変身物語 下(オウィディウス) (岩波文庫 赤120-2)

  • 岩波書店 (1984年2月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (371ページ) / ISBN・EAN: 9784003212028

みんなの感想まとめ

テーマは変身を通じた愛と苦悩であり、ギリシア神話の深い世界観に浸ることができる作品です。登場人物たちの運命は神々の意志に翻弄され、愛情の形も多様で、同性間の愛や性の変化が描かれています。特に、男として...

感想・レビュー・書評

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  • ギリシア神話熱の一環。

    上巻に引き続いてどっぷり浸かれる数珠繋ぎ。オルフェウスの楽の音に集まる植物達から、オルフェウスに戻ってきたところで、目の前で泡が弾けたような感じがした。溺れていたとわかる、この一瞬の嬉しさ。
    少年愛、性の変身、同性や兄妹の愛と苦悩など、『千夜一夜物語』にも通じる奔放さも目を惹く。同性愛は結局、変身を経て異性愛に落ち着くのがらしいと言えばらしいのか。ゼウスやアポロンの少年愛は同性間のまま、さらに神と人とのことだからか、人間性ないし肉体の死を経て永遠に少年愛のまま成立するのがある意味たいへんロマンティックで侵しがたい。女性間の同性愛は、片方は相手を異性のつもりで愛しているのだから、それがハッピーエンドではあるのだけど。変身のお話であるのは了解しつつ、ついもうひとつ奔放であってほしい気がしてしまった。これも面白かったけど。
    終わりに誇らかに謳う詩人の言葉までが雄大で美しい。アウグストゥスが去って、その後も続いた帝政ローマも永遠ではなく、その支配を受ける国はもうないけど、オウィディウスとその作品は今も生きている。詩人の予感は真実に違いない。

  • かの有名なナルキッソスの話、王様の耳はロバの耳の話はオウィディウスの変身物語の話なんだ。ローマ神話面白い。 #読書

    「四  花になったヒュアキントゥス「おお、アミュクラスの息子( 44)よ、もしままならぬ運命がその時間をあたえてくれたならば、ポエブスは、きっとおまえをも天上に引きあげてくれたことであろう。しかし、それでも、ゆるされた範囲内では、おまえも不死の存在である。春が冬を追いはらい、白羊宮が雨をふくむ魚座とかわるたびに( 45)、おまえはよみがえって、緑なす草原に美しい花をひらく。わたしの父( 46)は、おまえをこよなく愛し、父がエウロタス( 47)の河辺と城砦なきスパルタ( 48)の町におまえを訪ねていっているあいだは、世界の中心デルピ( 49)は、その守護神をうしなったのである。かれは、その七弦琴も弓矢もすててかえりみなかった。それどころか、自分が神であることもわすれて、おまえのために網をもち、犬をひき、けわしい山の頂きをおまえの伴侶となって歩きまわり、こうしてながいあいだおまえの身のまわりにいることでその情熱をさらにもやすのだった。〔一六二 ~一七三〕」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    『変身物語(Metamorphoses)』は、ローマの詩人オウィディウス(Ovidius)が書いた神話的物語詩で、さまざまな人物や神々が形を変えるエピソードが詩的に語られています。その中には、人間や神が花に変身する話もいくつか登場します。以下はその代表的なエピソードです:



    1. ナルキッソス(Narcissus)とスイセン(水仙)

    出典:第3巻

    美しい青年ナルキッソスは、自分に恋をしたニンフのエコーを拒絶し、神の罰で水に映る自分の姿に恋をしてしまう。飢えと渇きで死に、死後その場所に**スイセンの花(narcissus)**が咲いたとされる。
    • この話は自己愛の象徴としても有名。
    • 「ナルシシズム」という言葉の語源にもなっています。



    2. ヒュアキントス(Hyacinthus)とヒヤシンス

    出典:第10巻

    アポロンに愛された美青年ヒュアキントスは、円盤投げの事故で命を落とします。悲しみにくれたアポロンは彼の血からヒヤシンスの花を生み出しました。
    • 花びらに「AI AI(悲しい、ギリシア語)」という文字が刻まれているとされる。
    • 男性の美と早逝の象徴として有名。



