ヴェニスの商人 (岩波文庫)

制作 : William Shakespeare  中野 好夫 
  • 岩波書店
3.36
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本棚登録 : 415
レビュー : 49
  • Amazon.co.jp ・本 (209ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003220436

作品紹介・あらすじ

シェイクスピア(1564‐1616)の喜劇精神がもっとも円熟した1590年代の初めに書かれ、古来もっとも多く脚光を浴びて来た作品のひとつ。ヴェニスの町を背景に、人肉裁判・はこ選び・指輪の挿話などをたて糸とし、恋愛と友情、人情と金銭の価値の対照をよこ糸としているが、全篇を巨人のごとく一貫するユダヤ人シャイロックの性格像はあまりにも有名である。

感想・レビュー・書評

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  • 物語というものは、あたかも自律した生命体のように、作者の意図を無視して、勝手に読み手に感銘を与えることがあるらしい。チェーホフは戯曲『桜の園』を喜劇のつもりで書いたが、役者たちはしばしばそれを悲劇と解釈して演じてしまい、作者を苛立たせたという。

    『ヴェニスの商人』も、そういう作品のひとつである。シェイクスピアはこれを勧善懲悪の喜劇として書き、観客も当初は喜劇として楽しんだ。キリスト教の神がすべてを支配する中世西欧において、ユダヤ教徒の高利貸しシャイロックが駆逐されるべき「悪」であることは自明であり、ほとんど真理に等しかったのだろう。その「真理」に異議が申し立てられるのは19世紀。被差別民という「悲劇の人」としてシャイロックが解釈され始めたのは、西欧において神の絶対性が否定され始めたのと、ほぼ同時である。そして第二次世界大戦という真の悲劇を経て、受難者としてのシャイロック像は、いっそう現実味を帯びて定着することになる。

    とはいえ実際に読んでみると、同情や哀れみの涙を寄せるには、シャイロックというキャラクターはあまりに骨太すぎるように、私には思われる。「嫌いならば殺してしまう、それが人間のすることか?」と問われて「憎けりゃ殺す、それが人間ってもんじゃないのかね?」とすかさず言い返すふてぶてしさも、「罰はこの身で引き受けるまで!」と開きなおる潔いほどの傲岸さも、どこか中世という枠に収まりきらないエネルギーを感じさせる。それは、むしろ近代以降のものであろう。中世のキリスト教的価値観を体現するアントーニオやバッサーニオが、まったくと言っていいほど生彩に欠けるのとは対照的だ。

    シェイクスピアは、別に歴史を予感していたわけではないだろう。にも関わらず、その卓越した人間観察力は、結果として正しく「神に刃向かう者」を――ニーチェやマルクス、あるいはカミュなどを連想させる近代的自我を――描写しているようにみえる。ここにいたっては、もう喜劇も悲劇もない。ただ「劇」があるばかりである。作者の手綱を振り切った、生きた物語があるばかりである。

    • 佐藤史緒さん
      >これからのギリシャ悲劇の世界はきっと面白くて仕方ない世界になること請け合いです。

      そう聞いて安心しました。実は『イーリアス』、途中まで読んで保留しています。と言うのも、私はてっきりこれを平家物語みたいな軍記だと思っていたのですが、読んでみたらギリシャの神様がバンバン出てきて人界に介入するわするわで、ちょっと思ってたのと違うぞ、と。確かに戦記なのだけれど神話との境界が曖昧で、ギリシャ神話の予備知識がないと難しいな、と。それで、いったん退却してギリシャ神話を読んでるところです。しかし我ながら一体いつになったらギリシャ悲劇に辿り着けることやら…と不安になっていたので、上記のようなお言葉は本当に励みになります。m(_ _)m

