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Amazon.co.jp ・本 (300ページ) / ISBN・EAN: 9784003224717
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
人生の晩年を静かに過ごす理想的な生活が描かれたこの作品は、架空の人物ヘンリ・ライクロフトを通じて、著者ギッシングの思いが色濃く表現されています。特に、自然に囲まれた田園地帯での読書や散歩の日々は、知的...
感想・レビュー・書評
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これはギッシング作の架空である人物、ヘンリ・ライクロフト私記である。ライクロフトの私記では、春、夏、秋、冬、と季節毎の情景やライクロフトの郷愁の念が文章の中で躍動している。花のひとつひとつの名前を書き、自然や景色、そうしてイギリスの文化について叙情的に四季とともに語られている。ギッシングはきっと架空のライクロフトという人物を投影することによって自身の葛藤や、貧乏であったこと、それらに付属する感傷を昇華する事が出来たのだと思う。
ライクロフトはこのような事を語っている。老年になり歴史について史書を読む必要はない。私は「ドンキホーテ」を読みたい、と。楽しむ為に、と。ギッシングに於けるライクロフトという架空の人物が作り出され、それが本になり彼は成功を遂げた。イギリス中で愛読された。しかしその数ヶ月後にギッシングは死んだのだ。友は悲惨な死であったと言った。ライクロフトの言う望んだ死は遂げられなかったのだ。
私はこれを読み、自然というものを、四季というものを大事にしたいと思った。ひとつひとつの変化を毎日捉えられるように、ライクロフトのようにはいかなくとも、微量の僅かばかりの活力を生を、大地の匂いを楽しみたい。そう思った。 -
若いときはいろいろ苦労した。特にお金はなかった。が、今、こうして思いがけず遺産が転がり込み、自然のなかで悠々自適の生活をおくっている。もう既に野心はない。自分の人生も既に終わっているのだと認識する。人生の秋から冬にかけて、読書と散歩の日々をおくる。安らかな死を願いつつ。
といった本。
本好きだったら、こういう生活、老後を送って見たいと誰もが思うだろう。まさに私の夢の生活そのものか。
が、これもギッシングの夢想でしかなく、安らかな死の夢は叶わず、彼は異国で寂しく死んで行くのであった。
現実は厳しい。 -
ヘンリ・ライクロフトという架空の人物に重ねて、著者であるギッシングの思いが語られている本です。
何よりも、この本の中に流れているゆったりとした時間が心地よかったです。そして、美しい風景描写も心に残ります。
ライクロフトの晩年の生活は、知的生活を送りたいと考えている人にとって、究極の理想生活だと思いました。 -
英国の作家ギッシングが、20世紀初頭に、南イングランドの田園地帯で、散歩と読書に費やす1年間の日々を、ライクロフトという初老の男性の手記というかたちで著した自伝的著作。
渡部昇一が1976年発刊の伝説のベストセラー『知的生活の方法』で、「知的生活とはどのようなものであるかを典雅な筆致で示したことによって、今日なお、多くの人につきることのない感興を与えている」と書き、書評家の岡崎武志が『読書の腕前』(2007年)で、「およそ読書人と呼ばれる人の本棚に、これがないことはありえない」という、日本の知的生活を求める本好きにも愛され続ける作品である。
著者自身は平穏で幸せな一生を送ったとは言い難いが、最晩年に、自らの理想とした生活~自然の溢れる田園地帯で、季節の移り変わりを感じつつ、本を読み、思索に耽る生活~を著した本書は、発表から一世紀を経て、更なる物質社会で忙しない日常生活を余儀なくされる我々に、一時の安らぎを与えてくれると同時に、強い憧憬の思いを抱かせる。
本好きにとって、晩年に送りたい生活のモデルのひとつである。
(2007年11月了) -
300P
