ギッシング短篇集 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1997年4月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (270ページ) / ISBN・EAN: 9784003224755

みんなの感想まとめ

市井生活をテーマにした短編集で、イギリスの庶民の生きざまを真摯に描いています。著者は、ディケンズに憧れた小説家であり、彼の作品には「市民生活のなかのロマン」が表現されています。派手さはありませんが、温...

感想・レビュー・書評

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  • イギリスの小説家ギッシングの短編集ですね。
    8話のイギリスの市井生活を描いた作品集です。
    ギッシングは小説家としての力は認められても、なかなか生活は苦しいものでした。
    ギッシングはディケンズに憧れ小説家を目指したように、彼の作品のなかには「市民生活のなかのロマン」を書き表わし、庶民の赤裸々な生きざまを真摯な目で描き出しています。
    ギッシングの小説では、派手さは無いものの温かな心模様を写し出した作品が多いので、私は好きな作家さんですね。
    長編が伝統的に多いイギリスですが、短編の良さを表現したギッシング作品にはみるべきものが有ると思います。

  • 早世した私の知人が残した蔵書のなかの一冊に、この文庫本があった。多趣味なその人が選書していたくらいだから、すごく凝った内容なのかと読む前は思っていた。
    だが英文学とはいいながら、収録された8編とも貴族趣味的な高尚さはほとんどない。逆に、庶民の生活感覚からにじみ出た物語であり、日本人も好きそうな身近な題材ばかりだ。

    ①境遇の犠牲者
    イギリスのとある名の通った画家が1人で田舎をめぐっていたとき、小さな兄妹と出会う。「父も画家だよ」と言う兄妹に誘われるままに家に行くと、父は宗教画の大作を制作中だった。訪問者が著名な画家だと知った父は、家が狭くて大作を描くのに適さないなどと弁明しながらも画家に未完成の宗教画を見せる。しかし父が自信をもって描いていた作品に対し、画家のプロの眼は心のなかで正反対の評価を下す。
    一方で画家は隅に置かれた風景画に目を留める。宗教画は凡作だが、その風景画は画家も一目置く素晴らしい出来だった…

    「境遇」はcircumstancesを訳したもので意味としては正しいが、如何せんそのままでは日常語でないのでわかりにくい。「境遇の犠牲者」とは、つまり知足安分の生活からほんの少し欲を出した者に降りかかった物悲しい結末のこと。

    ②ルーとリズ
    男で失敗した女2人(と1才半のリズの息子1人)は、2人が家賃を折半することで、ようやく屋根裏部屋で暮らせている。2人は喧嘩もするし生活はギリギリだが、腐れ縁のこんな同居もありかなと思っている。
    ある日曜日、町のお祭りの人ごみの中で、ルーは自分から逃げていた夫が若い女と踊っているのを見つけた。夫に悪態をつきながらも悪い気がしなさそうなルーの様子を見たリズは、共同生活が壊れるのではとやきもきして…

    ③詩人の旅行かばん
    若い詩人がイギリスを放浪の末、ある町にたどり着く。しばらく滞在しようと考え、とある下宿屋に入って人を呼ぶと、若い娘が姿を現した。詩人は大家の娘だと思い、当面の下宿代を渡して部屋を確保してもらう。いったん旅行かばんを玄関に置いて部屋を見に行った詩人は、外から帰ってきた大家に遭遇するが、大家はそんな娘は知らないと言う。しかも玄関に戻るとかばんがなくなっていた。実はかばんの中には、詩人が放浪中に書きためた詩の原稿が詰め込まれていて…

    ④治安判事と浮浪者
    ある男は、資産家の令嬢と結婚し、治安判事の職も得て、日々雑務に追われるが、お金に不自由なく、人がうらやむような生活を送る。
    ある日、法廷でケチな罪で裁かれようとしていた浮浪者然の男を見て、治安判事は元同級生だと気づく。身元を引き受けた治安判事は、その男が貧しいながらも、世界中を渡り歩いていることを聞き、2人が少年時、自由に世界を巡る夢を語り合ったことを思い出す。そして気づく-今の自分には自由なんてひとつもない-と。

