阿片常用者の告白 (岩波文庫 赤267-1)

  • 岩波書店 (2007年2月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784003226711

みんなの感想まとめ

自伝的散文集である本書は、19世紀ロンドンの薬局で手に入るアヘンチンキに耽溺した著者の経験を描いています。彼の日々は、阿片によってもたらされる特異な夢や幻視の描写だけでなく、なぜ自らがその道を選んだの...

感想・レビュー・書評

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  • 本当は続編の『深き淵よりの嘆息』が映画『サスペリア』の元ネタだと知って読みたかったのだけど、なかなか入手できないのでとりあえずこちらから。

    第一部は阿片に染まる前の回想で、なかなかにドラマチック。トマスは富裕な家に生まれたが早くに父を亡くし、後見人と折り合いが悪かったために大学進学について意見が合わず、17歳のときに寄宿舎を脱走して放浪。手持ちのお金が尽きてからは困窮し、親しくなった街娼アンに命を救われたりする。友人に借金したり保証人頼んだりして食いつなぎつつ、やがて後見人と和解したあと、恩返ししたくて娼婦アンを探すが再会ならず。恋愛関係にあったわけではないようだが、物悲しいロマンスだ。

    その後大学生になり、あるときたまたま歯痛から頭痛を引き起こしたトマスは、友人の勧めで鎮痛剤として阿片チンキを用いる。これが阿片中毒の始まり。第二部では、阿片に手を出してからの話になるが、最初のうちは、用量さえ守っていれば問題なかったのだけれど、だんだん依存性が高まり薬の量が増え…というのはお約束の展開。

    しかしこのあたり、たとえばどういう症状が出るのか、どういう苦しみなのか、立ち直るためにどのくらいの時間や治療が必要だったのかなど、予想していた具体的な内容ではなく、なんだろう、痒いところに手が届かないような遠回り感。幻覚は「こんな夢みました」程度のことがちょっと紹介されてるだけだし、つらかったことは思い出したくないし、立ち直れたのは妻子のおかげ、と、ざっくりしすぎ。

    当時、今ほど薬物に対する違法性は厳しくなく、阿片チンキはどこの薬局でも気軽に買えて、アルコールよりも安かったらしい。同時代の詩人、芸術家連もほぼみなヤク中、それを創作の糧にしているので、現代よりずっと風当りは緩いのだけれど、でもやっぱりダメなこと、おすすめしちゃいけないこと、という認識はあり、本書の立ち位置は不安定というか不確定。本人もしんどいからやめたいし、建前は「こうならないように警告、啓蒙」なのだけど、読んでるほうはトリップ中の幻想のほうがイキイキ描かれているように思えてしまうという矛盾。

    ところで最近ツイッターでたまたま見たツイートに元ジャンキーの教授が「教養がないとろくなトリップができません。恥ずかしいぐらい貧困な幻覚しか見られない。良いトリップをしたければたくさん本や映画を見ないとダメです」と言ったというのがあったのだけれど、ド・クインシーも似た様なことを言っている。

    「この阿片服用者がいやしくも哲学者の名を称しそれを維持するために必要欠くべからざるものと見なす条件の中には、分析能力に秀でた知性を所有していることは言わずもがな(中略)、さらには人間性が孕む幻と神秘を見とる内的視力と直感力とを恵む精神的機能の素質を持ち合わせていることも含まれているからである。(18頁)」

    ※収録
    <第一部>読者へ/序の告白
    <第二部>阿片の快楽/阿片の苦痛の序/阿片の苦痛
    附録

  • 英国の批評家トマス・ド・クインシー(1785-1859)の
    自伝的散文集。
    当時、町の薬局で誰でも買うことが出来た
    アヘンチンキ(アヘン末をエタノールに浸出させたもの)に
    耽溺した日々について。
    成分であるモルヒネの影響で
    特異な夢や幻視に見舞われた記述もあるが、
    それらを期待して読んでみたものの、
    「何故わたしは阿片に手を出したか」という事情と、
    一抹の後ろめたさから来る言い訳の記述が大半だった。
    19世紀ロンドンの様々な情景は味わい深い。
    著者は妻への愛情とは別枠で、
    終生忘れ難い恩人である異性の友人を想い続けた、
    義理堅いロマンティストだった模様。
    計画されていた第三部が実現しなかった代わりに書かれた
    おまけとしての「付録」における
    喫煙者が断煙に至るまで日々少しずつタバコの本数を
    減らしていくかのように、
    阿片チンキの服用量をコントロールしようとした記録が
    涙ぐましい。
    だが、当人が意志薄弱の故に
    度々リバウンドしていることを認めている箇所で
    つい笑ってしまった。

  • 阿片服用者が人類にたいして実際的な奉仕をなにひとつしなかったからといって、それが一体なんだというのか。もし彼の書物が美であるならば、彼に感謝すべきではないか。
    ──シャルル・ボードレール

  • 私には阿片の服用を始めた第二部より第一部の家出時代の方が興味深かった。16,17歳の少年がよく生き延びたと思う。彼以上に苦難にさらされている子供たちも登場する。そういう時代だったんだな…。

    この家出時代の一年後くらいの1804年に、リウマチの痛みを和らげるため阿片を使うようになって、少しずつ阿片の使用量が増えていったんだ。使い始めた頃は、阿片は普通の薬局で扱っているよく効く鎮静剤、鎮痛剤扱いだった。子どもがぐずってなかなか眠らない時とかも使っていたそうだ。信じがたいことだが。

    阿片に関する記述より、ド・クインシーが自分を取るに足らない存在と考えているのが気になる。

  • 人が薬物依存になる心理がわかるような気がしました。
    共感はまったくしませんが、観察者として読むと興味深い内容。

  • 「日曜日の雨の倫敦」という憂鬱っつぷりを全面に出す表現がオシャレ。阿片は中学の歴史教科書の阿片戦争の挿絵の印象が強く、手を出さないのは自明の理。

  • 苦痛に転じてからが恐ろしい。夢の中は無防備だから、正に魂の牢獄。

    説明描写は、正直引用が多すぎて、なんか小癪。すっきり入ってこない..
    自身の言葉で描写されている部分、"鰐"とか"海面に顔"の件は、
    ふむふむと気持ち悪かった。

    薬、ダメゼッタイ。

  • 昔は阿片チンキちゅうて液状にして服用したんだってよ。放埒と陶酔と悪夢、けだるさにまみれた自己分析。

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著者プロフィール

1930年東京生まれ。東京大学大学院英語英文学博士課程修了。お茶の水女子大学名誉教授、文芸評論家。2009年歿。著書:『V.ウルフ論』、『「日本回帰」のドン・キホーテたち』、『近代文学の虚実』、『自然と自我の原風景』、『終末からの序章』、『迷宮の女たち』(亀井勝一郎賞受賞)、『実存の西部』、『孤独の遠近法』、『反アメリカ論』ほか。訳書:トリリング『〈誠実〉と〈ほんもの〉』、カペルラヌス編『宮廷風恋愛の技術』、アイスラー『聖杯と剣』、ルーハン『タオスのロレンゾー』、バーザン『ダーウィン、マルクス、ヴァーグナー』、アダムズ『モン・サン・ミシェルとシャルトル』(日本翻訳出版文化賞受賞─以上、法政大学出版局)、メイラー『黒ミサ』『天才と肉欲』、ナボコフ『ヨーロッパ文学講義』、バーンズ『夜の森』、シェイクスピア『リア王』『ハムレット』、ド・クインシー『阿片常用者の告白』『深き淵よりの嘆息』ほか。

「2011年 『科学の花嫁』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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