ヘンリー・ライクロフトの私記(The Private Papers of Henry Ryecroft, 1903年)
ジョージ・ロバート ギッシング
1857 - 1903。英国の小説家。ウェイクフィールド(ヨークシャー)生まれ。クウェーカー派の学校に学び、13歳で父を失う。秀才の誉れ高く、奨学金を得てマンチェスター大学に進むが、不幸な結婚生活のため中退。アメリカ流浪の後、ロンドンの裏街で極貧の文士生活を送る。1880年最初の小説「夜明けの労働者たち」を自費出版。「群集」(1886年)の思いがけない収入で念願のギリシア、ローマを訪れる。晩年南仏に移り住み、46歳で没。作品に批評的著作の「ディケンズ論」(1898年)、自伝的随想集「ヘンリー・ライクロフトの私記」、短編「蜘蛛の巣の家」(1906年)など。
ヘンリー・ライクロフトの私記 (光文社古典新訳文庫)
by ギッシング、池 央耿
植物学は 素人 だが、昔から草本採集は楽しみとしている。知らない草花を見かけて図鑑を調べ、次に道端で出逢った時には名を呼んで挨拶する。これがいい。珍しい草花であればなおのこと、発見の喜びは増す。自然は名人級の絵描きで、ありふれた花はありふれた風景の中に置く。人が雑草と言って卑しめる野の花さえも見る目にくっきり焼きついて、そのはっとする美しさはとうてい言葉に尽くせない。珍しい花は 別誂えで、絵師の心の微妙な 陰翳 を映して密やかに咲く。これを見つける喜びは、聖域に立ち入りを許された感激に似て、 嬉しい中にも 畏怖 を覚える。
犠牲と言っても、上流気取りの偉ぶった意味ではない。本来なら生きるために遣うはずの金でたびたび本を買ったというまでの話だ。知的欲求と肉体の必要に引き裂かれて古本屋台や書店の前に立ちつくしたことが何度あったか知れない。 時分時、空きっ腹が鳴るのを 堪えながら、前々からほしいと思っていた本が願ってもない安値で古本屋に出ているのを見かけたとなると、どうして素通りできようか。だが、本を買えば飢えに苦しむことはわかりきっている。
流行を追うだけの読者がいる。人目にいいところを見せたいか、ただ自己満足のためということもある。贈りものに本は安上がりだろうし、あるいは装幀が気に入っただけかもしれない。何はともあれ、予備知識もなく、自分の判断に確信も持てぬまま本屋に押しかける熱心家が多数いることを忘れてはならない。生半可な教養人の集団で、時代の 趨勢 とはいえ、危険な傾向だ。
なるほど、大衆は盛んに本を買う。中には少数ながら、心から本好きで見識のある良心的な読書家がいるのは事実で、それを認めなかったら罰が当たる。千人に一人いるかいないかというその手の愛書家に祝福あれだ。だが、それにしても 軽佻浮薄 な 似非 読者はあまりに多い。書名や作者名を誤って発音する恥知らず。詩文の韻律をでたらめに崩して読む無神経。六ペンス余分に出してでもアンカット本の小口を切らせる見栄っ張り。稀覯本の安売りにはすぐ飛びつく勘定高い先走り……。こうしたありさまを見て、来たるべき次の世紀に希望を抱くことができようか。
半端な教育はいずれ不足を補って万全になると聞いている。今、この国は過渡期にあって、教育が限られた層の特権だった旧弊を脱して誰もが自由に学べる明るい未来へ向かっているというのである。だが、不幸にしてこの議論とは裏腹に、教育は有能な少数だけのためでしかない。いくら教えたところで、熱意が通じて学んだことが身になる生徒はほんの一握りだ。瘦せた土地に豊かな実りを期待しても無駄である。凡庸な人間はどこまで行っても凡庸だ。その凡人が支配欲に目覚め、身のほどを知らずに大きな口を 叩いて国中の物的資源を手にしたら、今すでに、…
