アブサロム、アブサロム!(下) (岩波文庫)

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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003232378

作品紹介・あらすじ

憑かれたようにサトペンの生涯を語る人びと-少年時代の屈辱、最初の結婚の秘密、息子たちの反抗、近親相姦の怖れ、南部の呪い-。「白い」血脈の永続を望み、そのために破滅した男の生涯を、圧倒的な語りの技法でたたみ掛けるフォークナーの代表作。

感想・レビュー・書評

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  • 最近になってラテンアメリカ文学や中上健次の面白さがわかるようになり、そこから遡ってゆくと、たどりつくのが実はこのフォークナーの「ヨクナパトーファ・サーガ」。架空の土地ヨクナパトーファ郡ジェファソンを舞台にしているいくつかの作品群ですが、その代表作がこの『アブサロム!アブサロム!』。読めばなるほど、中上健次の路地ものなんかは、間違いなくこの作品の影響下にあることがわかります。構成は複雑だし、ときどき付録の家系図眺めて人間関係をチェックしなくちゃいけないけど(笑)、そういう煩雑さを補ってあまりある面白さ。

    • 淳水堂さん
      yamaitsuさん こんにちは。

      ブクログネットサーフィンしていたら辿りつき、お邪魔させていただきました。
      好きなジャンルもあった...
      yamaitsuさん こんにちは。

      ブクログネットサーフィンしていたら辿りつき、お邪魔させていただきました。
      好きなジャンルもあったり、全然読んだり見たことないジャンルもあったのですが、レビューが面白くてどれも読みたく(見たく)なってしまいます。

      >ラテンアメリカ文学や中上健次の面白さがわかるようになり、そこから遡ってゆくと、たどりつくのが実はこのフォークナー

      まさに私もそうです!
      好きな本から色々なところへ繋がっていって、読みたい本が増えるばかりです。

      …ところでところどころの映画レビューで「ギンレイホール」が出ていましたが、もしかして出没範囲が同じかもです(笑)
      でも私はもう10年くらい行ってないのですが…。
      以前は「若きディカプリオ二本立て」とか、「映画を見て泣いたらロビーで同じく泣いてる会社の人とばったり」とかやってました。

      それではこれからもよろしくお願いします。

      2015/05/01
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、コメントありがとうございます!(ここで返事して見ていただけるものかしら?)

      私もたくさん淳水堂さんの本棚拝見させてもらいま...
      淳水堂さん、コメントありがとうございます!(ここで返事して見ていただけるものかしら?)

      私もたくさん淳水堂さんの本棚拝見させてもらいました。被っているものも被っていないものも、これは!と思うレビュアーさんを見つけるとついついあれもこれも読み耽ってしまいます(笑)

      ギンレイホールは、私は10年越しの会員です(笑)出没範囲、かぶっているかもしれませんね!どこかですれ違っているかも・・・?

      こちらこそこれからもよろしくお願いいたします。
      2015/05/04
  • ■上下巻読了後の感想、論点
    ・上巻ではなかなか頭に入ってこなかった物語が、サトペンの幼少期から、ミシシッピに突如現れるまでが語られたところあたりから、徐々に話の全体像が掴みかけてきて一気に面白くなった。

    <重層的な語りの手法>
    ・相変わらず、物語の登場人物たち自身の行動が直接書かれているわけではない。さらに下巻では、サトペンの物語を祖父から父へ、父から息子へと伝え聞いたクエンティンと、カナダ出身という、地理的にも本書の舞台であるアメリカ南部とは本来縁のないはずのシュリーヴという2人の学生によって、大学の学生寮の中で交わされる対話、という設定になっているため、ますます語られているところの物語本筋とは時代も場所も隔絶したところで語られ続けるのである。シュリーヴに至っては、クエンティンから聞いた話を、再度自分でも再構成して語り、時に踏み込んで想像を交えることに躊躇していない。それにも関わらず、聞き手のクエンティンは疑問を挟まないし、読者にとっては、もちろん他の方法で小説中の「真実」を知る方法などないから、縁もゆかりもないはずのシュリーヴの語りの内容がそのまま、当時のサトペンたちの行動・思考の内容の真実になる。
    ・そうであるならば、最初から「神の視点」たるフォークナーが、地の文で書けば良さそうなものを、あえて登場人物たちに登場人物たちのことを詳細に語らせているのは、もちろん意図的なものだろうし、伝聞によるはずの回想が、やけに詳細であったり、不自然なほどに長ったらしかったりするのも、もちろん意図したものであろう。それは、まさに事実とは、あるいは歴史に残らない歴史とは、そうやって形成されるものだからではないか。
    ・クエンティンの独白で、「すでにあまりに多くこの物語を聞いてきた」であったり、「投げ入れられた小石が水面に作る波紋」の例えであったりが示すものは、つまり、彼の語り手としての宿命を表している。サトペンの物語は、人種差別や近親相関、当時の男性中心的な社会などの歴史的テーマを内包しているとしても、あくまで個人の家系の物語である。だが、クエンティンの家系はその一族の歴史を語り継ぐよう運命付けられているのであり、本来、出自が全く別の土地であるはずのシュリーヴでさえそれに巻き込まれていく。下巻のクライマックスでは、もはやすでに死んだヘンリー、ボンなどの亡者と、語り手のクエンティンたちは一体となり、ほとんどとりつかれたかのように語る。それは小説の中で、あたかも小説を書いているかのようであり、また、私たちが普段意識しないが、結局誰かが語り継ぐことによってしか、人の一生も存在し得ないということの表現なのかもしれない。

