本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (493ページ) / ISBN・EAN: 9784003230817
作品紹介・あらすじ
巨大な白い鯨〈モービィ・ディック〉をめぐって繰り広げられる、アメリカの作家メルヴィル(1819―1891)の最高傑作。本書は海洋冒険小説の枠組みに納まりきらない、法外なスケールとスタイルを誇る、象徴性に満ちあふれた「知的ごった煮」であり、およそ鯨に関することは何もかも盛り込んだ「鯨の百科全書」でもある。新訳(全3冊)
みんなの感想まとめ
テーマは、巨大な白い鯨との対峙を通じて描かれる人間の冒険心と神秘的な存在感です。物語は捕鯨船ピークオッド号が出港する前の準備段階から始まり、登場人物や鯨に関する詳細な描写がなされます。作品は1851年...
感想・レビュー・書評
-
モーム選の世界十大小説のうち9作品目。(残るは「ボヴァリー夫人」)十大小説中唯一のアメリカ作品。
発表は1851年で、ペリー来航の二年前。作中に、「日本の開港目前」との記述あり、日本の置いてけぼりぶりが生々しい。
上巻ではまだ捕鯨船ピークオッド号は出港したばかり。冒頭の「主要登場人物像」一覧で、結末が予告してある。推理小説で「XX氏: 犯人」と書いてあったら、本の価値激減だけど、この本の場合にはそうではない、ということなのだろう。オチが分かっていても楽しめるのであれば、すごいことだ。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
Q:なんでこの本を手に取りましたか?
A:なんかクジラの本が読みたくなったあぁぁ。
てな感じで読み始めた世界の名作小説「白鯨」。
うん、シンプルな題名。それゆえか覚悟も気迫も孕んでいることを窺える。
皆さんは白鯨と聞いてどういうイメージを抱くだろうか。私は怪物や伝説、神話など、どこか神秘性を帯びたものを想起する。少なくともひ弱なイメージはないだろう。ゲームでいえばラスボス待ったなし。そしてこの小説は伝説的な尾ひれがついたその白鯨に立ち向かおうとする物語である。おらワクワクすっぞ。
本作は発表が1851年と、ペリー来航の2年前の幕末期直前の時期であり、作中でも「日本の開国は目前にせまっている」とあり当時の雰囲気を生々しく感じることができる。
とても文学的で難解な表現や多種にわたる語彙もあったりして、正直子どもにおすすめできるレベルではない。一見して理解できないところも幾つもある。なので十分に理解できている訳ではない。でもそれでもいい、と思わせる面白さがある。まだ上巻しか読んでない段階だが、数年後にまた再読しようとすでに決めている。捕鯨のための船に乗船するまでに200ページ以上あるのだが、それでも面白くて読んでしまう。乗船前からすでに冒険物のワクワク感が滲み出ている。これは海外の作品だからだろうか。とにかく予期せぬ展開が続々と出てきて続きが気になるのである。
注意点
これは岩波文庫版であるのだが、冒頭に船の絵や航路図、登場人物の紹介があり、なんて親切なんだ(これと装丁が気に入って選んだ)と思って登場人物の紹介を読んでみたらガッツリ誰がどうなるかといったネタバレの記述がされていた。
「読んじゃったよ···」と意気消沈したが中身は楽しく読めているので「まぁいいか」と途中から吹っ切れて気にならなくなったが、これから読むかもしれない紳士淑女の皆々さまには、十二分に注意されたし。
-
児童用の簡易訳は読んだ。グレゴリー・ペックの映画も観た。「スナック モビー・ディック」と「スターバックスコーヒー」が向かいに建っていてどっちが勝つんだとか思ったこともある。(「モビー・ディック」が先に閉店した)
しかし今まで手を出せなかったのは、
この作品は小説でなくて捕鯨の論文だとか、
いや小説や論文といったジャンルですらなく「白鯨」というジャンルだ、とか、
