サロメ (岩波文庫 赤245-2)

  • 岩波書店 (2000年5月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (100ページ) / ISBN・EAN: 9784003224526

感想・レビュー・書評

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  •  ヨカナーンの声
    「その日、日は黒布のごとく翳り、月は血のごとく染り、空の星は無花果の実の、いまだ熟れざるざるに枝により落つるがごとく地におちかかり、地上の王たちはそのさまを見て恐れをののくであらう」

    『私にヨカナーンの首をくださいまし』

    なんともおぞましいセリフではあるが、このあとサロメはヨカナーンに口づけをする
    ピアズレーの挿絵もなんとも素敵でぞわぞわする
    預言者の予言の表現といい、サロメと言う作品が
    長く伝わるのは、サロメの恋の激しさが、狂気が
    わかるからだろうか

    こ、こわい

    『ああ!あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい、これは?‥いいえ、そうではなくて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか‥でも、それがどうしたのだい?どうしたといふのだい?あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたのだよ』

  • 「お前の口に口づけしたよ」
    ビアズリーの挿絵で始まり、恐ろしくも惹きつけられた。
    戯曲なので台詞だけで物語が進む。
    台詞から、迫りくる不吉な出来事を感じ取ることができた。

    奇妙な月の夜、いつもに増して美しく恋に狂うサロメ。
    預言者ヨカナーンに恐れおののく王。
    ヨカナーンの台詞から、神や救世主の存在も垣間見える。

    少し前に漫画で読んだので、人物やその背景をイメージしやすく、読みやすかった。
    オスカー・ワイルドの世界観が好きかどうかはまだ分からないけれど、他の読者さんのレビューが参考になった。
    また読み直して、舞台でも観てみたいと思う。

  • オスカー・ワイルド作『サロメ』は、預言者ヨハネの斬首のエピソードを下敷きにした戯曲である。新約聖書マタイ伝に記された「聖者の生首を所望する姫」という猟奇的な逸話は、モローやシュトゥック、カラヴァッジオなど多くの芸術家に取り上げられてきた。その中でもワイルドの戯曲は、創作としてのサロメの決定版といった趣きがある。ビアズレーの挿絵と共に、世紀末芸術の代表的作品といっていい。

    この戯曲の中では、サロメは処女でありながら、文学史上稀に見る淫婦として描かれている。ヨカナーンの首を前にして陶然と愛を語るサロメの姿は凄まじいというよりほかなく、さらにその唇に接吻するとあっては、冒瀆だとして作者の本国イギリスでの上演が禁じられたというのも、無理からぬ話と思われるのである。

    一方で、倒錯もここまで極めれば、いっそ神話的であるともいえる。古来、処女性と残酷性とは、しばしば表裏一体のものとして描かれてきた。純潔を守るため、または愛の成就のため、あるいは愛の証明のために、乙女が男を理不尽に破滅させるのは、いにしえより語り継がれてきた物語の原型のひとつである。

    裸体を見られたためにアクタイオンを鹿に変えたアルテミス、愛するエンデュミオンに不死の眠りを与えたセレネ、求婚者に難題を課して死に至らしめたかぐや姫の逸話もある。彼女らがみな月に関わりの深い女性だというのが興味深い。サロメがヨカナーンを誘惑し、その生首に接吻をしたのもまた、月の光のもとであった(さうだよ、月は生娘なのだよ)。

    甘やかな芳香の中に微かな腐臭を漂わせる熟れきった果実、今まさに風に散らされようとしている満開の薔薇、そんな印象の物語だ。福田恒存による美文調の翻訳が、この作品にいっそう麻薬的な魅力を与えていることは、言うまでもない。

    • nazunaさん
      佐藤さん
      サロメはやっぱり福田恆存訳♡
      それにしても、アルテミス、セレネといった「月の女たち」にかぐや姫が登場するとは!ご指摘があるまで...
      佐藤さん
      サロメはやっぱり福田恆存訳♡
      それにしても、アルテミス、セレネといった「月の女たち」にかぐや姫が登場するとは!ご指摘があるまで、気がつきませんでした。求婚者たちを無理難題で振り回し、あげく死に至らしめる月の処女。なるほどなるほど!

