ケサル王物語: チベットの英雄叙事詩 (岩波文庫 赤 62-1)

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感想 : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003206218

作品紹介・あらすじ

チベット,モンゴル,中央アジアで吟遊詩人により朗誦され、親しまれてきたチベット文学の一大叙事詩。仏敵調伏のため神々の世界から人間界に転生したケサル王の英雄譚にして、チベットのはてしない天地を舞台に神々や悪鬼の化身である人間たちが繰り広げる、奇想天外でユーモア溢れる物語である(解説・注解=今枝由郎)

感想・レビュー・書評

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  • ケサル王の物語とは、チベットや中央アジアのチベット仏教圏で古くから吟遊詩人に伝えられてきた壮大な叙事詩だそうです。長大な物語ゆえ全編を一度に聞けることは稀で、基本的に吟遊詩人が伝えてきたのでまとまった文書として残されることも貴重らしい。本書の著者アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールはフランス人女性ですが仏教徒で探検家。チベットに行った際にこのケサル王の物語を聞き、特別に全部語ってもらったものを弟子のアプル・ユンテンと一緒に筆写して1冊にまとめたものがこちら。

    英雄叙事詩としては、英国のベオウルフなどを彷彿とさせられますが、吟遊詩人の口伝で伝わったあたり、琵琶法師が伝えた日本の「平家物語」などにも通じるものを感じます。ケサル王には実在のモデルがいる説、架空の人物説等いろいろあるようですが、基本的には仏教徒のための物語なので、仏教の神々(ってちょっと言葉に矛盾を感じるけど)が、仏敵を倒すために人間界に転生し、彼らの国を滅ぼしていくストーリーになってます。チベットではもともと仏教伝来前には「ボン教」という土着の宗教があり、ある意味仏教が彼らを駆逐していく物語ともいえるので、あまり仏教にそういうイメージはなかったんですけど、やってることはキリスト教と一緒ですね。

    さて、物語の発端はある母娘。母のほうはあるとき仏教の有難い教えに目覚め、インドへ行って学んで無事成仏した。ところがその娘のほうは仏教を信じず不幸な人生を送り、仏教を憎むようになる。そして死ぬときに、八犬伝の玉梓よろしく仏教を呪う言葉を吐き、その言葉通り彼女とその三人の息子は転生して仏敵の国の王となる。面白いのは、一人の人間が複数の人間に生まれ変われるところ。この女性は、ホル国のクルセル、クルカル、クルナクという三人兄弟の王に生まれ変わる。彼女の三人の息子はそれぞれ一人づつ、北国のルツェン王、西方のサタム王、南方のシンティ王に生まれ変わる。

    一方ケサル王は、もともと神界の人間。ここでいわゆる神々と呼ばれている人たちは、ギリシャ神話等のそもそも生まれたときから神様なのと違い、修行した偉い賢者が成仏した姿なので、○○菩薩や○○観音の他に、聞いたこともない人名がたくさん出てくる。彼らは前述した悪の化身たちが転生したことを知り、彼らを征伐するために誰か人間界に送り込もうと相談、パドマサンバヴァ師という一番えらい人の指名で、トェバ・トワという者がリン国のケサル王として人間界に転生し、悪を倒す任務を負わされる。

    ここから転生までも色々面倒くさい。まず両親選びから始まり、母親となる龍女ゼデンを人間界に連れてくるために策略がめぐらされ、リン国のセンロン王に彼女が仕えるように段取り、しかし嫉妬深い妃のせいで苛められたり、王様が勝手に巡礼に出て戻らなかったり、結構可哀想な目に合わされる。のち神意でケサルを身籠るも、彼は表向きはセンロン王の庶子とみられながら、やっぱり虐げられて自力でのし上がる。この遠回りはなんなんだ、という。これに限らず、主人公は神々の庇護下にあり彼自身も超人的能力の持ち主であるのに、もってまわった策略ばかり用いてかなりしちめんどくさい。いざとなったら一撃で倒せる敵にもなぜか変装して近づいたり、物語だから仕方ないのだろうけど、トンチキな展開が多くてたまに笑ってしまう。