キリスト教の隠喩が多いとか、
難解だ~、
などという噂ばかりを聞いてちょっと手を出しづらくて。
しかしいつまでも恐れていてもしょうがない、今こそついにと手を出してみた。
冒頭は主要人物紹介で誰がどうやって死ぬとかネタバレ状態、その次は航路や捕鯨船の船体説明、本編が始まったら鯨についての多くの資料からの引用集。
これは確かに特殊な小説形式だと思っていましたが話が始まってみたら、私が比喩隠喩論文を理解していないだけかもしれませんが、小説部分はごく普通に楽しめる、そんなに身構えずに素直に読書体験を楽しめる一品でした。
なお本文中では鯨を旧約聖書に登場する悪魔的な海の怪物”レヴィヤタン(Leviathan)”と訳されていることが多い。
これは英語の”WHALE”で感じるようなただ大きな海の生物というだけでなく、もっと強い力を感じる生物として人間がどのように捉えてきたか…という象徴でもあるのか。
===
私を「イシュメール」と呼んでもらおう。
語り手は、陸の生活が嫌になると海に出る生活を送るという若者。数年前に捕鯨船に乗った時の体験を語る。読んでゆくうちにイシュメールの乗った捕鯨船は、彼以外の乗組員と共に沈んだのだと分かる。
イシュメールは海に出る前に、南太平洋の”人喰い人種”クイークェグと知り合った。
クイークェグは南海の島(ポリネシア?)の大酋長の息子で世界を見るためにキリスト教徒の国で暮らしている。イシュメールは、全身の入れ墨を施し、干し首を売って歩き、先祖代々祀ってきた神に祈りを捧げるこの異教徒の中に、高貴なる野蛮人の姿を見出し好意を持つ。そして彼らは真の友情を誓い合う。
…えーーーっとね、船乗りにとってはよくある友情表現なんなのかどうなのか、このイシュメールとクイークェグとの友情表記が
「額をくっつけ合って『これで私達は夫婦だ』と儀式を行った。夫婦と言っても心の友という意味であり、必要とも有らば相手のために喜んで死ぬという関係」
「同じベットで和み愛し合うペアーとして心の蜜月を過ごした」
「ベッドの中ほど心を打ち解けて話せる場所はない」
「クイークェグは彼の足を私の足に絡ませたり…」
「白人(イシュメール)と野蛮人(クィークエグ)が並んで仲良く歩くのは珍しがられたが私は気にしなかった」
「クイークェグの勇敢な姿を見た私は、フジツボのように彼から離れなかった。…彼が海に沈むまで」
などという記述が続くんですが、これは死と隣り合わせの船員なら当たり前の友情の示し方なのか…(--?)
この実に濃い友情表現のため、私が読む前に勝手に敬遠していたこの作品へのハードルは一気に下がった(笑)
さて、彼らが乗ることにした船は、エイハブ船長の指揮するピークオッド号。乗船前に浮浪者といった態のエライジャという男が現れて不吉な予言をよこす。
船長のエイハブは片足を義足として船板の孔に固定して命令を下すような初老の男。エイハブの片足を奪ったのは、捕鯨船の船員たちにとっても象徴的な存在であり”モビー・ディック”という固有名(洗礼名)を付けられた巨大な白い鯨だった。話が進むにつれ、エイハブが白鯨モビー・ディックに寄せる偏狭的な復讐心が明かされてゆく。
巻末の解説によると、そもそも旧約聖書における「イシュメール」という名前は、歯向かう者、追放者などの意味があり、純粋なキリスト教徒に名付けられたり自ら名乗ったりする名前ではない…ということ。
また「エイハブ船長」などの人名や「ピークオッド号」という名称は聖書やアメリカの歴史からつけられたもので、不吉な名前であったり何かを引喩していたりするとのこと。
そんな不吉さを纏って捕鯨船ピークオッド号は出港し、船乗りたちそれぞれの想いが語られる。
一等航海士のスターバックは、家族も捕鯨船員で敬虔なクエーカー教徒。真面目で冷静な部分もあるが狂信的で向こう見ずな面も持つ。彼を生き延びさせたのは鯨を恐れる気持ちがあるからであり、それは正しい恐れ方だった。