      絢爛豪華なモローのサロメに比して、ビアズリーは黒と白という究極のコントラストと、流麗にして精緻な曲線のみで、この血の匂いに満ちた妖美で残酷な物語を完成させたように思います。ワイルドの「サロメ」は、ビアズリーを得て完結しているのでは、とさえ感じてしまいます。
      2022/03/21
    • 佐藤史緒さん
      nazunaさん
      >ワイルドのサロメはビアズリーを得て完結している
      非常に同意です。あとサロメはやっぱり福田恒存、も同意です!この読みに...
      nazunaさん
      >ワイルドのサロメはビアズリーを得て完結している
      非常に同意です。あとサロメはやっぱり福田恒存、も同意です!この読みにくい文語体がイイ。
      「わたしは貴方にキスしたわ」じゃなく、「あたしはおまえに口づけしたよ」じゃないと、成り立たない世界観がありますよね!
      2022/03/27
    • nazunaさん
      佐藤さん
      嬉しいお返事をありがとうございます
      モノクロームの画家といえば、エドガー・アラン・ポォにハリー・クラーク、またギュスターヴ・ド...
      佐藤さん
      嬉しいお返事をありがとうございます
      モノクロームの画家といえば、エドガー・アラン・ポォにハリー・クラーク、またギュスターヴ・ドレがいましたっけ。ポォの「赤死病の仮面」も好きな作品名です。最近の訳で「赤い死の仮面」としたものがあるようですが、「赤死病」としたほうがはるかに恐ろしいですよね。
      2022/03/27
  • 久しぶりに読むのを非常に心待ちにして温めていた作品
    果たしてサロメはどれほどの妖しさを持った女性なのだろうか
    そしてヨカナーンの首をなぜそこまで欲していたのだろうか
    美と狂の瀬戸際である妖艶でおどろおどろしいビアズリーの挿絵から妄想が止まらない

    ビアズリーの絵いいですねぇ
    例え血の滴る描写であっても美しい
    モノトーンの色彩が残虐さを美に変えているようである
    おまけにユーモアまで感じる
    もし、「不謹慎だ」を真剣に非難する人間がいるとしたら、「その人間の立っている土台が次元の違う場所にあるのだよ」
    と笑い飛ばされそうだ

    ユダヤの王エロドの宮殿で宴会が開かれている

    集まった者たち(ユダヤ人、ギリシア人、ローマ人、カパドキア人、ヌビア人ら)が
    「蒼く白くまるで死人のように美しい」サロメを褒めたたえる
    一方のサロメは彼らの悪口を言い、「みんな嫌い」と言い放つ

    俗っぽい王である義理父は性欲剝き出しの視線をしつこくサロメに送る
    妻であるエロディアスに「もう、あなたたいがいになさいまし」と咎められる

    エロド王は預言者ヨカナーンを聖なる者としながらも恐れている
    砂漠からきたヨカナーンをかつて水槽であったという深く暗い牢獄に幽閉している

    サロメはヨカナーンに興味を示し、自分に気があるシリア人の若者をしもべの如く使い
    「会わせろ」とせがむ

    ヨカナーン
    不思議な声、白い肌の色、黒い髪の毛、そして赤い脣…
    それぞれ褒めたたえるサロメ
    ヨカナーンが「退れ、触るな、女こそこの世に悪をもたらすもの」と言えば、
    褒めたくせにけなす
    また褒めたたえ、そしてまたけなす
    何この心理!
    笑ってしまう
    自分の気持ちにどうしてよいかわからないのか…
    いじらしさと幼さ満載

    ヨカナーンはエロディアスの不義、不貞を咎め、
    サロメと母エロディアス対し同じ邪悪な者と全否定(でも兄であった妻を自分の妻にしたのは王なんじゃないの?)
    ヨカナーンはエロディアスを含む女性そのものを蔑んでいるかのようだ

    一方サロメ
    女王として皆からチヤホヤされ、スポイルされており、世間知らず
    恐らく王の元から外(世間)に出ることも許されないのだろう
    そして退屈でウンザリする毎日を送っているのだ
    本当の父親はエロド王の兄でエロド王の命令で殺されちゃってるし…
    脳内が薄っぺらい母親のエロディアスはサロメに対する愛情もなさそうだし…
    そして男性からはいつも羨望と性的なまなざししか受けたことがないのだ
    自分を見向きもしない、そして否定までする男に興味を持つ心理

    さてちっとも自分のモノに出来そうもないヨカナーン
    手に入らないものは喉から手が出るほど欲しくなるのが人の心理
    ましてや常識のないわがままお嬢さん
    義理父王が領土の半分やると言っても
    「ヨカナーンの首が欲しい」
    と繰り返すサロメはまるで駄々っ子の少女のようだ

    そしてとうとう念願のもの手に入れる!


    ビアズリーの挿絵のイメージが強かったせいか自分の妄想と本書にちょっとギャップを感じてしまった
    思った以上にサロメは妖女ではなく幼女に感じた
    鬱屈した精神の反逆
    今までに味わったことのない自分に目を向けない男に対する好奇心
    初めて持った欲は手に入らない分大きすぎて、コントロールできないほどパンパンに膨れ上がる
    手に入れる方法はもう一つしかない
    自分で自分を追い込むサロメ
    濃縮された歪んだ情熱がはじけたとき、ようやく手に入れることができた
    ふふふ

    短いストーリーでこの圧縮したスピード展開は小気味よい

    何かが起こる…
    徐々に迫ってくる暗黒
    王が楽しいと言えば言うほど、他の者らは「王は暗い顔をしている」と言う
    不穏で不思議な月が見る者の心の不安を反映する鏡のように変化する
    それぞれの感じ方が面白い(個性出てる!)
    エロド:血のように赤く見える
    エロディアス:月はただの月
    サロメ:冷たくて純潔な生娘

    何かが羽ばたく音…
    さぁ不吉なお膳立てはそろった

    いよいよ来る
    来る
    来る…
    ついに…
    キターーーーーー!

