ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)

制作 : 行方 昭夫 
  • 岩波書店 (2003年6月14日発売)
3.63
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  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003231395

作品紹介

"アメリカ的なもの"と"ヨーロッパ的なもの"の対立を扱い、一躍ジェイムズの文名を高めた「デイジー・ミラー」。その解釈をめぐって議論百出の感のある、謎に満ち満ちた幽霊譚「ねじの回転」。"視点人物"を導入した最もポピュラーな中篇二篇を収録。新訳。

ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ちょうど一年くらい前、新潮文庫で読んだ「ねじの回転」
    あの時、評価保留にして、良かった!

    今回大好きな行方先生の翻訳で再挑戦。
    一回目読んだ時、ポカーンとなって、その後色々研究、
    「どんな解釈でも良い」とわかってリラックスして読めたのが
    まず良かった。

    とある夜、それぞれが怖い話を披露しあっっている時、
    ある男性が「自分の妹の家庭教師から実体験として聞いた、そしてその手記がある」
    その話を披露する、と言う始まり。

    ある大きなお屋敷に住み込みの家庭教師として雇われたうら若き女性。
    両親を失った、天使のように美しく愛らしい兄妹を世話することに…

    でも女性はそのお屋敷に現れる幽霊を目撃することとなり…

    幽霊を家庭教師の女性しか見ていない、と言うので
    「真相」について発表当初から今までそれぞれ意見をかわしている、とのこと。

    本当に幽霊が出た説

    家庭教師の妄想説

    宗教的寓話説

    などなど…

    私は、今回は読んでいる間は家庭教師の「狂気」を感じて
    恐ろしかったのだけど、
    さらに自分でもう一つ、ある説を思い付いた!

    それは、この家庭教師が赴任したら、
    とにかく手記とは真逆の事が起こっていた。

    つまり、

    お屋敷は小さくぼろい。
    雇い主は薄気味悪い。
    兄妹は汚く、可愛くなく、懐かなくて、生意気。
    家政婦は高慢ちきで意地悪。

    だったので、心の平安の為に反対の事を日記のように書いて
    うさを晴らしていたが、
    どうしても少年の方の言動が、いよいよ腹にすえかね、
    あのようなラストにしてみた、
    (そして読み返してみたら、案外面白かった)って言うの、どうかしら??

    行方先生の親切・丁寧な後書き、
    ひたすらにこの小説の魅力を伝えようとしてくれている思いが
    伝わってきて、感激。

    同時収録の「デイジー・ミラー」
    なによりも美しい少女デイジー、
    たくさんの人に注目されることが喜び、
    注目を愛と思ってしまうんだね。

    あのラストは作者の情けを感じたよ。

    行方先生の翻訳したヘンリー・ジェイムズの作品が
    まだまだたくさんあると考えると、心がほくほく、嬉しい!

  • あとがきを見ると、一連の出来事はほんとうに起きたことなのか、家庭教師だけがおかしかったのかと二分してるけど、実は兄妹が大元で下男と元家庭教師は魂をとらわれてしまった幽霊なんじゃないのかなと思った。子供と悪魔はセットですし。特に幽霊コンビが、新人家庭教師に害を与えるでもなく、悪い幽霊には見えなかったんだ。

    新人家庭教師がおかしくなったのって幽霊のせいではなく、あの変な思考回路じゃないですかね?家政婦さんとひそひそ話合うせいじゃないですかね?


    なぜ寄宿舎に直接、退学の理由を問い合わせないのはなぜなんだい?兄に関してはそれさえはっきりすればだいぶすっきりお悩み解決だと思うんだけど。

  • おばけ、いたと思いますよ!ぼくは!!

  • 新書文庫

  • 『デイジー・ミラー』は、
    アメリカ的なものとヨーロッパ的なものとの対比、
    ということらしいけれど。
    モームの『雨』では堕落した女が保守的な神父を凌駕し、
    人間の弱さを表現していた。
    一方『デイジー・ミラー』は何なんだろうと。
    アメリカ的なものを自由、ヨーロッパ的なものを保守的と呼ぶならば、
    『デイジー・ミラー』は異物が排除されて終わる。
    単なるデイジーの死で終わるのではないことは、ジョヴァネリの「無垢な人だった」という言葉でわかる。が、
    時代が早すぎたということなんだろうか。
    人生とはそういうものだと言いたいのか、
    あるいは、物語として完結させるために添えられた結末に過ぎないのか。
    デイジーは何のために死んだんだろう?


    『ねじの回転』は良くわかりませんでした。
    解説を読んで、へー、とも思ったのですが、
    もう時代的に悪徳の基準が違うから…。

    でもこれが『Others』の元ネタだと考えて読むと、
    人間と幽霊が逆転してちょっと深みが出るかも。
    と一瞬考えたけど、やっぱり語り継がれているからそれは深読みし過ぎなんだと思うんだよなー。
    二重に読めるのはわかった。
    でも。
    という感じ。

  • なんだか怖い。

  • ヘンリー・ジェイムズの二作品が収められた文庫。
    心理的ホラーとでもいえばよいだろうか。
    無害、無邪気を装った会話は、常に裏の意味を持っている。

    ◇お茶の水女子大学OPAC
    http://www.lib.ocha.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA62431683

  • ヘンリー・ジェイムズ三十代の頃の作品「デイジー・ミラー」と五十代の頃の作品「ねじの回転」の二編からなる一冊。

    自由奔放で純粋無垢なデイジーの結末が切ない。
    ウィンターボーンへ言づてを残したデイジーの真相心理は結局のところ、ウィンターボーンだけでなく読者も分からないままだと思う。

    「ねじの回転」はぞくっとする話だった。
    ハンサムな紳士、若い家庭教師の娘、美しい子供達、数人しか住まわない広いお屋敷、現れる前任者の幽霊たちとこれでもかというくらいゴシックホラー要素が詰まっていて面白かった。
    291ページから292ページのマイルズと家庭教師のやりとりがすごく怖い。
    物語が恐ろしい最後を迎えた後、「ねじの回転」という題名がこの物語にはとてもぴったりでより恐怖を助長させているということが分かる。

  • 「デイジー・ミラー」

    非常に細やかな描写の積み重ね、ディテールの奥行きが美しい佳品。それはいたるところにみられる。例えばタイトルの「デイジー・ミラー」という名前がランドルフ少年の口からウィンターボーンに告げられる場面[p20-21]では、ミラーがランドルフ少年を介して間接的にウィンターボーンの名前を聞こうとするのを無視して話す様子が少年の無邪気な子供らしさを表現している、というような。話している時の顔の傾き具合まで想像させる。そもそもこの最初のミラーとウィンターボーンの出会いの流れが繊細。

    最初の出会い方から二人での散歩までの印象では、ミラーはウィンターボーンの想像通り、純粋無垢な女性に感じられる。ところが、ローマに移ると、彼女の素行が明らかになり、ウィンターボーンの失望が高まることになる。しかし、よく考えればそれは周りのよく彼女を知らない人々が好き勝手に話す風評のようなものではないだろうか。違うかもしれない。いずれにしても、この想像の余地を読者に絶妙に残す手法が作品に生命力を与えているに違いない。

    解説にあるような<アメリカ的なもの>と<ヨーロッパ的なもの>の対立を描いているなんていう評価は実にばかげている。

    デイジー・ミラーがウィンターボーンがおもっているように彼を少しでも慕う何かがあったとすれば、最初の出会いからデートの期間だろうが、もしかしたら、ウィンターボーンのランドルフ少年との接し方のようなものにあるのかもしれない。ジョヴァネリは多彩でハンサムな紳士だが、少年とうまくやっていたのだろうか。ランドルフ少年は絶妙な配置。




    「ねじの回転」

    子供達は幽霊たちに気づいているし、交流もありそうなのにそれを先生に言わないし
    [p202、217など]、先生もそれを問わない。この語られないこと。それは、子供達が嘘をついているということでもある。子供達が嘘をつく?ジェイムズにとっての子供の重要性。幽霊が出るのにリアルなのは、子供達がいるからではないか。やがて、子供達の無邪気さや可愛らしささえ演技だとわかるようになると表と裏が一気にひっくり返る[p275]。子供達は純粋無垢ではないかもしれない。そういうだけでは不十分で、間接的な描写を通して、悪くいえば回りくどい描写によって、幽霊の存在も語られないことの奥行きのようなものも表現している。表現し尽くさないで表現する巧みさ。あらゆる描写にはそれ以外の意味があるような。書かれていないことをこれほど想像させる奥行きがある作品はない。

    また、解説にもあるように、当時の時代背景が、性的な表現がダイレクトにはできなかったから、曖昧なほのめかすようなものにならざるをえなかったという事情もあるかもしれない。それが逆に、大いに奇跡的な魅力と、現代性になって今も生き生きとさせているのは幸運だろう。

  • 『デイジー・ミラー』は言葉に無駄がなく、映画のようにその場面場面を想像することができた。前半で『伊豆の踊り子』に似ている気も少しした。
    『ねじの回転』での子供への溺愛ぶりはやはり異常だ。

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