      プラトンとシェイクスピアについてのご推薦、ありがとうございます。『イーリアス』『オデュッセイア』を踏破したら、『饗宴』に挑戦してみようと思います。たしか美学についての対話篇ですね。シェイクスピアはあらすじを知っている『ハムレット』から入ってみようかな。いつか舞台も観れたらいいなあ。ちなみにシェイクスピアときいて私が思い出すのは、『ガラスの仮面』(演劇を主題にした少女漫画)で、ヒロインが『真夏の夜の夢』のハックの役作りのために、仲間から野球ボールを投げつけられてぼこぼこにされるシーンなのですが…。ご存知ないですよね、ごめんなさい。
      2013/03/06
    • e-kakasiさん
      『ガラスの仮面』。タイトルだけは知っていますよ。これも舞台で上演されたと思います。
      ──それで、ギリシャ神話が本棚にあったんですか。あの時代は、人間と神々がごちゃ混ぜになって生きていたのです。長い間、トロイ戦争は作り話の世界だと思われていたのが、遺跡が発掘されたりして、現実と想像力の世界の境界が曖昧になってくるのも当然でしょう。だから、神々(唯一絶対神ではありませんから)が、あまりにも人間臭く振る舞っても決して不思議ではなく、そこに人智をはるかに超えた、人間の本質をあからさまにしてくれるのです。スケールが大きく、そして深淵はどこまでも深いですよね。
      2013/03/06
    • 佐藤史緒さん
      本当にそのとおりですね。ギリシャ悲劇の世界は虚実入り乱れていて、現代人からみたら荒唐無稽ですが、だからこそ逆に物事の本質をあらわにしてくれるのだという気がします。例えるなら、気象台や東電が発表する膨大なデータも大事だけれど、現地の被災者の方達の「主観的な語り」を抜きにしては、「東日本大震災」という事件の本質は理解できないし伝えていくこともできない、というのと似ていると思います。科学が無力というのではなく、科学的分析と同じくらいに「物語る力」というものも大切なんだという意味で。
      2013/03/11
  • ユダヤ人の商人が、舞台の去り際まで悪役を演じ切る、その様が好きです。時代背景はさておいて、作品の登場人物として、頭から尻まで一貫した立ち位置を保つ彼の姿に心惹かれました。

  • シェイクスピアの有名な喜劇である。
    貧しいが高潔な若者バッサーニオは、美しい貴婦人ポーシアに求婚したいと思っているが、残念なことに先立つものがない。困ったバッサーニオは友人のアントーニオに金を借りようとする。間の悪いことに、貿易商であるアントーニオも現在、手元不如意だった。彼の船はすべて洋上にあり、その船が戻るまでは金がないのだ。友人のために一肌脱ごうと、アントーニオは吝嗇な金貸しシャイロックに借金を申し込む。普段からアントーニオを快く思っていなかったシャイロックだが、意外なことに利子を付けずに金を貸してくれるという。その代わり、彼が持ち出してきた条件は、期日までに金を返せなければ「肉1ポンド寄越せ」という異様なものだった。
    バッサーニオはポーシアと結婚できるのか。アントーニオの船は帰って来るのか。そして悪辣なシャイロックの企みを逃れる術はあるのか。
    ドラマチックな展開の後、物語は「大団円」を迎える。

    子供の頃、お話形式に書き換えられたものを読み、悪者がやっつけられ、善人が幸せになる痛快な話だと思っていた。
    十年ほど前、本作を元にした映画(『ヴェニスの商人(アル・パチーノ主演)』)を見て、いささか衝撃を受けた。
    あまり意識していなかったが、金貸しシャイロックはユダヤ人であった。彼は本当に一方的に「悪い」人物だったのか。彼の「罪」とは何なのか。

    少しストーリーの骨組みを見ていこう。
    この話は実は大部分、シェイクスピアのオリジナルではない(シェイクスピアが素材を言い伝えや有名な話から採るのはよくあることである)。元となる話は3つ。「借金のカタである人肉を巡る裁判」、「妻問いの箱選び」、「指輪のエピソード」である。これを上手に組み立て、芝居に仕立てたのがシェイクスピアの手腕だったわけだが、もう1つ、この話が残ってきた理由としては、シャイロックとポーシアの人物描写が挙げられるだろう。この話では、言ってみれば、彼ら「だけ」が浮き上がって見える。アントーニオとバッサーニオの男同士の友情物語とも見えるが、この2人はさほど、厚みを持って描き出されてはいない。求婚に来たバッサーニオにポーシアは惹かれるのだが、それは「紳士」であるからという説明しか見あたらない。
    シャイロックがいかに非道か。ポーシアがいかに美しく賢いか。
    この2点が物語の吸引力である。

    3つのストーリーラインのうち、「箱選び」と「指輪のエピソード」にはシャイロックは関わらない。
    「箱選び」の方は、金・銀・鉛の箱のうち、ポーシアの絵姿が入っているものを選んだ求婚者が「勝ち」である。多くの求婚者が現れては誤った箱を選んでいく。箱には意味ありげな箴言が書かれているが、「意味ありげ」なだけであまり深みはない。さてバッサーニオは「正解」を選べるのか、というところだ。ロマンチックだが結論ありきの印象も受ける。
    「指輪」は「裁判」に絡めてはいるが、要は妻が夫の誠実さを確かめようとするちょっとしたいたずらのようなものである。現代ならさしずめ「どっきりカメラ」だ。