    ヨカナーンの血の滴る首を手にし、ようやく口づけを果たしたサロメ
    征服欲が満たされていく…
    愛憎の極みが最高潮に達する
    戯曲のテンポ感の良さが実に引き立つ作品である
    そして個人的には世界観がなかなか好きである
    グフフ

    「美や芸術」というのは理屈も理論も社会の常識もモラルも
    何も関係ないところで成り立っているのだ!
    とまるで胸を張って言われた清々しい気分だ

    そう正解とかないし
    感じるまま、思うまま
    妄想は自由なのよ
    どこまでも
    これは想像力を最大限に駆使することができる、その喜びに溢れる作品なのだから

    • 5552さん
      ハイジさん、こんにちは

      『サロメ』は、一度しか読んだことがないけれど、鼻血が出そうな程大好きな作品です!
      どうして好きなのか、どんな...
      ハイジさん、こんにちは

      『サロメ』は、一度しか読んだことがないけれど、鼻血が出そうな程大好きな作品です!
      どうして好きなのか、どんな風に好きなのか、言語化できずに悶々としています。
      ハイジさんのレビューは、複雑なことを、誰にでも分かる分かりやすい文章で言語化されていて、毎回、感嘆します。

      『サロメ』を読んだとき、「もしかして、ワイルドはヘテロセクシャルの男性に恋しちゃったのかな?」と、思ったんですが、直接的すぎますかね…。
      サロメがワイルドでヨカナーンがワイルドの恋する人の象徴で…。

      2023/02/18
    • ハイジさん
      5552さん こんにちは
      コメントありがとうございます!

      そうなのですね
      鼻血が出そうなほどお好きとは…(笑)

      なんだかお褒めくださって...
      5552さん こんにちは
      コメントありがとうございます!

      そうなのですね
      鼻血が出そうなほどお好きとは…(笑)

      なんだかお褒めくださってますが、単に言語力に乏しく、稚拙なだけなのです
      お恥ずかしい限り…

      なるほどヘロセクシャルですか
      5552さんも様々な妄想をされましたね♪
      この作品は読んだ人の想像力を幾らでも掻き立てる不思議な作品ですよね
      読む人によって作品が七変化して見えると言いましょうか
      その妄想をかけ立てるエネルギーが、多くの人を魅了するのでしょうか…

      私もこの世界観とても好きです
      もっと若い頃に出会いたかったなぁ
      そうしたらわたしもきっと鼻血を出して興奮したと思います(笑)
      2023/02/18
  • 新妻を迎えてすぐの王エロドが夢中になっているのは、新妻と前王の間の娘である王女サロメ。サロメは月光のもとで踊れというエロドの要求の見返りとして、地下に囚われていた預言者ヨカナーンの生首を所望する。
    シュトラウスのオペラ「サロメ」の原典である本作。

    登場人物たちは皆、妖艶で美しいサロメに惹かれています。
    自分に好意を寄せるナラボスを言葉巧みに操り目的を叶える計算高さを持ち合わせながらも、ヨナカーンに口づけするために首のみを望む心の未熟さなど、大人になり切れない危うい魅力を持ち合わせたサロメ。「純粋な狂気」というのが彼女の第一印象。気付けば読者もサロメの虜になっています。
    幻想的で神話のような描写がある一方、それぞれが抱える「欲」も垣間見えて妙に人間臭い。短い作品ながら色々な側面を見せてくれる印象深い1冊。
    そしてビアズリーの挿絵も作品全体の雰囲気を高めてくれる良い潤滑油になっています。

    ~memo~
    ワイルド著書:「ドリアン・グレイの肖像」「サロメ」「幸福の王子」ほか

  • わずか90ページだが濃密。オスカーワイルドのサロメ。王女サロメはサイコパスなのか、欲望の奴隷なのか。サロメの欲するものは預言者ヨナカーンの首。ビアズリーの挿絵も強烈で凄く、インパクトのある本でした。

  • 平野啓一郎氏が訳したものもあったのだけれど、どうしてもビアズリーの挿絵入りを読みたくてこちら。
    この方のシェイクスピアの訳を持っていて、この方の訳も良かった。

    さて

    何とも美しく、恐ろしい
    何とも言いがたく、蠱惑的、ロゴスとパドスの拮抗、ファム・ファタール...
    文章と挿絵、全てが美しく心を動かされる。
    戯曲というだけあって、口に乗せて発語したらどんなに美しいだろうか。
    最近ホメロスに関しての本を読んだこともあり、戯曲や演劇、文では無く口語について思いを馳せることが多い。