複数の人間が起居をともにするのはえらくむずかしい。いや、それ以上に、文句なく恵まれた条件でほんの一時たりとも、互いに感情を害することなく交友を続けるのは極めて困難だ。仕事や習慣の違いがある。偏見の衝突がある。意味はこれとほとんど同じだろうが、意見の相違も稀ではない。二人の人間がただ顔見知りというだけではない関係になり、 傍目 にどれほど気が合っているように見えても、一、二時間も一緒にいればたちまち不協和が生じて、腹の底では自制に努めなくてはならない。人間はもともと他人と仲よく付き合うようにはできていない。身勝手で、我が強く、理解できない相手には多かれ少なかれ反感を抱いて非難めいた口をきく。優しい心根があるとしても、 極 く稀にそれが持ち前の 喧嘩 好きを抑えるか、悪口雑言に歯止めをかけるかといったあたりがせいぜいだ。愛すらも、言葉の最も深く厳密な意味において、険悪な向かっ腹や生来の 癇癪 をなだめる安全弁ではない。習慣という強い身方がなかったら、愛はどこまで持続するだろうか。
たいていの男女はいつも誰かとおおっぴらにいがみ合っている。大多数は、またかというほどごたごたせずには生きられない。気心の知れた相手と腹を割ったところで、友人や親類からどれだけ冷たくされ、疎まれ、憎しみを受けたか、記憶のありったけを尋ねてみるといい。数えだしたら切りがないはずだし、そうした行き違いが日常の「誤解」に原因する場合も極めて多かろう。喧嘩口論は安楽に暮らす富裕階級よりも下々の貧しく無教養な人種の間で持ち上がるのが普通だが、ならば少数の貴顕人士にくらべて底辺の大衆は人付き合いが下手で社会生活が苦手かというと、そんなことはない。
高い教養は自制心を培うかもしれないが、その分、人間関係の 軋轢 が増す。みすぼらしい町家におけると同様、荘園領主の屋敷でも人と人の緊張、摩擦は絶えず、夫婦、親子、遠い近いはあれ類縁同士、雇い主と使用人の間で 口 諍いが起き、 詰り、 誹り、言い募って、果ては 罵り合うまでになる。言うだけ言って胸がすっとすれば、ふりだしに戻ってまたぞろ同じことのくり返しだ。外に出れば騒ぎはあまり気にならないが、身のまわりですったもんだが絶えないことに変わりはない。毎朝配達される手紙のうち、不平不満、遺恨、憤りの訴えがどれほどの割合を占めているだろうか。郵便袋は非礼な当てこすりと陰に 籠 もった敵意ではち切れんばかりだ。人間の生きざまが公私両面においてここまでいざこざを避ける高度な仕組みを作り出しているのは喜ぶべきことという以上に、驚異の中の驚異ではなかろうか。
外国人一般がイギリス人をどう見ているかは理解に難くない。異邦人がこの国を鉄道で旅し、ホテルに泊まって、世俗の表向きだけを見るならば、イギリス人は陰湿で無愛想な我利我利亡者の集団だと思うだろう。何のことはない、社会生活、市民生活の理念に真っ向から反する国柄だ。が、実のところ、これほどまで社会や市民の意識が高い国はほかにない。
イギリスのどこへなりと行ってみるといい。学術であれ、スポーツであれ、何らかの協会もしくは団体に加わっていない人間はめったにいまい。男だけの話ではない。近頃では教育のある女性の多くが結社に属して地域のため国家のために尽くしている。そして、仕事を離れても社会人として最善の努力を惜しまない。すっかり寂れて景気の傾いた、俗に言う眠ったような市場町でさえ、人々が力を合わせてさまざまな活動が賑わいを呈している。それもほとんどは市民の自主参加だ。
地元の人たちの熱意と協力が実を結んだ光景で、高度な「社会性」を誇っているはずの国々でこんなことは夢にも考えられない。社交的とは、誰彼かまわず行きずりの相手と気さくに言葉を交わすことではない。生まれつき品があって人当たりがいいことを言うのでもない。よくよく見れば、社交性はこの上なく不器用でぶっきらぼうな性格と抱き合わせなのだ。いずれにせよ、イギリス人はこの二百年ばかり、ただ形ばかり、その場を笑いに紛らすだけの社交術を敬遠してきた。それでいて、心身の健康、快楽、安寧など、共同社会の福利は何よりも大切にする。イギリス人の公共心は筋金入りだ。
このまぎれもない事実と、これに劣らず明白なもう一つの通性、イギリス人の不親切を同等に扱うのはなかなかむずかしい。ある視点から同国人を手放しで褒めそやしておきながら、立場が変わると大嫌いで顔も見たくないということがある。イギリス人は、根は親切だと思いたい。それが、どうしたことだろう。科学と金儲けの一世紀が国民性を著しく歪めたとでもいうのだろうか。旅籠に泊まってイギリス人の心がまるで乾ききっているのを感じなかった例しがない。料理は 貪り食うだけで楽しみのうちには入らず、酒…