    ⑤塔の明かり
    政治家を目指す者にとって不幸なのは、支持者か何か知らないが、ハイエナのように群がり骨までしゃぶり尽くす輩がいること。そういう輩は実際には政治なんてどうでもよくて、自分さえお恵みにあずかれれば、と思っている。この一編は、そんな輩から持ち上げられてご満悦だが、実はたかられて奢らされているだけの元議員が、それに気づき逆に利用しているのか、それとも踊らされているのか、自分でも分別がつかずブレーキがきかない悲劇。

    ⑥くすり指
    原題は“The ring finger”。つまり結婚指輪をはめる指のこと。ローマを旅する男女の出会いの物語で、「ローマの休日」は趣向が違うものの、この小品からインスパイアされたのでは?とも思わせる。

    ⑦ハンプルビー
    何の取柄もない少年ハンプルビーは、学校で“偶然”人助けをしたことで有名人に。だがその後は、平凡だが自分がやりたくないことはやらなくてもいい人生を望んでいた彼に、自分の意思ではままならない事柄が次々と訪れて…
    なお、この一編の最後の一行には、自分の人生を自分でコントロールできない状態に陥って疲れ果てたときに効く一言がある。

    ⑧クリストファーソン
    古書店で本を1冊買った語り手の男は、どちらかと言えば貧しい身なりの老人の視線に気づく。男が店を出たとき、老人が話かけてきた。「いまお買いになられた、その本の見返しに書かれている名前に、お気づきになりましたか?」「わたくしの名前なんです」確かにクリストファーソンと署名がある。
    老人は零落して蔵書の大半を売り、現在は自宅に少数の本を置くのみらしい。2人は本好き同士ということで意気投合し、語り手の男は老人の家を訪問することになる。そして男は、少数どころか、両側の壁に沿って天井に届くくらいに積み上げられた大量の本を目にする。
    本好きとして驚嘆する一方で、奥さんが同居していると聞いた語り手の男は、生活空間を圧迫する本の山が、同居者の奥さんの健康を蝕んでいるという現実を透かし見てしまう。

  • 288P

    ヘンリ・ライクロフトの私記で有名なギッシング面白いのに、そんなに有名じゃないの意外だな。夭逝だったから作品が少ないからかな?でもラディゲとかは有名だよね。

    『ヘンリ・ライクロフトの私記』で知られるギッシング(1857-1903)は,初期は長篇小説が主だったが,当時の出版状況や家庭事情などから次第に短篇が作品の中心となり,多くの優れた短篇をのこした.食費を削ってまで好きな本を買い漁る男を描く「クリストファーソン」など8篇を収録.作者の真価が発揮された短篇集.うち本邦初訳2篇.

    ジョージ・ロバート ギッシング
    1857 - 1903。英国の小説家。ウェイクフィールド(ヨークシャー)生まれ。クウェーカー派の学校に学び、13歳で父を失う。秀才の誉れ高く、奨学金を得てマンチェスター大学に進むが、不幸な結婚生活のため中退。アメリカ流浪の後、ロンドンの裏街で極貧の文士生活を送る。1880年最初の小説「夜明けの労働者たち」を自費出版。「群集」(1886年)の思いがけない収入で念願のギリシア、ローマを訪れる。晩年南仏に移り住み、46歳で没。作品に批評的著作の「ディケンズ論」(1898年)、自伝的随想集「ヘンリー・ライクロフトの私記」、短編「蜘蛛の巣の家」(1906年)など。