    3. クロッカス(Crocus)とクロッカス(サフラン)

    出典:一部の写本や後世の伝承に由来する話で、本編には明確に登場しませんが、変身物語の伝統的な一部と見なされることもあります。

    クロッカスという青年が悲恋により死し、その血からクロッカス(サフラン)の花が咲くというモチーフ。ヒュアキントスの話と類似性があります。



    4. アネモネ(Anemone)とアドニス

    出典:第10巻

    アフロディーテに愛された青年アドニスは、猪に襲われて死んでしまう。彼の血からアネモネの花が生まれます。
    • 儚く散る花として、短い命の象徴。



    5. クロリス/フローラ(Chloris / Flora)と花の起源

    出典:第5巻や『祭暦(Fasti)』の中でより詳しく語られる

    ギリシアのニンフ「クロリス」は、春の神ゼピュロス(西風)に見初められ、ローマ神話では「フローラ」となる。彼女は花の女神として花々を創り出した存在です。




    「かれは、これを人に見られないようにとおもって、恥さらしな耳のついている額を深紅の頭巾( 38)でかくそうとした。ところが、いつも彼の頭髪を鋏で刈る役目をしていた召使いが、とうとうそれを見てしまった。召使いは、自分が見つけた主人の恥部をだれかに喋りたくてたまらないのだけれど、まさか主人を裏切るわけにはいかず、かといって、このままだまっていることもできず、重いあまって人里はなれた場所にいき、そこの土に穴を掘ると、その穴にむかって、主人がどんな耳をしているかをそっと小声でささやいた。それから、またもとのように土をかぶせ、自分の声の痕跡を消して、穴をうずめつくすと、なに喰わぬ顔で立ち去った。すると、この場所に、風にそよぐ葦の叢林が密集しはじめ、やがて一年たって成熟すると、ここの土を掘りかえした人を裏切ってしまった。というのは、おだやかな南風が葦のあいだをそよそよと渡るとき、葦は、召使いが埋めておいた言葉をくりかえして、主人の耳がどうなったかをあかしてしまったからである。〔一八〇~一九三〕」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「しかし、ネレウス( 9)は、あいかわらずアオニアの海( 10)に猛威をふるい、ギリシア軍の渡海をはばんでいた。人びとのなかには、海神ネプトゥヌスはトロイアの城壁をきずいたのだから( 11)、トロイアの肩をもつのであろう、と考える者もすくなくなかった。しかし、テストルの息子は、そうは考えなかった。かれは、処女神( 12)の怒りをなだめるには処女の血が必要であることをよく知っていて、そのことをみんなに言ってきかせた。こうして、公の利益が私情を制し、王たるの地位が父の情に勝って( 13)、イピゲニアがその清らかな血を犠牲としてささげることになり、涙にむせぶ祭官たちにかこまれていよいよ祭壇のまえに立ったとき、さすがの女神も、ふかくこころをうたれ、雲をおこして人びとの眼をくらますと、神聖な儀式や人びとの雑沓や祈りの声にまぎれてひそかにミュケナエの乙女( 14)を一頭の牝鹿とすりかえたといわれる。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「さらに、諸君は、一年がわれわれの一生を真似て、順々に四つの季節を経ていくことに気づかないだろうか。あたらしい春の季節では、年は乳呑み児のようにかよわく、いわば少年の年輩にそっくりである。あたらしい、弱々しい草が萌えでてくる。まだしっかりした力はないが、農夫たちに希望のよろこびをあたえる。やがて、すべての植物は、花をひらく。恵みゆたかな大地は、とりどりの花の色とたわむれる。けれども、葉にはまだいかなる力もたくわえられていない。そのうちに春は去り、世は溌剌たる夏に入る。年は、たくましい若者になったのである。というのは、これ以上力づよい、これ以上ゆたかな、これ以上熱烈な季節はないからである。つづいて秋がくる。それは、青春の情熱こそすでにもっていないが、成熟して、おだやかで、青年と老年との中間にあって、過激さがない。額には、白いものがちらほらとまじりはじめる。こうして最後に、老人のような、骨だらけの冬がよろめく足どりでやってくる。髪の毛は、もうなくなるか、たとえ残っていても、白くなってしまっている。〔一九九 ~二一三〕」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「ギリシアとローマ――このふたつの文化世界について、われわれのあいだにある種の根づよい固定観念ともいうべきものが存在するようにおもわれる。それは、無知にもとづくものとして片づけ去るにはあまりに由々しい偏見であって、そのような文化意識からはいかなる文化創造も期待できないとさえいえるほどである。すなわち、ギリシア文化の方がより根源的・本質的であり、したがって第一級の文化であって、ローマの文化は、それを輸入したものであり、第二級の模倣文化にすぎないという考え方が、それである。この考え方は、非常に古い日付をもっていて、おそらく「征服されたギリシアは、その猛き勝利者を征服し、文化を粗野なラティウムに移入した」というラテン詩人ホラティウスの言葉あたりにその起源をもっているらしい。ホラティウスは、世界文学の星空に燦然とかがやく長編叙事詩『アエネアス』の作者ウェルギリウスとならんでラテン文学の黄金期を代表する大詩人であるが、かれの言葉自体は、けっして間違いではない。にもかかわらず、この言葉が二千年後の今日にいたるまで価値判断の尺度となっているとすれば、おろかしいアナクロニズム以外のなにものでもない。