頭に入れておかなくてはならないことが二つある。同じイギリス人でも、育ちのいい人間と素性も知れない生まれでは、態度ふるまいが雪と墨ほどに違う。それに、イギリス人はもともと控えめで、よほど…
階級によってものごとの流儀があまりに大きく違うため、気の早い 他所者 は人の意識や性格も同様で、階級ごとに雲泥の違いがあるように思うかもしれない。現に上層と底辺の差が極端に開いているロシアは例外として、ヨーロッパのどこを捜しても、身分の違いがイギリスの紳士と下々ほどあからさまな国はない。下々、つまりは庶民大衆だ。この下々が異邦人に強い印象を与える。距離を隔てれば正当な見方ができて、初歩から仕込まなくてはならないのは事実だとしても、まんざら捨てたものでもなし、育ちのいい人間とくらべて優劣を言うほどのことはないと知れる。一人一人が個別に国を代表しているのではない。ちょっと見ただけでそう思うのは…
こうした感性を持つ国民が民主主義に傾くとなると、そこにある種の危険が伴う。根が貴族趣味のイギリス人はかねてから貴族階級に、ただ身分を 崇めるだけでなく、道徳の規範に照らしても尊敬を払ってきた。名門の血筋は理想の人生を約束する才能と美徳の生きた見本だった。古来、貴族と庶民の間に深い心の結びつきがあることをなおざりにしてはならない。貴族の廉潔な騎士道精神に、庶民は進んで誇らかな恭順をもって応じる。双方が相携えて自由の大義のために力を尽くす構図だが、貴族の権力と栄誉を守るのにどれほど負担が大きかろうとも、庶民は犠牲を厭わなかった。これがイギリス人の信仰であり、持って生まれた敬愛の心である。およそ鈍重な精神の持ち主も胸の底では貴族の地位と切っても切れない徳義を知っている。卿、または閣下と尊称される貴族は代々の雅量を受け継ぎ、それを行動に示す手段、すなわち資産をも有する特権身分である。貧乏貴族という呼称は矛盾を 孕んでいる。もしそのような人物がいたとしても、運命の気まぐれに 弄ばれた犠牲者と面白半分の 憫笑 を買うだけのことだろう。貴族の肩書きには名誉、高貴を意味する接辞「オナラブル」がつく。貴族の言行は事実上、イギリス人が何かにつけて指針と仰ぐ社交儀礼である。
仕事は暮らしの糧を得る手段というだけではなく、読むことも仕事のうちで、年収が二百ポンドにも満たなかった頃と同じように、今も読みさしの本については熱を帯びて 滔々 と語る。 隙 を見て読むのは最近のものばかりとは限らず、新旧とり混ぜて広く深く読み 漁って往年のまま知識欲は衰えることを知らない。
二つのことがあって、時折りロンドンが恋しくなる。輝きに満ちて奥深い名手のヴァイオリンや、完璧な技巧でたっぷりと余韻が尾を 曳く歌手の声楽が聞きたいのと、絵が見たいのと、この二つだ。音楽と絵画は何をもってしても代え難い心の支えだが、ここにいては記憶を 伝 に楽しむしかない。
今日は『テンペスト』を読んだ。戯曲ではたぶん一番好きな作品だが、知りつくしたつもりでいるせいで、日頃はたいてい素通りだ。ところが、シェイクスピアとなるといつものことで、今回も読み直してみれば、自分で思っているほどではない。これはどこまで行っても同じだろう。ページを繰って戯曲を読むだけの体力と気力がある限り幾つまで長生きしようともだ。
このところ、 柳蒲公英 で忙しい。草花の名をできるだけ多く、正確に知りたいからだ。学術的な分類は性に合わないせいで、ほとんど関心がない。ただ、散歩の途中に見かけた花は何であれ、正しい名で呼びたいと思う。それも、学名ではなしに、一般に知られている通り名の方がいい。「ああ、ヤナギタンポポか」と言うだけではつまらない。それでは黄色い舌状花を 十把一絡げに「タンポポ」で片付けるのと同じで、花が可哀想だ。花の方でも、きちんと個性を認めてもらえば嬉しかろう。花という花にずいぶん世話になっているから、せめてものお返しでそれぞれに挨拶しなくてはいけない。同じ理由から、何はともあれ学名「ヒエラキウム」は避けて「ヤナギタンポポ」と言うようにしている。俗称で呼べば、それだけ親しみが増すというものだ。
