遊仙窟 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1990年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (330ページ) / ISBN・EAN: 9784003203514

みんなの感想まとめ

この作品は、唐代の伝奇小説であり、主人公が仙境に迷い込み、美女たちとの詩的なやりとりを通じて繰り広げられるエロティックな物語です。シンプルな筋書きの中に、詩や舞踊、武芸が求められる当時の富裕層の文化が...

感想・レビュー・書評

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  •  主人公の張生が旅行中に神仙窟に迷い込み、仙女の崔十娘 (さいじゅうじょう) と王五嫂 (おうごそう) の歓待を受け、歓楽の一夜を過ごすという筋。
     ご飯とエロ描写に優れており、これを単なる俗物とするのではなく、ある種あこがれの世界、こういう風な世界に近付けると面白いよなという模範になっている作品だと思うし、万葉集などに多大な影響も頷けるものである。ラストはちゃんとキスシーンも愛撫シーンも、おっぱい揉んだりもあるし、体位もあるし、間接的だけど、勃起して射精して萎えるところまで書いてある。

     また、突如食べ物などの描写が豪勢になされる所も面白いところだ。

    【東海の鯔魚(なよし)の条(すわやり)、西山の鳳の肉のまるぼし、鹿の尾と鹿の舌、ほし魚と焼き魚、雁の肉のししびしおに、荇菜の漬物をそえた物、鶉の吸物と桂を加え米であえた肉汁、熊の掌と兎の股、雉の尾の肉と豺の唇など(P43)】
    【しばらくして、飲み物、食べ物がすべて来た。いい香りが部屋にみち、赤や白、色とりどりの品がずらりと前にならんだ。
    海陸の珍味、山野の果物、野菜をえりすぐってとりそろえ、肉は、竜の肝、鳳の髄があり、酒は玉醴(ぎょくれい)、瓊漿(けいしょう)があった。城南の雀噪(じゃくそう)の禾(あわ)や、江(かわ)のほとりの蝉鳴(せんめい)の稲、鶏の吸物、雉の吸物、鼈のししびしお、鶉のあつもの、桑の実で肥らせた小豚や、蓮の葉のでるころの小さな鯉があった。
    鵞鳥の子やあひるの卵が、銀の大皿に光りかがやき、麒麟のほし肉と豹の胎が、玉の畳子に目もあざやかに盛られていた。
    熊の生肉の純白と、蟹の醤(みそ)の純黄とのとりあわせ。さらに、まあたらしい魚の鱠(なます)は、紅い縷(いと)に劣らず輝いていて、ひえている肝は青い糸と色がまぎらわしかった。
    葡萄と甘蔗、愞棗と石榴。河東の紫の塩と嶺南の丹き橘。敦煌産の八つ実のつく柰(からなし)、青門の五色の瓜。大谷の張公の梨、房陵の朱仲の李(すもも)。東王公の仙桂と西王母の不思議な桃。さらには、南燕の牛の乳房に似た椒と、北趙の鶏の心臓そっくりな棗。(P50-51)】

    とある。
    庭の描写も面白い

    【園内は、そのとき、何万株ものさまざまな樹木が、青を含んで緑を吐き、花のむれが四方に輝き、紫を散らして紅を翻えしていた。
    激石と鳴泉、築山と石橋がある。夏・冬にかかわらず、愛くるしい鶯が錦の枝にさわぎ、古今を無視して、見事な魴が銀の池におどり、あでやかに花木がおい茂り、ひやりとした風が吹きそよぐなか、白鳥と鴨が分れ飛び、芙蓉(はす)がいりまじって出ていた。
    大きな竹、小さな竹のおびただしさは、渭南の千畝を圧倒し、花のつぼみ、花の咲きほこるにぎわいは、河陽一県をしのぐ盛観で、青々とした岸の柳のしなやかな枝は武昌の柳をはらいのけ、さかんに茂る山楊の箭幹は、董沢の蒲より多かった。】

    十娘の寝間の描写もこれ。

    【屏風が十二双めぐらされ、画障(えのついたて)が、四、五帳おいてあり、両頭に、いろどりのある慢(かたびら)をしつらえ、四隅に香袋がさがっていた。檳榔と豆蔲子(ずくし)、蘇号と緑沈の香などである。あざやかに紋様を織り出した枕をおく蓆(むしろ)や、眼もあやないろとりどりの衣裳をしまう長持があった。
    あとについて寝室に入ると、あちこちに綾織物や薄物の衣裳が輝いていた。鏡台には蓮花の飾りがあり、金の履には翡翠が細工してあった。帳の入口には、銀製の虺(き)の装飾が施され、寝台のはしには、玉の獅子が置いてあった。蛩駏を織りこんだ毛氈が十重ね、鴛鴦の図柄のある被(ふすま)が八畳、それぞれ置いてあり、かずかずの袍と袴(こ)とは、世にもめずらしいほど艶麗であった。見目形は生まれながらそなわるものだが、真底からの色好みなのである。
     紅い衫(ころも)のさきがすぼまって臂(うで)をいくらかしめつけ、緑の袜(むねあて)が乱れて腰にすこしまつわっている。しばしば、帛巾(ひれ)でもって払い、また、調合した香をとってたいた。華やかさは、充分に具わっていたが、もとから着こなしが上手なのであった。
    とりすまして金の釵をなおし、魅力を秘めた手つきで、刺繍の褥(しとね)をかさねていた。】