    実際の聖書では詳しく語られないこの物語。聖書は、いかにも人間的な「感情」についての描写を削ぎ落とした、人々の指南書に特化したものだろうか。創作物、文学というものは、言葉だけでなく背後にある情景、感情を想起させる。私は文学が好きだ。
    サロメは、若いシリア人は、侍童は、ナザレの人々は、ディゲリヌスは、エロディアスは、エロドは…
    それぞれどんな思いであの場面を目撃したのか。
    そしてワイルドとビアズリーは…

    ただの妄想である。だけど、堪らなく楽しい。
    蠱惑に溺れ、恋を求め、脣を求める…
    ああ、サロメはどんな人間だったのだろうか。はたしてユディトであるのか。はたまた架空の存在なのか。

    恐ろしさと美しさに溺れたい人は、是非に。

  • 月の美しい夜の狂気と妖艶と甘美の物語。
    虫の声が聴えてきそう。
    めちゃくちゃ好きなお話し。

  • 日曜美術館でギュスターヴ・モローを観てから読みたくて仕方なかった。自分にとって悪女サロメのイメージはワイルドから(たぶん別の本で紹介されていたのを読んだ)。先行して絵画からも出ていたのね。
    文庫と電子書籍とで悩んで、ビアズリーの挿絵つきと聞いて文庫に決定。これは素敵。

    王女サロメのイメージが二転三転していくようで、実はそれら全部ひっくるめて「少女」であるのだと気づかされる。いやらしい目で見てくる継父を嫌い純潔を尊ぶこと、愛を乞うてくる相手になんでもない見返りを提示する驕慢な残酷さ、口づけしたいがために首を求める一途さ。これが「少女」でなくてなんだろうと。
    首だけのヨカナーンに語り掛ける言葉から、袖にされた復讐として首を求めたのではないことがわかる。詰り、勝ち誇りながらなお恋していると語るのに、きっとなんの矛盾もないんだと思う。

    繰り返される月の描写をはじめ、格調高い台詞回しがとても印象的。サロメがヨカナーンに注ぐ比喩の称賛はその最たるもの。肌と髪は拒まれて罵倒に代え、三度目の正直とばかり唇に迫る。月明かりのもとだと思うとますます狂気的で慄然としてしまう。

  • 読む度にうっとり惚けてしまう。血のごとき赤く染まる月、熟れた無花果のごとき落ちかかる星。ヨカナーンの白い肌、赤い唇、漆黒の髪。同じ台詞を幾度も反復するサロメのルナティックな純愛。ピアズレーの挿絵がシナジーとなりより妖しく狂わしく美しく。はぁ‥耽溺。なのでダンゼン挿絵入りの岩波がおススメ。

  • 言わずと知れたワイルドの戯曲ですね。ビアズリーの挿絵選びのセンスが好きなので、岩波文庫での読書を提案します。訳は言わずもがな、ワイルドらしい詩的な装飾の施された文体がやはり素晴らしいですね。
    ワイルドしかりビアズリーしかり、彼らが日本人に与えた影響は図りしれないでしょう。三島由紀夫が初めて自分で買った本はワイルドだと言いますし、水島爾保布などの描く絵はビアズリーチックで魅力的です。話は逸れるようですが、サロメを読むと、中公文庫の谷崎潤一郎『人魚の嘆き 魔術師』も一緒に読みたくなります。短くてすぐに読み終わるのに、電撃的な恍惚感に浸れるので最高です。まるでヨカナーンに一目惚れしてしまったサロメのよう…

  • 最高。ワイルドの世界。

  • 新約聖書をもとに預言者ヨナカーンの首を欲する美しきサロメと、サロメを取り巻くユダヤの王エロドとその妃エロディアス。どんどん先を読みたくなる岩波文庫の福田恆存訳。

  • 原田マハさんの「サロメ」を読んだので。戯曲なので、ついついセリフを口に出して読んでしまう。「あたしはお前に口づけするよ、ヨカナーン、あたしはお前に口づけする」「今すぐここへ、銀の大皿にのせて、ヨカナーンの首を」ゾクリとする。次は新約聖書も読み返したくなる。

  • 元祖ヤンデレ!?
    という軽口はさておき、王女サロメの恋物語。
    求めただけなのに、好きになっただけなのに、訪れる結末がただただ哀しい。
    王女の妖艶な空気の奥に、少女のような無垢を見た気がした。

  • 周囲を虜にし、また危惧させるほど魔性の美貌を誇る王女サロメの、預言者ヨカナーンへの執着たるや! どれほど本人から拒まれようと恋慕し、己が手中に入れんとする様が恐ろしい。狂気ここに極まれり。

    なぜエロド王はサロメのことをずっと視ていたのか?
    ヨカナーンが非難していたのは本当にエロディアス妃だったのか、そもそも彼女は本当に罪深かったのか?
    そもそもヨカナーンは真に預言者であったのか?
    ……戯曲としてはかなり短い内容。聖書から材を得ているらしいが、分からないことだらけ。とは言え狂おしく禍々しいくらいの耽美の世界には圧倒された。収録されているAubrey Beardsleyの不可解で官能的な挿絵18点もいい。

