オデュッセイア 下(ホメロス) (岩波文庫)

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感想 : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003210253

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  • 帰還したオデュッセウス、求婚者達を討ってめでたしめでたし...良い求婚者まで殺されたのはすっきりしないもののまあいいか。

    英雄譚ではあるがオデュッセウスは滑稽なほど人間臭い。せっかく厚意で故国まで送り届けてもらいながら、勝手に勘違いして逆恨みしかけたり、忠実な部下の気持ちを試してみたり、素性の知れない相手にはとりあえず出まかせの経歴を語ったり、投降した求婚者を容赦しなかったり、聖人君子ではなくどちらかというと悪人に近いが、そんな人物だからこそ、聞き手は親近感を抱くのだろう。

    全体の構成は、悪者の無法な振る舞いと、それに耐える主人公、計画のあらまし説明と準備、伏線としての予兆、運命的な決行日の決定、動き出す作戦、チャンス、ハプニング、決着と大団円...と現代でも通じる要素が見事に盛り込まれている。

    日本版「百合若大臣」のように、世界各地に同じモチーフの
    話が伝わっているというのも納得。

  • ホメロスの『オデュッセイア』は壮大な冒険譚だ。

    そんな前口上を聞いていた私は、オデュッセウスに次はどんな危難が襲ってくるんだろう?とドキドキしながら、上巻の最終ページを静かに閉じた。

    そして下巻に突入。
    ところが下巻は、オデュッセウスがイタケ国に帰還するところからスタートした。すでに冒険は終わりで、今からは美しき妻に近づく求婚者たちへの復讐劇へと進むのであった。
    こうしてみると、壮大な冒険譚というよりは、オデュッセイアは冒険と復讐の物語と言ったほうが良いかもしれない。

    とはいえ、後半の復讐劇も冒険部分に劣らず面白い。
    オデュッセウスが身汚い老人に身をやつし、徐々に自らがオデュッセウスであることを明かしながら、求婚者たちをドカーン!とやっつける様は、きびきびとした文体で緊迫感に満ちた展開となっている。息もつかせぬ展開とはまさにこのことだ。悪辣極まる求婚者たちを木っ端微塵に倒す様は、さすが、知略縦横たる神のごときオデュッセウス。

    彼は、全編を通じて、知略縦横で豪快かつ素晴らしいキャラクターとして描かれる反面、とても人間臭い人物としても描かれている。イタケに帰ってきて、身をやつしているときに、相手によっては「実は俺はオデュッセウスだ」とはっきり言えばいいものを、「もしも、オデュッセウスが帰ってきたらどうする?」とか焦らすし、カリュプソのもとで囚われているときは故郷を思ってメソメソ泣いているし。それでいて案外、自分勝手に振る舞うところもあるし。一方では神々しく強い姿を描きながら、他方で描かれるこうした彼の人間臭い魅力がおよそ2800年を経てもなお愛読される理由のひとつかもしれない。

    ところで、「オデュッセイア」という言葉は、いまや「オデッセイ」などとも書かれ、自動車の名前にもなったりして、冒険をイメージする言葉となっているようである。確かにどこかカッコいい響きはある。しかし、この『オデュッセイア』本文によれば、「オデュッセウス」あるいは「オデュッセイア」は、憎まれ者(オデュッサメノス)を意味するらしいのだ(第19歌参照)。街に走る車が「愛される者」ならばまだしも「憎まれ者」と名付けられているのは、皮肉だとも思ったのである。

  • ホメロス 「 オデュッセイア 」2/2
    訳が もう少し 現代的なら 自分史上 海外小説の中で ナンバー1だった

    ギリシア神話や魔女の幻想的な物語、父探しの旅と家族の感動的再会、英雄の転落、ロビンソンクルーソー的な冒険、モンテクリスト伯のような復讐劇、イリアスの英雄再登場 など 面白要素 盛り沢山

