水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)

制作 : 手塚 富雄  藤村 宏 
  • 岩波書店
4.12
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本棚登録 : 183
レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003242230

作品紹介・あらすじ

精緻な自然描写で知られるオーストリアの作家シュティフターの短篇集『石さまざま』より4篇を精選。

感想・レビュー・書評

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  • 19世紀オーストリアの作家・風景画家シュティフター(1805-1868)の短編集。1853年出版の『石さまざま』より。

    「水晶」

    静かにそして厳然とそこに存する雪山のデモーニッシュな存在感と、圧倒的な自然の力の中で健気に手を取り合う幼い兄妹の"人間的"な姿と、その対照が印象的な短編。自然の非人間的な威力の中で、かの兄妹のように"人間"は進むべき「方向」を喪失してしまう。しかし、そのような情況下にあってなお二人の少年少女が"人間的"に映るのは、兄コンラートが決して失うことのなかった自らの置かれた情況に対する冷静な科学的判断力と妹ザンナを守り導こうとする優しいたくましさ、則ち"男性的"な節制と克己心ゆえだろう。ここに、シュティフターが抱く理想的な"人間"像を、ひいては「"人間"の理想は、当然、"男性"が担うものだ」という無意識の前提としてのジェンダー規範を、読み取ってしまった。このような市民的節制を備えた"人間"という理想型は、トーマス・マンやルカーチなどドイツ教養人の間でかなり広く共有されていた観念であるようだが、その背後には今日的に云うところのジェンダーバイアスが隠れていたということを、本作品を通して認識した。そうした理想型は現代日本に於ける一般通念の中にも生きている。

    "「なんでもないよ、ザンナ」と少年は言った。「こわがっちゃいけないよ、ぼくについておいで。どんなことがあっても家へつれてってあげるから。――雪さえやめばなあ!」・・・。兄は、白くて明るくて、たえずちらちらとしている不透明な空間のなかを、妹をみちびいて歩んだ。"

    画家でもあったシュティフターの自然描写(雪、岩、氷河・・・)には迫力があり、厳しい雪山の威容がありありと現前する。また冒頭に描かれる山中の村に住む人々の生活、特にクリスマスの描写には、静かで素朴な美しさを感じる。

    「石灰石」

    小さな存在の小さくとも誠実な善意がほんの一部であれ世界を少しずつ救っていく、それこそが何にもまして偉大であり崇高なことなのだ、というシュティフターの信念がよく表れている。

    牧師が父から課せられた修行時代の話が興味深い。そこでは、現実に根を下ろした質実な職人・実業家が、悪の存在を認識したうえでそれに惑わされぬ克己心と節制を備えた者が、理想的な"市民"像として描かれている。

    "この世に生きていく以上は、人はこの世を知らなければならない。そこでおこなわれるよいことも悪いことも知らねばならない。しかし、悪いことにはそまらず、それによって自分を強くしていかねばならない。"

    一方で、牧師自身は世事に疎い人物であった。しかし、そうした彼の純朴な善意が最終的には社会の中で力を得て現実的な形として実を結んでいく、という結末にシュティフターの優しい理想主義を感じた。

  • ありのまま、美しさは委ねられる。
    自然に対する敬意と、人間に対するそれは一様でなければ。

  • 文学

  • 表題作の「水晶」に激しく心揺さぶられてしまった。
    こんな小説は、初めて。

    近代小説にありがちな緩急に乏しい冗長な語りなので、前半は、何度も話の筋を見失い、あれ?なんの話してるんだっけ?と少し戻って読み直す、ということを繰り返していました。
    だけど、突然、ものすごい力によって、がし!と心を掴まれ、その後はすっかり物語に翻弄されてしまいました。とにかく登場人物たち(特に子どもたち)の運命がどこに向かっているのか心配で心配で、私ときたら、まるで彼らの保護者かと言いたくなるくらいに完全に気が動転し、途中、息が苦しくなるほど。終盤で父親が言葉を詰まらせる姿は自分かと思った。
    しかも主要人物たちだけじゃなくて、村人AとかBにまで感情移入してました。
    いったいどういう仕掛けなのかしら。ビックリです。読み終わってみると、それほど衝撃的な事件が起こったわけでもないし、特別ドラマチックな描き方をしているとかいうわけでもないのですが。