無性に本が読みたくなって、その衝動が何によるものかわからないこともあれば、ほんのささいなきっかけで起きることもある。昨日、夕方の散歩で古い農家の前を通った。庭の木戸口に、かかりつけの医者の二輪馬車が停まっていた。行きすぎてふり返ると、残照が煙突の向こうの空を淡く染め、上階の窓に 灯 が瞬いた。「『トリストラム・シャンディ』だ」われしらず声が出て、家に飛んで帰り、二十年ぶりかでロレンス・スターンを 貪り読んだ。
ギリシア人は異文化を吸収することがなかった。外国語も死語もない。口承文芸の時代だから、文字はほとんど読まず、文学はもっぱら耳で楽しんだ。市民階級は奴隷を使い、自分たちは社交に明け暮れて、いっさい手を汚さなかった。無知ははなはだしく、知恵は神々に仰ぐしかない。知力は極めて高かったが、道徳観念の欠如は驚くほどだ。ペリクレス時代の平均的アテネ市民と対面してじかに話したら、少なからず幻滅するに違いない。
もっとも、イタリア産を別とすれば、根っからワインが好きというほどでもない。イギリスにおけるワインの流儀は、要するに真似事で、異国趣味の 嗜みの域を出ない。テニスンはポートワインを飲んだ。古い昔の格式を重んじてだ。スペインから伝わったシェリーと、辛口の白ワイン、サックは一時代前の高級な飲み物で、いずれにせよ、ワインはイギリス人に向いていないが、そこは人それぞれだから、怪しげなボルドーだろうと、ブルゴーニュだろうと、好きならば飲みたいだけ飲めばいい。ただ、本当に飲んで旨いのは三十前までだ。何度かワインの助けで絶望から立ち直ったこともあって、 樽 詰めであれ 壜 であれ、 天 晴れワインと名のつくものを悪く言うつもりはない。思えば遠い過去の話だ。「濡れ羽色の髪に薔薇の冠を戴いて」心地よく酔いに浸ることはもう二度とあるまいが、若い時分の記憶は今も新しい。
イギリスの料理はさんざんに 貶されている。 曰く、イギリスの料理人は 総身 に知恵のまわりかねる大男で、ものを焼くか煮るかするほかは何もできない。イギリスの食卓は生肉を丸吞みにする肉食動物しか寄せつけない。パンはヨーロッパで最低と言わざるを得ず、粉を 糊 のように 捏ねてあるだけで消化に悪い。野菜は飢えた動物の餌で、思慮ある人間の食べ物ではない。コーヒー、あるいは紅茶と称する 生温い飲料は、無知か無分別か、なにしろ 淹 れ方がでたらめで、どこの国でも当然とされている本来の味も香りもない。確かに、こうした酷評を裏づける事例は枚挙に 遑 がない。料理に携わる人材の多くが下層の出であって、がさつで無神経なことは否定できず、何であれその仕事に階級の烙印が捺されていることもしばしばだ。だとしても、イギリスの食品は質において世界最高の部に類し、料理法もこの上なく健康的で、食欲をそそること温帯のどの国に優るとも劣らない。
この国の数ある長所と同じで、イギリス人はそれと意識することなしにそこまでの達成を果たした。極く普通のイギリス女性は料理に際して、嚙みくだけば腹におさまるものを作ろうと、ただそれだけを考える。だが、無事に出来上がってみれば、これこそが料理の本道と知れる。これ以上に単純明快にして首尾よく理に 適ったことはない。イギリス料理の目指すところは、栄養になる生の食材を加工して健康人の好みに合うように、その素材本来の成分と味覚を引き出すことだ。料理人が、生まれつきであれ、経験で身につけたものであれ、多少ともこつを知っていればきっと巧くいく。イギリスの牛肉は間違いなく本物で、 天が下 のどこを捜してもこれだけのものが食える国はない。イギリスの羊肉は、マトンと言えばこれしかない極めつきだ。ナイフを当てる途端に肉汁が 溢れ出るサウスダウン羊の肩肉を思ってもみるがいい。野菜にしても、イギリス産はそれぞれに独特の旨味がある。食材の純粋な風味を偽るなどは思いも寄らない。もしその必要があるとしたら、食材そのものが場違いなためだろう。知ったかぶりの 誰某 だかが、イギリスにはソースが一種類しかないと言って 嗤 ったが、どういたしまして、この国には肉の数だけソースがある。肉はどれもみな火を通せば汁が出る。この汁が考えられる限り最上のソースであって、「 肉汁」の何たるかを知っているのはイギリス人だけだ。従って、ソースを語る資格がある人種は世界広しといえどもイギリス人を 措いてほかにいない。
