朝鮮詩集 (岩波文庫)

制作 : 金素雲  金素雲 
  • 岩波書店 (1954年11月25日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003207215

作品紹介

韓竜雲他39名の作品より集録

朝鮮詩集 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 現在韓国の公演業界には文人ブームが来ており、『SMOKE』、『ファンレター』、『私とナターシャと白いロバ』等文人を題材にしたミュージカルが多く上演されているので、趣味と実益を兼ねて。
    読みながら、しみじみと良い詩がたくさんあるなあと思う。
    個人的には金起林が好きかな。

    序を島崎藤村が書いていたり、李箱の“翻訳者に送られた私信(日本文)”を詩の形に繋ぎ合わせたものが掲載されていたり、レアな見所も。
    というかこんな文章の手紙が届いたら惚れ惚れして帰ってこれなくなりそう。

    白石の詩も掲載されているのだけれど、『私とナターシャと白いロバ』が載っていないのがちょっと惜しい。

  • ★●野菊/異河潤

    愛ほしや野に咲く菊の
    色や香やいづれ劣らぬ
    野にひとり咲いては枯るる
    花ゆゑにいよいよ香はし。

    野の花のこころさながら
    この國に生まれる詩人
    ひとり咲き ひとり朽ちつつ
    偽らぬうたぞうれしき


    ★●桐の葉/韓龍雲

    風のない空から 垂直の波紋を描いては静かに舞ひ散る桐の葉ー、あれは誰の足音でせう。

    霖雨の晴れ間を 西風に吹き追はれる黒雲の崩れた隙間から ちらりとのぞいた蒼い空ー、あれは誰の瞳でせう。

    花もない大木の 苔古りた肌のあたりに 仄かにこもるえいはれぬ香りー、あれは誰の息吹でせう。

    源を知る人もない遠い山あひから流れては 河床の小石転ばすせゝらぎの音ー、あれは誰の歌聲でせう。

    蓮の踵で涯しない海を踏み 紅玉の掌で西空を撫でさする落日の粧ひ 遠茜ー、あれは誰の詩なのでせう。

    燃えくづれ 燃えつきては またして炎ゆらぐ 消ゆる日のない心の嘆きー、これは誰の夜を護る か細い灯でせう。


    ●海裳

    岸辺に咲ける
    海裳の
    なにを愁ひて
    うなだれし

    風の戯れに
    羞じらひて
    染めたる頬の
    愛しけれ


    ●わが戀は

    水の面に
    映ろひゆらぐ
    たそがれの
    影にも似たれ
    わが戀は、
      さびしとも さびし

    月沈む
    夜更けの庭に
    舞ひ散らふ
    落葉に似たれ
    わが戀は、
     音さへ得立てず。



    ★●淡雪

    淡雪の降りしきり
    降りつもりては消えゆくあはれ、
    雪ながら はかなしや
    ひねもすを念ひつのりて
    夜明くればあとかたあらぬ
    わが想ひにも似たれ かの雪。


    ●花の訓へ

    春かぜに
    花ひらく、
    かの人来るらし、
    春かぜに
    花ぞ散る、
    かの人の去りゆくらし


    ★●不純の血

    不順の血!
    不順の血は動脈へかへれ。

    いまは正午、真夏の
    生命の絶頂、動脈の季節、
    細菌よりして人類に至るまで
    宇宙の隅々に
    行進の喇叭は鳴りわたる。

    おゝ 不純の血! 汝は
    いまこそ汝の宿命へかへれ

    病める魂よ!
    頭から爪足までの 不順の血の蹂躙よ!

    光明の一を 闇夜に
    置き代へたかなしみよ!

    おゝ 不純の血!



    ●裸ん坊の歌

    おいらは裸ん坊だ
    一切がおいらには無用だ
    是非も知らねば善悪も知らぬ
    おいらは裸ん坊だ

    おいらは裸ん坊だ
    制度因襲の端正な見繕ひに秋波を送り
    悪臭放つ道徳に鼻を突つ込んだ
    おいらは本能の前に脆くも降参した生えたての幼い草だ

    おいらは稚い草だ
    おいらは裸ん坊だ
    おいらにはたゝ成長があるばかり、

    太陽と星辰の隕命の日まで
    おいらには生長の甘露が降り注ぐのだ。
    生きとし生ける生物ともろともに
    おいらは 窮りない成長の祝宴を開くのだ

    そこで おいらは歌ふ
    萬物の霊長たる人間から
    肥溜を宇宙とする蛆虫に至るまでー
    だが兄弟たち
    おいらがこんな歌を
    (こんな出まかせな矛盾だらけの歌を)
    躊はずに君達に送るのを喜んでくれたまへ

