本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784003227619
みんなの感想まとめ
未来の人類の進化や社会のあり方を鋭く描いた作品は、資本主義社会への皮肉を交えながら、現代のSFの礎となっています。表題作「タイム・マシン」はその象徴であり、再読することで新たな発見があることが多いよう...
感想・レビュー・書評
-
<翻訳文学試食会>で取り上げられたので。
『タイム・マシン』
語り手の科学者の友人がタイムマシンを発明した。この人物は「時間旅行者(タイムトラヴェラー)」と呼ぶ。
時間旅行者の家では友人たちが論議に盛り上がっていた。彼は「この世界には「縦・横・高さ」の三次元立方体だけではなくて「縦・横・高さ・持続」の四次元が実在するのだ」という。
時間旅行者はすでにタイム・マシンを発明していた。そして自分が乗り込み時間旅行に出発した。
数日後、行方不明だった時間旅行者が帰ってきた。語り手たちは彼の見てきた未来社会を聞く。
タイム・マシンの作動の仕方ですが、私は「ドラえもん」の影響で漠然と「物理的にも、正当な時間の横道を通る」を思ってました。しかしこの小説では、マシンはずーーっとそこにあり続けて、まわりの時間だけだものすごいスピードで進んだり戻ったりするんです。未来に行く時間旅行はSFでいうところの「冬眠」のような感じ。
そして初の時間旅行で行った先は八十万年後!!ええーーー初回でかっ飛ばし過ぎじゃない(゚Д゚)!?そして周りの人達は八十万年間マシンをそこに保管しておいてくれたの!?よく廃棄されなかったね!?(^_^;)
タイム・マシンは水晶も使われているので中から外が見える。時間旅行者が未来に向かうと、ものすごい速さで太陽が昇ったり沈んだりを繰り返すのが見える。マシンの周りの光景もどんどん変わっていく。そして八十万年後で機械を止めた、が、急ブレーキだったのでマシンが倒れちゃった。
…急ブレーキだとか芸が細かい 笑
小説としても「自分の周りが早送り」される状況が感じられる文章!「タイム・マシン」という小説は、科学根拠を論じた初めてのSFだという程度の認識でしたが、文章力も流石だなあ。
さて。
ここから時間旅行者が見た未来の話になるんですが、主題とは違うけれど突っ込まずにいられないことを先に言っておきます。「時間旅行者!あまりにも無防備で考え無し!未来でも(この時代の)差別主義を引きずって暴れ過ぎ!!」…時間旅行者の行動があまりに勝手なところがあって言わずにはいられなかったのですが、まあ物語は物語として進めます。
八十万年後の世界では、どうやら一度文明は滅びたらしい。そして人類は二種類に分かれていた。地上で暮らすのはエロイと呼ばれる、優美で呑気で知能が低い者たち。ただ自然や廃墟で踊ったり食べたり寝たりするだけ。言葉もまともに話せなくなっている。
そして地下にはモーロックと呼ばれる目が退化した野蛮な半獣半人が住んでいる。
これはですね、上級の貴族社会と、労働者階級の究極の姿として描かれます。最初は上級のエロイがモーロックのご主人だったけど、どんどん知能退化していったので、この時代ではモーロックがエロイを食用家畜として養っているっていうことで…
時間旅行者は元の時代に戻るために、いろいろなものを壊したり殺したりするので「お前が一番野蛮人だー!」とも思った(-_-;)
なんとかタイム・マシンに乗り込み脱出に成功した時間旅行者、戻るまえに「この地球行く末を見る」ところまで飛んでいった。
私は「時間旅行者考えなしすぎる」と思っていますが、「やるなら徹底的に」というこの姿勢はもはや天晴と思った。何億年も経つと地球の回転も変わる?のか「19世紀とは引力の影響が違い、地球は太陽に片側だけ向けて留まっている。太陽に向いた地域では、太陽は完全に沈まずに西の方で上下運動を繰り返す」だって。へーー。