二等航海士は陽気なスタッブ。いつも手放さないパイプは最早体の一部だ。
三等航海士のフラスクは小柄で頑丈で現実的。
彼ら航海士達が指揮を取る鯨獲りのボートには、それぞれ銛打ちと船員たちが乗る。
スターバックの船の銛打ちはクイークェグで、となると当然語り手イシュメールもこの船に乗っかっている。
スタッブの銛打ちは、インディアンのタシュテーゴ。
フラスクの銛打ちは、アフリカ人のダグー。(巨大なダグーと小柄なフラスクの取り合わせ)
ピークオッド号が航海中に起きたことの小説としての書き方がなかなか面白い。
船員たちが甲板で陽気にそれぞれの仕事を行う様子はミュージカル調に書かれ、
船長室に閉じこもり思いを巡らすエイハブ船長と、エイハブの狂気に対するスターバックの憂いは演劇調に描かれる。
”わたし”という一人称で語られる割には目線は実に自由奔放。
さらにピークオッド号の”物語”と同時に語られるのは膨大な鯨薀蓄と鯨考察。捕鯨の歴史、鯨の習性、鯨の種別など。
この「白鯨」では鯨の種別は大きさで分けていて、イルカは一番小さな鯨としている。そして鯨は魚に分類されています。鯨とはなんぞや、とは、作者メルヴィルの時代にもかなり論争されていたようですね。
そして捕鯨者たちには有名な白い凶暴な鯨、”モビー・ディック”について語られて、上巻は終わる。
===
「白鯨」の話は二つの流れが混じりあいます。
①イシュメールの乗った捕鯨船ピークオッド号の物語。
⇒巨大な白鯨モビー・ディック、エイハブ船長の妄執、乗組員たち、航海中に出会った他の捕鯨船の話。
一人称”わたし”で基本的にイシュメール目線だが、イシュメールがいない場面も書かれる。
②鯨談義
⇒鯨と人間についての色々。
一人称”わたし”だが、作者のメルヴィル自身がイシュメールに交じってるような状態。(「ピークオッド号から数年後のイシュメール」という可能性もあるが)
①の物語は、登場人物たちがそれぞれ個性的で楽しく、
②の論文のほうは学術的に正しいのかどうかは全く不明ですが、論文とも小説とも言い切れず、「話の面白い人に、その人が拘っていることをひたすらしゃべらせた」みたいな感じで理解はできていないが文章として面白い。
後書の解説はかなり丁寧。後書と言うか調査研究。
聖書などの隠喩、捕鯨に対する歴史解説、出てきた名前の意味、作者のメルヴィルの状況などなど。
このピークオッド号が沈むことはイシュメールの語りや不吉な予言や隠喩により示唆されているが、
作者は語り手を通して「人間は醜い面や弱い面を見せることもあるけれど、本来は高貴な面も持っている。だから自分はその高貴な面を語りたい」と書いている。そのためか散々不吉不吉~と仄めかしてる割には流れは決して暗くはない。
本格的に捕鯨が始まるであろう中巻に続く~~。 -
岩波文庫フェア2026①
3冊買うと特製ブックカバーがもらえる。
ずっと読みたかった『白鯨』の上中下の3冊を購入。
カバーがすごくカッコいい!
岩波の表紙が苦手なんだけど、これはすごくカッコいい!
中にも挿絵たくさん。
登場人物紹介のみならず、注釈にもネタバレが潜んでいるので注意。
注釈なかなか面白かったのだけれど、ネタバレがイヤで途中から注釈よむのを断念。
上巻は出航前の準備とか、船員の紹介とか、鯨の説明とかが主。
文字がうわすべりするところも多々あったけれど、おおむね面白く読めた。
だけど中巻は…
なんだかヤバそう。 -
すごい あと中下巻あるのにまだ鯨が一匹も出てきていない
-
現在手に入れることができるのは、講談・新潮・角川・岩波になる。
訳・挿絵・注釈・図解どれをとっても岩波が秀でている。
値段を見ると新潮・角川に流れたくもなるが、ぜひ岩波版を手に取ってみて欲しい。 -
壮大で長大で長大(大切なことなので2回言う)な物語の序章。この物語を読むときには栞を2本用意しよう!本編用と注釈用の2本だ!油断していくとメルヴィルの鯨油のように滑らかな蘊蓄に呑み込まれるぜ!