    新しい種族よ!おいらの兄弟よ!
    君たちは棄てるのだ つゝれの襤褸ぎれを
    そして絶望の陥穽から今の今はひ上がるのだ
    雄ゝしく健気な新しい種族よ
    朝の光は金の矢を射放つ
    生長の畑はまだ處女地だ
    開拓の鍬を振りかぶるのだ
    艶々しい裸身を大地に踊らせて
    巨いなる朝の歌を合唱するのだ。

    おいらは裸ん坊だ
    いらたちは裸ん坊だ。
    個性はおらたちの蒔く生命の種、
    おらたちには天災も地変もない。
    おらたちは生えたての稚い草と一緒に
    陽の光を食べ、呑み、身に纏ひながら
    永遠の生命の朝を歌ふのだ。


    ●うたごゑ

    よきひとのうたごゑは
    こゝろにぞ濡れそぼる

    ひねもすは外にたゝずみ
    きゝまもる うたのしらべの
    暮れなづむ夕の耳に
    はた よるのゆめに泌むなる。

    あはれ かのうたの細音に
    睡こそいよいよ深しや

    ひとりねのわぶる臥床も
    さながらに ゆめのはなぞの

    しかすがに 醒めてののちの
    うた一つあらた憂たてき、
    うつつこそ いかにせつなさ
    かのうたの ききつつわする


    ★●ついぞ昔は

    春秋ならず夜毎の月を
    ついぞ昔は知らなんだ。

    かうもせつないためいきを
    ついぞ昔は知らなんだ。

    月を仰いでみるものと
    ついぞ昔は知らなんだ。

    いまにかなしいあの月を
    ついぞ昔は知らなんだ。



    ★●海

    ふたゝび われの若きにかへるは
    かのなつかしき裳の
    わが脚にまつはるとき

    やがて たをやかの腕に
    わが抱かるゝとき
    骨は真白き貝殻のごと
    かの懐に在りて光り燦く幻覚に酔ふ。

    わが胸を小さき港に譬へなば
    うねり寄る渚の浪は
    異国の夢するわが訪ひ人
    想ひは千尋の海草と遥るゝなり。



    ★●東伯の葉に耀ふこころ

    わがこころのいづかたにか 涯しなき江流る
    さしのぼる朝日影 艶やかに光をぞ添ふ、
    眼にか 胸にか はたまた血脈にか
    こゝろに さやにこもらふところ
    わがこゝろのいづかたにか 涯しなき江流る。


    ★●雨の日

    空のポケットに手をさし込んで ポールヴェルレーヌくちずさむ日
    総身がぶるんぶるん、泪もちくりと出るわいの、
    雨のかうまあ降りしきる日は
    哀れな科白の千ほども 書きつ散らしたものかいな。