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「というのは、ローマの偉大さをつくりだしたのは、じつはローマそのものというより、それ以後の歴史であって、しかもこの歴史は今日もなおつづいているのである。たしかに、ローマ人は、その芸術的哲学的資質においては、あの壮麗な神話、雄渾な叙事詩と悲劇、さらには精緻な哲学体系をつくりだしたギリシア人の足もとにもおよばない。ローマが創造したものは、わずかにその国家、あの巨大な世界帝国だけである。そして、国家は文化ではない。すくなくとも、国家をつくるなどという政治的能力は、文化創造の能力よりは次元の低いものだ、といわれる。一般論としては、その通りかもしれぬ。が、ローマにかんしては、この公式は通用しない。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「すべてのローマ詩人は、ギリシアの文学を熱心に研究した。しかし、これをラテン文学の致命的な弱点と考えるのは、それ以後のヨーロッパ文学の本質的な特徴をただしく把握していないのである。ヨーロッパ文学は、それ以後現代にいたるまで学問・知識とつよくむすびついてきた。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「オウィディウス( Ovidius)は、イタリア半島を縦走しているアペニヌス山脈の谷にあるスルモの町に、富裕な騎士の息子として紀元前四三年にうまれた。ローマで高等教育をうけ、父の希望で弁護士になるために修辞学をならい、法律をおさめて、政界に入ろうとした。が、かれの天賦は、そこにはなく、ついに身を文学にゆだねて、詩人となった。伝えるところによると、かれがときに散文をつくろうとつとめても、できあがったものは詩であったという。かれは、当時のローマ文化人たちの憧憬の地ギリシアへおもむき、アテナエで文学を研究し、またアジアやシチリアへも旅行した。ローマでしばらく二、三の官職についていたが、やがてそれを辞して、詩作に専念するにいたった。同時代の詩人ホラティウスやプロペルティウスとは友人どうしであったが、ウェルギリウスとは言葉をかわしたことがなかった。詩人としての肌が、おたがいに合わなかったのであろう。  オウィディウスは、愛嬌のある、快活な、才知にとんだ、運のよい、有福な人であった。両親のもとめるままに若いころ二度結婚したが、どちらもあいついで離婚した。三度目の結婚はうまくいって、妻(ファビア?)は貞節であった。娘がひとりあった。しかるに、この幸福な生活も、最後までつづくことができず、紀元八年に突然にくずれた。すなわち、かれは、ローマ初代の皇帝アウグストゥスの激しい不興をこうむって、遠く黒海沿岸のトミス(いまのコンスタンツァ)に流竄の身となったのである。この追放の理由がなんであったかは、いまもって不明であるが、オウィディウス自身は、かれの詩『恋のてくだ』と、ある過失とのためであったとのべている。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「オウィディウスは、かなり多くの詩をつくったが、さいわいにその大部分は保存されて、現代に伝わっている。それらは、『転身物語』だけが長短々脚六韻格の詩型( dactylic hexametre)で書かれ、他はすべてエレギア二句一連の型( elegiac hexametre)である。事実、かれは、アウグストゥス時代の、エレギア詩型を使用した多くの詩人たちのなかで最も偉大な詩人であるばかりでなく、この詩型を恋の詩型とし、それに優美さと巧妙さとをあたえることに成功したのである。しかも、ローマの詩型といわれるこの詩型は(といっても、本来はギリシアのエレゲイア詩型から出ているのだが)は、およそあらゆる詩型のなかで最も短命なものであって、オウィディウスとともに栄え、かれとともに滅びたといわれている。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「オウィディウスは、これらの詩によって新しい文学形式を発明したと自称している。人物は、かなり注意ぶかく性格づけられ描写されているが、全体としては、いかにもわざとらしく、単調のそしりをまぬがれえない。そこに盛られた感情や道徳は、むろん、出てくる人物たちの時代のそれではなく、かれの時代のローマのものである。『婦人の美顔剤』( Medicamina Faciei Femineae)は、婦人の化粧術についての詩であるが、現存する原典は、きわめて不完全なものである。『恋のてくだ』( Ars Amatoria)は、全三巻二三三〇行よりなる詩で、さまざまな恋愛技巧をのべている。最初の二巻は、尻がるい女の愛を得るてくだを教え、第三巻は浮気な男をたらす方法を女に教える。恋愛のコミックや魅惑にとんだ作品で、当時のローマの社会生活、たとえば競技場や浴場などの精彩ある風俗描写としてもみごとである。この詩は、当時非常にもてはやされたが、良風美俗に悖る描写がすくなくなく、前述のように、アウグストゥス帝がオウィディウスを追放する原因のひとつになったと考えられている。『恋の治療法』( Remedia Amoris)は、八一四行の詩であって、『恋のてくだ』のパロディーで、不幸な恋や誤った恋を狩猟・旅行・農耕・禁酒によって、あるいは恋愛詩人を遠ざけることなどによってまぎらし、傷手を癒す方法をのべている。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