    「「はい──そうですか!」カスルダインが息を切らせて言った。「でも、もちろん、わたくしの制作上の原理までは、子供には無理です。バンクス先生、最初に申し上げておかねばなりませんが、わたしは正規の学校教育を全く受けておりません。これが致命的とはお考えになりませんでしょうね?」」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「「当時リンカーン県に住んでおりました。商売をしておりました。でも、子供の時から絵の勉強をしておりまして──ほんとに一所懸命に、です。一所懸命やったおかげで、サウス・ケンジントン〔王立美術学校がある〕の検定試験に合格いたしました」彼は壁に掛った額縁入りの証書を指さした。「解剖学の勉強にもはげみました。もちろん一所懸命に、です。解剖学はかなり自信があると思っております。結婚して少し閑ができましたので、二人でパリとオランダヘ行き、そこで画家になろうと決意したのです。女房持ちの男が商売を止めるのは許されることではないと思いました。でも、毎日の半分の時間をあてて、一所懸命勉強いたしました──真剣に、です。それから一年か二年ロンドンへ行くことに決め、ナショナル・ギャラリーで独学の勉強をしました。人物画を専門にしようと思いました。最初から決めていました。一所懸命写生をやりました──ちゃんとした下絵をたくさん完成しました。風景画も全く無視したわけではありまけんが、わたくしのその方面の仕事を先生の前で申し上げるのは、お恥ずかしい限りです。その間も──ええと、商売の方は続けておりました。でも、最後には、思い切った一歩──本気で画家になるなら避けられない一歩を踏み出さねばならないと、はっきりわかりました。そこで二年前に、ここで暮らすようになったのです。ここで──その、恥ずかしくない作品を制作しようと勉強を始めたのです」」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「「ご説明申し上げねばなりませんが」彼はまだテーブルのまわりを踊るような足どりで動いていて、客に席をすすめるのさえ忘れていた。「子供の時からわたくしは、イギリス古代史が画家によって充分注目されていないと痛感しておりました。真の熱意の持主にとって、これこそ重要な分野であると思いました。家内も──大ていのことでわたくしに共鳴してくれるのですが──これをすすめてくれます。家内はイギリス教会史が大好きで、あるとき休暇でこちらのウェールズとグラストンベリーに一緒にやって来ました。そのとき思いついたことを、まさにいまカンバスに表現しようと努力しているわけなのです。現場で──古代の雰囲気の真っ直中で制作するに限ると思ったのです」」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    ギッシングと言えば、昔『ギッシング短篇集』(岩波文庫)に収録されている短篇「クリストファーソン」がすごく好きでした。本好きのあまり、家計が傾いても食費を削って本を買い続ける男を描いた、もの哀しい作品で、本好きの琴線に触れる作品だと思います。

