人間とは何か (岩波文庫)

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レビュー : 82
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003231135

作品紹介・あらすじ

人生に幻滅している老人は、青年にむかって、人間の自由意志を否定し、「人間が全く環境に支配されながら自己中心の欲望で動く機械にすぎない」ことを論証する。人間社会の理想と、現実に存在する利己心とを対置させつつ、マーク・トウェイン(1835‐1910)はそのペシミスティックな人間観に読者をひきこんでゆく。当初匿名で発表された晩年の対話体評論。

感想・レビュー・書評

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  • 人間とは何かという仰々しいタイトルに反して対話形式でとても読み易く、それでいて人間の本質を突いている。
    老人の主張は一貫している。
    「人は自分の良心を安定させるためにのみ行動する」また「人の良心は、生来の気質と後天的な教育、訓練から得た知識や印象、感情の断片の集合体であり、人はこの主に従う出力機でしかない」というもの。
    これは僕自身も常々感じていたことだ。青年は終始それでは人間の価値が下がってしまう、救いがないということを言うが、全くナンセンスだ。価値が下がると感じるのは、ホモサピエンスという少しばかり賢い猿を実際より過大に評価していたにすぎない。著者はまた、偉大な人間、誇り高い人間は嘘の衣装を自慢しているだけだと貶める。つまり銅人間も炭素人間も金人間も、己の生得の原石を磨こうと理想をもち、訓練なり努力なりをしている限りにおいては、人はみな等価値である。そう主張しているのではないか。
    この老人は人間を貶める、冷たく、嫌な人間では決してない。長年の観察と検証から発見した事実を言っているのだ。その事実は、確かにある面では残酷で、批判的かもしれない。だがまたある面ではとても公平であり、人を勇気づける代物なのだ。
    本書は、少なくとも僕にとっては希望の書であり、ある種の救いとなった。
    ありがとうトウェイン。

  •  個人的に何度も読み直したいと思った本。


     例えばです。
     私の身の回りにはもう亡くなった人も含め、何人か認知症を患っていました。

     そのとき、「日常生活でできなくなってしまったこと」が数多くある中でさえ、人を選んで攻撃をする姿を幾人も目にしました。

     大体、人により、(八つ当たりなど)攻撃する対象は限られてるのですよね。弱者に向かう。もちろん当人が一番の弱者なわけですが、当人が元気だった頃の認識で弱者と思われる人間が攻撃対象になる。強い人間にはあまり向かわない。


     わたし、何となく見ていたり、その対象になったりして、
     「あぁ、自分に対する弱者強者を見分ける力って、結構人間の根源的な能力なんだなぁ。」なんて思っている。


     そこで、いかにうまく取り繕おうとして、勉強したり訓練したりしたところで、


     そんな努力なかったかのように身包みはがされる。


     それが、人間の性質なんであろうとすると、


     自分の性質は、決して素晴らしいものとは言えない。本当に。

     今までひたかくしにしているものが、いつしか決壊して漏れ出る可能性を考えると、

     自分の性質ってやつについてよく考える。

     まだよく見えていない部分も多いのだけど、

     せめて「そんなにひどくない」くらいだったらありがたいのですが…。

  • 難しい。難しいけど面白かった。最近なぜか古典を読みたくなって前から名言などでよく名前を見かけて気になっていたマークトウェインの本を読んだ。全般に渡ってペシミズム(悲観主義)で全面的に賛同するというわけではないが、完全に否定することは出来ないなという感じ。確かに自分も何も考えようとしなくても勝手に何か考えついていつのまにかその考えが頭を支配している。ただでも100%そうかと言われると…ンンンとなってしまう。この辺りはまた時間を置いて改めて読んでみたときの為にとっておきたい。とにかく今は読み終えて面白かった。というのとマークトウェインってどんな顔してるんやろということとハックルベリーフィンの冒険も読んでみようということ。100年前に書かれたとは思えないほど現代的な文章、訳し方によるのかもやけど。

  • 厭世的な老人と青年による対話形式の小説。
    小説ではあるが多分に著者の思想が反映されているため、哲学書に近い。

    人間とは、
    ・自身の平安のためなら殺人も厭わない本質
    ・自由意思は存在しない
    ・外界からの作用による集合体

    ここまで醒めた目線で人間を捉えられるのかと驚いた。
    若者に読ませると斜に構えただけの人生になると思う。
    あとがきに、トウェインの妻や娘はこれを最初に読んだ時非常に驚いたとあるが、誰だって身内の人間がこんな本書いてたら驚く。

  • もっと難しいと思っていたけど
    わりと楽しく読めました。
    なんだか頑固なおじいさんに
    延々と話を聞かされた気分(´・ω・`)←
    おじいさんの理論は
    妙に説得力があって、
    あーなるほど……と思っちゃうんですが、なんか完全には納得できない…
    反論できるほどの
    頭がないので、言葉にできません(笑)

  • 人間の自由意志は存在しない
    とても現代の人に当てはまる内容で面白い

  • この本に登場する人物は2人。1人の青年と1人の老人。物語は、人間について老人が自身の考えを語り、それに対して青年が疑問をぶつけていく形式で進行していく。
    著者マーク・トウェインの死後、本書を読んだ彼の妻がひどく泣いたというエピソードからも理解できるように、本書の内容はそう簡単に受け入れられるものではない。

    以下、内容をあとから想起するため、岩波書店HPから要約文を引用する。
    「人生に幻滅している老人は,青年に向かって,人間の自由意志を否定し,人間は完全に環境に支配されながら自己中心の欲望で動く機械にすぎないことを論証する」

    老人は「人間機械論」を唱え、人間は所詮外部から受けた影響をもとに行動する機械でしかないと説く。このような、人間の自由意志を否定する論調は馴染みのないものであり、現代人からは大きな反感を買うことが容易に想像できるが、それでも本書が長く読み続けられている理由は、この主張が人間の一側面を鮮やかに描き出しているからであろう。個人的には、この考え方は受け入れられないが、一方で完全に無視することもできない。
    ただ、あえてこの主張に反論すると、これは「反証不可能」な主張である可能性が高い。つまり、人間の行動を理解する際、それがどんな行動であろうと「その原因は外部環境から受けた影響にある」と言ってしまうと、とたんに誰も反証ができなくなってしまう。なぜなら、外部環境を受けない人間などいないのだから。一般的に、反証不可能な知識はその後の議論につながらず、相対的な価値が低いと言われるため、反論をすることは可能である。

    ただしかし、やはり人間が外部の影響を多分に受ける存在であるという主張もまた真理なのだろう。問題は、影響を受けながらも、自身の人生の指針を定め、そこに向かって努力を続けることができるか。本書の中で、老人が「せっせと君たちの理想を向上させるように努めることさ。そしてみずからがまず満足すると同時にだな、そうすれば、必ず君たちの隣人、そしてまた社会をも益するはずだから、そうした行為に確信をもって最大の喜びが感じられるところまで、いまも言った理想をますます高く推し進めて行くことだな。」(p.105)と語っているように、どれだけ理想を追求できるかが問題であると思う。自分は外部の環境からの影響を多分に受けるということを念頭に置きつつ、その環境すらも好きなように変えていけるような、緩やかな意志を持って生きたいものだ。

  • マークトウェイン 「 人間とは何か 」

    対話形式による人間論の本。「人間は 自己中心の欲望で動く機械にすぎない」とする 人間機械論 をテーマとしている。

    機械に 自己意識や欲望があるわけないので、しっくりこなかったため「人間は 自己満足と周囲の影響がプログラムされた機械にすぎない」と読み替えた。人間には、他者満足のためだけに行動したり、周囲に構わず自己判断するプログラムがない という意味。


    この本全体に漂う「創造するのは神のみ、人間は機械にすぎない」という論調だと 人間の意義に たどり着かない気がする。


    人間機械論の悲観的現実
    *人間の政治意識、趣味、道徳、信仰をつくるのは周囲の影響
    *周囲との人間関係しだいで 人間は 正にも不正にもなる
    *自分の判断で 自由に善と悪を判断できないことになる




  • 20200105
    一番大事な本論「人間とは何か」の核心部分が、創造主たる神の所業で片付けられてしまうところが逆に凄い。「わたし」なりに考察すると、偶々出来上がった不完全なシステム或いはメカニズムたる生物・人間が、あれやこれや思いながら、本能たる欲望やら満足に翻弄され、時に平和に時に争いながら、気質に従って幸せやら不幸せを感じながら、記録と記憶を残し受け継いで少しずつ前進(或いは後退)しながら、ただ生きて、そして死ぬ、という感じでしょうか。

    本書から、一般的に言われているペシミズムとかデカダンスとかそういうネガティブな印象を全く感じないというのは、よっぽど自分が冷めてるのか、或いは醒めてるのか?八田さんの選書は面白い。悩みの深さと人間のおかしみを湛えている。

    ー人間即機械、人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎される外的力の結果なんだな。つまり、外的諸力によって動かされ、導かれ、そして強制的に左右されるわけだよ、完全にね。みずから創り出すものなんて、なんにもない。考えること一つにしてからだな。

    ー(愛、憎しみ、慈悲、復讐、赦し、等々は)要するに一つの「主衝動」つまり己れ自身の自己是認をえなければならんという主衝動の、ただ異なった結果というだけにすぎん。(中略)本質はすべて同じ人間なんだな。言い方を変えていえば、人間を動かす強制力ってものは、ただ一つきり、つまり、なによりもまず自分自身の心の満足をえなければならんという、それだけのこと。それがなくなったら、人間死んだときさ。

    ー(戒め)まず君の理想をより高く、さらにより高くするように努めることだな。そしてその行き着くところは、みずからを満足させると同時に、隣人たちや、ひろく社会にも善をなすといった行為、そうした行為の中に君自身まず最大の喜びを見出すという境地を志すことさ。

    ー無数の予備的影響力 vs 最後の外力(現象に囚われては判断を間違いかねない、それはただ最後のトリガーであるだけかもしれない)

    ー心って奴はな、人間からは独立してるんだよ。心を支配するなんて、そんなことのできるはずがない。

    ー機知の閃き(それすらも創造に非ず)

    ー人間はただ知覚するだけの動物。知覚されたものを自動的に結合するのは、つまり、その頭脳という機械なんだな。それだけの話さ。

    ー真理と探求者なんてったところで、みんなそれは一時的なものにすぎないんで、永久の探求者なんてことは、そもそも人間としては不可能事だな。(真理発見後はそれを防衛する)

    ー(人間の)権威、尊厳、崇高さ、そんなものはすべてまやかし、いうなれば盗品の衣服なんだな。もっぱら主たる造物神の属性であるものを、勝手に人間が僭称してるだけの話さ。

    ー人間と「未啓示」の動物

    ー自分が鈍感で通じんもんだから、すぐと物言わぬ獣なんて勝手に呼ぶ。いかにも人間らしい自惚れ、不遜ってもんじゃないのかね。

    ー蟻のはなし

    ー自由意志ってのはな、欲することを実行するに当たって、一切拘束を受けんってことさ。ところが、自由選択ってのは、ただ単に心の作用(はたらき)ってだけにすぎん。それ以上のものはない。

    ー金銭問題もまたシンボルにすぎん。物質的価値なんてものは全然ない。(中略)ただそれが齎してくれる精神的満足感のために求めてるにすぎん。だからそれが失望に終われば、その価値もまた消えたことに気がつく。

    ー「わたし」とは誰だね?

    ー信条ってのは後天の獲得物にすぎんが、気質ってのは生れつき。信条は変わるかもしれんが、気質の方はなにがどうあろうと、変わるもんじゃない。

    ー「不思議な少年」マーク・トウェイン

  • 人間は自己中心的な機械である。利他心も道徳心も、結局は自分の欲望に帰着する。その行動は本能と習慣に基づくもので、自由意志などというものは存在しない。

    当時は大変な問題作だったという。原稿は1903年には書かれていたが、妻や娘が内容にショックを受けたため、刊行は妻の死後となる1906年。それも250部だけを私家版として配っただけで、一般に刊行されたのは著者の死後、1917年であったという。

    確かに、二十世紀初頭という時代にあってこんな内容を世に問うのは、いささか早すぎたのかもしれない。もっとも、フロイトが無意識の概念を提唱したのはほぼ同時代だし、ダーウィンの『種の起源』は半世紀前の1859年なのだから、一般大衆には十分刺激的ではあるが、それほど独創的で先駆的、とまでは言えないような気はする。

    むしろここで指摘されていることは、現代の心理学や行動経済学に近いかもしれない。いずれにせよ、人間に自由意志があるかどうかという問題は、トウェイン以前から現代までずっと問われ続けている、古くて新しいテーマなのである。

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著者プロフィール

Mark Twain 1835年-1910年.
邦訳された自伝に、
時系列順に並べられている
『マーク・トウェイン自伝 〈上・下〉 ちくま文庫 』
(マーク トウェイン 著、勝浦吉雄 訳、筑摩書房、1989年)
や、トウェインの意図どおり、執筆順に配置され、
自伝のために書かれた全ての原稿が収録されている
『マーク・トウェイン 完全なる自伝 Volume 1〜3 』
(マーク トウェイン 著、
カリフォルニア大学マークトウェインプロジェクト 編、
和栗了・山本祐子 訳、[Vo.2]渡邊眞理子 訳、
[Vo.1]市川博彬、永原誠、浜本隆三 訳、
柏書房、2013年、2015年、2018年)などがある。



「2020年 『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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