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Amazon.co.jp ・本 (159ページ) / ISBN・EAN: 9784003241912
みんなの感想まとめ
モーツァルト夫妻が「ドン・ジョバンニ」の初演に向かう旅の中で、伯爵一家の邸に招かれた出来事が描かれています。詩人メーリケの流麗な文体によって、まるでその場にいるかのような臨場感が伝わり、読者は彼の才能...
感想・レビュー・書評
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「ドン・ジョバンニ」の初演のためにプラハに向かったモーツァルト夫妻。その旅路の途中、ある伯爵一家の邸に招かれることになる。そこで起きたことをまるで目の前で見ていたかのように、流麗な文体で描写する詩人メーリケの文才に感嘆した。
パーティーに参加するなかでモーツァルトは幼少の頃のイタリア旅行での出来事やそこで感じたことを回想し、作詞をする動機となった瞬間について語る。
物語の構造としては、どこで場面が転換したのか分かりにくいが、少々込み入った構造だからこそ、18世紀の西洋クラシック音楽的な調和がとれていると感じた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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『メーリケ』美しい文章です。モーツァルトオペラをここまで理解している人がいるんだ、と、良い本読ませてもらった〜、という感想です。一気に読み切れる量です。
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19世紀ドイツの詩人メーリケ(1804-1875)が、自身が敬愛するモーツァルト(1756-1791)の姿を描き出した芸術家小説。
作中のモーツァルトはオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を上演すべくプラハに赴く途上で、とある伯爵家と近づきその歓待を受ける。
モーツァルトにイタリアはナポリの思い出を語らせる場面がある。青い空、空を映す海、戯れ合う少女たち、弾けるように飛び交うオレンジ。メーリケが描いた明るく清々しい一枚の絵のような光景は、さながらモーツァルトの朗らかな音楽と符合するようだ。
しかしメーリケは、芸術家モーツァルトにデモーニッシュな一面を見出さずにはいない、恰も自分自身の姿を投影するかのように。『ドン・ジョヴァンニ』の最後の場面をメーリケはこう綴る。
"そしてドン・ジュアンはすさまじい我意を通して永遠の秩序に逆らいながら、押し寄せる地獄の軍勢と、負けると決まった闘いをあえてし、身もだえし、のたうちまわったすえについに滅びてゆくのだが、それでいてその一挙手一投足がすべて溢るるばかりの崇高美を浮かべる時、歓喜と不安のために胸の奥まで戦きふるえない者がいるだろうか?・・・。心ならずもわれわれは、いわばこの盲滅法な偉大さに与し、歯がみしつつも、自己破壊の激情にかられて、その苦痛を分つのだ。"
世界と自己との闘争――不可避的に敗北せざるを得ない闘争――に敢然と赴くドン・ジュアンのこのデモーニッシュな在りようが、モーツァルトにそしてメーリケに重なっていく。
"この人[モーツァルト]は速やかに、引きとどめるすべもなく、彼自身の情熱に焼きつくされてしまうのだ、彼はこの世におけるはかない現象でしかありえないのだ、なぜなら現世は彼の身から迸り出る生命の奔流にとうてい耐えきれないであろうから、・・・。"
芸術家の、ひいては人間存在の、内部には、世界との裂け目が、決して癒えぬ傷のように、刻みつけられている。全てがそこに突き落とされ、必当然的に自らをもそこに陥らせずにはおれない絶対的な否定性・自由・無・・・。その深淵を垣間見てしまった者の苦悩は、この作品では、漠然とではあれ捉えられていながら、まだ十全に主題化されていない。 -
十九世紀ドイツの叙情詩人メーリケが、五十一歳で書いた、モーツァルトを主人公にした小説。プラーク(プラハ)に出向く、旅の日のモーツァルト。「ドン・ジョヴァンニ」の音楽の数々。「メーリケの小説は、……独自の仕方でモーツァルト像を浄化した。と確信した」(解説より)。小説の最後で、小説家自身とモーツァルト自身について、しばらく考えさせられる(そして、溜息がひとつ出る)。リリー・クラウスとか、クララ・ハスキルとか、とかそういう人のピアノが合うのかなあ、「交響曲プラハ」には誰の指揮がいいのかな……。
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