    「彼女は自分が画家として成功を収めたことで、当然のことながら、以前はごく控え目にしか出していなかった野心がむくむくと頭をもたげてきた。以前は絵を夫にだけ褒めてもらえばいいと思っていたし、これさえ得られなかった時でも、家庭の幸福という償いで満足することができた。だが、いまとなっては、自分はただの妻、母以上の何かなのだと考える衝動を抑えようと、いつも悪戦苦闘せねばならない。わたしの天分が実り、長い辛い修業が終わったのだから、平凡な妻の座に縛りつけられてさえいなければ、さっさともっと晴れがましい場所へ出て経験を広められただろうに。単調な田舎の風景では、もう満足できない。でも、こんなこと口に出してはいけない。いや、考えることさえいけない。わたしの芸術は結局実を結ぶことにならない運命だと、初めから覚悟していたじゃないの。買い手や賞讃者がホレスの作と思ってしまう作品を、一生涯こっそり制作し続けるなんて、とてもできない。かりにわたしの精神がこんなストレスに耐えられたとしても、こんな奇妙な詐欺は遅かれ早かれ露見して、二人が世間の笑いものになることはわかりきっているじゃないの。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「そのとおり。どうしてだろう?  結婚前の恋愛時代にラトランドは、自分と愛する人とであちこち広く旅して、世界の華美と不思議をすべて目の当たりにするのを楽しみにしていた。新婚旅行にはエジプトまで行くはずだった。でもラトランド夫人はすぐに、外国には興味がないことを悟ってしまい、アルプスのこちら側で帰国の途についた。それからたて続けに子供が生まれ、年々家庭生活の絆の締めつけが増した。とうとうかわいそうな金持の夫は最後の希望さえ黙って押し殺してしまった。遠い旅行を匂わしただけで、ラトランド夫人は寛大な笑みを浮かべる――この恐ろしい笑みの意味を夫はいやというほど知っていた。まるで残酷な運命の女神の笑みのようなものだ。「リチャードときたら、とんでもない気まぐれ屋で」彼はある日妻があるレディに話しているのを聞いてしまった。この言葉には恐ろしいほどの意味がこもっていた。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「何てことだ!  この三十年をふり返ってみて、ぼくの動きのとれぬ生活と、きみのような生活とを比べてみると、ぼくはむかむかする。ぼくが付き合わなくちゃいけない連中がどんなか、きみには想像もつくまい。午前中はこれこれの服を着て、夜には別の服を着て、着替え以上の重要なことなど何も知らんような男女なんだ。ぼくらは酒類販売認可の地方選択権についての会合に出席。きみは――きみは大海の真っ直中でハリケーンと戦い、どこか新しい港に上陸して、新しい世界に直面」」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「それから彼女は落着きなくあちこちに視線を投げた。そわそわして、離れて行きたそうだったが、ライトンは誰でもいいから話し相手が欲しかったので、一緒に歩き出した。眺めのいいテラスまで来ると、ケリン嬢は目の下に輝く都の地理について、いろいろ尋ねた。彼女は教養に欠けているわけではなかった。上流階級だと偉そうに言うイギリス人観光客に比べても、歴史の知識はずっと上だった。ライトンが彼女が名を知りたがるものを指さしてやると、彼女の目は輝き、嬉しそうに小さな叫び声をあげた。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「だが、眠れなかった。妙に心が乱れていた。人生の新しい体験をしたのだ。では、これがいわゆる「恋におちた」というものなのか。それとも――程度の差こそあれ意識的に――自分で自分を欺いているのか。考えてみなくてはいけない。はっきりと、真面目に考えなくては。自分の動機と行動に、何か査問に耐えられないようなところがあると自覚していたから。生まれてからこのかた一年前までは、道徳的にやましい思いは一度もしたことがなかった。単純な義務と喜びだけでこと足りていた。知人の中に想像力をかき立てそうな人は一人もいなかった。何か月か健康を損ねている間に、急に信仰にすがりたくなった。現世から身を引いて瞑想のうちに魂の平安を求めたのだ。そこヘジェイムズ伯父からの招きがあった。最初は途方もない冒険のように思えたが、魅力にとりつかれるようになった。健康と体力が回復してきた。あるとき無我夢中になって決心し、地球を半周する大旅行に出た。思い切ってやってみたら実にうまくいった。活力と常識の前に困難はすべて雲散霧消。ありとあらゆる種類の人びとと仲よくなり、大海を越える船旅で広い人生を知り、自分が大人になったようなひどく奇妙な気持になった。背も高くなったし、以前なかったようなしっかりした足取りで歩くようになった。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    【今日の名言】時がたつのが早いと思うようになるのはわれわれが人生に慣れ親しんだ結果である。子供の場合のように、毎日が未知な世界への一歩であれば、日々は経験の集積で長いものとなる。

    ──ギッシング/平井正穂訳『ヘンリ・ライクロフトの私記』 iwnm.jp/322471

    #ギッシング 短編集

    #オーヘンリー と似ているのは、日陰者の視点。両者とも逮捕経験があるからか、肩身の狭さや明日への心細さの描写が真に迫る。

    『クリストファーソン』
    古本ゆえに妻を死なせかける話。
    私も本を買うとドーパミンが出る。賭け事
    依存とかも根は同じだろうから笑えない。

    「クリストファーソン  二十年前の五月のある晩のことだ。その日は昼間じゅう日が照っていた。これから話そうとしている出来事のためであろうが、その遠い昔の消え去った日の温もりは、いまでもわたしに感じられる。わたしの部屋の窓から見える建物に挟まれた細い青空を横切っていった大きな白い雲は、いまでも目の前に見えるし、ロンドンの真ん中で、たったひとりで仕事をしているわたしを悩ました春の倦怠は、いまでもまだ感じることができる。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「マンチェスター大学の学生だった時、貧しい街の売春婦ヘレン・ハリソンを更生させようとしたが、彼自身が奨学金でやっと生活していたくらいだから、金に窮してしまい、追いつめられて大学の学生室で友人のコートから金を盗む破目になった。しかし張り込みの刑事にたちまち現行犯で捕えられ監獄行き。大学きっての秀才と未来を有望視されていたギッシングはもちろん退学となり、出獄後同情した友人たちの援助によって、アメリカへ行くことになった。一八七六年の秋のことだった。  しかし、アメリカとて金が地面に転がっているわけではない。十九歳の青年が生活していくのは容易なことではなかった。ボストンに上陸して以来、あちこち放浪したあげくの果てに、一八七七年の三月、中西部の大都市シカゴに到着した。ほとんど自暴自棄になって一世一代の蛮勇をふるい起こし、通りがかりの『シカゴ・トリビューン』紙の編集部に飛び込んで、小説を買ってくれないかと頼みこんだ。驚いたことに編集長らしき男が、見ず知らずの青年の申し出にすぐに乗ってくれた。ギッシングはその晩安宿の一室で、必死の思いで一篇の小説を書き上げた。新聞に載せてもらうのだから、当然のことながら短編でなくてはならない。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「結局のところアメリカでは、文学者としても一市民としても、何ひとつ見るべき成果を上げることなく、ギッシングは再びイギリスに戻って来た。リヴァプールに上陸したのが一八七七年十月三日で、間もなくロンドンの貧民街の一隅でひっそり暮らすことになった。一年前の悪い噂はまだ完全に消えてはいなかったろうから、生まれ故郷の町ウェイクフィールドにも、不快な記憶の町マンチェスターにも戻りたくなかった気持は充分理解できる。大都市ロンドンこそ(彼の短編の一つ「ハンフリー・スネルの運命」の中で彼が用いた表現を借りるならば)「逃れの町」で、暗い記憶やアイデンティティすら消してしまいたい人間が潜伏するのにもってこいの場所だ。  この大都市に埋没して、家庭教師その他で僅かな金を稼ぎ、食費すら切り詰めながら小説家の道をこころざした。ついでながらつけ加えると、彼の不幸のもととなった娘ヘレン・ハリソンを見つけ出してロンドンに呼び、正式の妻として一緒に暮らすこととなったが、彼女はけっきょく貧困の生活に耐えられず、酒びたりとなって(酒代をひねり出すために、昔の売春の仕事に戻ることすらあった)惨めな死を迎えた。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「ルーとリズが住んでいたのは、ロンドンのテムズ河の南側、国会議事堂からウェストミンスター橋を渡って少し行ったあたりと推定される。現在ではきちんとした市街地だが、十九世紀末のこのあたりは悪名高いスラム地域だった。サマセット・モームの処女作『ランベスのライザ』(一八九七年刊行)は、このあたりを舞台にした作品で、若いころのモームは、国会議事堂に面して反対側の河岸にある聖トマス病院付属医学校で学び、インターンとしてこの貧民街によく往診に行ったという。医者の黒かばんを持っているから他所者でも入れるのであって、警官すら恐れて近づけない無法地帯であった、とモームは回想している。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

    「地方の名門に生まれ、物質面では何の不自由もなく暮らせる身分でありながら、精神的にはいつも閉鎖的な地方社会と家庭生活に苛立ち、しかしそれを破るだけの勇気もない主人公は、まさに作者が形容するように「くよくよ考えるだけで思いっ切りの悪い男」である。少年時代に憧れた冒険旅行のロマンスの中に閉じこもるだけで、三十年たっても乳離れできない精神的な赤ん坊という点で、後のイーヴリン・ウォーの『ひと握りの骨灰』(一九三四年)の主人公トニー・ラーストの先取りのようなところがある。夢に見た逃避先が南米なのは偶然の一致だろうが面白い。ただギッシングはウォーよりも、もう少し思いやりがあるので、夢の挫折を英国の土を離れる直前に設定して、本人に苦しみを意識させないようにしてやった。」