    戦争の英雄オデュッセウスとその家族の 戦後の波乱人生記、冒険記といったところ。ギリシアの神の意見の対立が オデュッセウスとその家族の波乱人生の原因

  • 気高さとはこういうものなのだという一つのイメージが得られた気がする。昔の人々はこういう物語を通して目指すべき偉大な人物像を学んでいたのだろうということが窺える。礼儀を弁えて相手を立てながら自分の品位も一切落とさずに言いたいことを伝える弁術はぜひ見習いたいものだと思った。因果不明のあらゆることを神々の仕業として解するのは明快で清々しさすらあった。物語としては空想的要素のある前半の漂流記の方が面白かったかな。まあでも全体として楽しめた。英雄叙事詩、初めてだったけど結構いいものですな。

  • あのオデュッセウスが帰ってきた。アテナの応援のもと、悪い求婚者たちを皆殺しにするぞ。

    なんというか文化の違いを感じる。確かに求婚者たちはオデュッセウスの財産を食いつぶし、遺産を手に入れるため息子までも手に掛けようとする。だからといって最初から皆殺しにするつもりで行動するオデュッセウスを現代の感覚で理解するのは難しい。

    求婚者たちのことを抜きにしても、減ってしまった家畜について「またどこからか掠奪すればよい」という感覚がマジにバルバロイ。

  • 妻に言いよる求婚者たちを誅殺!ざくざく読めます。面白かった。

  • オデュッセウスの冒険譚。イリアスは戦争描写がほとんどだったので物語的にはオデュッセイアの方が好き。漂流の話の途中で怪物や巨人が出てきたり冥界に行ったりと、ギリシャ神話の世界感に浸れる。が、ふとこの漂流譚も実はオデュッセウスの壮大な作り話なんじゃないか?と疑ってしまう。故国イタケに帰ったとき、素性を隠すために偽りの漂流譚を語るシーンが出てくる。オデュッセウスは作り話が得意なのだと考えると、冥界にお告げを聞きに行ったり巨人をやっつけたりといういかにもファンタジーっぽい冒険の部分は、オデュッセウスの創作の可能性もあるような気がする。古代ギリシャの人たちがどの程度神話と現実を区別していたのかわからないけど、当時の人たちはどんなふうにホメロスの詩を聴いていたのかな。今読んでも面白いのだから、当時の人たちもドキドキワクワクしながら聴いていたのだろうな。作り話だとわかっていたとしても。
    本筋とは関係ないけど、トロイア戦争の発端となったヘレネがメネラオスと何事もなかったかのように元鞘に収まってるのが結構ツボだった。神様に心を惑わされたせい、でなんでも説明がつくという文化。主人が留守のうちに妻に求婚し財産を食い潰そうとする非常識な求婚者たちもきっと心を惑わされていたのだろうね。最後の唐突な和解も神様のお・か・げ。ハッピーエンドでめでたしめでたし。
    イリアスはトロイア方が特に悪者として描かれていなかったのがそれはそれで意外だったのだけど、オデュッセイアは勧善懲悪っぽい感じがする。王道といえば王道だけど、反省する機会が与えられないというのはむごい気がするね。裏切者は有無を言わさず皆殺し。これも文化なのかな。

  • 『イリアス』と違った英雄譚。戦記ものというよりは大いなる旅路と家族愛が描かれていて、クライマックスにかけては思わず感情移入してしまう。あと他の人も書いてますが、酒を飲み肉を喰らいたくなる描写がそこかしこに…笑

  • 旨そうに肉を焼く描写が頻繁に出てくるので、肉が食べたくなる。
    オデュッセウスの帰国・復讐は無事終わったけれども、老後については思わせぶりな謎を残して終わってしまった。

  • 下巻。上巻では貴種流離譚が描かれたが、後半は一転して凄惨な復讐劇とそれに続く大団円が描かれる。
    艱難辛苦の流浪の末、20年ぶりに故郷イタケにたどり着いたオデュッセウス。息子テレマコスと共に、妻に言い寄り家の財産を食い物にする者たちを周到な準備のもと誅殺する。そして、ついに妻と再会し、オデュッセウスの旅は終わる。
    全編戦いだらけの「イリアス」よりも話に起伏があって面白い。とくに、最後のクライマックス、オデュッセウスと求婚者たちとの戦いから、それに続く妻ペーネロペーとの再会までは、臨場感あふれる描写で一気に読ませる。こんなものが2000年以上前に書かれたのだから、文化の厚みというのはすごい。

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