行会、全4巻、2019-2020)など、文庫に『外科室・天守物語』(新潮文庫、2023)、『高野聖・眉かくしの霊』、『日本橋』(ともに岩波文庫、2023)、『龍潭譚/白鬼女物語 鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー、2023)などがある。

「2024年 『泉鏡花きのこ文学集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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