    主題はやはり「人肉裁判」だろう。
    前述の映画では、シャイロックがユダヤ人であることに焦点を当て、当時(中世イタリア)のユダヤ人がいかに偏見に満ちて見られ、いかに虐げられていたかを描く。
    うーむ、と唸りつつ、いやまぁさすがにそこに重点を置いたものだから、原作はまた別だろうとも思っていたのだ。
    だが、今回、原作の戯曲を読んで驚いた。
    ある意味、映画そのものである。執拗な差別の描写こそないが、なぜシャイロックが悪人と見られるか、といえば、「キリスト教徒でなく、ジュウ(ユダヤ人)である」「利子を取って金を貸す」からである。そしてサイドストーリーとして、シャイロックの娘、ジェシカは、バッサーニオたちの友人であるロレンゾに口説かれ、恋に落ち、父親の財産を持って駆け落ちする。
    ・・・え、シャイロック、どこが悪いの・・・? 被害者じゃない?
    対するキリスト教徒側といえば、「紳士」であるために放埒の限りを尽くして無一文どころか借金まみれになったバッサーニオ、博打のように貿易に全財産をかけ先のことがわからないのに借金が返せなければ肉1ポンド取らせる約束をしたアントーニオ、父親の目を盗んで娘に言い寄り、駆け落ちさせるに留まらず大金をせしめたロレンゾ。
    ・・・さんざんじゃん・・・。行き当たりばったりなやつばっかりじゃん。

    中世イタリアで、ユダヤ人のつける職は多くはなかった。彼らはいわば生計を立てるため、金を貸して利子を取るしかなかった。しかし、それはキリスト教徒から見れば、聖書の教えに反することであった。
    このあたり、単純な宗教対立としてよいのかどうか迷うところであるが、いずれにしても、この話を単純な勧善懲悪の話として見るのは難しい。
    シャイロック自身も確かに高潔ではなく、容赦なく高利で金を貸していたようではあるが、それにしても裁判でぐうの音もでないほどにやっつけられるのはいささか一方的過ぎるようにも感じる。

    裁判になる前に、シャイロックの長いセリフがある。そこで、いかに自分が虐げられているか滔々と怨嗟を述べている。
    そこにはそれなりの「理」があるが、それでも彼はこっぴどくやっつけられるのである。

    大衆が求めるのはやはりわかりやすい物語である。悪者は悪者として裁かれねばならず、「公開処刑」で溜飲を下げることもあったろう。悪者は糾弾されるべきだ。けれどそこには一抹の疑問もあったのではないか。糾弾されているのは、本当に悪者なのか?
    シェイクスピアはおそらく、本作の中で、ユダヤ人差別も擁護もしようとはしていない。ただ時代の空気を掬い取る戯作者として、ユダヤ人を悪者と見る差別感、そうはいうものの彼らにも幾分かの理があるだろうとする微かなささやきをつかみ取っていたのではないか。
    そういう意味で、本作は1600年前後のイギリスの空気のポートレートとして読むこともできるのかもしれない。


    *教皇も輩出したメディチ家は銀行業でのし上がってきたはずですが、銀行って金貸しとはまた違うのかな・・・? そのあたり、うまく折り合いをつけていたものなんですかね。ちょっとよくわからないのですが。

  • ユダヤ人への露骨な差別にびっくり。日本にいると、ユダヤ人問題ってあまり身近ではないですが、本当に古代から大変な目に遭われた人たちなのだなと思います。キリスト教も、一国の政府が他国を敵として刷り込むことで自信の求心力を保つ必要があったということでしょうか。恋する二人のテンポの見事さは、読んでいて気持ちよく情熱的で、恋愛のめんどくささを描き切っているwポーシア聡明ですねー、最後の指輪のくだりはなんのためにあんなことしたくなるのか、意味わかんないけどそれに頭の上がらない男たちもチャーミングではないですか。

  • イギリスに行ったあと、何かイギリスに触れたいと思って買ったんだと思う。

    全てセリフでの構成。
    最初は台本みたいで読みづらかった記憶が…。
    でも場面や人物の解説は、全て登場人物のセリフで分かるから、気づけば舞台を観てるような感覚でのめり込んだ。
    だいぶ前に読んだから再読しないとはっきり思い出せないけど、初めてのシェイクスピア本、面白かったのは覚えてる。