    旧仮名遣いではある(※私が読んだのは2012年発行の第15刷。1959年 第1刷/2000年 改版第1刷)が、福田恆存の翻訳文がいい! 戯曲=「声に出して読まれるテキスト」としての話しやすさと品格が備わっていると思う。翻訳者による巻末の「解題」を作者Oscar Wildeの経歴紹介に割き、作品自体の解題を新潮文庫版に丸投げしている点はいただけない。

  • 文学の力を体現したような文章と訳で、内容は非常に面白かったのだが、ビアズリーの挿絵で全部ぶち壊されていて笑ってしまった。盛り上がって引き込まれていくシーンでヌルッと出てくる気の抜けた「サロメの化粧」等々は全く関係なさすぎてワイルドの文学に対する冒涜としか思えないのだが、ワイルドとビアズリーの当時のバチバチした関係が味わえてよかった。ビアズリーの挿絵を載せるかどうかは意見が分かれるところではあると思うが全部載せてくれた岩波文庫に感謝。

  • ・サロメって、愛をわかってないよな?

    まったく、サロメって女はどうかしてるよ。オスカー・ワイルドの『サロメ』って知ってる? まあ、知らなくてもいいけどさ。要は、サロメがヨカナーンって男の首を欲しがる話なんだ。しかも「愛してるから首をくれ」ってわけ。で、首をもらったらキスまでしちまうんだからさ。あんなの愛でもなんでもないよな。

    でも、サロメは本気だったんだよな。正気じゃないって意味じゃなくて、心の底から本気で欲してた。ヨカナーンが拒絶すればするほど、余計に欲しくなっちまう感じ、わかるだろ? 手に入らないものほど欲しくなるって、あれだよ。

    最後には「手に入った」けど、結局それでなにかが満たされたのかっていうと、そんなわけないんだよ。だって、手に入った時点でそれはもう「欲しいもの」じゃなくなるからな。手に入れるまでがピークなんだ。そう考えると、サロメって哀れだよな。狂気とかそういう話じゃなくて、ただの人間っていうか、どうしようもない人間の性みたいなやつ。

    それにしてもさ、サロメって大人の女っていうより、子どもなんだよ。欲しいものがあったら、手に入るまで泣き喚く子どもみたいに。でも違うのは、サロメは泣き喚く代わりにヨカナーンの首を求めたってことだよ。だから怖いんだ。子どもみたいな無垢さと、あの残酷さが同居してる感じ。まるで、可愛い顔してナイフを持ってるみたいな。結局、サロメは戻れないところまで行っちまった。まったく、どうかしてるぜ。

    でも、完全に理解できないってわけでもない。ぼくだってさ、手に入らないものほど欲しくなるときがある。っていうか、そういうのばっかりかもしれない。もちろん「首をよこせ」なんて話じゃないけど、好きになった子に冷たくされたときとか、もっと「こっちを向いておくれよ」って思っちまう。で、仮に向いてくれたとしても、今度はなんか違うよなって気がして、結局逃げるしかなくなるんだ。わけがわからないよ。

    じゃあ、サロメみたいな女が実際にいたら? 絶対に関わりたくないね。だってさ、「いや、ちょっと勘弁してくれよ」とか言ったら、次の日には首がないかもしれないんだぜ。「愛してる」って言われたらどうするかって? そりゃ逃げるさ、全力で逃げるよ。

    けどさ、そうやって逃げた先に現れるのが、ヨカナーンみたいな男なんだぜ。言っとくけど、冷たくて手が届かない感じのイケメンってのは、ただの冷徹なイケメンなんだ。優しくしてくれるイケメンじゃなくて、無関心で気取った感じのヤツ。「おまえはダメだ」とか「おまえには興味がない」とか言うタイプ。そういう男に惹かれる残念な女っているよな? いや、そういうのが好きな女って、結構多い気がする。あれってなんでだろうな、どうかしてるよ。


    ・ヨカナーンって、ズルくないか?

    ヨカナーンって、やたら「清らか」ってことになってるけど、本当にそうか? サロメが自分に惹かれてるって、絶対気づいてたはずだろ。だったら、ちょっとくらい優しくするとか、適当にあしらうとか、そういうのが普通だよな。それなのに、あの潔癖な態度。サロメのこと、バカにしてたよな。「自分はそんな低俗なものには染まらない」みたいな顔してさ。感じ悪すぎだろ? あれってある意味、サロメを弄んでたようなもんだよな。

    だってさ、「わたしは神の使いだ」とか言って、すべてを拒絶しながらサロメの興味を引いちまってたんだぜ。そのくせ、サロメが踏み込もうとすると全力で突き放す。「この世のすべての穢れが集まったような女だ」とか、そこまで言わなくてもよくないか? いや、実際にはそんなセリフないけど、ヨカナーンの言い方とか態度とか、サロメへの敵意を全部まとめるとさ、結局、そう言ってるようなもんなんだよ。ああいうの、キツすぎて読んでるこっちまで胸がズキッとする。好きだった相手に「あんたなんか興味ない」とか冷たく言われる感じ。あれに近いよな。