-
★評価は読了まで一応保留。
学生の時に図書館で借りて読んだという事実しか記憶になく、事実上の初読。
凄い、何だろうこの雄大に歩を進めるともいうべき内容は。ストーリーがどうとかいう次元を超えた正に世界の名著。
読み手である当方の教養の無さによりおそらくはこの本の真の意味を見逃しているであろうという厳然たる(そして悲しい)事実を差し引いても十二分に面白い。
次巻以降が非常に楽しみ。 -
難しくて読むのに時間がかかった。
中巻下巻読み切れるのいつになるんだろうか。
和訳とはいえ表現の多さにびっくりした。 -
序盤以外は語り手が定まらず、視点がふわふわと漂って海の上に浮かんでいるように感じる。その頃には物語も海の上で、うまい具合に誘導されていると感じた。聖書や歴史からの引用や比喩がふんだんで、わかりにくいことも多いが、それがかえって丁寧に読ませる。もっと冒険物語かと思ったが、人間の内面を掘り下げたり哲学的なところもある。モービィ・ディックはまだ姿を現さないが、その伝説が好奇心をそそる。さらにエイハブ船長の未来が気になる。それにしても、長い長い序章である。
-
-
メルヴィルの白鯨みたいに、謎めいた読む人によって解釈変わるような作品好きだな。最近は1回読んでわかるからもう読まないみたいな本に魅力を感じなくなった。分かりやすい事に魅力は無い。
『白鯨』目次
第1章〜第30章
1. 幻影
2. 旅行鞄
3. 潮吹き亭
4. 掛け布団
5. 朝食
6. 通り
7. 礼拝堂
8. 説教壇
9. 説教
10. 胸の友
11. 寝巻き
12. 略歴
13. 手押し車
14. ナンタケット
15. 雑炊
16. 船
17. ラマダン
18. 署名
19. 預言者
20. 総出動
21. 乗船
22. メリー・クリスマス
23. 風下の岸
24. 弁護者
25. 追伸
26. 騎士と従者・その一
27. 騎士と従者・その二
28. エイハブ
29. エイハブ登場、スタッブと話す
30. パイプ
第31章〜第60章
31. マブ女王
32. 鯨学
33. 銛手長
34. 船室の食卓
35. マストヘッド
36. 後甲板
37. 日没
38. 夕暮れ
39. 最初の夜直
40. 真夜中、船首楼
41. モービィ・ディック
42. 鯨の白さ
43. 聞け!
44. 海図
45. 宣誓供述書
46. 推測
47. マット作り
48. 最初の降下
49. ハイエナ
50. エイハブのボートと乗組員、フェダラー
51. 幽霊の潮吹き
52. アルバトロス号
53. 出会い
54. タウン・ホー号の物語
55. 怪物のような鯨の絵について
56. それほど誤っていない鯨の絵と、捕鯨場面の真実の絵について
57. 絵画・歯・木・鉄板・石・山・星座に描かれた鯨について
58. オキアミ
59. イカ
60. 綱
第61章〜第90章
61. スタッブ、鯨を仕留める
62. 銛
63. 又木
64. スタッブの晩餐
65. 料理としての鯨
66. 鮫の虐殺
67. 鯨の解体
68. 毛布
69. 葬式
70. スフィンクス
71. ジェロボーム号の物語
72. 猿綱
73. スタッブとフラスク、セミクジラを仕留め、そのことで話す
74. マッコウクジラの頭――対照的な眺め
75. セミクジラの頭――対照的な眺め
76. 破城槌
77. ハイデルベルクの大樽
78. 水槽とバケツ
79. 大草原
80. 背骨
81. ピークォド号、処女号に会う
82. 捕鯨の名誉と栄光
83. 歴史的に考察されたヨナ
84. 槍投げ
85. 噴気
86. 尾
87. 大艦隊
88. 学校と教師
89. 繋留魚と自由魚
90. 頭か尾か
第91章〜第120章
91. ピークォド号、ローズ・バッド号に会う
92. 龍涎香
93. 漂流者
94. 手で絞る
95. 法衣
96. 精製炉
97. ランプ
98. 積み込みと片付け
99. ダブロン金貨
100. 脚と腕――ナンタケットのピークォド号、ロンドンのサミュエル・エンダービー号に会う
101. デカンター
102. アルサシッド諸島の木陰
103. 鯨の骨格の寸法
104. 化石鯨
105. 鯨の大きさは減少しているか――絶滅するか
106. エイハブの脚
107. 大工
108. エイハブと大工
109. 船室のエイハブとスターバック
110. 棺の中のクィークェグ
111. 太平洋
112. 鍛冶屋
113. 鍛冶場
114. 金箔師
115. ピークォド号、バチェラー号に会う
116. 瀕死の鯨
117. 鯨の夜番
118. 四分儀
119. ろうそく
120. 最初の夜直の終わりごろの甲板
第121章〜第135章
121. 真夜中――船首楼の舷墻
122. 真夜中、マスト上――雷鳴と稲妻
123. マスケット銃
124. 羅針盤
125. 測程儀と測鉛
126. 救命浮標
127. 甲板
128. ピークォド号、レイチェル号に会う
129. 船室
130. 帽子
131. ピークォド号、デライト号に会う
132. 交響曲
133. 追跡――第一日
134. 追跡――第二日
135. 追跡――第三日
ハーマン・メルヴィル Herman Melville
生年:1819年
没年:1891年
