ホメロス イリアス 上 (岩波文庫 赤 102-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (454ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003210215

感想・レビュー・書評

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  • 「ああ、なんたる厚顔、何たる強欲なお人か。いかなるアカイア人(ギリシャ人)があなたの命(めい)のままに唯々諾々と、使いに立ったり敵と戦ったりするであろう。そもそもわたしがこの地に兵をすすめたのは、勇名高きトロイエ人に怨みあってのことではない。彼等はわたしになんの仇(あだ)もしておらぬ。……わたしはもうプティエに帰る、船団を率いて国許に引き上げるほうが遥かにまだしだからな。恥辱をうけながらこの地にとどまり、あなたのためにせっせと富を蓄えてやるつもりはないのだ。」

    「おお、おお、どうしてもそうしたければ逃げて帰るがよい……そなたごときは眼中にない。わしを恨もうが意には介さぬ。」
    アガメムノンがこう言うと、ペレウスの子(アキレウス)は怒りがこみ上げ、毛深い胸の内では、心が二途に思い迷った……あわや大太刀の鞘を払おうとしたとき、アテネ(女神)が天空から舞い下りてきた。……(アテネは)背後から歩み寄ると、ペレウスの子の黄金色の髪の毛を掴んだ。女神の姿はアキレウスのみに現れて、他の者の目には映らない。驚いて振り向いたアキレウスは、すさまじいばかりに輝く女神の両眼を見て、すぐにパレス・アテネをそれと識った。女神に向かって翼ある言葉をかけていうには、
    「ゼウスの姫君よ、どうしてまたこんなところにおいでなされた。アガメムノンの非道な振る舞いをご覧になろうというおつもりですか……」

    *****
    冒頭から、ギリシャ軍の総大将アガメムノンと、ギリシャ軍屈指の英雄アキレウスとの舌鋒鋭い内輪もめが始まっています!
    あらら……いい大人がどうしたのかいな? と思って読み進めているうちに、あっという間に物語に溺れていきます。本好きにはたまらない歓喜の瞬間です(^^♪

    誰もが知っているホメロスの大叙事詩「イリアス」。
    この作品は、トロイヤ伝説をもとに紀元前750年ころに書かれ、そのタイトルを訳しますと、「イリオスの歌」。
    イリオスは、トロイヤ(現在のトルコ領)の都で、海岸から5キロ程の高台には、美しい城壁に囲まれた城があり、神アポロンと海の神ポセイドンの庇護をうけた聖都です。

    「イリアス」は、10年にもおよんだギリシャ軍vsトロイヤ軍のトロイヤ戦争末期を描いた作品です。
    戦争勃発の直接の原因は、トロイヤ王の王子パリスが、ギリシャのアガメムノン王の弟メネラオスの妻ヘレネを自国に拉致したことに端を発しています(実はこの男女、相思相愛になってトロイヤに駆け落ちしたようなのですが……? まことにお騒がせです)。最後まで両軍の一進一退の攻防戦で、クライマックスは、両軍の英雄となるギリシャ軍アキレウスとトロイヤ軍ヘクトルとの壮絶な一騎打ちになります。

    ちなみに、「イリアス」では、有名な「トロヤの木馬」のくだりは描かれていません。それは、トロイヤ戦争後を描いたホメロスの「オデュッセイア」の中で回想録として登場しますので、ぜひセットでお楽しみください。

    それにしても、ホメロスの描く世界は想像を絶するほど壮大で華麗です。人間界とオリュンポスの神々の両方が何の違和感もなく描かれています。冒頭でもご紹介したように、女神アテネがするりと登場してきました。アガメムノンとの口論で、怒り心頭に発したアキレウスが、殿中で吉良(きら)に向かって刀を抜かんとする浅野内匠頭のように、大太刀を抜きかけたその刹那、舞い下りてきたアテナがアキレウスの後ろ髪をひっつかんで制止します。でもその姿はアキレウス以外には見えません。女神とアキレウスが普通に喋りだします。こうして、読者はあっという間にホメロスワールドに引き込まれていきます

    この作品では、両軍の英雄や神々が沢山登場します。よくぞこれだけの人物の性格描写をしたものだとほとほと感心します。ありがたいことに、この本の末尾には、地図や両軍の家系図がついていますよ♪
    物語の筋はいたってシンプルですが、シンプルなだけあって冗漫になりがちな戦記物をホメロスは卓越した筆さばきで見せてくれます。両軍の臨場感溢れる凄絶な闘いのさまが、まるで映像のように浮かび上がってきます。素晴らしい観察眼、描写力、流れる様な言葉と美しい比喩の力で、人間の数奇な運命や悲劇を余すところなく描いています。
    いつの世も、洋の東西問わず、人間とはまことに愚かな殺りくや破壊を繰り返しているものだな……と切なくなるほどですが、かたや全知の神ゼウスは、奸計巡らす嫉妬深い妻ヘラと、犬も食わない夫婦喧嘩をしながら、その一方では、死屍累々とした戦場で死闘を繰り広げる憐れな人間を翻弄し、あざ笑うかのようにもてあそんでいます。もはや悲劇の中の喜劇です。