    で、ヨカナーンの拒絶って、とにかく全力すぎるんだよ。しかも、あれって無意識なんだぜ。自分の態度がサロメをどれだけ追い詰めるか、まったく考えちゃいない。サロメの目に自分がどう映ってるか、あいつは1ミリも考えてなかったと思う。

    でもさ、だからこそサロメは余計にのめり込んじまった。突き放されるほど、逆に引き寄せられる感じ。磁石みたいに、北と南が反発しながら離れられない、みたいな。そりゃ、煽ることになるに決まってるだろ。

    結果的にヨカナーンはサロメの欲望を刺激して、最悪な結末を引き寄せた。「自分は正しい」と思っていたかもしれないけど、結局、ヨカナーンの態度がサロメを追い詰めたんじゃないか? 「神に仕える身」としては筋が通っていたのかもしれないけど、「殺されても自分は潔白」みたいな顔してるの、なんか納得いかないよな。

    だからって、サロメもやりすぎだろ、とは思うけど。ヨカナーンのあの感じ悪さがなかったら、たぶん、こんな結末にはなってなかったよな。ヨカナーンもサロメも、どっちも極端すぎた。どちらかがほんの少しでも歩み寄れてたら、こんなことにはならなかったかも。でもまあ、だからこそ『サロメ』って話になるんだけどさ。


    ・ヘロデ王って、ほんと調子よすぎだろ?

    ヘロデ王ってさ、あいつ、自分が権力を持ってるってことを最大限に利用してるくせに、ちょっとでも自分に都合が悪くなると「そんなつもりじゃなかった」とか言い出すんだよ。サロメに「なんでも望みのものをやる」って大口叩いておいて、いざ「ヨカナーンの首をくれ」って言われたら、顔が引きつって、「あ、それはちょっと……」みたいな態度、ほんと呆れるよな。だったら、最初から「なんでも」なんて言わなきゃいいのにさ。

    ヘロデ王は、基本的に自分の快楽とか欲望にはすごく正直なんだけど、そのくせ道徳的な人間を装おうとするんだ。自分の義理の娘——いや、実際には姪だろ——に欲情してるくせに、そんな自分を「あ、でもこれは、人間だから仕方がない」みたいに正当化してるし。それでいて、ヨカナーンみたいな「神の声を語る存在」を前にすると、「自分は信仰深い王だ」って顔をしてるんだ。いやいや、そんなヤツまったく信じられないよ。

    だって、実際にやってることは、サロメの舞に夢中になって、自分の立場とか道徳観とか全部投げ出してるわけだよ。なのに、ヨカナーンの首を差し出さなきゃならなくなったら、「こんなはずじゃなかった……」みたいなこと言い出すのって、マジ勝手すぎる。欲望に素直になるのはまだいいとして、そのあとで「信仰心」とか「高貴な理由」を持ち出して、自分を正当化しようとするの、ほんとタチ悪いよな。

    一番ムカつくのは最後、ヘロデ王が「おまえは罪を犯した」とか言ってサロメを殺させるとこだよ。ヘロデ王は、それで「けじめ」をつけたかったのかもしれないけどさ。そういうの、ほんと虫唾が走る。

    やっぱ、ヘロデ王って、自分が偽善者だって気づいてないんだろうな。むしろ「おれは人間らしく生きてる」って誇らしげに思ってそうだし。そういうところが救いようがなくて、ほんと腹が立ってくるんだ。王様ってのは、まったくロクでもないよな。


    ・愛と欲望って、ほんとに別物なのか?

    愛と欲望の違い? そんなの神様だって説明できない。いや、ヨカナーンなら「おまえたちは罪深い」って言って終わりだろうけどさ。でも、ヨカナーンの言うことは、なんか違う気がする。

    じゃあ、サロメのあれが「愛」かって言われたら、正直かなり怪しいけど、それとも単なる「欲望」かって言われると、そう簡単に割り切れる感じもしない。サロメって、ヨカナーンの「存在そのもの」に惹きつけられたわけだろ? 彼の美しさとか、神聖さとか、ああいう絶対的な「なにか」にどうしようもなく引き寄せられていたんじゃねえのか。で、それが「愛」なのかって言われると、それもまた違う気がするんだ。

    サロメが求めてたのって、ヨカナーンを「自分のものにすること」だったんじゃないかって思うんだよな。彼を理解したいとか、幸せにしたいとか、そんな感じじゃなくて、ただ「手に入れたい」っていう。つまり、ヨカナーンを通して「自分の欲望を満たしたい」っていうことだよな。これって、やっぱり「愛」じゃなくて「欲望」なんだろうな。でも、それがサロメにとっては「愛」にみえてたんだよ。ほんと、どうかしてるぜ。

    けどさ、結局、サロメはヨカナーンの首を手に入れて、彼に口づけするわけなんだけど、それで彼女が満たされたかっていうと、全然そうじゃないんだ。むしろ、完全に破滅してる。手に入れた瞬間に、すべてが終わっちまう。