アメリカの小説家。マンハッタンの商家に生まれる。銀行員、小学校教師などを経て、1841年に捕鯨船アクシュネット号に乗り込み、太平洋でも捕鯨に従事する。翌年にマルケサス諸島で船から逃亡し、タイピー渓谷に滞在。その後も捕鯨船や軍艦を乗り継ぎ、1844年に帰国。続く数年間に、船員時代の体験を元に小説『タイピー』『オムー』などを執筆。1851年には『白鯨』を発表し名声を博す。その後も『イズラエル・ポッター』『書記バートルビー』『ベニト・セレーノ』などを書き継ぐも生活に困り、1866年から20年ほどは税関に勤務する。1891年死去。遺稿『ビリー・バッド』は生誕100年を機に研究者によってまとめられ1924年に初めて刊行された。
「ぼくは奇妙な気持ちになっているのに気づきはじめた。心がとろけるようになってくるのを感じた。ぼくの傷ついた心と狂った手は狼のような世間に歯向かうのをやめた。この野蛮人がぼくの心を慰めて、この世をぼくにとりもどしてくれたのだ。そこに彼は坐っていた。彼のまさにその無関心さが、文明の偽善も口先だけの虚偽もひそんでいない天性を物語っていた。野蛮ではあったし、目をそばだてさせるものではあったが、ぼくは自分が不思議に彼にひかれているのを感じだした。たいていの人びとを不快にさせるようなものが、かえってぼくをひきつける磁力となっていたのだ。キリスト教的親切は、うつろな礼儀にすぎないことがわかったから、ここでいっちょう異教徒と友だちになってやれ、と思った。 ぼくは彼のそばに長椅子を近づけ、何かと親しげな身ぶり素ぶりをして、できるだけ彼と話をしようとしてみた。はじめのうち彼はぼくが話しかけているのにほとんど気づかなかった。が、やがて、ぼくが、ゆうべの親切についてふれると、また今夜もいっしょに寝るかとたずねてきた。そうしたいと答えると、彼はうれしそうにして、少しばかり得意げでさえあった。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「だが、もし、ベッドの中のクィーケッグとぼくのように、鼻の先や頭のてっぺんがちょっとばかり冷えていると、全体の意識としては、まちがいなしにすごく気持ちよく暖かなものなのだ。だから、寝室にはぜったいに暖房装置をすべきではない。それは、金持のおちいる不快なぜいたくのひとつである。最後に愉快な暖かさを満喫するには、自分と自分の心地よさと、外気の冷たさの間に毛布のほかは置かないことだ。そうしておけば、極地の結氷のまっただ中にいても、ひとつの温かい火花のように寝ていられるというものだ。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「明るいほうが人間の肉体には快適であろうが、闇こそが、われわれの本質の主な要素であるかのように思われる。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「クィーケッグは、はるか西南の島ココヴォコに生まれた。どんな地図にものっていない島である。まともなところは地図には決してのらないものである。 生まれたての野蛮人が草のおむつをして、故郷の森を駈けまわると、山羊が、緑の若木かと思ってかじりにくる。そんな時から、クィーケッグの野心に燃えた心には、一、二隻の捕鯨船の見本だけではなく、キリスト教徒についてもっと多くのことを知りたいという強い願いがひそんでいた。彼の父は大酋長、つまり王様で、叔父は大司祭、そして母方の叔母たちは、不敗の勇士の妻だった。彼の血管にはすぐれた血……王族の素質……が流れていた。もっとも、青年時代に教育を受けなかったので悲しいことだが、人食い人種的な傾向によって汚れていたのではないかとは思うが。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
#読了
『白鯨』メルヴィル(岩波文庫)
作品が海そのもの。神話的な構造の中、様々な寓話や比喩を含みながら読者をあちらこちらに曳航し、最後は全てを呑み込んでいく。「白鯨はいかなる読みにもいささかもたじろぐことなく、これからも悠然と豊穰な言語の海を泳ぎ続けていく」(解説)。
マルクス主義の「階級」と同じぐらいの強度を持っているのがメルヴィルの『白鯨』であり、自由を追い求めるアメリカの思想だろう。
【『白鯨との闘い』では描かれていない『白鯨』の真実】
・メルヴィルが生きている間に『白鯨』が評価されることなかった。
・『白鯨』は、その大半が鯨の生態や、捕鯨の方法が学術書のように記されている。
・この映画のラスト3分でメルヴィルが放った言葉の意味は、『白鯨』を読めばわかる。
メルヴィルが『白鯨』を完成させたのは19世紀後半。
当時の世の中は、科学が急速に発展し、世界の秩序や運動が明らかになり、これまでの価値観が目まぐるしく変貌する時代だったようです。
ニーチェが『神は死んだ』という言葉を放ったように、絶対的な価値観は生き絶えていく時代でした。
『白鯨との闘い』において、メルヴィルは、最後にこう言います。
『僕の求めているものではなかった。僕が求めているものは、危険な領域に踏み入ることです』と。
うん?30メートル近いバケモノに襲われて、何ヶ月も海を漂流したにもかかわらず、この物語が求めているものではない??どうしてだ?
