イリアス〈上〉 (岩波文庫)

著者 :
制作 : Homeros  松平 千秋 
  • 岩波書店
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レビュー : 66
  • Amazon.co.jp ・本 (454ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003210215

感想・レビュー・書評

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  • 「ああ、なんたる厚顔、何たる強欲なお人か。いかなるアカイア人(ギリシャ人)があなたの命(めい)のままに唯々諾々と、使いに立ったり敵と戦ったりするであろう。そもそもわたしがこの地に兵をすすめたのは、勇名高きトロイエ人に怨みあってのことではない。彼等はわたしになんの仇(あだ)もしておらぬ。……わたしはもうプティエに帰る、船団を率いて国許に引き上げるほうが遥かにまだしだからな。恥辱をうけながらこの地にとどまり、あなたのためにせっせと富を蓄えてやるつもりはないのだ。」

    「おお、おお、どうしてもそうしたければ逃げて帰るがよい……そなたごときは眼中にない。わしを恨もうが意には介さぬ。」
    アガメムノンがこう言うと、ペレウスの子(アキレウス)は怒りがこみ上げ、毛深い胸の内では、心が二途に思い迷った……あわや大太刀の鞘を払おうとしたとき、アテネ(女神)が天空から舞い下りてきた。……(アテネは)背後から歩み寄ると、ペレウスの子の黄金色の髪の毛を掴んだ。女神の姿はアキレウスのみに現れて、他の者の目には映らない。驚いて振り向いたアキレウスは、すさまじいばかりに輝く女神の両眼を見て、すぐにパレス・アテネをそれと識った。女神に向かって翼ある言葉をかけていうには、
    「ゼウスの姫君よ、どうしてまたこんなところにおいでなされた。アガメムノンの非道な振る舞いをご覧になろうというおつもりですか……」

    *****
    冒頭から、ギリシャ軍の総大将アガメムノンと、ギリシャ軍屈指の英雄アキレウスとの舌鋒鋭い内輪もめが始まっています!
    「あらら……いい大人がどうしたのかいな?」と思って読み進めているうちに、あっという間に物語に溺れていきます。本好きにはたまらない歓喜の瞬間です(^^♪

    誰もが知っているホメロスの大叙事詩「イリアス」。
    この作品は、トロイヤ伝説をもとに紀元前750年ころに書かれ、そのタイトルを訳しますと、「イリオスの歌」。イリオスは、トロイヤ(現在のトルコ領)の都で、海岸から5キロ程の高台には、美しい城壁に囲まれた城があり、神アポロンと海の神ポセイドンの庇護をうけた聖都のようです。

    「イリアス」は、10年にもおよんだギリシャ軍vsトロイヤ軍のトロイヤ戦争末期を描いた作品です。戦争勃発の直接の原因は、トロイヤ王の王子パリスが、ギリシャのアガメムノン王の弟メネラオスの妻ヘレネを自国に拉致したことに端を発しています(実はこの男女、相思相愛になってトロイヤに駆け落ちしたようなのですが……? やれやれ、まことにお騒がせです)。最後まで両軍の一進一退の攻防戦で、クライマックスは、両軍の英雄となるギリシャ軍アキレウスとトロイヤ軍ヘクトルとの壮絶な一騎打ちになります。
    ちなみに、「イリアス」では、有名な「トロヤの木馬」のくだりは描かれていません。それは、トロイヤ戦争後を描いたホメロスの「オデュッセイア」の中で回想録として登場しますので、ぜひセットでお楽しみください。

    それにしても、ホメロスの描く世界は想像を絶するほど壮大で華麗です。人間界とオリュンポスの神々の両方が何の違和感もなく描かれています。冒頭でもご紹介したように、女神アテネがするりと登場してきました。アガメムノンとの口論で、怒り心頭に発したアキレウスが、さながら殿中で吉良(きら)に向かって刀を抜かんとする浅野内匠頭のように、大太刀を抜きかけたその刹那、舞い下りてきたアテナがアキレウスの後ろ髪をひっつかんで制止します。でもその姿はアキレウス以外には見えません。女神とアキレウスが普通に喋りだします。こうして、読者はあっという間にホメロスワールドに引き込まれていきます