    これって、つまり「愛」じゃなかったってことだろ? もし、それが本当の「愛」だったら、たとえ手に入らなくても、その存在がそこにあるだけで救われるっていうか、もっと「生きる力」になると思うんだよ。でも、サロメのはそうじゃない。彼女は、手に入れなきゃダメだったし、手に入れた瞬間に終わった。だから、あれは「欲望」だったんだろうな。

    「欲望」と「愛」って、感覚としてはすごく似てるんだ。どっちも「相手を求める気持ち」だからさ。でも、決定的に違うのは、その結果が「救い」になるか「破滅」になるかってことだ。サロメは、ヨカナーンを「所有」したかった。だから、ああいう終わり方になるしかなかったんだろうな。ほんと、愛ってやつは難しいよ。

    ワイルドもさ、これを書きながら「愛ってなんだ?」って考えたんだろうな。でも、結局わかんなかったんだと思う。だって、ワイルドの『サロメ』には、愛の形がどこにもないんだ。ただ欲望と狂気と絶望があるだけ。まったく、ロマンティックの欠片もありゃしない。


    ・オスカー・ワイルドって、普通じゃないよな?

    オスカー・ワイルド? ああ、あいつは普通じゃないよ。あんなに気取ってて、いちいちウィットに富んでて、まるで自分がこの世のすべてを知ってるみたいなツラしてる。でも、そういうやつって、本当はなにひとつ持ってなかったりするんだよな。

    でも、あいつの言葉って、すげえむかつくくせに、耳から離れないんだ。「人生を芸術みたいに扱え」とか、ふざけたことを言ってんのに、なぜかそれが妙に正しい気がしちまうんだよ。いや、正しいとか間違ってるとかじゃなくて、体に直接染み込んでくる感じ。心臓の裏側をそっと撫でられる、みたいな。こういうの、たまにあるよな。

    しかも、あいつ、愛とか美とかに異常にこだわってるくせに、本当の愛を信じてなかったんだろ? いや、むしろそれを誰よりもわかっていたから、『サロメ』が書けたのかもしれないな。信じてなかったっていうより、信じてしまったら終わりだから、敢えて信じないフリをしていたんじゃないかって気がする。ほんと、どうしようもねえよな。

    ああいうやつは、本当はこの世界が大嫌いだったと思うよ。嫌ってたんだよ。でも、それを美しく描くしかなかったんだろ。「美しくなければ存在する意味がない」とか、そんな風に思ってたんじゃないのか? まるで花瓶に生けられた花みたいに、形が崩れたら終わり、みたいなさ。でもさ、花って枯れるじゃん? 枯れても、それでもなお美しいって思える瞬間があるんだよ。夕暮れの光に透けた花びらとか、枯れて色が抜けていく感じとか、そういう瞬間。ワイルドも、それを見たことがあったんじゃないかな。

    結局あいつは、世界を愛してたんだと思う。それが叶わないってわかってたから、せめて綺麗な言葉で飾ろうとしたんじゃないか? けど、飾っても飾っても、どこかで崩れるんだよな、きっと。で、崩れるたびに、また別の美しさを見つけようとする。でも、その繰り返しって、切ないよな。


    ・柘榴と無花果——サロメの運命 

    柘榴って果実、やたら象徴として登場するんだよな。旧約聖書でも「命」とか「豊かさ」の象徴だって言われてるし、雅歌じゃ「愛」や「美しさ」の象徴だってさ。他にも神殿とか祭司の衣服にも意匠として使われてるらしいけど、それで命が永遠になるわけじゃない。どんなにぎっしり種が詰まっていようが、結局最後には枯れるわけだ。死ぬときは死ぬ、誰だってそうだろ? 誰もが生まれ、いつかはその場から出ていかなきゃならないんだ。

    だから、柘榴には「生」の象徴であると同時に、「死や運命」の暗示も含まれてる。血のような赤や種の多さが、命を象徴しながらも、どこか破滅や終焉を連想させるんだ。つまり、柘榴って生と死、繁栄と滅び——その両方を内包してるわけだよ。

    もちろん、『サロメ』に出てくる柘榴も、ただの果実じゃない。サロメがヨカナーンの唇を「象牙の刃で切られた柘榴の実」だとか、「薔薇より赤い柘榴の花も、お前の唇ほど赤くない」なんて言う場面——あれ、なんかゾッとするんだ。真っ赤な果汁がこぼれる様子が目に浮かぶだろ?