そしてこの生命の終末は、ダーウィンの進化論を逆に向かうような、原始の巨大生物けが生き残っているという世界だった。
そしてマシンでまたまた「生命の完全な終末」まで辿り着く。地球を含めた太陽系の惑星の動きが現在と全く変わっている。生命の気配は全くなくなっている。火の活動もない。
このあたりの生命の終焉から地球の終わりは、すごっく毒々しく荒涼として寒々しいんだが、なんだか戻るところに戻ったような安定感もあるんだよなあ。
さすがに時間力者はタイム・マシンで19世紀に戻ってきた。
そして「自分は準備が足りなかった!今度こそカメラとマッチをたくさん持っていくぞ☆」(それだけかーー!!)とまたしてもマシンに乗り込んで…
「ヴェルズのタイムマシン」というと、初の科学的説明のSF、という認識でしたが、確かにマシンのことも惑星の動きも科学的説明はありますが、あくまでもマシンは「小説の手段」であって「小説の目的」は、格差社会が突き進んだ先のディストピアだったんですね。
『水晶の卵』
骨董屋のケイブが卵型の水晶を手に入れた。ある日それが光っていることを発見した。観察し続けると、どこかの田舎の風景が見える。しかしこの光景はケイブにしか見えないらしい。彼は若い科学者に見えたものを報告する。太陽光線の指し方とか月の様子で、この中に見えているのは「火星」の光景だと分析する。そこにいるのは、巨大な昆虫のような生物とか、蝙蝠人間のような(悪い天使のような)生物。いくつも塔があり、その先端にケイブの水晶の卵と同じものが付いている。
科学者とケイブは「火星には文明があり、この水晶の卵は地球を観察するt前見、火星の水晶の卵と繋がった(監視カメラのようなもの)ものを地球に設置したのだろう」という結論に。
小説としてこの水晶の卵はどっかに行ってしまうのですが、遥か天の天使を蝙蝠のようななんかイヤ〜な感じのものに書いているのはちょっと面白い。
『新加速剤』
友人のジバーン教授が「新加速剤」を開発した。飲めば自分が高速で動けるっていう能力活性剤のような?
仕事の締め切りで飲めば二倍働けるし、待ち合わせギリギリで飲めば二倍速で移動できるってこと。その代わり寿命は縮むんじゃないのって懸念がありますが、この時代の平均年齢考えれば時間加速で加齢のほうが良いって判断のようです。
で、語り手とジバーン教授がこの薬を飲んで試しに外を歩いてみた様子が書かれます。周りが留まって見えるなか、自分たちだけ高速で動く様子、早すぎて空気摩擦で洋服に日が付きそうになる様子などが臨場感があります。
『奇跡を起こした男』
あるとき突然フォザリンゲイには念力能力が備わった!最初は「そこのランプは逆さまになっても落ちないし消えない」「マッチ来いと願ったら手にマッチが」だったのが、どんどん「ないところから何かを生み出す」「ものを全く違うものに変える」「何かを違うところに吹っ飛ばす」と、考えたことすべてが実現する何でもありの最強超能力者に!
しかし平凡なフォザリンゲイは、「明日の勤務に遅刻しちゃう〜」「勝手に物を出しておまわりさんに怒られる〜」と日常のことに追われている。ついにそのおまわりさんを遠くに飛ばしちゃった!
反省したフォザリンゲイは牧師様に「私は超能力に芽生えて、おまわりさんに酷いことをしました」と告解する。しかし軌跡を目の当たりにした牧師様はおまわりさんのことなんか吹っ飛んで「この料理を美味しくしてみましょう。あの無愛想な人を美しくしましょう。アルコールを水に変えて酔っ払いをなくしましょう。それより世界から貧困をなくしましょう!!」などと大ハリキリ。「でも明日の仕事に遅刻します〜」というフォザリンゲイに「だったら時間を留めてください!!」という無茶苦茶を。考えなしのフォザリンゲイがその通りにすると、なんと地球の自転が急に止まったために地球に急ブレーキ掛けたような大災害が!!