メルヴィル『白鯨』を読んだ時、超絶オタクなクジラ雑学やべぇってなりながら、この謎って人間には永遠に解明できないんだろうなパネェなってなり、そんでもって今この瞬間もこのクソバカでけぇ謎の塊が無言で海のどこかを彷徨ってるんだなガチでエグいなってなった。
スタバの名前の由来はメルヴィル『白鯨』の登場人物のスターバックスなんだ
「さて、ビルダドは、ピレグや他の多くのナンタケット人と同様に、クェイカー教徒であった。もともとこの島はその宗派が移住してきたところだった。そして今日までその住民は一般的に言って、不思議なくらいクェイカーの特質を保存している。ただそれが、全然異質の雑多なものによって種々に、そして不規則に修正されているのである。というのはもっとも血気さかんな水夫であり、捕鯨者なのだ。彼らは戦えるクェイカー教徒であり、復讐心のあるクェイカー教徒である。そこで、こういう人たちもその中には出てくるのだ。つまり聖書の中の名前をつけられ……この島で、とりわけみんながやっていることだが……子供の頃にはクェイカー教徒の言葉づかいであるおごそかで芝居じみた「おぬしを、おぬしは」を自然に使ったりしているのだが、やがて、その時代につづく無鉄砲で大胆で限りない冒険にみちた生活のために、これらの抜けきれない特性のほかに、スカンジナビアの海賊王や詩にある異教徒のローマ人にも匹敵する多くの大胆な性格が奇妙にも生まれてくるものだ。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「「じゃが、今はだめじゃろうな。どうしたわけかは、はっきりとはわしにもわからんが、あれはじっと家の中にこもっておるんじゃ。ま、病気のようなもんかな。そうも見えんが。ほんとは、病気ではないがの。じゃが、病気でないとも言えんがの。とにかく、お若いの、わしにも会いたがらんのじゃから、おぬしに会うことはせんじゃろう。エイハブ船長は変りものじゃ……という者もおるが……いい人物じゃ。おぬしもきっと好きになるぞ。心配するな、心配するな、立派な、不信心じゃが、神のような男じゃ、エイハブ船長はな。あまりしゃべりはしないが、しゃべれば耳を傾けさせるような人物じゃ。いいか、よく言っておくがの。エイハブは普通の人間ではないぞ。エイハブは、人食い人種の中にもはいれば、大学にもはいった人じゃ。海より深い不思議にも馴れておるし、鯨より強く恐ろしい敵に、火のような槍をつきさしたのじゃ。彼の槍! ああ、このわしらが島で、もっとも鋭く確かな槍じゃ! おお! ビルダド船長なんぞとはちがう、いや、ピレグ船長ともちがう、あれこそ、『エイハブ』じゃ。あの王様じゃった昔のエイハブを知っとるじゃろうが」」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「とうとう、「ピークォド」号に乗りこんだが、すべてがしんと静かで、人っ子ひとり動いてはいなかった。船室の入口は中から鍵がかけられ、艙口の蓋は閉められ、索具の輪でふさがれていた。船首楼に行くと、昇降口の滑り戸があいていた。あかりが見えたので降りていくと、索具係りの老人がボロの厚地の両前ジャケットにくるまっていた。二つの箱を並べた上に長々と寝そべって、うつむき、腕の中に顔をくるみこんで、ぐっすり寝込んでいた。「クィーケッグ、さっき見た水夫たちはどこへいっちまったんだろう?」とぼくは眠っている男をけげんそうに見て言った。だが、波止場でクィーケッグは、ぼくが今言った人影にぜんぜん気がつかなかったらしい。だから、もしイライジャがそうとしか解釈できないような質問をしなかったら、ぼくは自分の目がどうかしていたのだと思っただろう。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「「額に皺のある顎のまがった白頭の鯨を見つけた者、しっぽの右側に三つ穴のあいた白頭の鯨を見つけた者に……いいか、その白鯨を見つけた者にこの金貨をやるぞ、みんな!」「万歳! 万歳!」と水夫たちは防水帽をふりながら叫び、マストに金貨を打ちつけるのをはやしたてた。「白鯨だ。いいか」とエイハブはハンマーを投げすてながらまた言った。「白鯨だ。みんな、目の玉をひんむいて見つけるんだ。水が泡で白くなっとらんかよく見るんだ。泡ひとつぶでも見つけたら、合図しろ」 この間じゅうタシテゴとダグーとクィーケッグは他のものよりいっそう深い興味と驚きを示していたが、皺のよった額と曲がった顎の話がでると、互いに特別の思い出に動かされたかのように乗りだしてきた。