みずうみ 他四篇 (岩波文庫)

著者 :
制作 : 関 泰祐 
  • 岩波書店
3.67
  • (27)
  • (46)
  • (57)
  • (8)
  • (0)
本棚登録 : 414
レビュー : 55
  • Amazon.co.jp ・本 (142ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003242414

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • Immensee(1849年、独)。
    ドイツの作家テオドール・シュトルム(1817-88)の代表作。シュトルムの本業は法律家で、弁護士や判事として長期にわたって活躍し、一時は知事も務めた。その一方、作家としても早くから頭角をあらわし、30歳のころにはすでに抒情詩人として名を知られていた。表題作『みずうみ』は彼にとって三作目の小説であり、シュトルムの文名を一躍高めた出世作である。

    ある老学者の回想という形で物語ははじまる。10歳の少年ラインハルトと、幼なじみの少女エリーザベトは、たがいに淡い恋心を抱いていた。成長して若者となったラインハルトが、高等教育を受けるために都会へ行き、故郷のエリーザベトと離れたあとも、ふたりの思いは変わらないかにみえた。ところがある日、ラインハルトのもとへ故郷の母から手紙が届く。それは、エリーザベトとラインハルトの旧友エーリッヒが婚約したことを知らせる手紙だった…。

    修羅場必至の不穏な展開かと思いきや、『みずうみ』では驚くほど何も起きない。破滅的な悲劇がないかわりに、奇跡の逆転劇もない。その後、ラインハルトは人妻になったエリーザベトと再会するが、ふたりは互いをなじることも、横入りした友人を恨むこともせず、たがいの思いが実を結ばずに過ぎ去ってゆくのを、ただ静かに見送る。

    作者の関心は人間関係よりも、それが生まれるもとになった風物の方に注がれているようにもみえる。生い茂る森、イチゴ摘み、エーリカの花、紺碧の湖、舞い上がる雲雀(ひばり)、夜鶯(ナイチンゲール)のさえずり、等々…。北ドイツにある作者の故郷がモデルといわれる自然の描写は、登場人物の心理状態に関係なく、あくまで清く美しい。むしろ、自然が人間を律しているかのように、結ばれ損なった若いふたりは徹頭徹尾プラトニックで、それがかえって初恋の切なさと儚さを際立たせている。

    「僕は以前この花と親しかったことがあるんだ。――もう遠い昔のことだがね」

    過去と現在の媒介をつとめる、夜の湖上の白い睡蓮が印象的だ。随所に挿入された、明治の近代詩を思わせる訳詩の妙も、あわせて楽しみたい。

  • 「みずうみ」
    美しく静謐な自然にあふれた情景の中で実らなかった幼馴染の恋に、いつの間にかきゅっと胸の奥を掴まれていた。
    追憶の中の少女を追いかける老人。
    彼女は本当は、あのそっと手に手を置いた瞬間、思うところがあったのではないか。
    許されないからこそ潔癖に身を引きあった若者たちの姿がいじらしい。

    「マルテと彼女の時計」
     姉妹が嫁に行き、両親は先立ち、彼女だけが家に残った。まるで過去に取り残されたかのように家の中に閉じこもる彼女の時の流れは、亡父が買ってきた置時計の気まぐれさが象徴している。

    「広間にて」
     「みずうみ」の純粋な若い愛の形も好きだったが、今まさに人生を終えようとする老女の若き日の暖かな夫への情愛が綴られ、その心を受け止める孫夫婦たち家族の姿も、しっとりと、しかしながら胸に迫る愛を感じた。
     この作者と訳者は春夏の庭の描写が特にも本当に美しい。目の前に情景が浮かび上がるだけではなく、日差し降り注ぐ柔らかな情景を静止画ではなく動画で見せてくれる。元の描写もたいそう美しかったのだろうが、訳されたものも本当に美しい日本語。これを感じられることがうれしい。

    「林檎の熟するとき」
     今風に言って日本語的にこの作品を台無しにしてしまいそうだが、つまるところこの話は「リア充爆発しろ」という話(笑)
     柔らかく懇切丁寧に愛情を持って綴られてはいるけれど、隣の家の庭に林檎を盗みに来た少年が、たまたま夜中の逢引の場に居合わせてしまい、金で追い払われようともわざと「林檎泥棒!」と叫んで密会現場をさらすという、なんとも機知の富んだ、くすっと笑ってしまう話。
     序盤の窓から月明かりに時計の文字盤をかざして時を待ちわびる少女の描写が秀逸。月明かりと夜闇、白いカーテンと白いネッカチーフ。この静寂を象徴するかのような色の取り合わせの描写がまた美しい。