    ちなみに「オデュッセイア」は、トロイヤ陥落後、おごり高ぶったギリシャ軍に対する神々の怒りに巻き込まれたオデュッセウスの苦難の彷徨を描いた物語です。この作品では、オデュッセウスという男、そして彼を健気に待ち続ける賢妻ペネロペイアという女に興味を抱けるかどうかに尽きます。
    それに対し、「イリアス」は、様々な人間の生死や情感を鳥瞰的に眺める壮大な作品です。読者は、まるで永劫の神ゼウスの立場から、束の間の人間存在の不毛で無常に満ちた様を俯瞰していくことになります。内面描写を極力排したハードボイルドな筆致で淡々と描いていますが、その卓越した描写により、著者ホメロスの人間というものに対する残酷なまでの諦観と深い哀切の念が、行間に滲み出しているようです。

  • パリスの審判あたりから始まるのかと思いきや、いきなり戦争9年目の話でびっくり。

    ギリシャ、トロイア双方の英雄が戦い、傷つき、斃れていく。決まり文句の多い描写だが、読んでいくうちにこの作品は叙事詩だったことに気づく。
    リズム感のある言葉を、語り手が感情を込めて朗読するのを聞いてこそ真価がわかる芸術なのだと。

    母国語とは異なる言語に翻訳され、文字だけになっても、登場人物の意思、遺恨、戸惑いが伝わってくるのは、古典ならではのすばらしさだろうか。

    人間が神々と共にあった時代。「命を奪い合う」戦争の本質が残酷なまでに表れながらも、戦士に対する敬意や名誉が確かに存在した時代。

    果たして人間は本当に進歩したのだろうか。

  • 描写がなかなか具体的でぐろくて戦争や仲間割れの理由がくだらないのだけど壮大です!
    これ、文字がない時代の物語だなんて信じられません……
    実際にあった戦争ではないとのこと。でもリアルです。前1400〜1200も前なのにすごいなあ

  • スパルタ王の妃が誘拐された。犯人はトロイア(イリオス)。怒ったスパルタ王は復讐のため、トロイアに軍を送る。総大将アガメムノン。知謀知略のオデュッセウス。瞬足のアキレウス。▼アキレウスは戦地で美女ブリセイスを妻にする。ブリセイスは夫を失い捕虜になっていた。しかし情欲と権力欲アガメムノンが美女ブリセイスを横取りする。怒ったアキレウスは戦線から離脱。アキレウスを失ったスパルタ軍は苦戦。▼戦線から離脱していたアキレウスは親友パトロクロスが戦死したことを知る。アガメムノン「アキレウス、帰ってきてくれ。お前の女を横取りして悪かった。あのとき、私は狂気の神に取りつかれていたのだ」。納得したアキレウス、戦線に復帰。アキレウスはヘクトール(トロイア王子)との一騎打ちに勝利。スパルタ軍は木馬に兵を忍ばせてトロイアの城内へ侵入。トロイア陥落。ホメロス『イリアス』

    知謀知略のオデュッセウス。トロイア戦争が終わり、故郷に帰るまでの冒険物語。一つ目巨人キュクロプス。ロータス(蓮)の実を食べて過去を忘れた人を豚に変える魔女キルケー。美しい声で人を島に惹きつけて難破させるセイレーン。▼現在の難儀もいつの日かよい思い出になる。▼逆境における希望、順境における気遣いは、幸いと災いに備える感情である。ホメロス『オデュッセイア』

  • 紀元前8世紀ごろ口頭詩として制作されたとされる長編叙事詩。ギリシャ神話を題材とした、トロイア戦争を描く。

    概要は有名な話であるし、2004年の映画『トロイ』も観ていたので、大ざっぱな筋書きは知っているつもりで、原典となる本作に挑戦してみた。すでに戦争が10年経過しているところから始まり、冒頭からアキレウスとアガメムノンのケンカが始まるので、多少の予備知識がないとやや面食らうかも。パリスがヘレネを連れ去ったという戦争の原因についても、知っている前提として話が進む。

    映画と決定的に違うのは「神々の介入」。オリュンポスの神々が、それぞれのひいきの軍の動向を見守り、敵軍を支援する神を相手に言い争いをしたり、場合によっては肉体を持って自ら戦場におもむき掩護したりする。さらには、ゼウスがイデの山上から戦場を眺めながら、トロイエの勝利のためにあれこれ画策をしたり、お気に入りのヘクトルを守ったり。まるでお茶の間で巨人ファンの父親と阪神ファンの長男が推しの選手をネタに言い争っているかのごとく、またはシム系のシミュレーションゲーム(ストラテジーゲーム)をプレイして各ユニットやキャラクターに干渉するかのごとくである。これによって聞く側(読者)は、人間たちのドラマとそれを俯瞰する神々、両方の間に視点を持つことになり、物語に独特な味わいを生んでいる。こういった要素を現代の基準で映像化するのは難しいだろう。舞台上の演劇ならともかく、映画やTVドラマのような映像作品でこれをやってしまうとコメディになりかねない。先述の映画『トロイ』では、神々の要素をざっくりカットして、純粋に人間どうしの戦記ものとして描いており、これには賛否あるようだが、原典に触れてみた今、これは英断だったと思わざるをえない。

