ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫 赤123-1)

  • 岩波書店 (2003年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784003212318

みんなの感想まとめ

人間の心理や社会の真実を鋭く捉えた名言が集められた本書は、古代ギリシア・ローマの知恵を現代に伝えています。名句の中には「生きている限り私は希望を抱く」や「今日という日を摘みとれ」といった、普遍的な価値...

感想・レビュー・書評

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  • この手のものはたまに読みたくなるのですが、ギリシアであれローマであれユダヤであれ中国であれ日本であれ、まぁ書いてあることは大体似通ったものなんです。当たり前ですけど。
    ただ私のような真性パッパラパーは大事な事ほどすぐ忘れるので、こうして定期的に各時代各地域の名言に触れて軌道修正を試みるというわけですね。

    さて。

    どれもまぁかっこいいんですがキリがないので2025年1月現在の私にとってのベスト5をここに。

    1
    「すべての死者に王となって君臨するよりは、地上にあってどこかの土地の割り当ても受けぬ貧しい者に日雇いとして使われたい」
    (ホメロス、オデュッセイア、アキレウスの亡霊)
    生前は名誉のためなら命を惜しまぬ勇者アキレウスのセリフってのがまたいいですね。
    日本語だと「死んで花見が咲くものか」とかでしようか。全ては生きていてこそ。この世は生と死があるのではなく、生しかない。あとはただの無。

    2
    「どれほど奢った野辺の送りをしたとて、死んだものにはさほど役に立つものでもあるまい、所詮は生き残った者の空しい見栄にすぎぬのであるから」
    (エウリピデス、トロイアの女)
    私はバカの上に幼稚なので、人の死に対して「金儲け」や「評判儲け」をしようとする人達があまり好きではありません。豪華な葬式は親族の悲しみよりも葬儀会社によるプロの、手慣れた装飾が気になってしまいますし、また、葬儀場を埋め尽くす花々と送り主の看板もパチンコ屋の開店祝いを脱色したような感覚になり興醒めです。(私が幼稚なだけで葬儀会社や死を悼み大きな大きな花を送る心優しい方々は悪くありません。それで家族の気が紛れることもあるかもですしね。)
    ただ。本人が好きだった◯◯をとか、感動的な(まるで芝居のような)弔辞とか、センス溢れる祭壇にめちゃくちゃ写りのいい遺影とか。なんかね。
    やはりどれもこれもちょっとアレかな。
    そのエナジーを生きてる時に注いでましたかね?
    他の誰も見ないとしても同じことしますかね?
    と。
    究極はまさにこの名言で、いくら頑張っても相手死んでるから。みたいな。
    全ては生きていてこそ。「絶対」といえることなんてそうそうない世の中で、自分も相手も誰も彼も死ぬべき生き物(しかも数十年)であることは絶対であるのだから、大事と思うならば死を意識して大事に扱いたいものですね。

    3
    「一文無しの旅人は道中で追い剥ぎを相手に歌のひとつも歌えよう」
    (ユウェナリス、風刺詩)
    神様どうか金持ちにしてくださいとか言うな、お前は貧乏ならばこその気楽さを忘れたのか
    という意味らしい。
    まぁ生活を変える必要はないですが、財産にしろ進学にしろ出世にしろ美貌にしろ何にしろ、何かを欲したり何かを失うことを恐れたりする場合は「まぁそうは言ってもイーロンマスクから見たらゴミにもならない金額だしな」とか「ハーバード医学部からすれば生きてるのが不思議なほどの低学歴だしな」とか「ブラッドピットからすればちんちくりんの黄色人種っていう時点でよく自殺しないなって感心されてるだろうしな」と視点をずらして気を楽にすることは出来ますよね。その上で神様にお願いするっていうか。いないけど。どこにも。神様なんて。(但し鬼と悪魔と地獄はある)

    4
    「幸運の女神は強者を助ける」
    (テレンティウス、ポルミオ)
    類似例に「祈ってるだけで何にもしない奴を幸運の女神は助けない」ってのがあるらしいですが、こっちの方が簡潔で救いがなくていいですね。

    5
    「多読より精読すべきだと言われている」
    (小プリニウス、書簡集)
    うっ、ぬぐぐぐぐ。
    多読をする集中力も継続力もなれけば精読をする脳みそもセンスもないワタシ。読んでる側から内容を忘れる。どんな名言も身に付かず読書はただの暇つぶし、人生の浪費にしかなってない。
    とほほ。
    でも人生のすべてのイベントは単に「自らがいつか必ず死ぬということを一瞬でも忘れるためのから騒ぎ」だし、世の中のすべては「幻想」だし、子供だ孫だと言ったところで自分が他人の思い出に参加できるのはたかだか1-2世代、誰かが死んだ、あんな若くして死ぬなんて、自分より先だなんてと嘆いても、まるで1日で死んでしまうウスバカゲロウが数時間先に死んだ仲間を嘆き悲しむかのような。
    人生とは虚しさなのだ。
    どうせ何をしたところでマックス数十年で終わる命。しかも目に見えるものは全て幻。
    私が精読しようがしまいが、大して違いはないのだから気にしないでおこう。
    (パーにはパーの生き方がある)

