マリー・アントワネット〈下〉 (岩波文庫 赤 437-2)

制作 : Stefan Zweig  高橋 禎二  秋山 英夫 
  • 岩波書店 (1980年7月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003243725

マリー・アントワネット〈下〉 (岩波文庫 赤 437-2)の感想・レビュー・書評

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  • 新書文庫

  • 文章が昔っぽいというか堅いというか…読んでいて難しく感じた。けれど、この時代の背景や人物が頭の中でしっかりイメージできるようになるほど、細部まで詳しく丁寧に書かれている。
    たくさん出版されているアントワネット本の中で、1番最初に読んだ本。これだけ詰まった内容を最初に知識として持てた事に感謝です!
    濃い作品。

  • ウィーン出身のユダヤ系作家シュテファン・ツヴァイク(1881-1942)は小説や戯曲など様々な分野で才筆をふるってきたが、とりわけ評伝作家として著名であり、本書はその代表作であると云っていい。1932年の作。評伝作品としては、この他に『ジョセフ・フーシェ』『三人の巨匠(バルザック・ディケンズ・ドストエフスキー)』『デーモンとの闘争(ヘルダーリン・クライスト・ニーチェ)』などがある。青年時代、世紀末ウィーンのデカダンな思潮の中で芸術を志す。第一次大戦の体験の中で、ロマン・ロランらとの親交の影響もあり、政治的には、反戦平和主義・エラスムス以降のヨーロッパ的良識に立脚する。ドイツでナチスが政権の座に就いたことを契機に英国へ亡命、その後は米国を経て、ブラジルへ。ヨーロッパやアジアで荒れ狂う全体主義の狂気にヨーロッパ的文化の明日への深いペシミズムを抱き絶望、自殺。



    マリー・アントワネット(1755-1793.10.16)と云えば、現代に於いてさえも一般には揶揄冷笑と誹謗中傷に塗れた虚像ばかりが独り歩きし、その実像は必ずしも知られていない。本書執筆当時に入手可能であった信頼に足る資料と作家の人間的想像力からなる本作品は、この最後のフランス王妃をそうした虚像から、魂をもった人間マリー・アントワネットとして解放した。同時に、大革命前後のフランス社会(宮廷・貴族・民衆・更には周囲の列強等々)の情況が、飽くまでアントワネットの視点からではあるが、活写されておりその点でも興味深い。

    本作品は「一平凡人の面影」という副題をもつ。驕慢で自己の欲望にのみ忠実で自由奔放に享楽に打ち興じる、そんな凡庸無為な一女性が、それ自体デモーニッシュな【歴史】という巨大な力動によってフランス革命という世界史の大舞台へと押し上げられたときに起こる劇的な運命が、ここに描かれている。

    「・・・歴史というこの偉大な造物主は、感動的な芝居を打つのに、別に主役として英雄的生活を必要としない。悲劇的緊張は、ずばぬけた人物から生ずるばかりでなく、またいつでも人間がその運命と不釣合いであることによって生じる。・・・。[英雄的でも天才的でも魔神的でもない、中庸な人物は]苦悩を求めるのではなく、苦悩がおしつけられる。彼らはその本来の尺度以上に偉大たるべく、内からではなくて、外から強制せられる。このような非英雄のこの苦悩、中庸の人物のこの苦悩には、はっきりした意味がないからといって、真の英雄の激情的苦悩より軽く見るつもりは、私にはさらさらない。むしろいっそう感動的だとみなしたい。というのはこれら平凡人は、その苦悩をただひとり耐え忍ばねばならず、芸術家のように、その苦しみを作品に、不滅の形態にかえる至福の救いを持たないからである」

    自らを省みることもなく、そうすることの意味を意識的に考えてみることすらなく人生を享楽していた、そんな頃のマリー・アントワネットに向けて、その母にしてハプスブルク帝国の女帝たるマリア・テレジアは手紙でこう嘆息している「いつになったらおんみは、おんみ自身になるのでしょう」。娘は母の死後、革命が日々彼女を破滅へと引き連れていくさなかに、或る手紙の中で恰も嘗ての母の言葉に応じるかのようにこう書いている「不幸の中にあってはじめて、自分の何者たるかが本当に分かります」。