    「事実、ラテン文学のなかでも、この『変身物語』ほど後世に多く読まれ、多く翻訳された作品はないのである。また、いわゆるギリシア・ローマ神話を叙述した読物のたぐいも、その多くが本書を下敷きにし、それを再説話しているのである。後世のヨーロッパ人は、本書によってギリシア・ローマ神話を知ったといっても過言ではない。しかも、どんなによく書かれた再説話よりも、その原典である本書の方がはるかに魅力にとんでいるのである。」

    —『転身物語(下)』オウィディウス著

  • イピスとイアンテ、後天的男体化百合~男として育てられたけどきちんと心も男でよかったね~
    ミノス王が黄金の手とロバの耳とのもとなのか。随分欲張りな王様ですね。
    こういう、昔絵本で聞いたような話を読めて面白い。

    「だいいち、カエサルの幾多の功績のなかでも、彼がアウグストゥスの父親になったということにまさるものはないのだ。」笑った。

  • 再読了。人形愛の語源にもなったピグマリオンや、有名なオルフェウスのエピソードなどはこの巻に収録。後半はトロイア戦争の話になってしまったので、ちょっと毛色が変わる。次はオデュッセイアでも再読するか。

    下巻で印象的だったのは、両性具有ならぬトランスジェンダー系の挿話。イピスは女性なのに男として男装で育てられたので婚約者の女性を好きになり、神に願って本物の男性にしてもらう。カイニスは海神に無理やり乱暴され、引き換えに「二度とこんな目にあいたくありません。どうか、わたしを、女でなくしてください!」 と願って叶えてもらう。後者の切実さ、つらい。

