変身・断食芸人 (岩波文庫)

著者 :
制作 : Kafka  山下 肇  山下 萬里 
  • 岩波書店
3.56
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  • (105)
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本棚登録 : 855
レビュー : 104
  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003243817

作品紹介・あらすじ

ある朝目ざめると青年ザムザは自分が1匹のばかでかい毒虫に変っていることに気づいた。以下、虫けらに変身したザムザの生活過程がきわめて即物的に描かれる。カフカ(1883‐1924)は異様な設定をもつこの物語で、自己疎外に苦しむ現代の人間の孤独な姿を形象化したといえよう。20世紀の実存主義文学の先がけとなった作品である。

感想・レビュー・書評

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  • 変身:Die Verwandlung(1915年、独)。
    百年も前に書かれた小説なのに、21世紀にも違和感なく通用する、どうしようもない閉塞感。毒虫に変身してから家族に散々な仕打ちを受けるグレゴールの心情にも、長男がいきなり理解不能の存在になってしまった悲劇に混乱する家族の心情にも、「あー、わかる」と思うことしきりだった。

    いろんな解釈の成り立つ寓話だと思う。私が連想したのは、家族を支えるためにブラック企業で激務に耐えてきた若者が、燃え尽きてひきこもりになったとか、労災で要介護状態になったとかいうシチュエーションだった。最初はそれなりに献身的に彼の世話をしていた家族が、次第に生活に疲れ果てて、「これ以上、<これ> のせいで人生を滅茶苦茶にされるのはイヤ!」という結論に達する過程も、実にリアルだ。実際、家族介護に疲れて肉親を手にかけるに至る心理的過程は、こんな感じなのかもしれない。

    世話を放棄されたグレゴールが、抗議するでもなく、誰を恨むでもなく、ただ自分はいなくなった方がいいと確信して、誰にも看取られることなく衰弱死する結末にも、現代人に通じる底知れぬ孤独を感じた。一方、家族の死を悼む以上に「やっと解放された」という安堵を覚えるのも、介護に疲れきった人々の本音だろう。そんなシビアな物語を、時に喜劇的エピソードを交えながら、全体としては悲劇的終末に向かって描写してゆくドライな筆致に感銘を受けた。

    物語のラストでは、グレゴールの家族は新生活に向けての希望を抱いて終わる。しかし、家族や会社のために粉骨砕身したはずのグレゴールは、ダストシュートに放り込まれておしまい。現代の企業戦士に通じる悲哀を代弁しているようで、やりきれない気持ちになった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      忘れてた、今日からEテレの「100分 de 名著 」は、カフカの変身だった、、、
      「現代の企業戦士に通じる悲哀を」
      第二次大戦前の、息苦しさ...
      忘れてた、今日からEテレの「100分 de 名著 」は、カフカの変身だった、、、
      「現代の企業戦士に通じる悲哀を」
      第二次大戦前の、息苦しさと同じような重苦しさを若い人は感じているのかも知れません。大人が何とかしなきゃダメなんでしょうけど、自分のコトで手が一杯。。。がんばろ!
      2012/05/02
    • 佐藤史緒さん
      「100分 de 名著」なんて番組あるんですね。知らなかったです。
      凄く見たいけど、ちびっ子がいるから見れない…残念。
      そうですねぇ、若...
      「100分 de 名著」なんて番組あるんですね。知らなかったです。
      凄く見たいけど、ちびっ子がいるから見れない…残念。
      そうですねぇ、若者につけをまわすんじゃなくて、中堅以上の大人が何とかしなきゃダメなんでしょうが、私も自分のコトで手一杯です。でも一人ひとりが自分のことをきちっとやっていれば、全体としてはそんなに破滅的なことにはならないはず。…と信じて、自分の役割を粛々と遂行するよう私もがんばります!
      2012/05/03
  • カフカの代表作『変身』と、短編『断食芸人』が収録されている。

    『変身』は、言うまでもなく、多くの人に読まれている作品だ。それは、世の中に出回っている訳書の多さからもうなづける。私の場合、初読は、新潮文庫版の高橋義孝訳のものだった。それと比べると、一文一文が長すぎて、読みにくいように思われた。これは、原文に忠実に訳したためだそうである。じっさい訳語自体は、現代的でとても精錬されている。一気に読みきるタイプの方には、こちらの方がオススメかもしれない。