    「遅咲きの薔薇」
     齢四十にして、初めて妻に恋情を覚えた男の切ない話。
     顔形から入るのではなく、彼はまず若き日の彼女の心に惚れ、彼女の顔形の美が時に浸食されはじめて初めて、彼女の持つ外面的な美をも追い求めはじめる。
     妻の少女時代の肖像画が二度と戻らない時の象徴であるように、手に入らないからこそ、忍びながらも悔しさがにじむ。
     これもまた庭や自然情景の美しさが秀逸。
     しかしながら、この本に収録された全編を通して、書き手の、ひいては主人公たちの身の回りの人々への情愛が、穏やかにしかし力強く受け継がれているのを強く感じ、読むだけで情景描写の美しさに心を現れ、強い愛に心を救われる思いがした。
     昭和27年に改訳とのこと。
     なんて美しい日本語。なんて整った日本語。
     もっとも日本語の味わい深い時代は過去に過ぎ去ってしまったのかもしれない。
     そしておそらく、これを書いた時の作者の年齢と近いことが共感を呼ぶのかもしれない。
     時代が変わっても、年代ごとに感じる思いはある程度同じラインをたどるのかもしれない。

  • 「美しき誘い」が今月岩波文庫で重版されるのを知って再読。この短編集では、やはり「みずうみ」が秀逸。あとがきでも触れられているが、抒情性が豊かで、全体に漂う雰囲気がとても詩的なところがよいのだろう。加えて、自然描写の細やかさと、木々や風に人物の心情を託して、内面を多く語りすぎないところにも惹かれているんだなあ、と今回気がついた。別離のシーンは読むたびにグッとくるし、ああやっぱり好きだ。

    昔読んだ本に「アンゲーリカ」も載っていて、こちらも好きな話だったのだが、この本には載っていないので、今度探してみよう。

  • ラインハルトくん・・そこはもう少し頑張ろうよって思う隙もなく話が終わってしまったのですが、恋愛事情が大体こんなものだと思うと私は落ち込んでしまうのでした・・。

    文体が非常に綺麗で読みやすい。お話も全て綺麗めなので、心が静かに洗われる気がする。

  • なんかきれいなものに触れてしまった... 若いまたは若過ぎる娘さんのうつくしさの話にはかなりの率で「へっ」とうすわらいしてしまうわたくしですが、ラインハルトの恋ったら、せつないわー。ぎこちなさがとれる頃にはもうアクション取っても遅いんだよね。そういうもんだよー。

    どこがきれいだったかって、屋外の光景と女性の描かれ方。この相乗効果はけっこうあって、かなりうっとりできる。女の子のほおの産毛に光があたってきらきらする様子が目に浮かぶようだった。

    しかしシュトルムのマーケティングの勝利?って思わなくもない。たいていのひとは、「タイミングさえ合えば上手くいったはず」と言いわけしたい片思いの思い出があるだろう。そのひとたちはみんなライハルトに感情移入しちゃうものね。

    表題作以外では、お祖母さんがお祖父さんとの思い出を語る「広間にて」がよかった。亡き夫がどんなにイケメンだったか語るって、お祖母さんの特権ですね。

  • 心があたたかくなるような物語ばかりでした。
    原文からどのように訳されているのかわかりませんが、話が進んでいくリズムが素晴らしい。
    どのお話も、無駄な言葉が一切無い完璧な形で完成しています。
    「読者の想像に委ねる」ところも少なく、すんなりと話を吸収できました。
     
    五篇のうちでは「広間にて」が一番好きです。
    正直、話が上手く行き過ぎている物語感が強い気がしますが、これはおとぎ話の様にその様式美を楽しむものであると思います。
     
    解説によるとこの文庫は初期作品だそうですので、そのほかの作品も読んでみようと思います。

  • こんなに美しい小説を私は他に知りません。

    もっと美しい、きれいな小説って他に沢山あるのかもしれませんが、
    私はシュトルムのみずうみが1番きれいな小説だと思います。

  • 美しい風景画のような作品。
    静謐、という言葉がよく似合う。

    透明な空気に肌が触れ
    深い深い森に、静かに佇み
    遠く、視線のその先に…そっと湖に咲く、白い睡蓮。

    とても静かなで穏やかな時間の流れが、心地よい作品。
    個人的には表題作「みずうみ」が1番好きでした。

  • 文章がきれいだ。森の中で香る清廉な空気みたい。表題である「みずうみ」はそのきれいさも相まって切なかった。

  • 新書文庫

全55件中 1 - 10件を表示

シュトルムの作品

みずうみ 他四篇 (岩波文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする