エセー 1 (岩波文庫 赤509-1)

  • 岩波書店 (1965年5月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784003250914

みんなの感想まとめ

人間の営みや存在について深く考察する本書は、エッセイの祖としての地位を確立しています。ギリシャ・ローマの文献を引用しつつ、時には軽妙なユーモアを交えながら、理性や道徳性、人間の限界について問いかけます...

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに味わうように読書ができる文章だった。

    とくに第20章「哲学をきわめることは死ぬことをまなぶこと」がいい!

    キケロは哲学をきわめるとは死の準備をすることに他ならないといった。 これはつまり研究や瞑想がある意味でわれわれの精神をわれわれの外に引き出し、肉体と離して働かせるからで、いわば死の練習、模倣のようなものだからである。
    あるいは世のあらゆる知恵と理論が結局はわれわれに死を少しも恐れないように教えるという一点に帰着するからである。

  • 人生や世界は常に変化する。人間が論理的に真偽や善悪を判断しても、普遍的な知識を得ることはできない(2-12)。私が猫と戯れているとき、ひょっとすると猫のほうが、私を相手に遊んでいるのではないだろうか(2-12)▼欠点は恥ではない。取り繕うことが恥なのだ。顔を化粧すれば十分であり、心まで化粧する必要はない。老いは我々の顔よりも心に多くのしわを刻む。知らない女性はどれも愛想がよく見える▼こんなに注意して不幸を予想して何になるのか、こんなに苦労して(起こらないかもしれない)不幸に備えて何になるのか(3-12)。苦しみを恐れる者は、その恐怖だけで、すでに苦しんでいる▼臆病は残酷の母である(2-27)▼弓を射るのに、的を越す者は的に達しない者と同じく失敗したのである(1-30)。ミシェル・ド・モンテーニュMontaigne 『エセー/随想録/Les Essais』1580

    わずかなことしか知らない、ということを知るためには、多くのことを知る必要がある。モンテーニュ

    ********

    人間の知識や理性には限界がある。人間の理性は万能ではない。広大な宇宙に比べると人間は無力でみじめで孤独な存在。だがそれにも関わらず自分の存在について考えている点では偉大だ。悲惨であり偉大な人間は、神によって救われる。物質や精神の秩序をこえて、神の超自然な愛の秩序に生きよう▼惨めな人間。進歩によって改善されるものは、同じく進歩によって滅びる(88)。好奇心は虚栄心にすぎない。われわれは知ろうと望むのではなく、語りたいのだ(152)。(未来において)幸福になる準備ばかりしているので、いつまで経っても(現在において)幸福になることができない(172)。多くを知る者は、恐ろしき信実を深く嘆かざるを得ない。知識の木は生命の木ではない▼神はいるか、いないかのどっちか。いるに賭けて生きて、仮にいなくても困らない。でも、いないに賭けて生きて実際いたら困る。神の愛によって救われない。だから神を信じなさい(233)。ブレーズ・パスカルPascal『パンセ/考えたこと』1670
    ※敬虔なキリスト教徒。

    些細なことが我々の慰めになるのは、些細なことが我々を苦しめるからだ▼クレオパトラの鼻がもう少し短かったら、世界の歴史は変わっていただろう。ブレーズ・パスカル

    人間は善良であればあるほど、他人の悪さに気がつかない。シュヴァリエ・ド・メレ 『アフォリズム』

    遠くにいると恐怖を感じるが、近くに迫るとそれほどでもない▼無知な友を持つなら、賢明な敵を持つほうがよい▼誰しも自分が恐れているか、望んでいるものをきわめて容易に信じる。ラ=フォンテーヌ『寓話』1668

    虚栄心の強い人は自分のことを良く言ったり、悪く言ったりして得をする。謙虚な人は、自分の事をまったく語らない▼時間の使い方がもっとも下手な者が、まず時間の短さに苦情をもらす▼男は自己の秘密よりも他人の秘密を誠実に守る。女は人の秘密よりも自己の秘密をよく守る▼時間は友情を強め、恋愛を弱める▼偉人に近くづけば近づくほど、平凡人だということが明らかになる。従者にとって偉人が立派にみえることは稀である。ラ=ブリュイエール『ひとさまざま』1688