==素晴らしい能力持っても遣う人が俗物、使い方が考えなし(-_-;)
『マジック・ショップ』
父と息子が初めて気がついたお店に入るとそこはマジックショップだった。店主が出す魔法のような品物に息子は大喜び。でも父親はだんだん不安と不信を募らせる。無理やりにでも息子を連れ出そうとすると、いつのまにか店は消えている。
それっきりの話かと思ったが、息子は「もちろんあの店で買った兵隊はある言葉によって動くんだよ!」って言っている。ちょっと新アピだけど、今のところ大丈夫かなあ。
『ザ・スター』
海王星が軌道を外れて、巨大彗星と衝突して、更に巨大な彗星が生まれた。そのまま地球方面に向かってくる!
地球に近づいたときの天変地異の大災害、地球の多くの地域の大破壊が数行で書かれるんだがすごい迫力(・・;
そしてこれだけの大破壊も、火星人から見たら「地球って、あれだけ大きな彗星に接近されても海が隅っこの白いものが少なくなった(北極と南極の氷が溶けた)だけで、被害少ないね」ってくらいのもんだった。遠くから見ると被害ってそんなもんだよね(-_-;)
『奇妙な蘭』
蘭コレクターのウェダーバーン氏は、蘭ハンターの死体の下にあったという珍しいランの球根を手に入れた。家政婦は本能的にその蘭を嫌がる。
その本能の心配の通り、蘭が成長するとウェダーバーン氏に襲いかかったーー!
『塀についた扉』
ウォレスは子供の頃に「白い壁の緑の扉」を見つけて入っていった。そこはゆったりした庭園、おとなしい獣、優雅な人々がいた。庭園から出ていってもその庭園を懐かしく思う気持ちは持ち続けていた。
その後彼は成績優秀、政権入りも確実の出世を進んだ。しかし人生の岐路のたびに、ウォレスの眼の前にあの扉が現れる。美しい庭園に入るか、現実を生きるか。そのたびに彼は現実を選んだ。でもいつかはあの白い壁の緑の扉を開けてしまうかもしれない。
==静かで懐かしいみたいな感覚を呼び起こすお話。
『盗まれた身体』
心霊研究を行っていたベッセル氏。普段は温厚な紳士が彼がある心霊実験の夜、突然「命!命!」と喚き散らしながら部屋を飛び出し、すれ違う人々に暴力を奮いながら移動していった。
怪我で動けなくなっているベッセル氏の身柄を確保して数日後、落ち着いた彼が語る。
どうやら心霊研究で自分の身体から精神が離れたのだ。その間に周りには邪悪さを感じるぼんやりした人々の影に囲まれている感覚があった。そしてベッセル氏の精神が完全に肉体から離れると、入れ替わるように人影が彼の身体に入った。そして暴れ出したのだ。おそらく影はこの世を彷徨う悪霊だったのだ。生命に枯渇して、精神だけ離れた肉体を見つけると、その身体に入り込む。
突然人が変わったように凶悪になる人というのは、そのように身体を取られたのではないだろうか。
『盲人国』
南米の山奥に、気候も作物も豊かな谷間があった。だがそこに移住した人々は伝染病のように盲人になっていった。何世代も経ち、登山一行のヌネスという男がこの盲人国に迷い込んだ。ここが伝説の国なのか!盲人の中で、目が見える自分は王様になれるじゃん!と思ったヌネスだが、盲人国の住人たちは目に頼らない生活を作り上げていた。周りのことは耳ですべて分かる。雪や太陽や他の人達の顔という見かけには何の意味もない。この世界はこの集落が全てでその向こうは果てなのだ。