    <サトペンについて>
    ・上巻冒頭の章では、ローザがサトペンへの呪詛によってのみ生きながらえているというほどに、彼の暴君的で、粗野で、悪意的な人格面が強調されるが、下巻ではサトペンは「無垢」であって、相当な辛酸を舐めてきた中で、その野望がいかに野蛮で、男性中心的で、また白人主義的なものと分かったとしても、彼は悪意というよりもむしろ「自然に」そうなったのではないかという側面が語られる。
    ・サトペンの破滅の物語は、もちろん当時の人種差別的な要素が大きな要因の一つだと最後に判明する(もしくは最もそれらしく想像される)わけだが、例えば父親に対するヘンリーの行動如何では、違う結末もあり得たのだと思う。訳者の藤平先生の解説にもあったが、時代背景的要素を抜きにしても、もっと単純に人間ドラマとしても壮大かつ作り込まれていて、読んで面白いプロットになっていると思った。
    ・関連して、本書のアメリカ南部の土地の因習的側面、血縁同士の姦通・敵対などの様子は、もちろん私が指摘するまでもないことだが、例えば中上健次「枯木灘」とか「百年の孤独」に通じるものがあると思った。特に「枯木灘」とは、(かなり以前に読んだので記憶が曖昧だが)手法面でも似通っていると思う。確か「枯木灘」も、父と子の関係を、執拗なほどに繰り返し繰り返し取り上げ、描いていた。「百年の孤独」は、他の2つと比べると、登場人物とエピソードの数が多く、深く掘り下げるというよりも、horizontalな方向のイメージの広がりにも特徴があったと思う。この3書、再読して詳細に比較すればきっと面白いのだろうが…。

    <意識の流れ 手法について>
    ・さて、池澤夏樹氏が指摘していたように、実はフォークナーを語る上でのキーワードで重要なものの1つは、「意識の流れ」なるもののようだ。その観点から言えば、しばしば代表例として挙げられるのは「響きと怒り」の方である。
    ・そのためか、今回本書を読了して、正直に言ってそれほどいわゆる「意識の流れ」的表現を明確には意識することはなかった。ただ、先述したように、そもそも本書は全体を通して作中人物が作中人物について語っているという構造を取っており、それゆえか、直線的に時系列通り物語が進行するということはなかったように思う。つまり、それはあたかも実際の人間の思考回路のごとく、行き当たりばったりに、思い出すままに語られている様を表現しているとも取れる。「意識の流れ」的手法について詳しい定義などは分からないが、偶発的で動的なイメージの連続で人間の意識が成り立っているとする、ということならば、本書におけるそれぞれの人物の語りのとりとめのなさが、そうした表現の一端と言えなくもないのだろうか。

  • 混血を許容できなかったゆえの一族の衰退。
    ボンが不憫。父親に一言だけでも声かけてもらいたかったんだね…。

    この話はクエンティンとの影響という観点から見ても面白い。妹への執着、理想化あたりはヘンリー、ジュディス、ボンの3人の話から感化された可能性ありそう。『響きと怒り』と併せて再読したい。

  • 長いセンテンスが多く本当に読みきれない、他人に語る長いメッセージというものは届かないものだなと実感

  • シュリーヴとクエンティンが、サトペンやその子供たちについて語る?議論し合う?下巻。重厚な畳みかけ、繰り返される主題の本質は、結局彼らの言葉を読んでいて掴めるわけではないけれど、しかし真理に触れていきそうで旋回するその虚像たちはとても濃厚で、物語の真理以上に物語らせるフォークナーの筆致に呑まれる。訳すの、本当に大変そう‥‥すごいなあ。
    ようやく、四年かけ、ボンを兄と認め、妹への近親相姦を許したヘンリーにさらに畳みかけられる真実は鬼気迫る。「それじゃあ、君が我慢できないのは、人種混淆の方であって、近親相姦じゃないんだね」「あなたは僕の兄さんなんです」「いや、そうじゃない。俺は君の妹と寝ようとしている黒人なんだよ。君が止めなければね、ヘンリー」
    「わからないかい? それは彼が心の中でこう思ったからなのさ、「もしヘンリーが本気でああ言ったのでなければ、何の問題はない、もしそうなら、自分が写真を抜き取って破ってしまえばいい。だが、もし本気でああ言ったのだったら、彼女に向かって、自分はだめな人間だから、自分のことなんかで悲しまないでください と言うためには、それしか方法がないだろう」と。そのとおりじゃないかい? そうじゃないかい? 絶対そうじゃないかい?」

    貧乏、格差、人種混淆、近親相姦、戦争、血、罪のありかは、勿論あかされない。そんな簡単に南部が語りきられるわけがない。シュリーヴに問われ、クエンティンは答える。南部を、憎んでなんかいるもんか! そういうものではない。土地のその磁場を濃厚に描いた、強く濃厚な作品。

  • [アメリカ南部の歴史の芋] アメリカ南部の南北戦争前後の歴史をサトペンという人物を通して描いた壮大な歴史的小説。

    佐賀大学 : Hiro

  • 上巻は(書かれる内容は岩波版だからかていねいに前もって解説されてるけど)複雑すぎる文体に苛々しながら読んだ。
    下巻はもう一息に読むって決めて読んだら、すごい感情移入した。
    近親相姦への恐れだとか後半の人種差別の意識だとかにも濃さを感じたが、一番胸に迫ったのは父親にけして認知されない息子ボンの描写だった。あと、後半で65歳の執念深いローザ叔母さんの挙動に萌えた。
    でもやっぱり俺みたいなちっぽけな人間には、空間的にも歴史的にも大きすぎたわ。

  • 岩波文庫:赤 080/I
    資料ID 2012200207

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