闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

著者 :
制作 : 中野 好夫 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (227ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003224816

感想・レビュー・書評

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  • 難解だった・・・。そもそもおれの読解力が稚拙なんだけど、テーマが抽象的なうえ翻訳のむずかしさも手伝って、ぜんぜんわからんかったです。
    再読しなくちゃいけないとおもうけれど、とりあえず、今回の読書では「孤独」の重さを感じた。
    自然、自然であること(おのずからしかるべく)は、少なくとも現代社会をいきる人にとっては、とてつもなく「孤独なもの=不明なもの、闇」であって、その闇は未開の自然の象徴であるアフリカの奥地だけでなく、ひとのなかにもある。

    ホルクハイマー=アドルノらがいう「理性による同一化作用」と親和性がある気がしたんだが、そうすると、人は孤独=闇をもとめているということでもあるのかね。

    やっぱよく分からん。もう一回よむ!

  • 和訳でしか読んでいないけれども、飾ったレトリックに若干抵抗があったものの、肥大化した人間の自我の恐ろしさを描いた本書のインパクトはすごい。しかもこれぞ文学だ、と思わされるところは、語り手マーロウは、なんやかんや言いながら、クルツを畏敬しているところ。友という言葉すら使う点。皮肉がききまくっている。
    ポーランドに生まれ英語で書いた、いわばマイノリティ感覚をいやでも意識している作家が書いた作品であることもかんがみるなら、本書はすさまじい批評意識に貫かれた本だ。
    マーロウが向かった叢林(ジャングル)は、コンラッドにとってのポーランドでもあったはずだと断言できる。
    けれども本作のもっとも驚くべき点は、まだ存在していない、未来のナチスドイツおよびヒトラーを、「クルツ」(ドイツ語で『短い』『短命』という意味だそうな)として「あらかじめ」(!)戯画化しているということだ。

  • 高校生のころ観たコッポラの『地獄の黙示録』は衝撃的だったが、下敷きになったこの小説をあらためて読んでみると、ただただ圧倒される大迫力の物語。わずか160ページ(第31印発行分)近い中編小説の中で、気が付けば私は、世界の端々から文明の心臓部に至るまでをマーロウと共に旅したのだ。本を閉じてしまうと、まのあたりにしたはずの印象的な断片の数々が、私とは関係のないどこか遠くの記憶に感じられるのが未だに信じられない。

  • F・コッポラの映画の原作として興味を持ち、オーソン・ウェルズも映画化を企画していたと知り手に取った。
    人物・言葉・風景、どれも霧がかかったように曖昧としており、読後には何とも言えないもやもやが残る。
    誰もが一目を置いた男クルツは未開の密林の奥に踏み込み、その闇にのまれた。
    彼の考えも、彼の言葉も、私にはいまいち読み切れなかった。ふと霧が晴れたようにクルツの輪郭が感じられる場面もあった。もう一度読み直せば更に鮮明になるかもしれないと思う一方で、闇の中ではっきり見える事はない。何度読んでも変わらない。そうも感じた。

  • かなり乱暴にまとめると「ある船乗りのアフリカ思い出話」になると思うのですが、読後には重苦しさと、言葉にできない感情が残りました。それを無理矢理文章にするとしたら、的外れかもしれませんが今のところ「人間とは本来、自然の一部であったのに、いつしか文明や経済という実体のない物に支配され不自然な存在となってしまった。かといって原始的な生活は、今の人類には恐怖や荒廃という闇でしかなく、狂気である。もう戻ることはできない」という文明批判と焦燥でしょうか。この作品は、時間を置いて再読する必要があると感じました。

  • 19世紀,諸西洋籍の船舶(作品ではフランス)が“未開の地”アフリカへ渡り起こった『象牙』に纏わる出来事たち.
    教科書に載った「事実」とは別の観点から眺めることで,当世の彼ら西洋人の高慢,貪婪,凶暴,盲目さが何より現実味を帯びて感じられる.

