日はまた昇る (岩波文庫 赤326-1)

  • 岩波書店 (1958年9月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (338ページ) / ISBN・EAN: 9784003232613

みんなの感想まとめ

テーマは、失ったものを求める若者たちの姿と、彼らが抱える無力感です。淡白な文体が、登場人物の心理を直接描写するのではなく、仕草やセリフを通じて読者に想像を促します。そのため、自己を重ねることで立体的な...

感想・レビュー・書評

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  • エピグラフに「あなたがたはみんな失われた世代ね(ガートルード・スタインの座談より)」とあるので、みんなそれに引きずられてしまうのだろうか。
    つまり、“この小説は第一次世界大戦によって喪失した数年間を持つ当時の若者世代特有の事象による物語である。したがって現代を生きる自分たちから見れば、共感できる部分もあれば、自分事とは捉えられない部分もあり、全体としては感情移入しにくい。”と現代の読者はおしなべて考えてしまう傾向にあるということか。
    レビューでも「何が言いたいのかわからない」とか「つかみどころがないストーリー」などの否定的な意見が散見される。でも私は逆の感想を抱いた。-「この作品こそ、時代や世代を超越した、外見では得られない内面に隠された人間の真の姿が、会話や駆け引きのソリッドな描写によって達成された、小説のなかの小説だ」と。

    たとえばブレットを見てみよう。彼女が受けてきた評価はともすれば「性に奔放」で「浮かれている」というものだったと思う。しかしより広い視点から彼女を見れば、「束縛を見事に避け」、「自分の意志のままに自由に生きる」ことを体現し、女性としての輝きに満ちているように私には読める。この物語では何人もの男がブレットを得ようとする。しかし男のほうが無意識でも意識してでも彼女を支配したいと思った瞬間に、ブレットは指の間からするりとすり抜けるようにして距離を保つ。感情の起伏は大きいものの、ブレットはあくまでブレットであり続けられる。

    主人公のジェイクもそのことは身に染みてわかっている。だからジェイクもブレットを小鳥のように捕まえようとはしない。だがブレットに翻弄されながらも彼女の内に潜む女性性を自分のものにしたいという男としての欲求もある。そのパラドックスが織りなす2人の会話や距離感は、ヘミングウェイ以外ではなかなか出会えない絶妙さだ。

    しかし、この絶妙さは私が若いころには理解できなかっただろう。
    私事だが年齢を重ねた今、まるで私の眼前を自由に飛ぶ蝶々のように振る舞う女性と知り合う機会を得た。もちろんその女性と肉体関係などない。だが、その女性と目を合わせ、お酒を飲みながら、とりとめのない会話をしていると、2人の関係性が高まる瞬間が生じたと感じるのだ。その状況、つまりあの胸の高まりを言葉にするのは難しい。また他人に口にした途端に色あせてしまうだろう。
    ところが、この小説のブレットとジェイクとのやり取りを読めば、まさに私の言わんとしているところの男女関係が、優れた映像作家の作品のように可視化されてくるのだ。

    私が最高だと感じたこの小説でのシーンをあげておこう。ブレットと2人で自動車の後部座席に乗り合わせたジェイクが、車が停止しようとした際にブレットの体の重みが自分のほうにかかってくるのを感じた瞬間の描写がそれだ。肉体的あるいは性的なことは何も起こらない。だがその瞬間は至福なものとして描かれる。このぎりぎりの線が(この年齢になってわかったことだが)すごくいい。なぜなら、それはあくまで2人の日常の枠内で起こる至福であり、非日常をあえて呼び込まなくても得られる幸福だからだ。

    ここで、もう1つのエピグラフ-傳道之書から引用された、太陽のはじめとする万物の永久不変の運動についての記述-を思い出してほしい。
    ロストジェネレーションと言われながらも、ブレットやジェイクを含めた彼ら彼女らすべてが究極的には私たちと同じ法則によって動き、感じているのだ。つまりヘミングウェイは自己流の小説技法を使いながらも、自分と同じ世代だけに働きかけて共感を得て良しとするような小説を書く意図は全くない。逆にきわめてオーソドックスな人類普遍の法則を小説によって突き詰めようとしたのだ。それが「The Sun Also Rises」というタイトルに象徴されているということだ。これほど的を射たタイトルがあるだろうか。
    なお、ヘミングウェイは20代でここまで到達した。日本で安直に小説家を名乗る凡百の作家たちよ。ヘミングウェイを前に、自分たちが同列だと胸を張って言えるか?