    まあとにかくケサルがリン国の王となり、まず北国の王で人食い鬼であるルツェンをやっつけに行く。この悪鬼自体は神々のアドバイスもありあっさり倒すのだけど、なぜかその妻と部下たちに、ありがとう、もっとこの国にいてよ~ともてなされるうちに洗脳されて6年居続けてしまい、その隙に祖国リン国にはホル国が攻め入り、財宝も妻も奪われてしまうというマヌケっぷり(失敬)。国に帰ったら、もともと不仲だった悪い大臣トトゥンが敵に寝返って支配者となっているし、ケサル王の妻は敵のクルセル王の妻にされているし、しかも最初のうちはイヤイヤ連れていかれた妻がそのうち情が移って敵の息子まで生んでしまい、元旦那ケサルが迎えに来ても「やべえ!浮気バレた!」みたいな対応。まあもちろん敵はすべてやっつけられるんですけど、この奥さんしれっと元サヤに納まって、なぜケサルが許したのかよくわからずモヤモヤ。

    まあ詳細は省きますが、こんな調子で、残りの国も征伐。敵の大臣だったり息子だったりするけど、実はもともと神界ではマブダチだった人物の転生だったりして、ケサルに味方した者が新しい統治者として指名される流れ。つうかなんかもうみんな転生しすぎだし、なんで神界にいた素晴らしい人物や観音だったひとが、悪人の手下に生まれ変わったり、悪人になってたりするのか、仏教界のシステム謎すぎる。(ちなみに悪役大臣のトトゥンは馬頭観音の転生だそうで、なんでこんな悪人なのか謎)

    基本的にはこの、最初に呪いかけた女性と三人の息子の転生である4つの国の王を倒したところで終了なのだけど、吟遊詩人が語り継ぐ叙事詩ゆえ、さまざまなバージョン違いもあれば、さらに物語が付け足されていくものらしく、本書にも少しだけその後の物語も紹介されています。一種のスピンオフなので、他国への侵略理由が完全に理不尽なことになっており、英雄物語というよりは仏教が他宗教を駆逐していくさまを現してるようで微妙な気持ちに。ただエピソード自体は、くだんの悪徳大臣トトゥンが滑稽な役回りを演じており(93歳にして若い嫁欲しさに悪事を働く)笑える部分もある。

    読み物としては、つっこみどころもありつつ、単純に面白くもある。チベットの風習や死生観など、細部で勉強になることも多く、楽しく読めました。

  • 図書館で借りたものの読み切れずに返却。
    いや、面白いんですけどね。時間があるときにゆっくり読みたいなぁ…

    それにしても自分で毒を巻いて、それを治す治療師として赴くとかとんだ出来レース。さらにアフターフォローもしっかりしてないし、女性の目で見ると色々酷いな、神様…
    まぁそれも含めての神話なんだろうけど。やっぱり色々酷いよな、ウン。

  • チベットで朗唱される長大な叙事詩を、長時間かけて筆記し、フランス語に訳したもの。神界から人間界に生まれ変わり、仏敵を滅ぼすケサル王の物語。

    https://navy.ap.teacup.com/book-recommended/574.html

  • 要約 神の生まれ変わりケサルという無敵の人間が世界に散らばった仏敵を倒す話

    正義は手段を選ばすに実行すると残酷になるということと、善悪という二面性で物事は語れないということを改めて認識させてくれる良書。
    物語はともかく、1000年も前の物語をいまだに吟遊詩人が語り継いでるのは、平家物語と琵琶法師の存在を知っている身からするとすごいな~って思う。

  • 思いの外分厚いかったし初の民族叙事詩だしで若干日和っちゃったけど、好奇心には勝てず、そして無事に読了できた。

    フランス語からの重訳ということは少しだけ残念に思えたけど、解説を読んだら何となく納得できた。

    特に序盤の龍女ゼデンとか、ケサルの出生にまつわる話なんかは、20世紀以降のマジックリアリズムにまるで引けを取らないほど奇想天外で、読み手の興味を存分にくすぐる。

    ブラフマー神がいろんな派生パターンで登場したのには笑っちゃった。

    後半のタジク王征伐のところ以降は、何となく作風が変わったというか、控えめになったというか、何より大義名分のとことかがテキトーでそれでいいの?笑、みたいなスタンスで面白く読めた。

    主人公側からしたらケサルはめっちゃヒーローだけど、敵側からしたら本当にたまったもんじゃないと思う。

    めちゃくちゃ都合の良いストーリー進行で、最強装備で不死身のケサルが敵と戦うのをやめた方がいいと毎回臣下が諌めるのも笑っちゃった。そして毎度毎度大勢の兵とともに進軍してんのに、最後の最後でやっぱ一人で行きますみたいな。自分が兵だったら最初から一人で行けよ!と思ってしまうと思う。

    あとめちゃくちゃケサル性格悪い。なんか自分の強さをひけらかすというか、他の人を小馬鹿にしてみるとか、そういう主人公もありなんだなと思った。

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