    柘榴は豊穣の象徴だって言われるけど、ここじゃ欲望と死の色なんだ。サロメが惹かれたのは、ヨカナーンの聖なる言葉じゃなくて、その唇の形とか肉体の美しさだろ。だから、サロメにとって柘榴は「命がもつ官能性」、あるいは「掴んだ瞬間に壊れる運命」の象徴なんだと思う。欲望の果実を手に入れた瞬間、すべてが崩れる。彼女の運命も、そこで決まっちまう。

    で、これに対するのが、ヨカナーンの「無花果」だ。あのセリフ、「空の星は無花果の実の、いまだ熟れざるに枝より落つるがごとく地に落ちかかり」——ちょっと生々しすぎるよな。無花果は旧約聖書で「豊かさ」や「平和」の象徴って言われてるけど、実がつかないと「神の怒り」や「裁き」の象徴にもなる。

    ヨカナーンの言葉では、まだ熟してない無花果の実が落ちる——要するに、終わるはずのないものが終わる瞬間だよ。彼の運命はすでに決まってるってことだ。サロメの欲望が柘榴だとすれば、ヨカナーンの預言は無花果なんだよ。サロメが欲しいものを手に入れたとき、ヨカナーンは落ちる——まるで、運命が解けるように。

    柘榴と無花果、どっちも命を象徴する果実だけど、似て非なるものだよな。柘榴は命がもつ官能的な魅力、欲望とともに破滅へと向かう果実。無花果は命の終焉、あるいは「裁き」を告げる果実だ。柘榴を掴んだ瞬間、無花果が落ちるんだよ。欲望の成就が破滅を呼び、破滅は終末へと続いていく。サロメの衝動がヨカナーンの死を決定づけ、そしてそれが彼女自身の結末へと繋がるんだ。えっへん。

    欲しいものを手に入れたら終わり——そういうことだよ。だけどさ、それでも人は何かを掴もうとする、サロメみたいに。掴んで、口づけて、血をこぼしてその瞬間、無花果が枝から落ちる——まるで、終わりの鐘が鳴るように。

    永遠なんて、結局どこにもないんだぜ。


    ・オーブリー・ビアズリーの挿絵

    ビアズリーの絵って、マジですごいよな。なんか、見てると引き込まれちゃうけど、同時にどこか怖いんだ。サロメってさ、あんなに冷徹に美しさを追い求めるもんなのかな? あの顔、うまく言葉じゃ言えないけど、「一瞬の永遠」って感じがするんだ。目の前の瞬間が、無限に続くような感じ。それってすごく不思議な感覚だよな。

    あの絵にはさ、なんか美しさだとか、欲望だとか、運命とか死とか、そういうものが一枚の絵のなかでガチンコでぶつかり合ってるような感じがするんだ。それが、妙に引き寄せられちまうんだよ。

    だから、あの絵を見てると、サロメがヨカナーンの首を欲しがる理由も、なんとなくわかる気がするんだ。いや、まあ、最低なことだって思うけどさ。あの感じ、わかるかな? なんか、理性とか頭で考えることは後ろに下がっちゃって、もっと深い部分が反応しちまう、みたいな。人間ってさ、そういう時あるだろ?

    それにしてもさ、ビアズリーって、絶対神経質だろうな。だって、線が異常に細いし、白と黒がくっきりしてるし、なんか気取ってる感じがするんだよ。あの線の引き方とか、ちょっとでもズレたら台無しになるって思って描いてるだろうな。こういうタイプって、クラスに一人はいたよな。完璧主義で、なんでもちゃんとやらないと気が済まないけど、絶対ハッピーじゃないヤツ。

    でも、こういうヤツが描くものってさ、なんであんなに魅力的なんだろうな。なんか、あれって、きっと誰かにはすごく特別な意味があるんだろうけど、ぼくにはまだ、よくわからないんだよな。

  • 何度目かの再読。
    月が印象的だった。月とサロメは、重ねられていて、どちらも無垢であるが故に勝手に様々な役回りを与えられてしまうということなのかと思った。サロメが元々伝承の中に存在して、後にモチーフとして多くの作品の中で使われたことを踏まえると、なんとなく皮肉な感じもする。これは、私が最近「語られる」ことと暴力性について考えることが多いから気になったことかもしれない。というかワイルドのサロメ像が鮮烈すぎる。

  • 読みたいと思った発端は、累の実写化で土屋太鳳さんが劇中で演じていたのを見て。
    私が読んだのか1959年発行のものだったので、旧字体でところどころ読みづらいところがあったけれど、おもしろかった。恋しい人を手に入れるために、口づけするために、斬首するというサロメの発想は異端で恐ろしい…。

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著者プロフィール

Oscar Wilde (1854–1900)
アイルランド出身の詩人、作家、批評家。ダブリンのトリニティ・カレッジで学んだのち、オクスフォード大学で古典人文学を専攻し、同大学を最優等の成績で卒業。以後、ロンドンに拠点を置き、同性愛を匂わせる小説『ドリアン・グレイの肖像』や、機知と逆説の妙技で上流社会をからかう喜劇『まじめが肝心』などの挑発的作品を立て続けに発表、イギリスの唯美主義とデカダンスを代表する文人としての地位を確立する。40歳の年、同性との「重大な猥褻行為」で有罪判決を受け、投獄される。2年の獄中生活を経験したのち、パリで客死。

「2026年 『社会主義下の人間の魂』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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