そんなところに突然湧いて出たヌネスは「見えるとかわけのわからないことをいう、精神が未熟な生物」としか思われない。だって視覚では壁の中は見えないけれど、聴覚では壁の向こうで誰が何をしているか分かるんだから。
盲人国で生きるしかないヌネスは美しい女性に恋をした。だがこのままここに留まるには、ヌネスの脳に悪影響を及ぼしている「目」を手術で取らなければいけないと言われる。
==こわい、まったく感覚が通じないところで自分が完全に劣ったものとして監禁状態(・・;詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
タイム・マシンは昔読んだことがあり、他の短編を読むついでに再読しました。資本主義社会に対する皮肉交じりに人類の進化の果てを描いており、現在のあらゆるSFの元祖と言えるような作品です。
表題作以外では、新加速剤と盲人国の2作品が特に気に入りました。 -
「乱視読者〜」からの流れで再読。10年振りくらい。蘭の話は怖かったなーと記憶にあったけど、他はうろ覚えだったな。「タイム・マシン」や「水晶の卵」を読むと、そのイメージの豊かさに圧倒される。前はあまり印象に残らなかったんだけど「盲人国」がけっこう面白い。文化人類学的な要素の入った作品というのだろうか…。
-
2026/03/30
-
d
-
『四畳半タイムマシンブルース』と「タイムマシン」つながりで読んでみた。
やはり古典。楽しめるのは間違いない。でも実際に読んでみないと本当の面白さはわからない。
すばらしき妄想力!というべき個性的な短篇の集まり。時間飛行以外にも、超能力を発揮したり、幻想を見たり、幽体離脱したりと奇抜な着想が展開される。
特に表題作は、自分が生きている間の未来しか想像しない現代人は必読。
科学が進歩した先の世界は、果たして理想郷なのか?社会問題にも光を当てた元祖SF小説。
p43
背後について来ていた六人の未来人全員が、同じ服装、温和な髥のない互いに似た顔だち、少女のようにふっくらした身体つきをしているではないか。
服装だけでなく、男女を区別する身体つきや物ごしまで彼らの場合は似たりよったりなのだ。
しかし、未来人の安穏とした生活を見ていると、結局、男女の区別など不必要なものだという気がした。
人口のバランスがとれた未来社会において、たくさんの子供を産むことは国家にとって慶賀すべきことでなく害悪になる。暴力がなく、子孫の生命ぎ保障されている社会では、家族制度の必要性もなく、したがって育児の必要から生じる両性の区別も消滅しているのだろう。
p45
まるで地球全体が庭園になってしまったような印象をうけた。
なぜなら人間の力は困窮から生まれるのだが、社会の安定は
脆弱を生む。人類は社会改革と生活安定のための努力を続け、ついに最高の地点に到達した。人間は次から次へと自然を征服していった。現在は夢にすぎないことが、実現された。しかし、いく世代にもわたる人間の努力の結果たるや、ぼかの目撃した衰退なのである!
