緋文字(完訳) (岩波文庫 赤304-1)

  • 岩波書店 (1992年12月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784003230411

みんなの感想まとめ

女性の生き方や社会の価値観を深く掘り下げた作品は、17世紀の宗教支配の時代を背景に、罰せられた女性の強さや苦悩を描き出しています。特に、主人公の女性が直面する困難や、彼女を取り巻く男性の葛藤は、現代に...

感想・レビュー・書評

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  • 多くの人が税関の章で読むのをやめてしまうらしい。
    途中で放りなげては勿体無い作品。
    名作には名作たる所以があるのだから。

  • 「女性のなかでもっとも幸せな者にとってさえ、女性としての人生は生きるに値するだろうか?」

    おおおおおおおおお面白かった!!!
    暗くてまどろっこしいんだろうなと思って読まずにいた私の馬鹿ー!
    的確で皮肉もユーモアもたっぷりの文章に惚れ込んだ。
    「税関」は何度吹き出したことか。
    本編も、深刻な内容ではあるけれど、停滞することなく生き生きと人間心理を描いていて見事!
    そして、この時代に女性へのこの眼差しの温かさよ…。
    結びの辺りには胸がギュッとなった。
    ありがとうホーソーン。
    また読み返したい。

  • 17世紀、欧州からの入植間もない米東部ニューイングランドが舞台。
    不義の子を宿した罪で捕らえられ、死刑にしろという物騒な声もある中、胸に赤い布に金糸で縁取り刺繍をしたA(姦婦を意味する言葉の頭文字。ただし作品中では具体的な意味は明かされない)を付けてさらし台に立たされ、その後も屈辱のAの文字を付けて暮らすよう言い渡されたヒロイン・ヘスター。
    不倫で裁判とかさらし台とか、当時の清教徒怖い…と思った一方で、最近でも有名人の不倫がバレると仕事を奪われプライバシーを晒されて糾弾される姿に、今だって変わっていない、寧ろネットで不特定多数にさらされる方が、物理的にさらし台に立たされるより怖い面もあるのでは、と気づく。

    そして、どれだけ責められても誰が子の父親か決して口を割らない凛々しいヘスターに比べ、社会的地位と名誉を剥奪されるのを恐れて名乗れず、ヘスター一人に罰を背負わせている牧師ディムズデールの情けなさに、今も望まぬ妊娠による社会からの疎外、新生児の遺棄や子の虐待・放置といった恐ろしい事件の責を負うのが圧倒的に女性であることへの批判を見たように思った。
    良心の呵責から心身を弱らせて最後にやっと罪を告白して死んでしまうディムズデールと、ニューイングランドを去って幸せをつかむヘスターと娘のパール、というラストにはほっとしたしスカッとした。

    ただ不思議なのは、死んだと思われていたヘスターの夫チリングワースが現れ、いかにも気味悪く完全に悪役として描かれているけど、ディムズデールへの復讐として具体的に何をしたと言うのか?というとよくわからない(医者として侍りながらネチネチ秘密を聞き出そうとしただけ?)のと、そもそも不倫の唯一の被害者でありながら、関係ないのにヘスターを弾劾して差別する一般の人々より悪者となっているところ。ヘスターとディムズデールの不倫を正当化するため、嫌な男にしなくてはいけなかったということですかね…?

    ヘスターが一時はニューイングランドを去るのにまた戻ってきて自らAの文字を付けて(でも今度は人々に慕われて穏やかに)暮らす晩年も不可解だけど、ヘスターもディムズデールも、自分たちの関係が、単に世間に知られれば大変なことになる、ということだけではなく、宗教の戒律に照らして罪だ、という認識にも苦しんでいるので、信仰の観点から見ないと理解できないんだろうなあ、と思う。

    前書きに当たる「税関」も含め、回りくどい文章が読みづらく、古めかしさは否めないが、19世紀に書かれたのに現代にも通じる部分が多いのはさすが。
    一度は読みたいと思っていた名作文学の一つだったけど、読んでみて、とても奇妙で興味深い作品だった。

  • 17世期のアメリカ、ニューイングランド。宗教が支配する社会に罰せられ、晒し者にされながらも強く生きる女性。罪の意識に苛まれながらも告白することのできない男。現代とは全く異なる社会の価値観に驚かされる。最後は感動的でした。