    語り部のマーロウの口上は情緒に溢れ,一人の人間の感情と自意識が鮮やかに伝わってくる.彼の言動,苦悩は――私たちにはまず経験しえない,世にも哀しい侵略に向かう船上での物語だとしても――純然たる現実として,感情の深淵に強く訴えかけてくる.その愚かな高慢さまでも,我々に共感を呼ぶ不思議.

    つまり私たちは誰でもマーロウになりうる.アフリカという原始の闇の世界,そして,人心の奥底に潜む闇は,21世紀の我々に対しても強い共感と教訓を投げかけてやまない.

    どう見ても誤訳な瞬間も見受けられるが,訳者あとがきの腰の低さには噴く.

  • 映画「地獄の黙示録」の原作といわれる作品とのこと。コンゴの奥地への異様に薄暗い旅。真夏に汗だくでもう一回読んでみよう。

  • 2008年12月24日~25日。
     読み始めて直ぐは「冗長でちょっと勿体ぶっているなぁ」という印象。
     作品のほぼすべてをマーロウの語りが占めているのも、ちょっと辛かったりもした。
     でも、読み進めていくうちに、グイグイと作品に魅せられていく。
     クルツが登場してからは、もう脇目を振ることも不可能。
     最後のクルツの婚約者との会話はちょっと衝撃的だった。
     誰でもクルツになる可能性があるんだろうなぁ。
     映画「地獄の黙示録」をもう一度見たくなった。

  • 解説の通り、クルツが荒廃していく話だということは理解できたが、全体的に分かりにくい。
    終始一人称語りの上に文章が装飾だらけのため、何が起きているのか理解するのに時間がかかった。一部時系列的に前後する話をしていたりした箇所も。
    そのため、一つ一つの文章を正確に追わないと理解できないため電車の中で読むには向かない作品だと思った。
    まぁ、これが彼の持ち味なのかもしれないけれど

  • (01)
    人類学的な,ゆえに探検的な地誌を装った宗教経済小説(*02)として読むことは可能だろうか.
    大航海時代を終え,西欧によって大陸は海岸から発見されていった.本書の書かれた19世紀の再末期には,まだいくらか大陸の内陸は残されていたし,南極北極や高地が目指されると,ヴェルヌやウェルズらのSFもとらえた深海や宇宙が目指される.水平から垂直への探検の志向の転換期に省みられた「奥」が本書の問題である.なお,原題は"Heart of Darkness"であり,「心奥」あるいは「中心」とも訳すことができるのかもしれない.
    象牙経済とカリスマ的な支配の中心にいる,あるいは語り手マーロウ(*03)の人類学的な罪悪感の心裡に潜む,クルツという存在はとても創造的である.クルツの意志や能力は,クルツの所有になく,奥地に居座るクルツを取り巻く環境の側にある.つまり,クルツを創造したのは蛮人,叢林,森林の総体であって,クルツ自身ではない,というところが肝になる.闇の側には,クルツに経済的で宗教的な存在としてぜひとも支配してもらいたいという人類学的な事情があった.
    ゆえに,クルツは死んでのちに闇から運び出されたのではなく,闇から運び出されたために死んだのである.

    (02)
    「巡礼」という隠語がこのあたりの事情を端的に表している.

    (03)
    クルツに対してマーロウとは何者か.合理的な思考の下では,クルツの存在について語るクルツの紹介者,そして伝道師のようでもある.
    が,「俺の知り合いが」で始まる騙りが,「俺」自身の経験であることが日常的でもあるように,マーロウは,クルツへの憧憬を語ると同時に,クルツ自身である己を告白している.このように読んだときに,タイムリープな時系列が現れる.
    冒頭のテムズ河での船上の待機は,すべての経験を終えたのちのマーロウの状態であるという合理的な読みの裏側には,すべての始まりの前,マーロウのクルツを求める旅程どころか,クルツ自身の旅のはじまりを予感させていることも読み込める.海を川を辿り,ところどころの中継地を経由し,奥へ奥へと進むこの道行を何度となく何人もいった,すべての同類たちの経験と予感でもあった.

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