    こうして凡庸なだけであった一女性は【歴史】によって引き抜かれ苦境の中に放り出されることで、彼女の内面に劇的な変化が生じていく。

    「・・・自分から自己をとくと見きわめつくそうという要求を感じないということ、運命が問わないかぎり、自分自身を俎上に乗せようといった好奇心を抱かないことが、中庸の人物の幸運、あるいは不運である・・・。・・・。およそ中庸の人物は、自分の本領をあますところなく発揮するためには、まず自分自身から叩きだされる必要があり、おそらくはまたこうして初めて自分自身が予感し、知悉していた以上のものになりうるのである。そのためには運命は不幸以外の鞭を知らない」

    マリー・アントワネットは自覚するに到る、自身が世界史的存在であることを、その歴史の大舞台にあって自分はフランス王妃として後世のあらゆる眼差しに堪え得る偉大さを体現する使命を負っていることを。こうして彼女は内的偉大さを獲得し、それを身に帯びて決然と断頭台へ歩んでいく。

    評伝文学の一大傑作。



    然し、本作品に於けるツヴァイクの叙述に、人間存在というものを【歴史】という複雑怪奇な歯車の中に埋め込んで解釈・物語化する暴力性が嗅ぎ取れて、違和感を禁じ得ない。ツヴァイク自身が、マリー・アントワネットを神格化することも革命の敵として貶めることもともに【歴史】に対する誠実さを損なう態度として避け、人間としての彼女を描くと宣言していながら、なお彼の筆の其処此処に感じられてしまう違和感。実存にとって【歴史】とは何か、【歴史】を語るとは如何なる意味を持つのか。実存は【歴史】に於いて如何なる位置を占め得るのか、そもそも位置を占めることが可能であるのか、位置を占めることに意味があるのか。この点が、判然としないのである。自分のなかで【歴史】というものが如何なる位置を占めるのか、占めるべきなのか、判然としていないのである。これが、小説でも歴史書でもない評伝文学に対する違和感の原因であろう。

  • フランス革命が起こり、マリー・アントワネットは囚われの身となり幽閉される。そして地位も名誉も家族も失い自分というものを発見する。「不幸の中にあって初めて、自分の何者たるかが分かります」と。牢獄コンシュルジェリーから断頭台までの間を読んでいて既に気づいている。この女性は決して平凡な人物でないことを。厳しい試練が高貴な女性へと目覚めさせたのでしょうか。裁判へは毅然とした態度で臨み勝利をおさめ、そして断頭台へ向かう直前まで王家としての誇りを失うことなくこの世を去った。まさに天国と地獄を味わった生涯でした。

  • 革命勃発から幽閉生活、そして断頭台までの後半生を描いた下巻。

    周囲の環境の変化は否応なくマリー・アントワネットに変化をもたらします。上巻にいたあのお気楽な女の子ではありません。

    しかし「平凡人」がこれだけ過酷な状況に置かれ続けると、やはり体はボロボロになり「老婆のように」なってしまう。

    ここでも夫の優柔不断は影を落とす。何回か失態を挽回できるチャンスがあったものの何の決断もできないがために自体は悪化するばかり・・・

    マリー・アントワネットの伝記であるにもかかわらず、何か政治家に向かない人間が政治的な立場についてしまうとどのようなことになるか、という教訓話にも見えてきてしまいます。

  • 同書「上巻」に同じ。これを読んで彼女のことを想うと、ナポレオンの妃も霞むような気がします、これは私の極私的感懐です。

  • 時は来たり。
    フランス王家の絶頂に革命の気運が影を落とし始める。
    時勢の流れとともに王妃としての自覚にようやく目覚めていくアントワネットに、運命は残酷である。
    さあ、結末がわかっているストーリー、しかしページを繰る手は休まらないことを保証しよう。

  • I will read this soon...

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