    この作品では、両軍の英雄や神々が沢山登場します。よくぞこれだけの人物の性格描写をしたものだとほとほと感心します。ありがたいことに、この本の末尾には、地図や両軍の家系図がついていますよ♪
    物語の筋はいたってシンプルですが、シンプルなだけあって冗漫になりがちな戦記物をホメロスは卓越した筆さばきで見せてくれます。両軍の臨場感溢れる凄絶な闘いのさまが、まるで映像のように浮かび上がってきます。素晴らしい観察眼、描写力、流れる様な言葉と美しい比喩の力で、人間の数奇な運命や悲劇を余すところなく描いています。
    いつの世も、洋の東西問わず、人間とはまことに愚かな殺りくや破壊を繰り返しているものだな……と切なくなるほどですが、かたや全知の神ゼウスは、奸計巡らす嫉妬深い妻ヘラと、犬も食わない夫婦喧嘩をしながら、その一方では、死屍累々とした戦場で死闘を繰り広げる憐れな人間を翻弄し、あざ笑うかのようにもてあそんでいます。もはや悲劇の中の喜劇です。

    ちなみに「オデュッセイア」は、トロイヤ陥落後、おごり高ぶったギリシャ軍に対する神々の怒りに巻き込まれたオデュッセウスの苦難の彷徨を描いた物語です。この作品では、オデュッセウスという男、そして彼を健気に待ち続ける賢妻ペネロペイアという女に興味を抱けるかどうかに尽きます。

    それに対し、「イリアス」は、様々な人間の生死や情感を鳥瞰的に眺める壮大な作品です。読者は、まるで永劫の神ゼウスの立場から、束の間の人間存在の不毛で無常に満ちた様を俯瞰していくことになります。内面描写を極力排したハードボイルドな筆致で淡々と描いていますが、その卓越した描写により、著者ホメロスの人間というものに対する残酷なまでの諦観と深い哀切の念が、行間に滲み出しているようです。

  • パリスの審判あたりから始まるのかと思いきや、いきなり戦争9年目の話でびっくり。

    ギリシャ、トロイア双方の英雄が戦い、傷つき、斃れていく。決まり文句の多い描写だが、読んでいくうちにこの作品は叙事詩だったことに気づく。
    リズム感のある言葉を、語り手が感情を込めて朗読するのを聞いてこそ真価がわかる芸術なのだと。

    母国語とは異なる言語に翻訳され、文字だけになっても、登場人物の意思、遺恨、戸惑いが伝わってくるのは、古典ならではのすばらしさだろうか。

    人間が神々と共にあった時代。「命を奪い合う」戦争の本質が残酷なまでに表れながらも、戦士に対する敬意や名誉が確かに存在した時代。

    果たして人間は本当に進歩したのだろうか。

  • 描写がなかなか具体的でぐろくて戦争や仲間割れの理由がくだらないのだけど壮大です!
    これ、文字がない時代の物語だなんて信じられません……
    実際にあった戦争ではないとのこと。でもリアルです。前1400〜1200も前なのにすごいなあ

  • 戦争の伝統は紀元前二十世紀にすでにできていた。

  • リリシズム漂う大叙事詩である。引き締まった構成、緻密な描写は圧巻で手に取るようだ。ギリシアの神々は気まぐれで聖なる神のイメージは覆る。英雄たちや人びとの戦いと心の葛藤もよく描かれている不朽の名作である。ホメロスさんありがとう。

  • 戦記モノで、朗読だとかなりエキサイトしそうだが、これを読むのは実にきつかった、、、名前が、、

  • トロイヤ戦争最後の50日余りの叙情詩。
    なにが恐ろしいかって、注訳含め全432Pで25日くらいしかたってないってことだ・・・
    更に注訳参照にしながら読むから、進まない。びっくりするほど進みません(-_-;)
    トロイヤ戦争は映画トロイの知識くらいしかなかったけど、思った以上にパリスがへタレてる。
    ヘレネにまで死んだらよかったのにって言われちゃうパリスってどうよ(笑)
    個人的には、ディオメデスに攻撃されて、ふっざけんな、人間ごときが神に楯突くんじゃねえ!とおっしゃったアポロンの君に脱帽です☆
    さすがアポロン!!

  • 普通の英雄譚だと思って読んだら、オリュンポスの神々が様々手心加えてるし、英雄も人間離れしてたりと限りなく神話に近い英雄譚だった。

  • トロイア戦争の末期、英雄たちの叙事詩。神々と普通に会話をしていたり、英雄は本当に普通の人とは桁違いの体力がある。今でも十分楽しめる古典。

  • トロイヤ戦争に関する叙事詩。
    アカイア対トロイヤ。

    闘いを拒否するアキレウス…

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