- Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003245019
感想・レビュー・書評
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時代や国境を超えて読み継がれる小説は、こういうものなんだろうなあ。正直細かいところはよくわからないし、エンタメ性は限りなくゼロに近いから全然面白くないけれど、非常に好きな類の小説だった。1点1点を執拗につらつらと書き連ねる描写は、訳者の古井さんが多大な影響を受けているのが感じられた。普段「なんとなく」「理由もなく」で済まされてしまう感覚の揺らぎを、こうも容赦なくえぐり追い詰めて書きだして文学に昇華させる手腕というか試みというか、改めて文学の世界の広さに感服した。
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古井由吉さんがあとがきに書いたように、難解だった。比喩が多く場面場面が何処を捉えているか混乱しながらもストーリーは進みいつのまにか着地し、終焉を迎えていた。ただ余りあるほどに美しい描写や美しい文章に出会えたことは感謝したい。
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20世紀初頭の雰囲気に浸れる文学作品。形而上学的な問いに満ちていて、大変分かりにくい。しかし、行きつ戻りつ読むことそのものが目的になるような美しい文章は簡潔にして極上と言えましょう。
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濃い緑に覆われ外の光から切り離された部屋に愛し合う男女がふたり。ではなぜ読者は彼らが愛し合っているとわかるのか。そのように書かれているから?だとしたら、それを可能にできるのは時間と空間を流動でき、男と女の内面を均質なものと捉えられる超越者のみだ。物語の最後で女は夫以外の男との行為の最中で、小春日和の心地よさを思い出す。大勢のなかにいて、同時にただ一人のために存在することもまた可能であることを。そして子どもの時に神を思い、神は大きいのだと言うように自分の愛を感じるのだ。
女が注ぐ紅茶は静かなさざめきを立て、やがてトパーズのように静止する。窓からの光はレースのカーテンを黄金に凝固させる。そして時間は二人の空間を硬化させていく。妻にとって夫が夫でいる意味はないのではないのかという問いが空間を歪ませていくのだ。
ただそのぎこちなさすら二人にしか共有できない不協和なのである。幸福の重みに耐えかね、目と目でしっかりと捉え合いながらもお互いのことを何一つ語りあってはならぬと感じ合う不協和だ。だからこそ第三の認知的要素を加算し、先立つ不協和を埋める必要があった。
意味の一貫性を求める人間の性は時に現実の否定を伴う。この女もまた姦淫という罪を通して、夫との穏やかな日常を一度否定して意味を確かめたかったのであろう。 -
今年、最大の発見の一つ。ムージル。「これはいったいなんだろう?」と問い続け、部分が肥大化し、増殖していく位相。圧倒的に繊細な細部(心理)描写は、意味よりは語句に酔う。酔わせ、読み手をかき混ぜる創作の糧。ぜひ妻(のひとり)にしたい作品だ。
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え~、むかしエマニエル夫人とかいう映画があったけれど
あれとよく似ている。
夫との愛を深めるために、ほかの男に身を任せる女。
いわゆる姦通小説だ。
それにしても読み終えるのにこんなに忍耐の必要な本も
かなり珍しいと思う。
売れなかったはずだww
ただ、言い回しの妙や、美しい文章は
少女マンガの詩的な表現などにはどんぴしゃりだろうと思った。
これを訳した古井氏がエライね。 -
文章が、それを支えるはずに比喩によってどんどんとらえがたくなっていくスリル。そういうやり方でしか表現しようのないものなんだろうけど、ことばというのは「やったもん勝ち」なんだと、映像や音響と違ってこうだといえばこうなんだという開き直りが可能で、それが場合によってはすごく気持ちのいいことだと教えてくれる。
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2008年8月10日購入
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はじめは何いってんだこの女ってなったけど彼女に感情移入しはじめたら痛すぎて苦しくなった
他人との境界線を越えたい
どうして私たちはこんなに強く求めても誰かと「合一」することができないんだろう
「枯渇してしまわぬようにそれを抱きしめる、あげくには、いきなり途方にくれて沈黙してしまわぬようにただ歌う。彼女はそれを欲しなかった。なにやらためらいがちの、もの思わしげに語られる言葉が、目の前に浮かんだ。皆のように、沈黙を感じとらずにいるために叫ぶのはやめよう。歌うのもいけない。ただささやくだけ、静まりかえるだけ……そして虚無、そして空無……。」
「そのとき、彼女は自分の肉体があらゆる嫌悪にもかかわらず快楽に満たされてくるのを、身ぶるいとともに感じた。しかし同時に、彼女はいつか春の日に感じたことを思い出した心地がした。こうしてすべての人間たちのためにあって、それでいて、ひたすら一人のためのようにあることもできるのだと。そしてはるか遠くに、子供たちが神のことを思って、神さまは大きいんだと言うように、彼女は自分の愛の姿を思い浮かべた。」
底の深さに眩暈がする。
「お願いですから、出て行ってくださいな。気色が悪いわ。」