  • ひとの道徳や良心というものはこんなにも残忍で冷酷なものなのかと、思った。

  • 果たして断罪は救いになりえるのか。三者三様に緋文字に照らされた人生が克明に描かれる。もう呆然とするしかないくらい素晴らしいです。序文税関は辛いですが、故郷の描写など感服しっぱなしでした。

  • ニューイングランドのピューリタニズムがリアルに描かれており、入植直後のアメリカの空気感がひしひしと伝わってきた。
    序章の税関はコミカルで面白く、本編への繋ぎとしてもかなり重要な役割。
    ピューリタニズムの中でもがくへスターとディムスデール、復讐に燃えるロジャーのそれぞれの考えが丁寧に描かれていて、読み応え抜群
    緋文字Aは、Angel、America、Arthurとか、いろんな解釈ができるつくりになってるのも見事
    あとがき(結び)の「正直であれ!」というメッセージがすごいよかった

  • 罪とはなにか?罪を償うというのはどういうことか?何を持って罪を償ったと言えるのか?
    人類の永遠のテーマを本質的に捉えて、登場人物達はそれぞれに自分の罪に向き合っている様が描かれている。
    人間の罪との向き合いについて、許しについて、復讐について3者3様に描かれている。

    ヘスタープリンは罪を償いすぎている程に感じる。
    Aの文字の意味を変えてしまうほどに。

  • 「税関」という序文が退屈なので(本来そうではないのだが)長年放置してきた本がある。しかし甘口な現代こそ読まねばいけない。米国では学生のうちに必ず読むという屈指の名作。米国文学史上最重要と言われる若き人妻ヘスターは、17世紀植民地時代のボストン清教徒社会で、不倫の罪で胸にAdulteryの赤いAの文字を付け罪の子を抱いて広場の晒し台に立つ。彼女は相手の男の名前を決して言わない。悔悛を説く青年牧師、彼らを見つめる悪魔のような老医師。米国文学史上最重要の女性主人公ヘスターは、この街から逃げず信者として宗教的道徳的な罪と罰を受け入れ、神から世間から孤立し苦しみながらも罪の子パールと共に優美で逞しい態度を見せる。気高き精神的自由の獲得。彼女はどこに拠り所を見つけたのか。そして悪魔の支配から逃れ告白するパールの実の父。伝統に反抗する幼児性ではなく古き伝統社会の規制を呑みこんだうえで尊厳と神の加護を手に入れるということ。これこそが開拓期のアメリカが誇るべき独立した精神的自由なのだ。ヘスターの生き方に魂が震える。

  • 胸に緋の文字をつける女と、胸の内に緋文字を抱く男。
    姦淫の罪を犯して、いくら改悛してると言っても名乗り出ない男は怯懦だと思ったけど、長いこと敵を告げない女も、相手を憎み続ける元夫も、全員罪深く哀れだと思った。
    互いを憐れみ互いのやり方で罪を償い、長い7年間だった。象徴的なAを胸に着けさせる、当時のニューイングランドの空気と新しい政府と人々の考え方が興味深い。

  • 約二百年前の作家が、さらに約二百年前を舞台にして書いた物語ってだけで文学ってすごいね、って思う。
    ヘスター・プリンは気高い。
    牧師様の神経が衰弱していく様が見所。
    字の文がまどろっこしくて流し読みになってしまったので、時間を置いて読み返すとさらに印象が変わるかも。

  • 超長い感想というか私見を書いた。でもたぶん誰も読まないなww
    http://03310711.blog59.fc2.com/blog-entry-191.html

    http://03310711.blog59.fc2.com/blog-entry-192.html

  •  不義の子を産んだ罪に問われ、姦通の緋文字Aを一生胸につけるという罰を受けた若い女ヘスター・プリン。彼女と娘パールは、十七世紀ボストンの清教徒社会で厳しく疎外されるが、その受難ゆえ次第に尊敬を得るようになる。一方、行方不明だったヘスターの夫はチリングワースと名を変え、ボストンで医者稼業をはじめると同時に、聖者と謳われる青年牧師ディムズデールに接近する。不義の子パールが成長していくなかで、この四人の運命がからまってゆく。