p46
やがて世界は教養と知性と協調性のある人間が支配し、自然は人間の下僕として完全に隷属させられることになるだろう。最後にわれわれは、けんめいにかつ注意深く、自分の要求に合わせて、自然界のバランスを変えてしまうだろう。
八十万年後の世界では、空中に蚊もいず、地上には雑草も茸もない。いたるところに果物が実り、甘美な花が咲き誇り、色鮮やかな蝶があちこち舞っている。理想的予防薬が発明され、病気は根絶されてしまった。未来世界で、ぼくは伝染病にお目にかからなかった。
p47
社会生活も完全に改善され、理想的な住居、素晴らしい服装、労働からの解放は当然のこととされている。社会的闘争も経済的闘争もない。現在のわれわれの生活(成り立たせている商店、広告、交通、その他の経済的流通制度は消滅してしまった。人口抑制も成功し、人口は増加しない。この未来世界はいったい天国なのだろうか、夕陽をみつめて、ぼくは考えた。
未来人たちの肉体の貧弱さ、頭脳の悪さ、それにおびただしい廃墟の数は文明が行きつくところまで行ってしまったことを示している。
p48
飽和状態に達したエネルギーは活動を止める。それは最初は、芸術もエロティシズムにおもむき、やがて無気力と退廃に終わる宿命なのだ。
芸術的想像力さえ最後には消滅する。事実ぼくが見た未来社会において芸術活動はほとんど見られなかった。
p67
資本家たちの排他的生活を見てみたまえ。高等教育を受けて洗練され、彼らと貧乏人との差が拡大した結果、保身のために土地の大部分を囲い込んでいる。たとえばロンドンでは、よい土地の半分以上が私有地として囲われてしまっている。高等教育の拡大と延長、富める者たちの生活の便利と贅沢に起因する階級間のみぞが拡がっている。そのために英国では階級間の交流が阻害され、階級分裂を食いとめていると思われる。異なる階級間の結婚もみられなくなってしまった。こんな状態が続けば地上では富める者だけが快楽と安寧と美の生活を送るいっぽう、貧しい労働者は地下に追いやられて、そこで労働だけに従事するということになるだろう。彼らは換気料というもの、それもかなりの高額の金を払わなければならなくなるだろう。支払いを拒否すれば飢え死にするか窒息するしかない。みじめな生活に反抗する者は死ぬしかないとすれば、そのうち地下世界に適応した人間たちが生き残り、それなりに幸福な生活を送るようになるだろう。地上に残った富める者は、繊細で美しい人間に、地下の労働者たちは青白い肌の人間に変化してゆくのは当然だ。
ぼくの夢みていた人類の偉大な勝利は現実とは違っていた。それは道徳教育と協調の勝利ではなかった。ぼくが未来世界に見たものは一種の貴族制度であった。彼らの科学で防備された社会は、現代の産業社会の当然の帰結である。人類は自然を克服しただけではない。同時に仲間の人間を隷属化したのだ。
p104
人間の知性がたどったはかない末路を思うと、ぼくは悲しくなった。知性は自殺をしたのだ。知性は快適さと安楽、そして安定と恒久性を標語に、バランスのとれた社会を目指してきた。そしてその目標に到達した後にこんなことになってしまったのだ。進歩の続いているある時代に、人間生活は完全に満ち足りた安定に達したにちがいない。そのとき富める者たちは彼らの財産と快楽、労働者は生活と仕事の充分な保証があった。雇用問題もすべて解決し、社会問題はなかった。その後には安定期がずっと続いたのであろう。
多面的な知性というまのは、変化、危険、困難と引きかえに、人類が得たものだという自然法則をぼくらは見のがして
いる。環境と完全に調和した動物は完全な機械だ。習性た本能が役に立たなくなったときに、はじめて知性が必要になる。変化も、変化の必要もないところに知性は生まれない。さまざまの変化と必要性に、適応しなければならない生物だけが知性を持つのである。
そういうわけで、恵まれた地上人だったエロイたちは脆弱な美しさをそなえるようになり、地下のモーロックたちはただ機械的に働くだけの人間に退化した。しかしそんな状態もいつまでも続くものではない。時が経つにつれ、地下への食物の供給がうまく行かなくなったらしい。何千年ものあいだ身を隠していた必要の母というやつが、ふたたび生き返ったのだ。モーロックたちは機械を管理していた。ということはいくらかの頭脳を働かせる必要があったということである。したがって必然的にエロイたちよりは進取の気象を保ってきたのだ。そして他の食肉がなくなったときに、それまでの習性によって禁じてきたことをやる気になったのだ。これはぼくが、紀元八十万二千七百一年の世界で目撃したことである。