    ★●蝶と海

    誰も水深を教へたものがないので
    白い蝶は海の懼れをまだ知らない

    青い大根畑かと下りて行っては
    いたいけな羽を浪頭に浸し
    王女のやうに打萎れてかへる

    三月の海原に花の匂はぬうらはかなさ、
    蝶の背に蒼白い新月が沁みる


    ★●ガラス窓

    ねえー
    わたしのこころはガラスかしら、冬空みたいに
    こんな小さい吐息にも ぢき曇つてしまふ。

    触ればまるで鉄のやうで そのくせ、
    ただ一夜の霜にも罅が入るもの。

    吹雪の日は音立てて鳴り、
    夜の退いたあとは頬いっぱい潤う泪

    燃えあへぬ情熱 こうもりたちの燈臺、
    夜毎の星を羨んでは仰いで明かすー。

    ねえー
    わたしのこころはガラスかした、
    月の光さえ こんなに砕けてしまふ



    ●池

    もろもろの輝くもの綾なすものを吸ひ盡して
    池は真夜中の弛む瞳のやうに眼を閉ぢる

    杜の中で 池はうはばみのやうにとぐろを巻く
    きらびやかな 芽くるめく 一切を呑み下してー。

    われとわが沈黙に身が竦める
    底知れぬ透りに息を呑む

    蔽ひかぶさる闇の中で又のやうに閃くのは
    光と色が溶け残した精気の凍り

    風で罅がはいり 雨脚に突刺されても
    池はなく目覚めて 遠い暁の空を見あげる


    ★●空莫

    悲哀の言語を滅し
    信念の忠誠を滅し
    時代の苦悩を滅したる後、

    わが体重は軽気球と化して飛ぶ、
    わが未来は軽快に上昇する、
    さて終いには 冠毛の如く空の涯に到りて啼く


    ●★個性

    いぶせき山里の
    石一つと生ひて
    巌とはならざるとも

    いと小さきせゝらぎにして
    つひに大海に到らざるとも

    汝、無限に飛翔する瞬間を見失はざれ。



    ★●南に窓を

    南に窓を切りませう
    畑が少し
    鍬で掘り
    手鍬で草を取りませう

    雲の誘ひには乗りますまい
    鳥のこゑは聴き法楽です
    唐もろこしが熟れたら
    食べにおいでなさい

    なぜ生きてるかつて、
    さあねー。


    ●?

    暁の靄垂れて
    やがて秋雨の ささやくごとし

    日出東海!
    海 翻り
    赤き陽よ湧け

    見透かす連峰の彼方
    海原の日をぞ招かむ
    こころに秘めし ねぎごとの
    いまこそ成れよかし

    岩壁 石門に入れば
    大本尊かしこしや
    身じろがぬ御姿 慈悲の化身
    生成たる血脈の流れ打つごと

    燭明かりに耀ひ在す
    観世音菩薩の聖像
    和やかに かつは巌か
    この燭消えぬ間に、
    いまひとたび拝まむ こころの扉押し開きて

    新羅の華、不滅のいさをし!
    千秋 星遷れど
    聖意の朽つる日ありや。


    ●無心

    薬缶に湯は滾り
    暫し枝に花の咲く

    炭火おこり
    花の咲く、
    湯は滾り
    花の咲く

    咲ける花に
    なし、夜なし、
    咲ける花に
    雨なし、雪なし。

    咲ける花に
    女なし、酒なし、歌なし、
    咲ける花に
    主人なし、さてはまた客もなし。

    なほも 炭火は赤く
    湯は滴り
    花の咲く


    ★●裸木

    将に冬の至らむとし
    新しき春に構へて浄きを願へる木は
    まつはれる葉を振り落し
    天空に頭かざして祈るなれ

    をりふしを風来り
    落ち葉の舞へば
    過ぎし日のあつき想ひ出蘇り
    身をこそ顫ふ。

    さはあれど祈は止まず
    信念の根を揺がする
    猛き風の如き襲ふとき
    決意の人の唇噛めるごと
    をののき遥ぎて立怺ゆるなり。

    すがれたる冬を労ひ
    雪白く降りて
    裸木に衣蔽へど
    はかなしや 凍れる枝に
    萌え出づる眼はあらざり


    ★●櫨辺哀歌

    夜もすがら風は鳴り 空に満つるなり
    裏山の柿の木の 葉一つ残らず散りたらむ

    季節の凋落、葉毎に宿る情熱の血を
    里の子等こぞりて踏みしだくなるべし

    刻さへ定めさへぬ おおわが破鐘よ
    鬱寂の夜空を そも黙守すべしや

    雲のかぎり叫べる雁の聲も
    いまははた遠のきたり 空蒼き彼方へ

    独り 櫨辺にゐて眼閉づれば
    郷愁の霧雨に しとど濡れゆく念ひ。

    夢のごと遥けき過ぎし日のわが愛よ
    汝が乳房より追ひ放たれて幾久しきぞ

    吹き荒るる風に 道なき道を
    辿り喘ぎて わが心臓の裂かれたるかな

    抱ける刃の赤錆びたるまま
    いづくんぞ堪ふべしや 路傍の屍を

    語らはぬ冷笑に現はれゆく文字の
    掻消すによしなきそこはかの想ひ出
    ーやがて雪白く野山に舞はむ。
    ーやがて日は暮れむ。


    ●春の月を捉らうと

    春の月を捉らうと
    蒼影を踏んで来てみたら
    丘の草を吹く風ばかり
    月は江の あなたはるかへ

    春の月を捉らうと
    金波を漕いで来てみたら
    石洗ふ瀬音は寂びて
    月は野を超え 峠向ふに

    春の月を捉らうと
    夜を葡つて来てみたら
    そつと顔をさしのぞかせて
    「夢でなくば よも来られまい」

    春の月を捉らうと
    夢を辿つて来てみたら
    星たちが立ちはだかつて
    「夢でなくば よも来られまい。」



    ●実験室

    生長する 成長する 結晶体
    瞬く間に 樹木のやうに
    枝がのび 小枝がのび
    鮮やかな彫刻、生命よりもなほ鮮やかな
    生長する 生長する
    試験管の中の結晶体