おりふしの関心を書きつけた古い手帳がある。「知りたいこと、深く知りたいこと」これを書いたのは二十四の時だが、今、五十四歳の目で読むと失笑を禁じ得ない。ずいぶん地味な項目が並んでいる。「宗教改革以前のキリスト教教会史」、「ギリシア全詩」、「中世騎士物語の世界」、「ドイツ文学、レッシングからハイネまで」、「ダンテ!」……。どれもこれも、とうてい深く知れようはずがない。土台、無理な話だ。にもかかわらず、今も次から次へ新しい興味を搔き立てる本を買いこんでいる。エジプトが何だ、と思いながら、フリンダーズ・ピートリや、マスペロの著作にはつい手が出てしまう。小アジアの古代地誌について知ったかぶりをするつもりは毛頭ないのだが、ラムゼイ教授の驚くべき本を買い、ある種の当惑を覚えながら大半を面白く読んだ。当惑の理由は考えるまでもない。背伸びをしてでも知識を吸収する意欲があった昔と違って、すっかり固くなった頭でこれを読むのは無駄な努力だとわかりきっている。
後味の悪い本は読まずに済むなら、それに越したことはない。好きな詩人、思想家、読むほどにうっとりと心安まる作家ばかりがいい。こう言うと、書棚にぎっしり並んでいる本から刺を含んだ視線を感じる。もう二度と手に取る気はないか。いや、どの本も心の奥に刻んでおきたい言葉の宝庫であって、あだ 疎かにはできない。何はともあれ、むやみやたらに知識を求めるのは悪い癖だろうから、直さなくてはなるまい。つい昨日も、とうてい読みきれるはずのない大部な学術書を注文しかけたではないか。あんな本を買ったところで貴重な時間を無駄にするだけだ。今はただ余生を楽しむしかないことを素直に認めたがらないのは、どうやら 清教徒 の血であろう。心おきなく楽しむなら、それがすなわち知恵だと思えばいい。貪欲に知識を吸収する時代は過ぎ去った。これから新たに語学を志すほど愚かではないつもりだが、無用な歴史の記憶を頭に詰めこんで何になろう。
当時、科学は救世主と仰がれていた。科学の専横を予見し、科学が旧弊を復活させて当初の期待を踏みにじることを看破した人間は 極 くわずかだった。これが時代の 趨勢 で、成り行きに任せるほかはない。ただ、数ならぬ身ながら、科学という名の暴君を玉座に担ぎ上げるのに手を貸さなかったことだけがせめてもの慰みだ。
低劣なふるまいはさまざまある中で、このイギリス気質の人々が何よりも嫌ったのが偽善だった。世代が変わっても、その点は同じである。だが、イギリス気質をじかに受け継いだ世代が以前と同じ権威をもって徳を語るとは言いきれない。後継者が力を失って、イギリス人を偽善者と呼ぶ非難が必ずしも的はずれではなくなるかどうか、やがて知れる。
イギリスを遠く離れて異国の土となることは思っただけで恐ろしい」と言う著者は当然ながら骨の髄からイギリス人で、何ごとによらずイギリスの卓越を信じて疑わないが、悪くすれば自身の発言が国粋主義と取られかねないことも承知している。イギリス料理を延々と語る饒舌はどうだろう。あれはギッシング一流の 韜晦 と言ってよかろうが、自分を横目に見て、何もかもが手放しのイギリス礼賛になることを戒める姿勢が 諧謔 にまで昇華する文章技巧はなまなかなものではない。 -
岡崎武志『読書の腕前』で
「およそ読書人と呼ばれる人の本棚に、
これがないことはありえない」(P51)
と言わしめた本書。 -
ギッシング『ヘンリ・ライクロフトの私記』岩波文庫 読了。移りゆく四季の中で、読書を愛する主人公が人生を回顧し思索にふけりながら、片田舎で穏やかな余生を送る。読書人の境地ともいえる。読中たまに飽るが、散見する彼の思想には共感する部分が多い。再読を重ねるほどに妙味を堪能できるだろう。
2010/04/14 -
ヘンリ・ライクロフトという架空の人物の隠遁生活におけるエッセイ集のようなもの。ライクロフト=ギッシングとみればエッセイであり、そう見なければ、文学作品となる?
