O侯爵夫人 他六篇 (岩波文庫 赤 416-4)

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  • Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003241646

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  • 不意に襲われた大災害によって多くの物を奪われ途方に暮れている人々が、肩を寄せ合い、普段考えすらしない相手への思いやりが見られるというのは、震災や水害などに何回も遭遇してきた日本人にとっては聞き慣れない話ではない。
    しかし、この本に収められた短編「チリの地震」を読むと、人間がそんな単純なものでないことを嫌がうえでも突きつけられ、人間の負の面が絶対的に存在するという、聞きたくもない現実について否が応でも考えさせられてしまう。

    「チリの地震」は、チリの首都サンティアゴのとある名家の一人娘と、彼女の家庭教師をしていた男の物語。二人の関係は生徒と先生から恋愛へと変化し、それを察知した父親は娘を尼僧院へ預ける。しかしお互いの忘れがたい思いが、寝静まった夜の尼僧院の庭内での“逢引き”となり、娘は一子を産む。しかしそれは戒律厳しい当時許されるものではなく、男は牢獄に入れられ、娘はまさに刑場に送られ処刑されようとしていた。

    そこに、首都を激震が襲い、牢獄も全壊し男は命からがら丘の上へ逃げ出せた。丘から震災に遭った街の現実を目の当たりにして絶望していたが、偶然のきっかけで無事な娘と子に再会。
    そこで多くの罹災した人々の姿を見て二人やまわりの人たちは改めて思う-
    「実際、すべて人生の富は滅び、あらゆる自然物もくつがえるかと見えたこの天地荒涼たるときに、ただ人の“たましい”のみはうるわしい花の如く咲きでるように思われた。見渡す限りの郊原には、あるいは貴族あるいは乞食、さては奥方も、農婦も、高官の人も日雇い人も、僧侶も比丘尼もその階級の何たるかを問わずみな入り乱れて身を横たえ、互いに同情をもって助け合い、命の糧として得ることのできるものは何なりと喜んで分け与えている。こうしてあの普遍なる災難は、その厄を逃れた人々をしてすべて一家族を成さしめたように見えた。」

    そこに、町なかで唯一難を逃れた寺院でミサが開かれるという知らせを聞き、二人も子を連れて神に感謝の祈りを捧げたい一心からその寺院へ向かう。
    だが二人が想定しなかった事態が起こる。老僧が祭壇からの説法で、今回の厄災はひとえに神を蔑ろにするが如くの“尼僧院での痴行”などの人心の堕落に原因があり、二人の魂を地獄の王へ引き渡せと説き始めたのだ。その途端、群衆は興奮の極に達し、誰かが当の二人を見つけるや、「神をけがした者だ」として「殺(や)ってしまえ!」と口々に叫び出す…

    日本の現状に照らすと、さすがに異端の者を「殺せ!」とまで言う風潮はないかもしれないが、SNSでの吊るし上げやテレビのワイドショーでのバッシングもどきなどは根が同じと言ってもいいと思う。
    つまり残念ながら、クライストがこの作品を世に出した19世紀初頭と現在とでは、人類はまったくもって進化していないということだ。
    今の日本人はすぐに『絆』という言葉を使いたがる。それはそれで私も否定はしないけど、人間の集団心理が負の方向へ向かう恐ろしさを直視すべきだと改めて思う。

    クライストはほかの収録作品でも、人間の内面にある「両面」を、史実などを題材に簡潔かつ巧みに描き出そうとしていて、各作品は戯曲ではなく短編小説だが、私はシェークスピアの意図に極めて近いものを感じた。

  • 収録されている7篇いずれも、ストーリーの中心となる事件の写実的に描写されている。また本書「解説」で翻訳者も述べているが、各篇とも自然・性格・心理・情景等の描写は抑えているが、正義・高貴・誠実という人間性の追求は徹底されている。
    本書を読み始めた頃はあまりに"人の気配"を感じられない作風に戸惑った。俗な表現をすれば、自分には「アリ寄りのアリ」な一冊だった。

    収録は表題作の他、

     「チリの地震」
     「聖ドミンゴ島の婚約」
     「ロカルノの女乞食」
     「拾い子」
     「聖ツェチーリエ」 ※別題「音楽の力」
     「決闘」

  • クライストの全短篇集。「チリの地震」に戦慄したことを憶えている。カタストロフという言葉の意味が、これを読んで腑に落ちた。「私はカタストロフを見つけた、ユリイカ!」と、心の中で叫んだ。(「O侯爵夫人は、O嬢のおばあさまです」というのは真っ赤なウソです、念のため)。

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