    濃厚な液体
    降下する温度
    鉱物体の
    化学合成物の
    美しき発芽
    生長する 生長する 結晶体
    精美にして整然、
    生長する結晶体
    その こよなき美のゆえに
    科学には 詩がある


    ●石

    石一つ雨に流れいて 苔蒼くむし
    静かなる黄昏の染み入るごとし

    かの石の下
    小さき蘭一つ植えばやな、
    石のごと もの言はず育ち
    月の光のごと 蒼き香りのこもむらに

    幾千年 過ぎし日の物語り秘めてか かの石
    幾千年 後の世の物語秘めてか かの石

    石に似て純らけく
    なごめるこころ肖からむ、
    聖堂に灯れる燈火のごと、
    汚れなき炎と わが老ゆるまで



    ●わたしの夢を


    陽ざしの透き通る空の蒼い路を踏んで
    見ばるかす山向うの見知らぬ国へ
    みぐるみわたしを抱き運んで下さるでせうか
    お母さんがもしも雲になれたらー。

    風凪いだ夜の空 静かな銀河を漕ぎわけて
    星の国残らずわたしに見せて下さるでせうか
    お母さんがもしも新月になれたらー。

    もしもわたしが山鳥になつて塒に寝入っているとしたら
    お母さんは鳥になって 月のない夜の空から
    その蒼い瞳でもって わたしの夢をさしのぞいてくださるでせうか。


    ●わたしの寝床を

    あなたは わたしの寝床をお譲りくださいますか
    あなたは なぜわたしが寝床近くへ
    あなたはお招きしたか ご存じなのですか
    そしてあなたは躊躇はず わたしの寝床のすぐ傍へ
    その慎み深い歩みを お運びくださるでせうか
    春よー

    わたしはこの麗しい緑の寝床を あなたが齎したことをよく存じています かつはわたしによき眠りを授けるため 陽もまだ沈まぬうちから


    ●野路に立ちて

    山の 白雲をいただけるごと
    わが頭上にかはらざる蒼空はあり。

    森林の如くに蒼空へ
    雨の腕を翳し得るは 如何に気高きよろこびぞ、
    強からねど わが脚は若き山脈、
    転びて止まぬてふ丸き地球を踏まへたり
    揺ぎなき山と一つに
    地球を踏まへて生まれくるは 如何ばかりのよろこびなるぞ
    生活の楚は骨に軋るもよし
    夕闇の野路に立ちて星の高きを仰がなむ


    ●篁にて

    篁へ行く
    篁へ行く
    一国に 繁れる 篁へ行く

    垂れこもる夜霧に蟲はすだき
    蟲のすだきに月の光の蒼白く潤みては流れ

    繁れるはよし
    ひたすらに念ひ哀しみ 篁はよし

    花粉と散り注ぐ月の光に
    立ちひそみて 竹のごとくに生きむかなわれ



    ●五月となれば

    五月ともなれば
    五体からは 一ばし植物の匂ひがする

    そのまま土に棄てたら
    いまにも四肢から蒼い芽が生えて出そう。

    五月の頃ほひは
    希はくばわが身よ 植物性と変れ

    日影は如何に暗かろうとも
    首から出た蒼い芽は 光の方向へ延び上がらずにゐない

    五月が来たら
    血脈はそのまま葉脈となれ、

    胸にたつぷり葉緑体を蓄えて
    空仰ぐひともとの樹と生きるのだ


    ●稚さい歌

    蘭とわたしは
    山の上から海を見るのが好きだった
    栗の木
    松の樹 
    樫の木
    楡の木
    疎らに

  • いい!

  •  島崎藤村を彷彿とさせる、清らかな恋心をとらえた叙情詩(金億、金素月)、ホイットマンを思い起こさせる自己を歌い上げた詩(金石松)、息子が母を慈しむ気持ちに溢れた詩(趙明煕)。
     本書は、昭和15年刊の『詩集・乳色の雲』の再刊だが、詩編の3分の1を削除している。茨木のり子の『ハングルのすすめ』で紹介されている口承詩のような一篇も省かれている。なんとも惜しい。

  • わすれねばこそ

    雪は降る

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