    あんまり驚いたので、何が他の小説と違うんだろうとつくづく考え込んでしまった。
    きっと、序文で作者が言っている「偉大なものと小さなものとについてのわたしの見解」が見事な形で語られていたからでしょうかね。
    淡々として抑制された文章でいながら、眼前に風景が広がるような絵画的な描写。その端々に、大いなるものの力に見守られつつ日々を懸命に生きている人々への、作者の深い愛と敬意を感じます。

    あとの3編もぜんぶ心にじんわりきて良かったけれど、「水晶」ほどのインパクトはなかったな。

    読みながら、自分の故郷がしきりに思い出されました。
    私が18になるまで住んでいた小さな小さな町。
    子どもの頃は全然好きじゃなかったし、特別に美しいところというわけでもないし、この作品に描かれているヨーロッパの小村とは、周囲を山に囲まれた不便な町ということくらいしか共通点はないです。日本中のあちこちにみられる、ごく普通の過疎の町。
    でも、この本を読んでいると、今まで思い出すことすらなかった山歩きの感触とか、常におじいさんやおばあさんたちが身近にいる感じとか、広い空や空気や地面が季節ごと時間ごとに変化しつつ、それでいて全然変わらない様子とか、そういうものが突然思い出されて、何か大切なものを失ったような、なんとも言えない気持ちになりました。
    そういうものによって自分が作られた、ということを急にハッと思い出したという感じかなぁ。
    あるいは、自分の中にそんなものが今もしっかり残っていることに、突然気付かされて驚いたのかも。
    この本には、読んでいる者の中にある自然とのかかわりについて、たとえそれが残滓みたいなものだとしても、呼び起こす力があるように思います。著者の自然に対する愛が物語中にあふれているからだと思いますが。

    日本語訳はイマイチだと私は思った。
    っていうか、もともと6編あるうちの2編を勝手に削っておきながら、その2編のあらすじを全部オチまでぶちまけている訳者に、けっこう腹が立ちました。
    なんという暴挙。
    岩波文庫、こういうの多くない?

  • 手塚富雄+藤村宏訳の岩波文庫だす。
    「水晶」「みかげ石」「石灰石」「石乳」の4編に
    『石さまざま』の序が”巻末”についている。なぜ後ろに・・・?
    この序が当時はなかなかに物議を醸したものらしい。
    収録外では「電気石」が面白いと聞いておるが。

    ま、それはおいといて。「石灰石」がダントツにツボだったんだな。
    円地文子の「黒い紫陽花」のときにも思ったんですが、
    短編との邂逅って、本当に手探りです^^;

    測量士(←この職業がまたツボ)が訪れた土地の牧師との交流の話。
    嵐の夜に牧師館に泊めてもらう。
    用意された小部屋から玄関の長椅子で休む牧師に気付き、
    それはいけないと抗議すると、寝床を譲ったわけではない、自分はいつもこうやって休むのだ、と。

    またこの牧師、清貧を旨としてるのに袖口から覗く下着が上等で、いつも隠そうとしてるんだな。
    嵐の夜も、拵えた寝床の敷布の見事さに測量士が目を見張ると、顔を赤らめて恥じるさまを見せたりする。
    このリネン類へのフェティッシュな執着が、
    昔日の思いと共に後日明らかに。

    さらに彼の清貧さには目的があって・・・ってこっちが本筋です。
    米百俵だな。
    この本筋も用意されたラストだけど泣ける〜

    かように一粒で3度おいしい「石灰石」であった。

  • ◆きっかけ
    ブクログ 2016/8/17

  • 静かな文体が印象的。いずれもハッピーエンドで終わっており、読後感もすっきりしている。作者の思いは、序に記されているが、それが示すように、静かだが気高い人びとの行動、その偉大さが表れている。
    (2016.4)

  • 自分の中では飛び抜けて面白い小説ではありません。面白い訳でもなく、深く考えさせる訳でもなく、ただ、これほど「ささやかなもの」で心を動かされるとは思いませんでした。

  • 自然の美しさや雄大さと敬虔な人々の慎ましやかな営みがなんとも美しい。
    ありふれた小さなものこそ本当に偉大なものである。なぜならそれらこそが私たちの世界を支えるものであるからだ、という著者の美学が表れており、ゆっくり噛み締めながら読むような小説。

  • 日本人にはないとされる、心に深く息づく信仰が物語で語られている。特に自然の語り方が目に浮かぶように丁寧で繊細である。シュティフターさんが風景画家だったことが頷ける。

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