ロダン (岩波文庫)

著者 : リルケ
制作 : 高安 国世 
  • 岩波書店 (2002年9月18日発売)
3.17
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  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003243244

ロダン (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • (2006.05.18読了)(2004.09.04購入)
    リルケは何処の人か知りませんでした。調べてみるとプラハの生まれとありますので、チェコの人?と思いますが、父はオーストリアの軍人とあるので、オーストリアの人?でもドイツの詩人と書いてあるのもありますので、よくわかりません。
    生まれ育った言語は、ドイツ語で、著作もドイツ語で書いたのだと思います。そういう意味ではドイツ文学ということなのでしょう。
    ロダンと会ったときは、まだフランス語がマスターできていなかったようです。
    国立西洋美術館の「ロダンとカリエール」展を見てきたので、手元に積んであった「ロダン」を読んでみました。「ロダンの言葉抄」もあるのですが分厚いので安易に薄いほうから始めました。
    文章が非常に文学的なので、残念ながらほとんど理解できませんでした。「訳者後記」がよくまとめられているので、助かります。
    ロダンの作品の写真が8枚挟み込まれています。これも非常にありがたいことです。製本の方は大変だったと思います。
    オーギュスト・ロダン(1840-1917)
    第一部と第二部から構成されています。第一部は、1903年の出版ですからロダンがまだ健在の時の作品です。第二部(講演)は、1907年ですので、同様です。

    ●鼻のつぶれた男(23頁)
    「鼻のつぶれた男」は1864年の「サロン」に送って、つき返された。
    もう年取り始めている醜い男の首、そのつぶれた鼻が惨めな顔をいっそう惨めにしているこの首の制作をロダンに思いつかせたものが何であるかを、人は感じることができる。それはこの相好の中に集中されている生命の充満であった。
    ●デッサン(48頁)
    ロダンはモデルから目を離さず、紙の方は彼の熟練した素早い手に任せたまま、これまでかつて見られたことがなく、常に見過ごされてきた無数の姿態を素描した。その結果、そこから奔出する表現の力は途方もないものとなった。
    ●カレーの市民(59頁)
    英王エドワード三世の軍によって包囲され、飢餓の恐怖におののいているカレーの町を、王は容赦しようとはしなかった。が、その王もついに、もし「彼が思いのままにすることが出来るように」カレーの最も身分の高い市民6人が、自ら進んで身柄を彼に引き渡すならば、この町から手を引くということに同意したのであった。しかしながら、その6人の者らが頭には何もかぶらず、体にはただ下着だけをまとい、首には縄を巻き、町と城砦との鍵を手にするという条件をつけた。
    ●霊感(101頁)
    「霊感―、霊感というものはありません。仕事があるだけです」と言うとき、ひとは突然に悟ります。この制作者にあっては、霊感が持続的になってしまっていて、途切れることがないために、霊感の来るのをもう感じなくなっているのだということを。
    ●青銅時代(104頁)
    彼本来の独立の生活は、世間に向かっては大体1877年に始まると言えましょう。それは当時陳列された立像「青銅時代」が、人体をそのまま鋳型に取ったものだと、世人が彼を告発することから始まるのです。

    詩人 リルケ
    ライナー・マリア・リルケ
    1875年 プラハ生まれ
    父はオーストリアの軍人だった
    リンツの商業学校に学びながら詩作を始める
    二度のロシア旅行の体験を通じて文筆生活を決意
    1902年、27歳の青年詩人リルケは、パリに62歳の巨匠ロダンを訪ねる
    一時ロダンの秘書も務める
    1926年 死去

    内容紹介(amazon)
    一九○二年リルケは,私淑する彫刻家ロダンに会うためにパリに赴く.ロダンのもとで彼の生活,作品の生成過程をつぶさに観察するという体験がこの稀有な評伝を生んだ.ロダンの作品が未来の芸術のあるべき姿を指向しているという芸術論は,詩人としてのリルケ自身の問題をも内包している.ロダン作品の写真八点を収録.

  • その時に、惹きつけられることに、惹きつけられること。【貯金】や<前借>をしようとしない。生命がある日常を送る、それだけが指標。

    以下引用

    彼の内部にある一種の落ち着きが彼に懸命な道を教えた。ここにすでにロダンの、自然との深い一致があらわれているわけだが、

    ロダンもやはり始めから樹を作ろうとするほど思いあがってはいなかった。彼はいわば地の下で、胚子から始めたのである。

    時を、さらにまた時を要した。【けっしていそいではなりません】とロダンは、彼の周囲にいた少数の友人たちが彼を急き立てるときに言っていた

    くる年もくる年も、ロダンは生命の道を、みずからを初心者と感じるまなぶ者、つつましい者としてあゆんで行った。彼のこころみを知るものはなかった。彼にはしたしい者はなく、友人もほとんどいなかった

    孤独な労作の幾年ののちに、彼は一つの作品をたずさえてあらわれようとこころみた。それは世間へのひとつの問いであった。世間の答は否定的であった。そこでロダンはもう一度、十三年のあいだ閉じこもることになった。それは、彼が相変わらず無名の彫刻家として、営々として働き、思索し、こころみながら、彼に関心をもとうとしないその時代からは何の影響をもうけることなしに、自分の方法の完全な支配者としての巨匠へと成熟を遂げた年月であった

    彼の成長自体が、こういう乱されることのない静かさの中でおこなわれていたということが、後ねん、世間の人々が彼に関して論争し、彼の作品に反対をとなえたときに、彼にあのように強いゆるぎない態度をとらせたのだろう。もう自分自身に対して、何等の疑惑も持たなった。

    もう公衆の呼びかけや判断によって、彼の運命は左右されるものではなかった

    彼が生成しつつあった時代には、他人の声は何一つ彼のもとへひびいてはこなかった、彼を迷わしたかもしれない賞賛の一つも、彼を混乱におとしいれたかもしれない避難の一つも、響いてはこなった

    彼の作品は成長しきってから世に出たために、あのように何物にも打ち負かされなかったのである

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