    もうひとつ気になったのは、ギリシャ神話をモチーフにした作品ではよくあることかもしれないが、人物名の多さに辟易したこと。クリュセスにクリュセイス、プリアモスにブリセイスなど、語感が似た名前も混乱する。とはいえ、主要な人物さえ把握してしまえば、人名の80%くらいはどうでもいいやつだと後で気づいた。なのでこれから読む際にはご留意いただきたい。

  • 「イリアス〈上〉」ホメロス著・松平千秋訳、岩波文庫、1992.09.16
    459p ¥798 C0198 (2021.05.06読了)(2016.08.15購入)(2002.05.07/17刷)

    【目次】
    第一歌 悪疫、アキレウスの怒り
    第二歌 夢。アガメムノン、軍の士気を試す。ボイオテイアまたは「軍船の表」
    第三歌 休戦の誓い。城壁からの物見。パリスとメネラオスの一騎討
    第四歌 誓約破棄。アガメムノンの閲兵
    第五歌 ディオメデス奮戦す
    第六歌 ヘクトルとアンドロマケの語らい
    第七歌 ヘクトルとアイアスの一騎討。死体収容
    第八歌 尻切れ合戦
    第九歌 使節行。和解の嘆願
    第十歌 ドロンの巻
    第十一歌 アガメムノン奮戦す
    第十二歌 防壁をめぐる戦い
    訳注
    解説  松平千秋
    系図  タンタロス家、トロイア家
    地図

    ☆関連図書(既読)
    「ギリシャ神話」山室靜著、現代教養文庫、1963.07.30
    「古代への情熱」シュリーマン著・村田数之亮訳、岩波文庫、1954.11.25
    「オイディプス王」ソポクレス著・藤沢令夫訳、岩波文庫、1967.09.16
    「コロノスのオイディプス」ソポクレス著・高津春繁訳、岩波文庫、1973.04.16
    「アンティゴネー」ソポクレース著・呉茂一訳、岩波文庫、1961.09.05
    「ソポクレス『オイディプス王』」島田雅彦著、NHK出版、2015.06.01
    「アガメムノン」アイスキュロス著・呉茂一訳、岩波文庫、1951.07.05
    「テーバイ攻めの七将」アイスキュロス著・高津春繁訳、岩波文庫、1973.06.18
    「縛られたプロメーテウス」アイスキュロス著・呉茂一訳、岩波文庫、1974.09.17
    「ギリシア悲劇入門」中村善也著、岩波新書、1974.01.21
    「古代エーゲ・ギリシアの謎」田名部昭著、光文社文庫、1987.08.20
    「驚異の世界史 古代地中海血ぬられた神話」森本哲郎編著、文春文庫、1988.01.10
    「古代ギリシアの旅」高野義郎著、岩波新書、2002.04.19
    「カラー版 ギリシャを巡る」萩野矢慶記著、中公新書、2004.05.25
    (「BOOK」データベースより)amazon
    トロイア戦争の末期、物語はギリシア軍第一の勇将アキレウスと王アガメムノンの、火を吐くような舌戦に始まる。激情家で心優しいアキレウス、その親友パトロクロス、トロイア軍の大将ヘクトルら、勇士たちの騎士道的な戦いと死を描く大英雄叙事詩。

  • ベートーヴェン の3番がこれほど似合う文学はない。

  • 何世紀も口承のみで伝承・発達させられてきた人類最古の文藝の一つ/戦争=個人的恨みなしに集団で武器を持って闘う伝統は紀元前二十世紀にすでにできていた。男たちの胸に勇気を吹き込むのは神々で、戦いの目的を「正義のため」などと幼稚なことは言わない、勝つのが正義。ヘレネーの危機には駆けつけるとの約束はあるが、実のところパリス靡いているらしいので、むしろギリシャの面子の問題/総大将アガメームノンは英雄アキレウスの面子を損ね、彼は女神である母に訴えた…/トロイの戦士も戦闘前の凶兆にも怯まず「祖国のために戦う、これ以上の吉兆があるか」

  • リリシズム漂う大叙事詩である。引き締まった構成、緻密な描写は圧巻で手に取るようだ。ギリシアの神々は気まぐれで聖なる神のイメージは覆る。英雄たちや人びとの戦いと心の葛藤もよく描かれている不朽の名作である。ホメロスさんありがとう。

  • 戦記モノで、朗読だとかなりエキサイトしそうだが、これを読むのは実にきつかった、、、名前が、、

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