  • 外形の描写に終始した淡白な文体であり、登場人物の心理はちょっとした仕草やセリフから読み取るしかない。直接的でない表現であるからこそ、読者はその背景にあるものを積極的に想像しようとし、自分自身を立体的な像として登場人物の中にみることになる。

    ブレットに恋をしつつも性的不能であることからくる無力感をどうすることも出来ずにいるジェイクが、闘牛の中に求めているものはやはり戦争そのものなのだろうか。ロメロのように闘牛士としてその場に立つことは不可能であり、その疎外感がナルシシズムに転化されている。去勢牛とジェイクが重なる。失われたものを取り戻すことは出来ないのだ。しかし、だからこそ、その若者の姿が胸を打つ。

    以前読んだ高見浩訳の『武器よさらば』では、風景描写がなかなか頭に入ってこなかったためにヘミングウェイを避けていたが、その印象が塗り替えられた。とても読みやすかった。

  • the sun also rises.
    これこそ。

  • 文豪の古典的名作ということで少々身構えていたが、当時の若者の熱狂的な反響をよんだという煽り文句もさもありなん、意外にも面白くすらすらと読んでしまった。
    登場人物たちとは時代背景も境遇も違いすぎるので共感は別にしなかったが、若いっていいよね、楽しいねと思わせてくれる。
    簡潔な原文に輪をかけて簡潔な訳文も良い。

  • 文章に既視感がありました。
    しかし、それは多くの現代作家がヘミングウェイの影響を受けているためでしょう。
    ストーリーとしては、主人公の状況を把握するだけでも一苦労でした。しかし、それは読書において楽しみの一つでもあります。
    あまりのビックネームにハードルを上げすぎたためか、最初は文章は上手くとも退屈という感想でしたが、終盤のスペインに入ってからは幸福そのもの。
    電車の中で区切りながら読むよりは、休みの日に一気に読み上げるのが私としてはおすすめです。

  • 第一次世界大戦後の
    「失われた世代」の若者達の話。
    当時の人々にえらく共感されたらしい。

    こういう文学は、
    そのころの時代背景とかを知らないと、
    あまり面白くないという事が分った。

  • 保有状況:所有&購入日:40468&購入金額:630

  • ちょっと訳が…ずいぶん前のだからかしら?
    ヘミングウェイの作品は3冊目で、前の二冊はとてもすきだったけど、今回のはすこし期待はずれかなぁ

  • この旧い訳がいいのだ。第五十一刷、後書きの最後には昭和三十三年夏とある。見所の汚い、皮肉った言い回しと表裏にある知的さなんかが、少し時代遅れの日本語で訳されているのでよく出ている。

    ハードボイルドの先駆け。ここからチャンドラーが生まれ、そして村上春樹が生まれたのだ。
    この頽廃的な感じは、あるいは今の時代には合わないかもしれない。今の人々(特に若者)は頽廃的ですらないからだ。頽廃も一つのパワー、知的さ、傾向だとすれば、今の時代には何が残っているのだろう? ここには無知、無関心、無為が横たわっているだけだ。そして、この本を読む若者は言うだろう、「下らない」と。ではなにが下るというのだ?

    無為の世界に栄光のあらんことを。

  • 初めてヘミングウェイに手を出してみたが、情景描写が今の本より圧倒的で、目の前に浮かんだ。
    昔の作品に慣れてないせいか、読むのに時間がかかり、理解出来ない箇所も多々あった。
    あと、アメリカ的?というのか、登場人物にちょっと移入できなかった。
    昔からのファンの人は嫌うかもしれないが、今風に訳せると、おもしろいのかもしれない。

  • 戦争を知らない我々は、戦後の喪失感も共感しにくいものがある。

  • やり切れなさだけが残るのか。明るい、楽観的とも言える光を見いだすのか。そのときの気分によって、読後感が変わる。きっとこれからも、何度も読み返すだろう一冊。

  • *ブログ感想あり*
    http://blog.livedoor.jp/marine0312/archives/51730042.html

    新潮より岩波の、乱暴な感じの訳がすき。

    -とにかく女どもがいけねえんだ。お前もいけねえぞ、ブレッド・アシュレイ。

  • ハードボイルド

  • 1/20
    ドライな感じは好き。
    原書を読まないと始まらない気がする。

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著者プロフィール

Ernest Hemingway
1899年、シカゴ近郊オークパークで生まれる。高校で執筆活動に勤しみ、学内新聞に多くの記事を書き、学内文芸誌には3本の短編小説が掲載された。卒業後に職を得た新聞社を退職し、傷病兵運搬車の運転手として赴いたイタリア戦線で被弾し、肉体だけでなく精神にも深い傷を負って、生の向こうに常に死を意識するようになる。新聞記者として文章鍛錬を受けたため、文体は基本的には単文で短く簡潔なのを特徴とする。希土戦争、スペインでの闘牛見物、アフリカでのサファリ体験、スペイン内戦、第二次世界大戦、彼が好んで出かけたところには絶えず激烈な死があった。長編小説、『日はまた昇る』、『武器よさらば』、『誰がために鐘は鳴る』といった傑作も、背後に不穏な死の気配が漂っている。彼の才能は、長編より短編小説でこそ発揮されたと評価する向きがある。とくにアフリカとスペイン内戦を舞台にした1930年代に発表した中・短編小説は、死を扱う短編作家として円熟の域にまで達しており、読み応えがある。1945年度のノーベル文学賞の受賞対象になった『老人と海』では死は遠ざけられ、人間の究極的な生き方そのものに焦点が当てられ、ヘミングウェイの作品群のなかでは異色の作品といえる。1961年7月2日、ケチャムの自宅で猟銃による非業の最期を遂げた。

「2023年 『挿し絵入り版 老人と海』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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