オイディプス王 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 藤沢 令夫 
  • 岩波書店
3.73
  • (101)
  • (113)
  • (184)
  • (12)
  • (2)
本棚登録 : 1166
レビュー : 105
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003210529

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 誰もが知っている有名な物語。奈落の底へ沈んでいく劇的な展開に思わずオイディプスの運命に憐れみを感じないではいられない。
    アリストテレスが「悲劇とはあわれみと恐れをひき起こすことによって、この種の諸感情のカタルシスを達成するものである」(詩学)の例の挙げたほどの古典名作であるが、徐々に沈んでいき明るみにされる衝撃的事実に(筋は知っていても)自分は気持ち悪くなって、次に沈黙してしまった。まさにアリストテレスの言の通りに感じ入ってしまいました!
    スフィンクスの謎かけを解いた知恵者として、荒廃したテバイの民を慈しむ王として登場するオイディプスの末路はまさに悲劇といってよいが、その前後の対比が象徴的で劇場性に優れて大いなる見応えとなっている。特に呪いをかけた「敵」が実は自分であり、運命の中にあったと判明したときの落差はとても迫力がありすばらしい。ただ、王が占い師の発言で激こうし、猜疑心が強くなるくだりは同人物の性格破綻でないかとも思ったが、おそれおののいた裏返しでさらに最後の対比につながると思えば、これも演劇構成の妙といえるだろう。劇間に挿入される合唱隊(コロス)の正歌と対歌は、その時々の経過を印象深く歌い上げており、沈降していく舞台の雰囲気を読者(観客)へ効果的に植えつけている。
    アリストテレスは「物語を構成する出来事の中には、不合理な事柄がすこしもあってはならない。やむをえない場合には、悲劇そのものの外におかれるべきである。」(詩学)と述べているとのことだが、読んでいて、オイディプスが自分の殺した相手をそんなにも記憶していないのかとか、先王のことを本当に今まで何一つ知らずにきたのかとか、コリントスから来た羊飼いの使者もあの時の子供がテバイ王になったとテバイの者にとっくに言ってだろう、とか物語として釈然としない疑問を浮かべていたのに、そんなに昔から織り込み済みのことだったのね。(笑)余談だが、さらにアリストテレスは本物語を、出来事と行為の必然性による「逆転」と「発見」の優れた例として挙げているとのことであるが、昨今のドラマ、とりわけサスペンス劇場風のドラマ・小説はこれを範としてほしいところだ。(笑)
    あれ!?藤沢令夫の解説が良かったせいか、アリストテレスの掌内の「レビュー」になってしまった・・・。(笑)

  • 戯曲を読むというのは苦手です。この話の大筋もなんとなく知っていました。それでも、読んでみると、圧倒されました。全体に尋常ではない緊迫感が詰まっていました。真相の追求と真相の現れ、そしてそれによる運命の変転。構成の仕方が見事でした。この本がものすごい昔に書かれたということを考えると、なんだか気が遠くなります。(2015年6月16日読了)

  •  解説の部分で、オイディプス王をできるだけ再現して上演したとき、終演ののち静寂と拍手と騒めきがあって、いまだに新しいというようなことが書かれてあった。
     たぶん。
     その新しいと感じられるのは、観る人が最初からだいたい知ってる、神の視点や立場にあるということ、かもしれない。観客=神。神託の理不尽さ、テバイの国の災難続き。これはすべて観客によるものである、観客が王達に与えた試練である、ゆえに、悲劇の「悲」は、じゃっかん上から目線の、味わい深い哀しさに似ていて、この作品は「観客=神」つまり、観客が誰一人いない無人劇でありまして、誉れ高い傑作となっているのではないかと思う。

  • 言わずと知れた名著。
    人間世界を支配する無気味で非情な運命を、最高度の技法で描かれているという評価の通りの作品。

    古典にはいつも圧倒されます。

  • フロイトの精神分析や大学の講義でよく耳にしたこの話を初めて読んでみた。「近親相姦」というテーマはさておき、「親殺し」といテーマはインドが舞台の「ブッダ」でも登場した(マガダ国のアジャセ王子による国王殺し)ので、結構昔から東洋・西洋でとりあげられたトピックなのではないかと知り興味深かった。

  • なんちゅうかー。
    あまりにも有名なこの神話に「作者」もいることに「え?(詠み人知らずじゃないんだ)」と日本の民話と違いすぎる。

    父殺し、母と結婚のみインプットされすぎた頭でおいおい、この驚愕の結末!解説を読む前の感想としては「神のお告げがあっても子を捨てるな!自分可愛さに本当かどうかわからない予言に振り回され子に殺されたじゃないか!」と思うと同時に最少で12~3の歳の差?ならあり得る。母にとって息子は最高で最愛の対象だろう・・と思いつつも、親なら息子だって一目でわかるんじゃないの?と訝しむ。

    知られつくした物語に見え、オイディプスの罪は本当に彼の罪なのか?のろい?そうか、呪いか。
    言葉は人の行く末を左右してしまうんだということなのか。ぜんぜん知らなかった主人公の最後に悲劇のどん底を見たよ!ひー。

    円形の野外劇場でコロスの合唱のある本格的なのを見たらもう震えが止まらないと思う!!!!

  • ギリシア神話。率直なところでは、非常な驚愕と共に心の内で叫びをあげる程に恐るべき作品だと感じた。まさに驚異・驚嘆であり、その震えをこの身で感じたまま、作品そのものを抽象的に述べることが許されるならば、爆破と爆発であったと表現しても過言ではない程の、怒涛の劇的進行だった。オイディプス王は、所謂フロイトの提唱したエディプス・コンプレックスで有名であり、並のひとであれば知る物語であるし、ラカンにおいても最重視する項目であるから、概要はわたしも以前から知っている。むしろ知っているからこその驚異が文面にあり、最低でも二度読むか、確実に記憶に留めて序盤を正確に回想することが想定されているだろうと考えられてしまう程に、緻密に言葉が選ばれているように思われた。オイディプスは、終局において装飾品を手に取り、絶叫と共にこれを自らの両目に幾度も幾度も突き刺すが、その常軌を逸した行動を自然だと思わせてしまえる程の(それでも読んでいるだけの者は身を縮めてしまうが)、真に迫りくる運命の足音があり(これを演出とひとは言う)、納得させてしまえる程の隠喩・換喩があった。ラカンにおいて我々は何人たりもエディプス期を逃れられない運命にあり、ギリシアにおける一(いち)神話が、全人類が必ず遭遇したであろう悲劇を描いていると想像すると恐ろしい気持ちがこみ上げられるのは至極当然と言える。ソポクレスはエディプス期のことなど絶対に考えなかっただろう。しかし、人類を観察する過程でこのようなもの、あるいはこれに準ずる悲劇を見、そして書いたのであれば、その縮図はひとつの幾何学として、我々の幼少期にも現れるようなかたちで浮かんでくる。そうして見たとき、オイディプス王は、エディプス期の悲劇と、社会基盤の上に拡大されたその再現とも言える二度目の悲劇を被ったことになる。我々は、どのような人であれ、幼少期を懐古するならば、ひとりの偉大な小さな王であったし、オイディプス王に登場する幾人かの人物も、我々の小さな身近な人物の抽象である気がしてならない。

  • え、そこで終わるの? というのが最初の感想。もうあらすじのある神話?をどう描いたか、というだけのものなのかな。
    その背景を知らぬまま読んだなら残念なことをした。
    でも面白かったです。迫力があり臨場感、哀切が伝わってくる。舞台観たいな、と思いました。

  • あらすじは知っていたが、読むのは初めて。
    「エディプス・コンプレックス」に引きずられて、ついその視点から読んでしまったが、解説で自分さがしの物語だと書かれていて腑に落ちた。
    そうかそうか、まずそうか!
    重厚な舞台は迫力あっただろうな。
    見てみたかった。

  • 現存する世界最古の推理もの。しかも探偵が実は犯人だったという先進的なもの。

全105件中 1 - 10件を表示

オイディプス王 (岩波文庫)のその他の作品

ソポクレスの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ドストエフスキー
三島 由紀夫
川端 康成
三島 由紀夫
ウィリアム シェ...
ドストエフスキー
フランツ・カフカ
ドストエフスキー
有効な右矢印 無効な右矢印

オイディプス王 (岩波文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする