本町通り 中 (岩波文庫 赤 319-2)

制作 : 斎藤 忠利 
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  • Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003231920

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  • シンクレア・ルイスが本町通り(Main Street)という表題をつける前の「村落病ヴィールス」“The Village Virus”という原題が、この小説のテーマを明確に表している。

    つまり、地方で暮らす者は、都会育ちみたいに世間ずれてしていず、陽気で、他人をいたわり、他人への無関心というのがないと言えるが、しかし、それは他方で、保守的で改革心に乏しく、あけすけで他人の心に無遠慮に入り込み、宗教裁判的な独善さで他人を評価するという、悪魔のようなウイルスに感染したかのごとく、一定の同傾向の症状を表す一群の住民集団を意味するということになる。

    中巻でも、キャロルが、「村落病ヴィールス」からわが身を守り、自分が正しいと思うことを実践して改革心を燃やして“町を救おう”とする姿が、これでもかと書かれている。と言っても、「都会人から見た田舎の要改善点をあげていこう」というものでは決してない。ルイス自身が小さな町出身で、都会に出た後故郷に帰って町の人に接した時に感じたものが、この物語の着想になっていることから、地方と都会の両方の視点が、多くの人物の登場とあいまってまんべんなく取り入れられていて、一方に片寄っていない。

    また、男のルイスが紀貫之の土佐日記と同じように、いわば“女装”して自分の体験を女のキャロルに語らせるという“技法”によって、ヨーロッパで見られた教養小説のような「お高い視点」は見られず、ある意味喜劇的、庶民的な読み応えとなっている。

    それにしても、キャロルの孤軍奮闘ぶりと、それを冷笑的に見る町の人々とのコントラストがときに濃すぎるくらい濃く描写されていて、ルイスがこの田舎対都会の問題にいかに執着したかが伺える。ルイスって多重人格者?って思えるくらい、あるときは田舎派、あるときは都会派というように猫の目のように立場や主張を変えた人物が登場し、それがみな一本筋が通っているから、「変なやつ」はたくさん登場するけども、「嫌なやつ」は一人も出てこない。

    中巻終盤に現れる、キャロルより少し年上の女教師ヴィーダのキャロルへの一言が強烈だ。
    「なに一つ仕事もしないのに、だしぬけに万事を変えたがる連中には、うんざりするわ!この町でわたしは四年間も働いて、討論会に出す生徒を選び、訓練しなければならなかった。まともな討論会を二つ三つ仕立てあげるのに、四年もかかっているのよ!すると、そこへあの女が駈け込んできて、一年間で町全体を、誰もかれも何もせずに、チューリップを育て、お茶を飲んでばかりいる、キャンディずくめのパラダイスに作りかえられるものと思っている。おまけにこの町は、住み心地のいい、家庭的な古い町だというのに!」
    “だしぬけに万事を変えたがる連中”とか“あの女”って、もちろんキャロルへの当てこすり。

    それに対するキャロル。
    「みんな、嘘ばかり言うんだわ-みんなして、私は息子と、よい家庭と、駅前の庭園に七本の金蓮花を植えたことに満足すべきだ、と言うなんて!わたしは、わたしよ!わたしは、海と象牙の塔を他人にまかせて満足したりしないわ。わたしは、それを自分のものにしたいの!ヴィーダなんか、くそくらえだわ!みんな、くそくらえだわ!」

    さて、より理屈が通っているのは、キャロルか?それともヴィーダほかの町の人々か?これから下巻を読んで、それを判定しようと思う。
    (2014/7/29)

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