p146
要するに、ケイブが水晶を覗くたびに、実は火星とそこの住人たちを眺めているのだという結論は、無理なこじつけではないようだ。そうだとすれば、水晶の中の空にひときわ明るく輝いている宵の明星は地球だということになる。 -
-
表題作だけでなく、他9篇もすべてまさにウェルズの世界。これらの作品が1890年代から1910年代にかけて書かれていたことにまずは驚き。特に『タイム・マシン』はSF映画を観ているようで、すっかり引き込まれた。紀元80万2701年後の未来、そして3000万年後の未来ははたしてどのようなものであったのか。たしかに今の世界の動きがこのまま進めば、ウェルズの書くような世界にそれぞれ至るのではないか、そのように思わされた。それだけのリアリティがあった。『タイム・マシン』以外では、特に『ザ・スター』が壮大でお気に入り。
-
タイム・マシン、水晶の卵、新加速剤、奇蹟を起こした男、マジック・ショップ、ザ・スター、奇妙な蘭、塀についた扉、盗まれた体、盲人国が集録。
盲人国が一番怖い。話が通じないことの恐怖。相手の常識でこちらが狂人だと判断されることの恐怖。 -
*
-
著者ハーバート・ジョージ・ウエルズは、19世紀後半から20世紀前半に、文学だけでなく政治の分野においても業績を残した人物だという。文学も、SF作家、ジャーナリスト、歴史家、科学者など多様な分野で活躍したらしい。
1895年に描かれたタイムマシンの素材は、ニッケルと象牙、無色の水晶。美しいものを集めた感じだが、時間を超えるための動力というものが考慮されていない。最近のタイムマシンでは、核融合や原子力というようなものがつきものだが、そのような概念が無かったか、あまり有力視されていなかった時代だとすると、そんな中でこれだけの時間旅行物語を描いたことはすごいと思う。
タイム・マシンほか、10の短編が収められている。新加速剤など、ある程度の科学的考察が加えられていて、単なる空想物語に終わっていないところが、また面白さをアップさせている。 -
表題作は初期の時間移動物として『クリスマスキャロル』と並べて語られることの多い作品である。『クリスマスキャロル』は強制的に過去の自分の姿を眺めさせられる話だが、こちらはデロリアンなどに近く、自分の意思で時間移動を可能としている。
1900年頃の作品なのに、全く古びておらず、既に一つの完成形であるから、時間旅行を描きたいと思った後のSF作家にとっては高いハードルであろう。
少年ジャンプにおける『スラムダンク』のようである。
他の作品もしっかり面白かった。
『盲人国』が好き。 -
老若男女問わず、誰もが一度は願う夢。
「もし、あの頃に戻れたら」「未来の出来事を知ることができたなら」
昨今さまざまな時間旅行の物語があるが、ウェルズがこの作品を書かなければ、現代における時間旅行物語の数々は、まったく別の様相を呈していたのではないかと言われている。
そもそもこのH.G.ウェルズという人が凄い人で、様々な分野において幾多の功績を残したというのである、解説によると『彼の呼吸を思いつくままに挙げてみても、風俗小説家、社会主義者、大衆啓蒙化、科学者、ユートピアン、フェミニスト、預言者などきりがないほど』と書かれている。
本作に登場するウェルズ式のタイムマシンの場合、形状は自動車タイプで、時間軸を移動する際、周囲の景色の変化が見て取れる。そして、移動中に自動車の位置座標は変わらないままだが、未来(または過去に)その座標へ何らかの物質(ビルなど)が存在する場合、衝突はしないのだろうか?
そう疑問に思われる方もいるかもしれない。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、事前に移動先の状況を把握しておいてから移動することになるし、「ドラえもん」では四次元空間を移動する形状のタイムマシンを使用することで、それらの不具合を改善している。
「ドラえもん」の例を見てわかるように、理論的な観点から近年では三次元でのタイムマシンはあまり使われなくなった。当時は考え抜いて書かれたタイムマシンの表現方法も今では古くなってしまったということだろうか。
ともあれ時の流れは常に一定であるという常識をまるで科学的に覆した、本作「タイムマシン」はSFの先駆けであり、はじめて読む方には、未開拓の地へ乗りだすような興奮と、程よい高揚を与えてくれることは間違いない。 -
新書文庫
H.G.ウェルズの作品
本棚登録 :
感想 :