    『断食芸人』は、その名のとおり、断食を生業とする芸人の話だ。断食をするだけの簡単なお仕事です、と言うわけにはいかないようだ。

    カフカの作品は不条理だといわれる。同時に、現代的であるともいわれる。くだけた表現にするならば、不気味で、つるつるした感じ、といったところだろうか。『変身』や『断食芸人』では、登場人物たちの会話や考え方が噛み合っていない。すこしづつズレている。ディスコミュニケーションである。現実は、「話せばわかる」ものではないのだ。こういった、つるつる感が、えも言われぬ後味の悪さをかもし出している。

  • 長い一文によって、過剰なまでに克明に、細部も漏らさず綴られる言葉は秀逸だった。異常な状況が、どこまでも冷静に理知的に語られる。
    本人の意志とは無関係に、それまでの自分とは違うものに変わってしまったら……。グレゴールはそれまで一家の大黒柱として家族を支えてきたのに、そのおかげで家族は働かずに楽な生活ができていたのに、状況は変わり、結局グレゴールなど始めから存在していなかったかのように終幕する。グレゴールの人生とは一体何だったのか?
    本当の意味で人々が理解し合うことなど無いし、愛情というものも幻想にすぎない。グレゴールの人生に、その頑張りに、意味など無かったし、人間一人が突然いなくなっても、不都合など起こり得ない。たとえ誰かがいなくなっても、人は昨日と同じ今日を生きていくし、明日もまだ生きている。グレゴールのことなど忘れて。それが人間というものの本質なのだ。
    『断食芸人』においても、主人公は誰にも理解されないままに、この世を去る。そしてきっとこの先、誰も彼のことを思い出さないだろう。ある日彼は生まれ、この世界に馴染めないままに断食芸人として生き、そしてひっそりと死んでいった。ただそれだけのこと。人間とは、ただそれだけのことなのだ。

  • 初めて読んだ20代前半、作品のあらすじも知らずに読んで驚くや気味が悪いやら。この本を2度読むことになるとは思わなかったあの日、頭の上には「???」。

    若いころはあの異様な雰囲気に包まれて、言葉ももっと重みのあるものと思って読んだが、誰の訳だったのだろう。こんなにPOPで今風な小説だなんて。

    今回はバカの壁読了後もあり「人は変わるんでしょ」と囁きが聞こえてくる。
    毒虫に変化した自分に感情を乱さないグレゴールはセールスマンである自分も虫になっている自分も同じ自分と疑いもないのか…。断食芸人と合わせ、カフカの真理が言葉にできないながら、そう、それそれ…と頭の中にある言葉を表出できないもどかしさ。

    この世は人と人とで成り立つもので、自分以外の誰かがあれは兄さんじゃないとか、興味を失われ見物人が誰もいなくなったとき、主人公たちの存在はないものと同然になる、この世の冷酷。

    どちらの主人公もこの世を去る時に怯えがなく、諦めも私には感じられず、涙もない静けさ。召されるってこういうことかな。

    あとがきに訳者の「セールスマン」「オレ」「支配人」は死語とあったが、そんなことはないと思った。
    若い読者のためには今風の訳が良いのかとも思うけど、古き良き名残を残してほしいと思った。

    • minikokoさん
      「変身」の思い出は、10代の終わりか20代の始め頃読んで、怖いです。と思い、その後、30代の終わりに、ふと、本屋で立ち読みした。これって、立...
      「変身」の思い出は、10代の終わりか20代の始め頃読んで、怖いです。と思い、その後、30代の終わりに、ふと、本屋で立ち読みした。これって、立ち読みして良い話題なのだろうか?と、自分の本に対する態度が不謹慎だろうか?と、怖くなった。
      2016/01/05
  • 実は自分が何の役にも立たず、愛されていると思っていた人たちに迷惑な存在になったとしたら。それは私も明日、そうなるかもしれなくて。グレゴール・ザムザとその家族の悲しい話。他人事では決してない。

  • そうか不浄理コメディなんだ。

  • 「カフカについて書かれたもので、未だかつて意味のあるものは存在しない」とアドルノが述べていたように思いますが、確かに彼のカフカについての書評を読めば、巷に溢れた「不条理」やら「実存」という言葉から説明されるものでは本質を取り損ねるというのはある。