    —『ギッシング短編集』ジョージ・ギッシング著

  • 『ヘンリ・ライクロフトの私記』が素晴らしかったので、著者の他の作品も読んでみたくて図書館で探して借りた。
    イギリスの庶民を見つめた短篇8作。どの作品も文章のうまさと観察眼の鋭さを感じ、面白く読んだけれど、少しクセがあると言うかアクが強いと言うか。背景事情(本当は格式のある長篇小説を書きたかったけれど、売れないので、手っ取り早くお金になる短篇を書いた)を知ってしまってから読んだので、先入観があるのかもしれないが。『ヘンリ・ライクロフトの私記』ほど、もう一度読みたい、あの世界に浸りたい、と思わされる魅力はなかった。

  • 関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB00077537

  • 『境遇の犠牲者』がよかった。
    自分の才能の無さに気がついてしまったとき、更には、妻の方が圧倒的に才能があることを知ってしまった時に、自分を騙しながらかつ妻の才能を殺してしまう、という、なかなか辛い展開。。
    『境遇の犠牲者』は夫本人の言葉と真逆で妻の方というオチ。

  •  お気に入りの一冊になったと思う。自分の才能の平凡さを認められない画家や、報われない恋に独り相撲してしまう女性などといった、端から見ていると気ぜわしくなるような人達ばかりが出てくる。作品はいずれも悲観的な内容なのだが、読み終わった今は満足感と、夢中になった物語を読み終えた後にいつも感じる一抹の寂しさとを、感じている。
    確かに、作品に出てくる登場人物たちは皆どこかで、愚かな一面を持っていたり、不運な出来事に巻き込まれ続けてしまっている。読んで楽しくなれるような作品ではないのかもしれない。けれども、市井で生きる薄倖な彼らの描写はとても人間臭く、ギッシングの明瞭で静謐な文章も相待って、愛おしさを感じた。
     この小説は、純文学というよりは、大衆小説の部類になるのだろうか。この本のように、平々凡々な人々を描いた物語が好きだ。チャールズ・ディケンズに似た作風だろうか。読み比べてみると面白いかもしれない。
     この短編集の中で、とりわけ気に入ったのは、「くすり指」「ハンプルビー」「クリストファーソン」の三つである。「くすり指」の最後の描写は、ケリン嬢の心情を細かく描くことなく、淡々と彼女のこの先の予測される生活を述べるだけにとどまっているが、そのためにむしろ、味わい深い最後になっている。
     ハンプルビーのような少年に関する話を、以前読んだような気がするのだけれど(漫画だったかな?)、正確には思い出せない。「家庭の天使」ならぬ「ハンプルビー」が、僕の心の中に棲み着いてもらいたいと思っている。

  • 日常にある落とし穴や、人間のこころの隙を淡々と、諦観したとも言える鋭さで描いている。境遇の犠牲者と、薬指、クリストファーソンが特に印象的だった。

  • ギッシングは19世紀イギリスの作家。たぶん尾崎一雄が読んでいたからと手に取った。

    人生の良い面より悪い面を取り上げているので辛気くさいと言えばそうなのだけれど、こんなぱっとしない展開になりましたがそれでも登場人物たちの人生は続きますよ、というへこたれなさがどの話にもあって、おセンチ過ぎないのがよかった。

    八話中「境遇の犠牲者」「塔の明かり」「クリストファーソン」と、鈍感で正しい自己評価をできない夫がしっかり者の妻を苦しめる話が三つもあった。奥さんたちはそれでも旦那さんを愛していて、うーん蓼食う虫ってやつですね。

    特に良かったのは、細く長く諦めない「ハンプルビー」と、伝わらない気持ちがせつない「くすり指」。

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