    あと、二人でお互いを脱がせるシーン。
    P89-90にある。

    【魚油の灯が四方に輝き、蠟燭が両側に明るかった。
    鞾履を脱がせ、袍衣をたたみ、幞頭をとっておき、腰帯をかけさせた。それから、十娘のため綾の被(うわがけ)を支度し、薄物の裙もとき、紅の衫(ころも)を脱がせ、緑の袜をとった。】

     あと44Pにあるとおり、「十娘が負けたら、わたしと一夜、一緒に寝ます。わたしが負けたら、十娘と一夜、一緒に寝ます」みたいな発言があるように、この小説の面白さは、3Pはじまるんじゃ? というどきどき感と、さらには性行為をするにぎりぎりまで寄せていきながらも、確定しながらも、まだ行為には及んでいない言葉のやり取りの面白さを楽しむもので、たぶん、日本にとっては空前のカルチャーショックではなかったかと思う。
     こうした、上手く作られたものを上手いと評価するという土壌は、古代より続いていて、儒教に照らし合わせてダメだとか、ある思想に基づいて、それに沿っていないからダメとする文化は、日本には根本的に成立しないのは、この遊仙窟への評価からも見て取れる。
     この話の十娘は、結構な家柄のお嬢様で、若くして夫を亡くした未亡人で、元人妻、しかも再婚しない、それでいて主人公をお慕いするという、男にとっては、一夜やりて~というすべての条件を備えたものである。また、男のほうは、富貴の家柄でまあまあ裕福だったのに、没落して、でも試験とかは頑張って勉強していて、いまは下級官吏としてぼちぼち働いているというもの。
     これで読者層は自分を重ねるに違いなく、役人にはなれてるけど、うだつの上がらない、一般中流男性である。それが、血筋のいい人妻未亡人に言い寄られる話である。普通にいまも通用する物語ではないだろうか。

  • 唐代(7世紀頃)に書かれたとされる中国の伝奇小説。筋書きはいたってシンプル。主人公(作者)は出張の途中で仙境に迷い込み、そこで二人の美女にもてなされ、しっぽり一夜のお楽しみ(笑)という、まあ要約すればそれだけのお話。

    その時代の唐の富裕層の人たちというのは詩作や舞踊、武芸など一通りできて当たり前のようで、もてなしてくれる美女・十娘(じゅうじょう)とその兄嫁・五嫂(ごそう)に主人公は隙あらば詩(※漢詩)を送り、返礼もまた詩という高度なやりとり、しかしその中身は結構エロティックで、たいへん高尚で婉曲な下ネタのオンパレード。あまりにも高尚すぎて現代日本人にはピンとこない部分もあるながら、たぶんあれもこれもそれも全部シモネタなのだろうなということだけはわかる(笑)

    本文は100頁足らずだけど、同じくらいの量の訳注があり、さらに「醍醐寺蔵古鈔本影印」(※原本を写真撮影したもの)まで収録されているのだけれど、素人には勿体ない資料でとてもじゃないけど理解を深めるにはいたらず。残念ながらざっくり本編のストーリーを把握するのみで終わってしまったのだけれど、もっと漢詩を勉強していればさぞや読み応えがあろうという岩波文庫らしい内容。

  • 冒頭と結末はやたらシリアスな調子だが、中身は、押して、引いて、じらして、じらして、ついにやったぜ、のポルノの定石を技巧を尽くしてやりまくっている。本文の二倍になんなんとする分量の訳注解説その他を参照しつつ鹿爪らしくエロ本を読むという奇妙な体験。

  • 遊仙窟
    醍醐寺蔵古鈔本影印

    著者:張鷟(658-730、政治家)
    訳者:今村与志雄(1925-2007、東京、中国文学)"

  • 天平グレートジャーニーつながりで。

  • 比較的見過ごされがちなテキスト。日本の話?と思ってたらネタ元だったりする。

  • 影印も載ってるし、訳注も詳しいし、解説もガッツリだから使いみちのある文庫本。

    まぁそれは置いといて、内容はエロいよね。えろえろです。
    ずっと後半はずっと口説いてるだけ。
    詩とかよく出来てるんだろうけど、わからんもん。

    でもあの手この手で口説き落とそうとしたり、さらにはそれをあの手この手で断っていくのが、次々重なっておもしろかったよー。

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