     緋文字A=adultery(姦通)もしくはadulteress(姦婦)のAを表すバッジのようなものが、豪華で美しい刺繍を施されているというのに興味を引かれました。罪の証として身につけることを強いられたものなのに、暗く沈んだボストンの町で色鮮やかに目立つという矛盾。
     印象に残ったのは、有名な森の場面と、さらし台が舞台になる三つの場面。森の場面というのは、憔悴しきったディムズデール牧師とヘスターが出逢って語らうところです。自然の描写の美しさと、ヘスターの隠しもっていた情熱的な気性、それにパールのどこか得体の知れない性格。ここでのディムズデール牧師が弱く受け身に描かれているぶん、最後のさらし台の場面に感動します。この小説、後半はどんどんディムズデール牧師に焦点が合ってきたような気がします。ヘスターよりもむしろ、ディムズデールの話なのではないかと思いました。
     何せ難しくて、理解できていない部分も多いけれど、とてもおもしろく読みました。

  • 舞台は18世紀のニューイングランド、つまり未だイギリスの植民地だった新大陸アメリカの東海岸。新大陸に渡ったピューリタンたちを中心とした、新しい社会が形成され始めていた時期だ。物語は、晒し台の上に立つ罪を犯した女性と、その彼女に罪の告白を促す青年牧師、そして卑しい心を持つある男を中心に話が進んでいく。当時のピューリタン社会の堅苦しさを描くと同時に、青年牧師の苦悩を通し、「罪の告白」の重要性を改めて教えられた。

  • パールこわいよパール

  • ちょうど授業でロマン主義を習った時に読んだ作品で、自然の描写に卓越されてて、静かだけど綺麗な話です。学校で読まされる本は侮れません。

  • 当時は、われわれが才能と呼ぶものはさほど重んじられず、人格に安定性と威厳を付与する重々しい要素のほうがはるかに重んじられたのである。

  • 『緋文字』(1850)とは、ナサニエル・ホーソーン(ホーソン表記もあり)が著した、アメリカ文学を代表する心理フィクションです★

     執筆されたのは19世紀ですが、作品背景は17世紀半ば、英国の植民地だったボストンで、圧倒的なピューリタン社会です。
     若い人妻がいわゆる不義密通を犯し、子をもうけます。当時、不貞は大罪! 彼女は「私は堕落した女です」とわかる印を胸元につけなければならないという、生涯にわたる罰ゲームを堂々と敢行します☆(何だこりゃ★)

     初めのうち、町の人々は罪を犯した者を蔑むも、彼女の佇まいに評価を変えていきます。一方で、彼女をめぐる男たちは、世間を欺いて暮らしていて……
     何度聞かれてもお相手の名を明かさぬ人妻。この町のどこかにいる、その男は誰だ? というミステリー的な要素も関心を引っ張る古典★

    「昔は厳しかったんだよ」と伝える目的で書いたのとは違うらしく、斬新で実験的でした。
     問題は人妻より男性陣ですね。自分を偽るあまり、どう見ても挙動不審……★ たまに、苦悩の仕方が面白いような気もします(サド)。
     世間に指さされても苦難に耐えるシングルマザーは、やたらと素晴らしい。文句ひとつ言わず寛容であれという、理想化された女性像・母親像と受け取れなくもないです。人間じゃないですね。彼女をミューズに使うことで、心理実験や分析を進めやすいのだろうなと感じました☆

     文化風潮の異なる日本ですが、不倫は許されざる行為です。ごく一部では「迫害かい?」と驚くほど叩かれるため、わからない感覚ではないかも★
     かなり時代がかった設定にもかかわらず、今日読んでも「人間、何に縛られてるんだろう」と示唆を得られます。
     社会規範も罪も罰も、神ではなく人間が決めたんだし、他人に裁かれるまでもなく、本人の内部で完結する<自罰の可能性>のほうが深いな……と感じたり。意外に(?)大量の考え事を誘ってくる小説です。

  • 悲しい物語ながらも、人間のたくましさが感じられ、力強く前を向けるような活力を与えてくれる本だった。
    個人的には、自分の過ちが消えることはなく、一生それを背負っていくこと、そうすることによってしか真に過ちを精算することはできないのだと感じた。罪の大小は個人のとらえかたによっても異なると思うし、過剰にとらえるのは重いとも感じるが、最後まで向き合い続けた主人公にいたく共感した。険しく辛い道だったと想像されるが、主人公にとって納得できるのはこれしかなかったのだろうと思った。