解説には、自然の描写に共感できる、とあったが、そうでもない。正直に言うと、最後まで読み通すのには、骨が折れた。こういう本を楽しんで読めるようになりたい。 -
19世紀イギリスの小説家ジョージ・ギッシング(1857⁻1903)の最晩年の作品、1903年。ヘンリ・ライクロフトなる人物の手記という形で、そこに作者自身の人生を重ねた自伝的作品。
幸福な偶然によって金銭的余裕を得たライクロフトは、日増しに騒々しくなっていくロンドンでの都会生活を避けて、田園にて孤独に耽る。手記の内容は、思索的であるが、しばしば過ぎ去った生への悔恨の念が前面に出ている個所も多い。また、ライクロフトは一定程度の教養層の出身と想像されるが、自らを労働者階級から截然と区別しており、階級的差別意識がはっきりと表れている。そこに綴られた文句の端々にライクロフトの、則ちギッシングのプチブル・ディレッタンティズムが嗅ぎつけられてしまい、読んでいて苦々しい。
□
繰り返し述べられているのは、若き日に嘗めた窮乏の辛酸に対する根深い忌避感、世間と俗物群衆が喚き合っている低俗な都会生活への嫌悪感だ。
教養ある彼には、労働者階級の日常に溶け込むことができず、学芸の古典へと沈潜することで自らの精神の平衡を保つ居場所を得る。自己を社会の構成要素と考えることができず、社会と常に敵対関係にあったライクロフトにとっては、孤独の裡に在ってのみ自分が自分でいられるのだ。
そして、当時立ち現れつつあった匿名多数の衆愚の塊としての社会への嫌悪と恐怖が、自分も嘗て困窮の都会生活時代に目の当たりにした労働者階級の悲惨な現実に対する苦い思いが、彼を"反民主的"にした。精神の"貴族性"無き無教養の群集が政治権力を掌握する民主主義の思想を、彼は拒否した。肉体労働を通して社会機構の基盤を支えている労働者たちに感謝を示しつつも、嘗て身を以て接した労働者階級の愚鈍さと醜悪さの現実を受け容れられず、階級無き世界を目指す社会主義者の見ている労働者は彼には幻想だとしか思えなかった。貴族には"倫理的優越性"が在るとして、卑俗な下層階級は彼らに服従することで"高貴な倫理性"に与れると考えていた。イギリス人の精神生活は"栄光ある"貴族階級によって支えられているのだと。
時代の趨勢の中で次第に過去のものとなりつつある観念的な貴族的"栄光"を称揚し、無教養な労働者階級を蔑み、更には社会的成功を得た俗物に嫉妬する。そこには、自己の生に対する不全感からくるルサンチマンが影を差していないか。
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そして偶然の幸運から転がり込んできた物質的生活上の保障を得て、自然と読書に耽るだけの日々に退却する。都会生活於いて自分の生を生き切ることができず、生を諦めてもなお続いていく日常を、田園の中で精神的物質的平静と静寂に包まれた孤独な隠遁生活として遣り過ごしていく。どうしようもなく中途半端な自己の生に対する悔恨と諦念とともに、古典の世界へと耽溺していく。
「だが、考えてみれば、私はまだなに一つ仕事らしい仕事をしていないのだ。これというはなばなしい経験もなかった。私はただ準備だけをしてきたのだ――人生の一介の徒弟にすぎなかったのだ」
「・・・、私が機会に恵まれなかったがゆえに、いやそれ以上に、おそらくは適切な方法と不退転の熱意に恵まれなかったために、自分のもっていた可能性が空費され、失われたことを意味する。思えば私の生涯は今までずっと一つの試みにすぎなかった。出発を間違えたり、途方もないことをやりだしたり、といったことの断続的な繰り返しにすぎなかったのだ」
同時代ドイツの生理学者デュ・ボア・レーモンに端を発する著名な「ignorabimus論争」にもディレッタントらしい関心を示している。
「今でも昔と同じく、われわれはただ一つのことしか知らない。つまり人間はなにものも知らないということだ。たとえばだ、路傍の花を摘んで、それをじっと見ながら、もし仮にそのときその花に関する組織学、形態学等々の知識をみな私が知っていたとしたら、その花の意味をことごとく尽くしえたと、はたして私は感じることができるだろうか。これらは言葉、言葉、言葉にすぎないのではないか」
「・・・。人間は進化の法則の産物にすぎず、その感覚と知性も、人間をその一構成分子とする自然の機構を観察する以外になんの役にもたたないというのか。・・・。解けない問題への絶望、おそらくは、あえて解けると誇称する連中への忿懣、こういったものが、形而下的な事実のかなたにある一切のものを断固として否定せしめるにいたり、ついには自己欺瞞に陥らしめるにいたった、・・・」
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読んでいてどうにも居心地悪いのは、そこに描かれているライクロフトの生がまさに自分自身の姿だからだ。この苛立ちは、ライクロフトに投影された自己嫌悪だ。
「私が考えているのは、心の問題を情熱をもって追究し、自分の神聖な時間を侵害するすべての世俗的な利害関係や煩わしさから苛立たしく面をそむけ、ひたすら思想と学問の無間性の観念に憑かれている人であり、精神的な活動力をささえる基盤である条件は痛切に知ってはいるが、それを無視せんとする不断の誘惑に抗することのできない人間のことなのである。・・・、かかる人間は自分の才能を商品として売りだし、貧困の絶えざる脅威の下に営々と働かなければならないというしばしばみうけられる実状・・・」 -
富士見台ブックセンター、¥756.