  • 元金融系としては展開がイマイチ。ただ当時のユダヤ人に対する認識などを考える上では読んでおく必要のある本であることに間違いはない。

  • べネチアを舞台にした、友情と恋愛、そして知恵の物語である。悪役を痛快に懲らしめる展開に加え、物語の終わり方も爽やかであり、素直に楽しめる物語であった。当時のベネチアの時代背景や、ユダヤ人とキリスト教徒の考え方の違いなどを、前提知識としてよく理解していると、さらに楽しめると感じた。また、「マクベス」同様英語で鑑賞しないと、本当のシェイクスピア作品の良さは味わえないと感じた。英語のリズム感や韻などを、翻訳されたものでは味わうことができないからだ。シェイクスピア作品については英語表現が見所の1つで、みんなが手本にしたくなるほど美しく綺麗な英語を用いているそうだ。そうした良さを味わうためにも是非英語で鑑賞したいと思った。

  • 主人公の影が薄い。
    アントーニオ、バッサーニオの二人は周りに流されるだけ。
    シャイロックは悪人として描かれているのだけど、ちょっとかわいそうな気もする。
    ただ単に「ざまあみろ」とは思えない。
    最後の指輪をめぐっての二組のカップルのケンカの話は蛇足のような気がした。
    シェイクスピアのオリジナルではなく、いろいろな伝承などから借りてきたいくつかの挿話をアレンジしたものらしいので、つぎはぎ感があるのはそのせいか。

  • 授業のいわゆる課題図書だったため、題名しか知らなかった今作を初めて読んだ

    半期、授業を通して、普段自分が読書をする時にはしないレベルで、それぞれの登場人物、台詞、文字に現れている物とその裏といろんなことに関して考えさせられ、学んだと思う
    こんなに文学を細かく読み解いたのは初めてだと思う まぁ日本語訳を読んだからこそ可能だったんだろうけど
    普段の、英語を日本語に訳して、レポートの為に自分なりに分析するのとは全然違った

    内容は当然初めて知ったわけで、こんな話だったのか、と普通に物語は楽しめた
    でも同時に、シェイクスピアの表現のせいか、訳し方のせいか、若干取っ付きにくいというか、表現と仲良くなれないなって、通して思ってしまった
    特に箱選びのシーンというか、箱の中のメッセージがホントに分からん
    勉強不足なんだとは思うけど、何が言いたいのやら・・・

    箱選び、人肉裁判、指輪の主軸を通して展開される今作で、個人的にポーシアが一番好き
    若いのに知恵もあって、当時ではあり得ない男装もしちゃって、ユーモアもあって、手のひらで旦那を軽く転がしちゃうようなところもある彼女が気に入った
    ちょっと態度かわりすぎって思うような感じがしないでもなかったけど、彼女のあの表裏がある感じが、人間らしさをぐっと引き立てていて好き

    シャイロックとかランスロットとかも人間臭いのに、主人公であるはずのアントーニオがこう、薄く感じて仕方ないのは、彼らが濃すぎるだけなのかな?
    あと、こう、キリスト教感がっつりなのもあってアントーニオは好きになれんだな
    まぁだからってユダヤ教のシャイロックが云々とか、同じキリスト教の他の登場人物がどうだとかはあんまりないけど、アントーニオのは強すぎて、困った シャイロックの主張もあれはあれで好きになれんだけど

  • 何が凄いって、訳語が古過ぎて(30年代初版)笑える。1600年代に充てた日本語訳が、江戸っ子のべらんめえ調、東北弁、名古屋弁?父っつぁん。

    こういうのって、当時で言うプロパガンダだったのかな。ユダヤ人批判の描写が物凄い。ただ、確かに当時のユダヤ人に貸金業が多かったことは確かだが...
    『ユダヤ人とダイヤモンド』を思い出した。

    これを読むと、正に現代の尖閣諸島問題を彷彿させるね。国際司法裁判所で争うか、という。
    司法の在り方、意義。
    もはや、正義とは何かという根本からの疑念。正義というよりは、正しさ、正統性か。

    劇だけども、こうして書に起こすと読みやすいね、シェイクスピア。
    発端、発展、解決。時系列が流れてゆく。

    しかし、個人的にはハムレットの方が、人間の心理描写が秀逸だと感じたわ。

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