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「彼らが、この老人の怒りにそんなにもたっぷりと反応を示すのはどうしてだろうか……ときどき、彼の憎しみが彼らのものになるのは、どういう悪魔の魔法に彼らが魅せられたのであろうか。白鯨が彼に対すると同じく彼らにも不倶戴天の敵となったのはどうしてか。こうしたことはどうしてそうなったのか……白鯨は彼らにとって何なのか、また、どうやって彼らが知らず知らずのうちに、ぼんやりと、疑いもしないで、鯨を人生という海をすべるように泳いでいく大きな悪魔だと思うようになったのだろうか。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「ある静かな月夜に、この最後の水域を航行していたときのことである。波は銀の巻物のように通りすぎ、その柔らかくみなぎるしぶきは寂寥というよりは銀色の沈黙をこめていた。そんな静かな夜、舳にくだける白い水しぶきのはるか前方に銀色に汐が噴き上がるのが見えた。月に照らされてそれは天上のもの、翼を持った輝く神が、海から舞いあがるかに思われた。フェダラーが最初にその汐吹きを見つけた。というのはこんな月光の夜などには、メイン・マストのてっぺんにのぼっていき、日中と同じように厳重な見張りをするのが彼のつねだった。だが、たとえ鯨の群れが夜見えたとしても百のうちひとつだってボートをおろす捕鯨船はないだろう。だから、この老いた東洋人がターバン風の頭と月とを仲よくひとつの天空にならべて、こんな時ならぬ時刻に高い所にのぼっているのをみんながどんな気持ちで見たかは、想像に難くないだろう。しかし、数晩つづけて、ひと言も発せず、マストの上にきまった時間過ごしたあとで、この沈黙のあとで、この世ならぬ彼の声がして、あの銀色の月光に照らされた汐吹きのことを知らせたときには、寝ころがっていた水夫たちはみんなまるで翼を持った精霊が索具にとまって、人間である水夫たちに声をかけたかのように、びっくりして飛びおきた。「ほら、汐を吹いてるぞ!」」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「もしその夜のエイハブの顔を見たら、彼の中でも二つの力が争っていると思っただろう。彼の片方の生きている足が甲板上で生き生きした音をたてると、もう片方の死んだほうの足が棺桶を叩くような音をたてた。この老人は生と死の上を歩いているのだった。船がそんなにスピードを出して走っても、また、すべての人間の目からは熱心な凝視が矢のように飛びだしても、その晩はあの銀色の汐吹きはもう見られなかった。みんなは、一度はたしかに見たが、二度とは見られなかった、と断言した。 その数日後、真夜中の汐吹きについてみんなが忘れかけたとき、また同じような静寂の時刻に、再び叫び声が聞こえた。みんなはもう一度それを認めたが、追いつこうとして帆を張ると、まるで何もなかったかのようにまた消えてしまった。このように、毎晩ぼくたちをもてあそんだので、しまいには、不思議だとは思ってもだれも気にしなくなってしまった。時には澄みわたった月光の中に、また時には星の光の中で神秘的に汐を吹いては、一日じゅう、いや二日も三日も消えてしまう。そして毎回はっきりとくり返し船の行く手を先へ先へと進んでいるように見えるこのたった一つの汐吹きは、永遠にぼくたちをそそのかしているように見えた。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
「この自然の力の暗さの中でも、エイハブは水びたしになった危険な甲板の上で、ほとんどぶっつづけに指揮をとっていたが、この上なく陰気な顔つきで、自分の中にとじこもってしまい、ますます航海士たちに話しかけなくなった。このような嵐のときに甲板上のものがすべて片づけられてしまったあとは、ただ疾風のなりゆきを黙って見ているより他にしようがないのだ。そんな時には、船長も水夫たちも実際上は運命論者になる。で、鯨骨の足をいつもの穴につっこんで、片手でしっかり支檣索をつかみ、エイハブは、何時間も何時間も死んだように風上をみつめる。ときおり、みぞれや雪のまじった一陣の疾風が彼の上下のまつげを凍りつけてしまうかと思われるように吹きつける。