    不条理や実存のような言葉でもって語るのではなく、カフカの細部を描く才能をもう少し吟味すべきだし、その細部はカフカの場合、多くは滑稽なことを機械的に繰り返すような人間像と、書類や文言の絶対性、そして果てしなく広がっているような室内空間となって表れてくるが、そういう途方も無さにこそ制度の持つ力があるし、それを真っ向から言葉というカフカの方法で対峙したからこういう作品が可能になる。
    だから大変含蓄があるのだ。

    そして、現代的な問題の一つとして捉えてみれば、介護する人間の苦労なんかもここに的確に表現されています。ただ、それに焦点を絞ってしまえばこの本の良さも半減されてしまうのだけど。

  •  朝、目覚めてみるとゴキブリみたいな虫になっていた、ザムザ家の長男グレゴールとその家族の物語『変身』と、「断食をする」ことを芸として見せる『断食芸人』の物語2編。
     今更ながら初めて読んだドイツ文学。『変身』は分厚い本かと思ったら、ものすごい短い物語で、気軽に読むことができる。『断食芸人』はさらに短く、トイレで全部読んでしまった。気軽に読み出すことはできるが、『変身』のところは、虫になったザムザがかわいそう、とか思ってしまい、読み進めると悲しくなってくる。特に、虫の姿になったグレゴールを見た母親が必死に後ずさりして逃げる場面の、p.35の「『母さん、母さん』とグレゴールは低い声で言いながら、母親の方を見上げた。」なんかはほんとにかわいそう、このままかわいそうな虐待話みたいなのが続いたらどうしよう、とか思った。そしたら、そういう展開にもならないところがこの物語の不思議なところで、さらに物語の最後に至ってはさわやかな気持ちにさえなってしまった。放送大学の『世界の名作を読む』という教科書で解説されていたが、この物語は、ザムザの変身ではなくて家族の変化の物語、我々の世界でもよくある物語(pp.122-3)というところで、ハッとさせられて、「名作」と言われる理由が少し分かる気がする。
     『断食芸人』は、「生きる」ための目標が「生きる」ことと反することをする(=断食をする)ことである、という矛盾を抱えている点が興味深い。断食芸人の最期の描写が、かえって、ものすごい「生き様」=「死に様」を描いているような感じもする。(11/01/18)

  • 人生の充実って言うものの大半はきっと自己満足が占めるとは思うんだけど、それにしたって他人から全く認められないんじゃちょっとさみしいよねってかんじのおはなしふたつ。

    人のために頑張り続けたにも関わらず感謝も憐れみも受けなかった人生と、真意とは別の勝手な好奇な目を向けられそしてついに理解されることの無かった人生。どちらもその最後が厳かで気高くて素敵でした。これに絵がついたら絵本かも知れない

  • 20世紀の実存主義文学の先駆けとなった作品らしい。
    実存主義…人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。あるいは本質存在 (essentia) に対する現実存在 (existentia) の優位を説く思想。普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を主張する思想である、とされる (「実存は本質に先立つ」) 。時間の流れの中で、今ここで現実に活動している現実存在としての「私」は、ロゴス的・必然的な永遠の本質を否定された自由な実存として、予め生の意味を与えられることなく、不条理な現実のうちに投げ出されたまま、いわば「自由の刑に処された」実存として、他者と入れ替わることの出来ない「私」の生を生き、「私」の死を死ぬことを免れることは出来ないのだ、とする。生を一旦このように捉えた上で、このような生を、絶望に陥ることなく、いかにして充実させていくかが、実存主義にとっての課題ともされる。

    読み始めたときはそもそも実存主義すら何?っていう状態だったから読んでてどの部分がそれに該当するのか全く分かんなかったけど、こうやって意味を調べていったら本書における該当部分をそれとなく把握できた。まさにグレゴール・ザムザの人生そのもの、そして毒虫になった彼と同居し続けていた精神的・肉体的に疲弊していたザムザ家が実存主義の核心部分なのではないか、と今のところは考えております。僕らは単純な世界に住んでいるわけじゃないからやっぱり絶望しながら喜びながら生きている。一個の個体の中に精神という中身が入っただけの生き物だからやっぱりもろいんじゃないかなって。他者と入れ替わることのできない「私」の生を生きる、この部分に「比較」という精神あるいは概念が深みというか混沌を与えているように思う。

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