    移り気な女とは、果たして自分が愛しているのか、また、誰を愛しているのかが自分でもわからない女である。ラ=ブリュイエール

    ******

    我々は他人の不運を平気で見ていられるほどに強い(19)。軽蔑されまいと怖れているのは、軽蔑されてしかるべき輩ばかりである(322)。我々は自分と同意見の人でなければ、分別のある人とは言わない(347)。葬式の壮麗さは生きている人の虚栄のためで、死んだ人の栄誉のためではない。我々が敵の不幸を憐れむ心の中には、しばしば優しさよりも高慢の方が多分に含まれている。我々が彼らに同情の証を見せるのは、彼らに我々の優越を感じさせたいからである▼恋はその作用の大部分から判断すると、友情よりも憎悪に似ている(72)。一度も恋をしない女はいるかもしれないが、一度しか恋をしない女はいない(73)。希望や不安がなくなると、恋は息絶える(75)。恋する男女がいっしょにいて退屈しないのは、始終自分たちのことばかり話しているからである(312)。人は愛している限り許す(330)。嫉妬は恋と一緒に生まれるが、恋が死んでも必ずしも一緒に死にはしない(361)。嫉妬には愛よりも自愛の方が多く潜んでいる▼哲学は過去と未来の不幸を容易に打ち負かすが、現在の不幸には打ち負かされる(22)▼好運に耐えるには、不運に耐える以上に大きな徳を必要とする(25)▼記憶が失われていることに不満をいだく人は多いが、判断が失われていることに不満を抱く人は少ない▼自分の内に安らぎを見出せないとき、自分の外に安らぎを見出すことはできない。ラ=ロシュフコー『箴言しんげん集』 1665

    吝嗇は乱費を生み、乱費は吝嗇を生む。人は弱いがゆえに強く、臆病であるがゆえに大胆である。ラ=ロシュフコー『道徳的反省』

    我々は、どちらかといえば、幸福になるためよりも、幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているようである。ラ=ロシュフコー

    間違いをして、それに苦しむことのできない人間ほど、何度も間違いを繰り返す。ラ=ロシュフコー

    わずかな言葉で多くを理解させるのが、大人の特質であるなら、小人はこれとは逆に、実に多くの言葉をしゃべりたてながら、相手に何一つ伝えないという天与の才能を持っている。ラ=ロシュフコー

    社交においては、われわれのすぐれた特性によってよりも、われわれの欠点によって気に入られることのほうが、かえって多い。ラ=ロシュフコー

    王侯の寛容は人民の忠誠をかちとる一つの政略にすぎない▼王侯に捧げる忠節は第二の自愛である。ラ=ロシュフコー

    ******

    老年にあっては、名声と富がかろうじて才能と快楽の代わりをすることができる▼栄えると、友人はほとんどできない▼高慢は弱者の慰めである。ヴォーヴナルグ『省察と格言』

  • 「エセー(一)」モンテーニュ著・原二郎訳、岩波文庫、1965.05.16
    415p ¥200 (2020.07.04読了)(2020.06.10借入)(1974.03.30/8刷)
    以下の本を読んで、やっと本編にたどり着きました。
    「ミシェル城館の人 第一部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.10.25
    「ミシェル城館の人 第二部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.11.25
    「ミシェル城館の人 第三部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.12.20
    「モンテーニュ」原二郎著、岩波新書、1980.05.20
    「モンテーニュ」宮下志朗著、岩波新書、2019.07.19
    堀田さんの『ミシェル城館の人』を気まぐれで買わなければ、『エセー』を読むことはなかったと思います。よかったか悪かったかは、『エセー』全六巻を読み終わったときにわかるでしょう。

    エッセイとか随筆とかは、気楽に読める本というイメージなので、『エセー』もそんなに難しいものではなさそうです。とは言え、気楽という感じでもなさそうです。「哲学書」よりは読みやすいというところです。
    文庫版の五、六あたりまで行けば、自分の経験、体験に基づいた考察ということで、面白くなるということなので、それを楽しみに突き進んでゆきたいと思います。
    400頁ほどの本を5日で読み終えたので、一日に80頁ほど読めました。8日ぐらいを覚悟していたので、ほっとしています。