    ざっくりとした印象として、変身の理由は、以下のパターン。
    (1)神をあざけって動物などに変身させられる。
    (2)神に強姦されそうになって逃げるために別の神様に頼んで植物などに変身させてもらう。
    (3)神に強姦されたあげく、その妻に嫉妬され恨まれ、あるいは妻の目をごまかすために変身させられる。
    (4)言い寄られたけど振った相手に、振られた腹いせに恨まれ、呪われ、変身させられる。

    (1)はまだしも、圧倒的に多い(2)以下の理由の理不尽さよ・・・(悲)

  • [ 内容 ]
    <上>
    古代ローマの天成の詩人オウィディウスが、ストーリーテラーとしての手腕を存分に発揮したこの作品には、「ナルキッソスとエコー」など変身を主要モチーフとする物語が大小あわせて250もふくまれている。
    さながらそれはギリシア・ローマの神話と伝説の一大集成である。
    ラテン語原典の語り口をみごとに移しえた散文訳。

    <下>
    もの音ひとつしない静寂のなか、おぼろな靄に包まれた、嶮しい、暗い坂道を、ふたりはたどっていた。
    もう地表に近づいているあたりだったが、妻の力が尽きはしないかと、オルペウスは心配になった。
    そうなると、無性に見たくなる。
    愛がそうさせたということになるが、とうとう、うしろを振りかえった。
    と、たちまち…(「オルペウスとエウリュディケ」から)。

    [ 目次 ]
    <上>
    世界の始まり
    人間の誕生
    四つの時代
    巨人族
    リュカオン
    大洪水
    デウカリオンとピュラ
    ピュトン
    ダプネ
    イオ〔ほか〕

    <下>
    アケロオスとヘラクレス
    ネッソスとデイアネイラ
    ヘラクレスと死の衣
    リカス
    ヘラクレスの神化
    アルクメネとガランティス
    ドリュオペとローティス
    イオラオスと若返りの恵み
    ビュブリスとカウノス
    イピネとイアンテ〔ほか〕

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    書斎の本棚から百冊(立花隆選)81
    世界文学
    まあ、最低こんなところを。

  • 宇宙の始まりからアウグゥストゥス帝まで変身譚をモチーフに切れ目なくつなぎ合わせている。恋や怒りの感情などの心理描写は近代文学を読んでいるかのようだ。

  • それにしてもケダモノ以上にスケベなユピテル。奥さんいるのに次々と若い娘を強姦していく。しかも、それを知った奥さんが嫉妬に狂って若い娘を殺してしまう。さからったのに力で負けてレイプされた挙げ句、ケダモノの奥さんに殺されるとは、あまりにもかわいそうな女性たち。
    下巻の後半はローマ建国をめぐる神話というか、伝説。デュメジルが参照していたのもこの本だったかな・・・

  • ギリシア神話のもとに。

  •  2003年4月17日読了

  • オウィディウスを挙げるに『愛の技法』だけでは足りないでしょう、翻訳で読めるものとして、この『変身物語』上下巻を。ギリシア・ローマ神話の集大成的な、巻の十五に及ぶ大小250もの物語。モティーフは、「変身」。ギリシア・ローマの神々は、いともたやすく様々な動物に「変身」していた。欲望の赴くままその場の都合で勝手気ままに、と言ってもいいほどに(天神ゼウスを筆頭に)。対して、自らの意志の否か応にかかわらず、神によって、あるいはその想いの(業の)深さによって、様々な動植物や星に「変えられた」人間たち。魂が易々と「他のもの」に飛び移る軽やかさと、二度と戻れない道程としての変化(へんげ)の重さ。水仙や月桂樹や蜘蛛や牛……それらが象徴するもの。(そのまま「古事記」に通じるものも)。詩人というよりは「物語る人」としてのオウィディウスを、存分に堪能できる。ギリシア・ローマ神話の概要や神々の呼び名(ギリシア語とラテン語と)に親しい方は、是非。

  • 2023/8/11読了
    読めば読む程、ギリシャ神話は神(権力者)によるモラハラ、パワハラ、動物虐待(何かあるとすぐに動物を生贄にする)、近親相姦の横行する畜生道の如き世界だとしか、思われない。下民は、神に目を付けられたら“詰む”のである。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784003212028

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