天(そら)うつ浪 (後篇) (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1951年5月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784003190371

感想・レビュー・書評

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    とんだ肩すかしだ。
    なんか一年に一回はこういう肩すかしに見舞われている気がする。

    蝸牛先生の長編作品。
    なかなか手に入らなくて苦労したが、神田で下巻を入手しようやく着手した。
    『天うつ浪』は一度は読書体験すべし、という言葉に触発されて探し回り意気揚々と読み始めたんだが、なんと言うことだ。
    いや、内容云々ではない。未完なのだ。本著は、
    それもここからって所を前にして終わるんだもの困ったもんだ。本題に入る前の序章で、だ。
    気になるじゃない、なんなのよ、え、どういう事?っと言うのが今の感想。


    そんな落胆もありつつさて、本著についてなのだが、本著は文語体で書かれている。
    そうなると時代性、と言うか現代との隔たりのようなものを感じる事が私の場合は常なのだが、おどろくほど鮮やかに描かれる登場人物の人間性や場面描写がそれを見事に跳ね返してくれている。
    いやそうなのだ。長らく文語体が苦手でどうしようもないと思っていた私だが、蝸牛先生の鮮やかな描写力にかなり助けられた。
    たどたどしく私が読み進めても、場面がしっかりと現れるのだ。
    表現の妙とも言うべきか。


    この後物語はどうなるのか、非常に気になるが真相は闇の中。
    『明暗』、『カラマーゾフの兄弟』そして今回の『天うつ浪』世の中には未完の名作って多いのね。
    個人的にはカラマーゾフが一番最後まで読んでみたい作品なんだけど。アリョーシャのその後気になるやん。
    まぁ未完はそれはそれとしてその後の物語の行方に此方が勝手な余地と希望を見いだせるという楽しみ方もあるのやもしれない。
    ものは考えようだ。名作とあげる人は現存する部分の秀逸さからそういう風に考えているのかもしれない。
    いや、私はね、よくわからんけども。もうそうとでも考えないと消化不良なんだよねこちとらさ。


    『五重塔』で得たあの驚きの感覚は素晴らしい記憶となり残っている。アレがあったから今回も手を出す気になったのだ。
    そして再びのそれを期待して今回挑んだのだが、まさかこんなオチに見舞われるなんて、おもいもせなんだ。
    いや、おかげで文語体にだいぶ自信はがもてるようにはなったが。
    この勢いで鴎外の『寒山拾得』にでも手をだそうかな。あれは一度挫折しているのだ。そろそろ読み時かな、

  • 未完。
    後編は殆どお龍とおとうの話。最後の方、島木とおとうたちが繋がるような雰囲気が出てきて終了。
    伏線を広げるだけ広げて、残念ながら何も纏まってない。
    解説を読んで、戦時下(日露戦争)の雰囲気で露伴が一度中断したことは分かっても、未完のままの理由はイマイチ分からない。前半で面白そうに思えただけ残念。
    まあよく考えてみれば水野と五十の件も半端で、肝心な五十の思いも読み取れないなと思ったし、失敗した小説であることだけは理解した。

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著者プロフィール

1867年(慶応3年)~1947年(昭和22年)。小説家。江戸下谷生まれ。別号に蝸牛庵ほかがある。東京府立第一中学校(現・日比谷高校)、東京英学校(現・青山学院大学)を中途退学。のちに逓信省の電信修義学校を卒業し、電信技手として北海道へ赴任するが、文学に目覚めて帰京、文筆を始める。1889年、「露団々」が山田美妙に評価され、「風流仏」「五重塔」などで小説家としての地位を確立、尾崎紅葉とともに「紅露時代」を築く。漢文学、日本古典に通じ、多くの随筆や史伝、古典研究を残す。京都帝国大学で国文学を講じ、のちに文学博士号を授与される。37年、第一回文化勲章を受章。

「2019年 『珍饌会 露伴の食』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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