  • 胸に縫い付けられた一枚の緋色の「A」の文字。それは姦通の印であり、罪の証でありながら、やがて芸術的な輝きを放つ装飾となっていく——。ナサニエル・ホーソーンの『緋文字』は、そんな逆説的な変容の物語として始まります。

    17世紀のピューリタン社会を舞台に、主人公ヘスター・プリンは、夫の不在中に牧師アーサー・ディムズデイルとの間に子供を産んだことで、胸に「A」(Adultery:姦通)の文字を付けることを強制されます。この処罰から物語は展開していきますが、本作の真価は、単なる不倫や罪と罰の物語を超えた、より普遍的なテーマを探求している点にあります。

    特筆すべきは、ホーソーンの描く登場人物たちの複雑さです。ヘスターは罪人でありながら、その尊厳と芯の強さを失わず、むしろ苦難を通じて精神的な成長を遂げていきます。一方、表向きは敬虔な牧師であるディムズデイルは、告白できない罪の意識に苛まれ、内的な苦悩を深めていく。そして、ヘスターの夫であるロジャー・チリングワースは、復讐心に取り憑かれた「人間性の探究者」として、まるで悪魔的な科学者のように他者の魂を解剖しようとします。

    作品を貫くのは「罪」という主題ですが、ホーソーンはそれを単純な善悪の図式では描きません。むしろ、罪を通じて人間の内面がいかに深められ、変容していくかに関心を向けています。胸の「A」の文字は、物語が進むにつれて、その意味を変容させていきます。姦通(Adultery)の印は、やがて技芸(Art)の象徴となり、さらには天使(Angel)のような存在を示すものへと変化していくのです。

    この作品の現代性は、実は「可視化された罪」という設定にあるのかもしれません。SNSの時代において、人々の過ちや罪は、かつてないほど可視化され、永続的なデジタルの刻印として残されていきます。そこには、17世紀のピューリタン社会と、現代のデジタル社会との不気味な共通点が見えてきます。人々は相変わらず、他者の罪を「可視化」し、「永続化」することで、道徳的な統制を図ろうとしているのです。

    また、本作は「共同体と個人」という今日的なテーマも提示しています。共同体の道徳的規範と個人の心の真実は、必ずしも一致するとは限りません。ヘスターの姿は、そうした規範に従いながらも、内面の尊厳を守り抜く個人の可能性を示しているように見えます。

    文体面では、ホーソーンは象徴的な描写と心理的な洞察を絶妙にバランスさせています。森や広場、足場といった場所は単なる背景ではなく、それぞれが深い象徴的な意味を帯びています。同時に、登場人物たちの心理描写は、現代の心理小説に通じる緻密さを持っています。

    興味深いのは、作品の冒頭に置かれた「税関」という導入部です。ここでホーソーンは、古い税関の倉庫で偶然見つけた布切れと文書から物語が「立ち現れた」と語ります。この「発見」の場面には、単なる文学的装置を超えた、ある種の降霊術的な様相があります。まるで、記録された文字の中に眠る過去の声が、作家の魂に直接語りかけてきたかのように。実際、ホーソーンの家系にはセイラム魔女裁判の判事がいたことで知られていますが、彼はその暗い過去に対する一種の贖罪として、この物語を「受け取った」のかもしれません。

    象徴的な描写と心理的な洞察が絶妙に織り合わされた文体も、この作品の神秘的な性格を強めています。森や広場、足場といった場所は、現実の空間であると同時に、人間の魂の位相を表す錬金術的な舞台装置のようでもあります。特に「森」の描写には、理性的な社会の光が届かない闇の領域、言わば人間の無意識や原初の欲望が棲む場所としての意味が込められています。そこでヘスターとディムズデイルが出会う場面は、文明の仮面が剥がれ落ち、魂の真実が露わになる儀式的な瞬間として描かれているのです。

    また、胸の「A」の文字が帯びる不思議な輝きは、罪が変容を遂げて神秘的な啓示となっていく過程を示唆しています。それは時に夜空で燃える流星のように輝き、見る者の心に不思議な印象を残すと描写されます。この描写からは、可視化された罪の印が、しだいに秘教的な意味を帯びていく様子が窺えます。

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