水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1)

著者 : フーケー
制作 : 柴田 治三郎 
  • 岩波書店 (1978年5月16日発売)
3.84
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  • Amazon.co.jp ・本 (165ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003241516

水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1)の感想・レビュー・書評

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  • ジロドゥの戯曲「オンディーヌ」(光文社古典新訳文庫)を読み、そうなると自然と手に取りたくなるのがこちら、フーケの手による「ウンディーネ」。同じ素材でありながら書かれた時代も国も違うので、その比較だけでも楽しめます。オンディーヌがフランスらしいエスプリの効いた作品で、ウンディーネはいかにもドイツ(といっても、フーケにもフランス人の血が流れているみたいですが)らしく、真面目に「あらかじめ約束された悲劇」を寄り道せずにきっちりやり抜いた印象です。これだけ感触が違うとどちらが好きかだなんて気安く決められませんね。

  • 水の精と騎士との切なく悲しき恋の物語。

    装飾の重ねられた風景描写が特に可憐。
    童話としても小説としてもロマンチックで夢がある。
    訳文(特に台詞。女性が唐突に男言葉になる)に若干の違和感があるのが残念だった。
    途中で物語を端折られて、言い訳に筆者が出てきたのも大きく減点。
    しかし全体としてみれば面白かった。

    騎士は優柔不断で乙女は心醜く、水の精だけが、ただただ憐れなほどに美しい。

  •  三島由紀夫の『仮面の告白』の中に出てくるのだが、これまで全く知らなかったので一度読んでみようと思い、タイトルを手帳に書き留めておいた。先日アマゾン・マーケットプレイスに1円で出品されていたのを見て、直ぐに取り寄せた。

     表紙には「ヨーロッパに古くから伝わる民間伝承に材をとった、ドイツロマン派の妖しくも幻想的な愛の物語」とある。

     娘をなくした漁師夫婦に育てられた水の精ウンディーネと騎士フルトブラントの恋物語だ。水の精であるウンディーネはフルトブラントと結ばれ、人間のような魂を得るが、やがてフルトブラントはベルタルダに心変わりすると、ウンディーネは姿を消してしまう。実はベルタルダは亡くなったと思われていた漁師夫婦の娘だった。やがてフルトブラントがベルタルダと結婚すると、水の精ウンディーネは掟に従いフルトブラントの命を奪う。

     ウンディーネの由来は、水精をラテン語のunda(波)に基づいてウンディーナ(undina)と名づけたが、ドイツではこれをウンディーネ(Undine)またはオンディーネ(Ondine)と呼び、フランスではオンディーヌ(ondine)と呼んでいるそうだ。

     伝承では、水の精は女の姿をしていて、人間の男に愛され妻になると魂を持つ。夫は水辺でその女を罵ったりすると、女は水中に帰ってしまう。その後別の女を娶ると、水精が夫の命を奪いに現れるという。こんな怖い伝承があって、フーケーはこの『水妖記』に仕立て上げたのだという。オペラやミュージカル、バレエなどにもなっている、ヨーロッパでは良く知られた言い伝えらしい。これまで知らずにいたのが恥ずかしいくらいだ。

     岩波文庫は「読まずぎらいしていませんか」と書いている。確かにドイツ文学なんていうと取っ付き難いように聞こえる。しかしそれでも読んでみるべきだ。読んで良かった。こんなに面白い物語が埋もれていた。三島由紀夫に感謝しなければならない。

  • 再読。短編なのに展開が多くて(速くて)とにかく波乱万丈。水の精と人間の異類婚姻譚でもあるし、赤ん坊の取り違え譚でもあるし、おじいさんとおばあさんが子供を授かって・・・という昔話風のスタートから、三角関係のドロドロ話にもつれこみ、最終的には人魚姫的悲劇を迎える。なんかもう、盛り沢山。

    最初はいかにも妖精風の小悪魔っぷり発揮していたウンディーネが、結婚後は天使のようになるのと対照的に、その夫となる騎士フルトブラントと、恋敵にして友人のベルタルダは、状況が変わるたびにころころと言動を変えるので結構酷い。ベルタルダに関してはまあもともと性格悪いのね、って感じもするけど、二人の女の間で行ったり来たりフラフラしっぱなしの騎士は男として最悪。

    童話の人魚姫は王子を殺さなければ自分が救われないけれど、ウンディーネもまた、自分を裏切った夫は殺さなくてはならない。ウンディーネの心情的には悲痛だけれど、客観的にはフルトブラントの自業自得。

    とりあえずいろんな民話や童話のエッセンスがいっぱいに詰まっていて面白い。

  • 人間の情の移り変わりが特に色濃く描かれているほか、表題にもある「水妖」ウンディーネの変遷様々が目に新しかった。

  • 人間のくそさ

  • ドイツ人作家、フリードリヒ・フーケが1811年に発表した幻想譚です。いくつかのオペラやバレエの原作になってます。水の精霊ウンディーネと騎士フルトブラントの恋とその結末を描く、いわゆる異類婚姻譚になってます。岬で過ごしてた頃の天真爛漫なウンディーネがとても可愛らしいです。ラストの悲しい終わり方も余韻があって良いです。物語の後半は、ウンディーネの純真や清らかさを強調するためなのか、騎士フルトブラントや恋敵ベルタルダがかなり悪役に描かれているのがちょっと気になるところです。ライトノベルっぽい感じがする。

  •  一体こんな男のどこが良いのだと思ってしまうが、ウンディーネにとっては、魂を与え、喜びや悲しみに涙することを、そして人として人を愛することを教えてくれたフルトブラントを誰よりも愛さずにはいられなかったのかもしれない。人間が簡単に心変わりするものであるのと対照的に精霊がどこまでも一途であるのは、人間がいかに残酷で自分勝手な側面を持っているかという皮肉にも聞こえるが、精霊の愛を受け止められる程の力を持たない人間の弱さ、それは現実においても僕達につきまとう見覚えのある“弱さ”を感じた。

  • 以下引用。

     「魂って重い荷物に違いないわ。とても重いものに違いないわ。だって、そのかたちが近づいて来るだけでも、もう私には居ても立ってもいられないような心配や悲しみが影のように覆いかぶさって来るんですもの。いつもはあんなに軽い、楽しい気持ちでいられたのに。」(p.59~60)

     「(前略)可哀そうにあのひとには、愛の喜びと愛の悲しみは、たがいによく似た優しい姿の、親しい姉妹の仲であって、どんな力もそれを割くことができないものだなどとは、思いもおよばないことなのです。涙の中からもほほえみは湧いて来ますし、ほほえみは潜んだ涙を誘い出すこともありますのに。」(p.106~107)

    フーケーはこれらの作品によって、当時フランスに抑圧されていたドイツ国民に愛国心と勇気を吹きこんだ。のみならずフーケー自身も軍人であった。それゆえ十九世紀初頭のドイツの若者たちにとって、フーケーは作家であり英雄であった。陣屋ではフーケーの歌がうたわれ、家庭ではフーケーの小説が読まれた。しかしその名声もフーケーの生前すでに地に堕ちた。それはナポレオン没落後ドイツにも平和が訪れ、人々は今は自然な事柄、普通の人間、市井の現実に対する関心を文学に要求し始めているのに、フーケーは十年一日のごとく過去の夢を描きつづけていたからに他ならない。晩年妻に死別し、三たび結婚したが、作家としてはついにそのままに終わった。(p.159)

  • (市×/県◎)

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