いっぽう、舳に逆まく恐ろしい波に追われて、前檣部から逃げてきた水夫たちは中部甲板の舷檣に一列に並んで、飛びあがってくる波から身を守りやすいように、手摺に結びつけたはらみ索のようなもので身体をしばり、ゆるんだベルトの中でゆれているようにゆれていた。だれも言葉少なに、いや、ひと言もしゃべらなかった。彩色をほどこした蝋人形の水夫たちが乗っているような沈黙の船は、くる日もくる日も狂喜してたけだけしく荒れ狂う悪魔のような波をかいくぐっていく。夜になっても、大洋の悲鳴のような叫びの前に、人間はあいかわらず黙りこくっている。まだ、黙ってはらみ索の中でゆれている。エイハブもまだ言葉もなく烈風に向かって立ったままである。体力が消耗しきって休息を要求しても、彼はハンモックの中で休息をとろうとはしなかった。」
—『白鯨(上)』ハーマン・メルヴィル著
-
『白鯨』(上巻)を読み終えました。
捕鯨小説というより、旧約聖書や神話、哲学など、さまざまな知が「鯨」という一つのモチーフに集約された巨大な文学作品だと感じました。
私は事前に『ヨブ記』『ヨナ書』を読み、『METAL GEAR SOLID V』もプレイしていたため、エイハブやイシュメール、復讐という構図が後世の作品へ受け継がれていることを実感できました。「これが源流だったのか」と気づく瞬間が何度もあります。
そして何より圧倒されたのは、メルヴィルの執念です。インターネットもAIもない時代に、膨大な文献を調べ上げ、それらを一つの作品へ統合した調査力と構成力には驚かされました。
読み進めるうちに、白鯨を追うエイハブ船長と、「白鯨」という作品を書き上げようとしたメルヴィル自身の姿が重なって見えました。
中巻では、この壮大な物語がどのように展開していくのか楽しみです。 -
哲学的表現や比喩表現がしつこいけど、読み慣れてくると世界観が理解できて面白い。
ようやく海に出て、登場人物を理解できたところ。
中巻が楽しみ。 -
なんか深い話なんだろうなぁ〜笑
深いんだろうなぁと思いながら読みましたが、ほとんどの部分が分からなかった。
これは本が悪いとか言ってるんじゃなく、単純に言葉の意味も表現の仕方も今の自分じゃ理解出来なかったってこと…合間合間に読んでいたので読み方がまずかったのかも。
いちいち調べていたらいつまで経っても読み終えることが出来ないという感情を久しぶりに感じた。 -
電子ブックへのリンク:https://jg8gn6xr5x.search.serialssolutions.com/?isbn=9784003230817
学外からのアクセス:https://login.ezoris-hokudai.idm.oclc.org/login?url=https://jg8gn6xr5x.search.serialssolutions.com/?isbn=9784003230817
上記リンクへアクセス→IDとPWを入力→「本文を閲覧する」をクリック -
古典的小説としてモームの『世界十大小説』にも名を連ねる本作、漫画『文豪ストレイドッグス』に出てきて気になったという安直な理由で購入
冒頭の人物紹介でいきなりネタバレ?色々な本からの抜粋?で始まり混乱は多かったが、訳注など参照しながら理解を深めていく。鯨自体が神話的な存在であり、捕鯨の歴史が文化交流の歴史…といった史実や抽象的なサブストーリーもあり、『知識ごった煮』とはよく言ったものだと納得。
そういえばドラクエ11の神話に出てくる乗り物ケトスも白鯨だったな… -
白鯨モービィ・ディックを狩りに行く海洋冒険小説であり、長い航海を再現する為の蘊蓄が多いのも特徴。エイハブ船長の執念が凄まじい。余談として、航海士スターバックは某コーヒーチェーン店の名前の由来にもなっている。
-
名作なので教養として読んでおきたい一冊。
-
もっと堅い小説かと思ってた。ちょっと寓話的な物語?
語り手の饒舌さに頭がくらくらする。特に第三二章「鯨学」の鯨の分類は、主観と感情に満ち溢れる記述で笑ってしまう。
セビレ鯨は鯨嫌い。カミソリ鯨のことは誰も知らない。イオウバラ鯨は水遁の術を用いて遁走する。可笑しい。
ここまではほぼ、捕鯨への情熱と人物紹介といったところ。退屈さ半分、面白さ半分で読んできたが、乗組みたちのこの先が気になるくらいに愛着がわいてしまったので、もう最後まで読むしかないのです。
この本が好きな人におすすめの本
八木敏雄の作品
本棚登録 :
感想 :