  • 名言、金言と呼ばれるものには、時間や空間を超えて、人間の心理や社会の真実を言い当てていることがあります。ヨーロッパ社会の起源であるギリシア、ローマの時代の名句を読んでみたい、という思いから本書を手に取りました。

    ローマ時代の名句より、いくつか心に残ったものを記します。(カッコ内はラテン語)
    - 生きている限りわたしは希望を抱く (dum spiro spero)
    - (今日という)日を摘みとれ (carpe diem)
    - 私は生きおえた。運が私に与えてくれた筋道を、私は歩き通したのだ (vixi e quem dederat cursum fortuna peregi)
    - 人間は自分が信じたいことを喜んで信じるものだ。(libenter homines id quod volunt credunt)

    三番目は、自害するカルタゴ女王ディドの、最後の言葉の一節ですが、誇り高い女王の謦咳に接するような気がしました。

    最後のは、現代でも良く耳にします。カエサルはガリア人を攻める際にガリア人のスパイを使って翻弄した逸話が紹介されていました。

    こうした名句に現代にも通ずる力が宿っているということは、人間社会の普遍的な価値観がそう大きくは変わっていないから、ということでしょうか。

  • 図書館で見つけて読了。

    そのまま現代まで残っていたり、日本のことわざの元になっているであろう言葉などもあり、なかなか楽しめた一冊です。

  • ・ソクラテスは若者たちに、たえず鏡に自分の姿を映してみて、美しければそれにふさわしい者となるように、また醜ければ、教養によってその醜い姿をかくすようにせよと勧めた。

    ・飲め、遊べ。人は死ぬもの。地上ですごす時の間はわずか。死んだが最後、死は不死ときている。

    ・われわれは、教えることによって学ぶ。

    ・老人の愚か者は長く生きたのではなく、長くこの世にいただけだ。

    ・もろもろの学芸のことを知っているというまさにそのことが、直接それを扱っていない場合でも、われわれの身を飾り、思いもよらぬときに、現れてくるものだ。

    ・博学の人はつねに自分自身の中に富をもっている。

  • 「死は不死ときている」というのが心憎い。「幸運の女神は強者を助ける」が刺さってくる。

  • ギリシア・ローマの名言337句と編者のコメントが書かれている。辞典のようで読みやすかったのと人間の本質は古今東西あまり関係ないのがわかって面白かった。日本で有名な「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざはローマから日本に入ってきた説があるようだが、時代や経路がとても気になる。

  • ギリシア126、ローマ211、計337の名言について、訳文・原文・簡素な解説を併記した200ページ未満の本です。
    文法解説はないので、原文の意味をとるためには、辞書を引く必要があります。

    こういう本は勉強に使うのではなく、暇なときに訳を流し読みするくらいでいいと思っているのですが、時々目に留まるものがありました。
    例えば「時は真実をさらけ出しつつよぎるものだ」(エウリピデス)p.53

    昔『銀河英雄伝説』というアニメを観たのですが、その各話タイトルの1つに「真実は時の娘」という印象深いものがありました。
    (真実は時間が経つと表れるの意)
    インターネット検索で、おそらくジョセフィン・テイ『時の娘』(英、1951年)からの引用と分かったものの、真実が女性名詞であるという概念が英語にはないので、もっと古い由来があるのではないか引っかかっていました。
    (真実を意味する希ἀλήθειαも羅veritasも女性名詞)

    本書には、ジョセフィン・テイ『時の娘』が、A.E.ハウスマンの詩を引用していて、そのハウスマンはアウルス・ゲリウス『アッティカの夜』(羅、2世紀頃)を引用しているという解説があります。
    そして、類例としては、エウリピデスの上記引用句がさらに古く、ギリシアでは同様の意味の句がいくつもみられるということです。

    ちなみに娘(真実)の親(時)が父親か母親かについても引っかかっていたのですが、羅temporis>tempusは中性名詞なので、答えはないということになりそうです。
    ギリシア語に目を向けて、エウリピデスの引用句からすると主語はχρόνος(男性名詞)なので父親のイメージか。
    あるいはὥρα(女性名詞)という線もあるかもしれません。

    現在のWikipediaにはアウルス・ゲリウス『アッティカの夜』の解説まではありますが、本書のようにギリシア語まで遡ってくれると、調べ切った感が出てスッキリしますね。

    ちなみに、どの名言も解説が簡素なので、語学読み物を求めるのであれば、同じ著者の『語学者の散歩道』の方が読み応えがあると思います。

  • 読んでて楽しい
    世の中の名言は太古の昔に大体言われてる説

  • 一読。本の中の名言を一つ一つ鮮明に覚えなくとも、これからの人生でふとした時に思い出せたらと願い、目を通した。私のモットーの"Festina lente"も171頁で紹介されている。

  • この本を通して出典元の作品や作者に興味をもてた。いくつもページをおったり、書き込んだりした。例えば、「財産は、賢者にあっては奴隷の地位にあるが、愚者にあっては支配者の地位にある。 セネカ『幸福な生活について』」だ。

  • すべての日がそれぞれの贈り物をもっている.