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主人公は非常な本好きで本にまつわるエピソードがけっこう出てきます。
そんな場面では思わず「そうなんだよ、わかるよ」と主人公の肩を叩きたくなる事が何度もありました。
さらには言葉や文字では表現できないけど確かに自分の中にあった気持ちを見事な表現で代弁してくれているような箇所も出てきました。
そんな時は「君の言う通りなんだよ」と抱きつきたくなる衝動に駆られもしました。
作中に出てくる本で読みたくなったものも数多くありました。
ただ興味の湧かない事に関するエピソードに対して冗長に感じたりもしましたし、言われるほど自然描写に卓越した物があるように感じられないのは私に責任があるのかな。 -
困難極めた人生を、思いがけず手に入れた大金によって、片田舎へ引っ越し、古典文学や自然に触れながら、充実した隠居生活を送る作家ヘンリ・ライクロフト。
あまり幸福な人生とは言えなかった著者ギッシングの魂の叫びが、ヘンリ・ライクロフトという人物に託されている。
南イングランド片田舎に広がる田園風景の描写が素晴らしく美しい。 -
死に方も含めて、著者の理想像だったのだろう。金はあり、家族はおらず、仕事としての著作はせずに、ごく限られた友人とだけ語らって、美しい自然の中で静かに暮らす。それは著者の置かれた現実の対極点だったようだ。そんな悲しさも含めて腑に落ちる。
こういう生活に憧れるひとと憧れないひと。はっきり分かれるだろう。ぼくは当然前者。でも、一日中釣りをしてたり、野菜を作ってみたり、馬飼ってみたり、友達呼んだり、あまり詩的な田園生活は送りそうもないが。 -
疲れた時、つい手に取り、読んでしまう本。
内容は、隠棲文学でもあり、自然憧憬の最たるものであり、また主人公に己を仮託した随想でもある。
そこに描かれた「読書と田園」…この二つの組み合わせは、もはや多くの読書を愛する人々の理想であり、楽土でもある。
嗚呼、早く私もそんな優雅で有意義な生活を送りたい…(無理に決まっていても、夢見るくらいはさせてくれ) -
図書館本です。
本棚を全面捜索すれば出てくるような気もしています。
あまりにも自分の今の環境や気分にぴったりしていて怖い。読み終わったら死ぬのではないかと!
ともかく思いがけない遺産がはいって食うに困らなくなり田舎に引っ込んで読書三、昧というのは、いつの時代でも、理想的生活なんでしょうが、暇を持て余さなようにするにはあらかじめ修行が必要ということでしょうか。
ウエルズとの関係も調査したいですね。 -
人生における成功ってなんなんでしょうねぇ?
この作品はギッシングという英国作家が20世紀初頭に書いた
随筆のようなものです。(主人公ライクロフトに自身の人生を重ね合わせている)
作家ライクロフトの人生は一言でいえば報われない人生でした。
本を愛し、芸術を愛するがゆえ、時代に迎合するような作品を描けなかった、
そして50歳まで貧しい生活を送っていたのです。
やがて、突然の幸運が彼のもとに訪れ、思いもよらないところから巨額のお金を
手にし、憧れていた自然溢れる田舎での生活を送ることにしました。
生活のために働くことを必要としなくなった彼は小説を書くのをやめました。
そして、豊かな春夏秋冬の自然の中で彼は癒されてゆきますが、それと同時に
一種の虚無感にもかられます。
目的を失った喪失感のようなものです。
彼の思考はゆっくりと過去の回想や、自然、イギリスへの愛着へと移行してゆき、
一年を経つ頃には、自身の人生が完成された、と達観し、
静かに優しく老いていきます。
今、20代半ばに読んだ自分としては、この作品に横たわる静けさに何となく物足りなさ
を感じます。
自分がライクロフトと同じ歳になったとき、もう一度読んでみたいと思います。
夢とかお金とか友人とか、いろんな大切ものへの価値観はきっと今と全く違うんでしょうね。
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未読
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リタイヤした文筆業者に仮託したエッセイ。隠棲文学の形を取るが当時ギッシングはまだ43歳だった。静かな晩年への憧憬があったのだろう、自然描写もかなり理想化されている。
ジョージ・ギッシングの作品
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