    わしも人間ですからな。 人間にかかわることなら何でも、わしにとって無縁とは思えんのですよ。
    「私は人間である。ゆえに、人間に関するところいかなることも、私にとって無縁とは思わない」

    おしゃべりの 人は,たとえ本当のことを言っても 不審の目を向けられる .

    新しい称賛が生まれなければ古い称賛も消えてしまう。

    飲む理由はたくさんある。 ことわざ

    賽は投げられた。

    機会は容易には与えられないが、 容易に失われる。

    怒りは一時の狂気である。

    万物の尺度は人間である。 あるものについてはあるということのないものについてはないということの。

    習慣も快いものである。なぜなら、習慣として身に ついているものは、事実上、持って生まれついたのと 同じようなものになっているから。

    金の靴をはいても猿は猿。

    すぐに古びてしまうものは何かと問われて、「感謝だ」と彼 (アリストテレス)は答えた。

    ソクラテスは若者たちに、たえず鏡に自分の姿を映してみて、美しければそれにふさわしい者となるように、また醜ければ、 教養によってその醜い姿をかくす ようにせよと勧めた。

    ブレケケケックス、コアックス、コアックス。
    かえるの鳴き声

    確かなことを打ち捨てて不確かなことを追い求める のは、愚か者のやることだ。

    月はなぜ狂気の象徴なのか?
    カルペ・ディエム 今この瞬間を楽しめ、今という時を大切に使え

    「世界人」ソクラテス

  • 2019I013 080/Ie/123
    配架場所:B1

  • 2021/4/1

  • 西欧の風を感じる

  • もちろん良い文句のオンパレードで、これぞ教養、なのかもしれないけれど。

  • これから教養を身につけようと意気込む人の中には、ギリシア・ローマの古典に興味がある人もいるかもしれません。では、プラトンを読む? アリストテレスを読む? それともキケロ? 古代の著述家たちの大著を目の前にすると、最初の一歩を踏み出すのがなかなか難しい。そんな時、まずは名言集で色々な言葉に触れて、お気に入りの人物や作品を見つけるのはどうでしょうか。二千年という歴史のふるいにかけられて残った名言は、どこかで聞いたことがある親しみやすい言葉ばかりです。
    (選定年度:2019~)

  • あいうえお順で名言集が羅列されています。
    健康・お金・美 などのテーマで読みたい方はちょっと違うかもしれません。そのため本を1冊読んだ満足感は薄いです。
    項目数は200弱で、辞書的なものであればもう少しボリューム欲しいかなと思います。

  • オーディオブックで読了。
    名言の紹介とその解説が繰り返される構成。

    オックスフォード引用句辞典にはローマの言葉がギリシャの言葉の2倍収容されているとか、中国発っぽく思われてる「点滴石を穿つ」(ことわざ)が、ギリシャ発だったとか中々小咄も面白かった。

    有名所はこれ

    <blockquote>カエサルが「賽は投げられた」と言ってルビコン川を渡ったというのは有名だが,出典をみると,カエサルは実はこう言ったのだという.「賽を投げろ」.なぜ後世にそう伝えられたのか</blockquote>

    まぁ、これは知ってる人多いかなぁと。色んな言葉とその背景、或いはそこから連想される周辺情報と結びつけられて実に面白い。

  • まとまりがなく、訳もいまいちなのか、心に響くフレーズはあまりなかった。

  • 言葉自体はあまり刺さるものはなかったが、原文と解説によって、その時代に紡がれた言葉である事を体感する事は出来た。

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著者プロフィール

筑波大学名誉教授
1926年 東京都生まれ
1949年 京都大学文学部卒業
筑波大学・大妻女子大学教授を経て1999年退職
主な著訳書
『ギリシア ローマ古代知識人群像』(岩波書店)
『西洋古典こぼればなし』(岩波書店)
『語学者の散歩道』(研究者出版)
プルタルコス『食卓歓談集』(岩波文庫)
プルタルコス『英雄伝1』(京都大学学術出版会)
アテナイオス『食卓の賢人たち』1-5(京都大学学術出版会)
『トゥキュディデスの文体の研究』(岩波書店)

「2007年 『英雄伝2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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