    この巻には、三十一の項目が収められていますが、3頁ぐらいのものから70頁に渡るものまで長さはさまざまです。
    文庫版の、一から四にあたる部分は、モンテーニュが読んだ本の知識をあれこれと引用しながら章のテーマに沿って考察したものと言われますので、あまり面白みはないとのことです。

    【目次】
    凡例
    読者に
    第一巻
    第一章 人はいろいろな方法によって同じ結果に到達する
    第二章 悲しみについて
    第三章 われわれの感情はわれわれを越えてゆくこと
    第四章 心は正しい目標を欠くと、偽りの目標にはけ口を向けること
    第五章 包囲された軍の大将は談判のために城を出るべきか
    第六章 講和の時は危険であること
    第七章 われわれの行為は意図によって判断されること
    第八章 無為について
    第九章 嘘つきについて
    第十章 弁舌の遅速について
    第十一章 予言について
    第十二章 不屈について
    第十三章 国王同士の会見の儀礼
    第十四章 幸、不幸の味は大部分、われわれの考え方によること
    第十五章 理由なく城を固守するために罰せられること
    第十六章 臆病の処罰について
    第十七章 ある使節たちの行為
    第十八章 恐怖について
    第十九章 われわれの幸福は死後でなければ判断してはならぬこと
    第二十章 哲学を極めるとは死ぬことを学ぶこと
    第二十一章 想像力について
    第二十二章 一方の得は他方の損になる
    第二十三章 習慣について。また、既存の法律を容易に改めてはならないこと
    第二十四章 同じ意図から違った結果が出ること
    第二十五章 衒学について
    第二十六章 子どもの教育について
    第二十七章 われわれの能力で真偽をはかるのは愚かである
    第二十八章 友情について
    第二十九章 エチエンヌ・ド・ラ・ポエシの二十九篇の詩
    第三十章 節制について
    第三十一章 食人種について

    「暗愚は欲望がかなえられても満足しないが、知恵は現にあるもので満足し、けっして自己に不満をもたない」(26頁)
    「どんな人にもあらゆる長所が与えられたためしはない」(70頁)
    「彼ら(予言者たち)の仕事に都合のいいことは、予言が漠然とした、あいまいな、とりとめもない片言からできていることである。」(79頁)
    「新大陸の国民について私が聞いたところによると、そこには野蛮なものは何もないように思う。」(398頁)

    ☆関連図書(既読)
    「ミシェル城館の人 第一部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.10.25
    「ミシェル城館の人 第二部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.11.25
    「ミシェル城館の人 第三部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.12.20
    「モンテーニュ」原二郎著、岩波新書、1980.05.20
    「モンテーニュ」宮下志朗著、岩波新書、2019.07.19
    「王妃マルゴ」アレクサンドル・デュマ著・鹿島茂訳、文芸春秋、1994.12.20
    「王妃マルゴ(1)」萩尾望都著、集英社、2013.01.30
    (2020年7月8日・記)

  • エッセイが好きなので、エッセイの祖である本書を読んでみた。ギリシャ・ローマ時代の文献の引用が多くて、注を追うのが大変だけど、無視しても内容に支障はない感じ。
    お硬い言葉で翻訳されているので頭がよさそうな文章なのだが、内容がくだらなくて酷い(褒めてる)ところもあり面白い。

  • 人間の様々な営みを取り上げ、人間がそもそも動物よりも優れた動物といえるのか、理性によって何かを知り、知力を高めていくことなどできるのか、道徳性を高めていくことができるのか、等々、人間の限界について語っている。むしろ人間の考えも社会のあり方もただ移ろっていくものにすぎない。ただこのようなモンテーニュの語りは人間に対する諦めや失望を単に意味しているのではない。そうであれば神への救済を求めることになろうが、エセーではそうはならない。むしろそのありのままに自己を認識し、これを認めることだけは少なくともできるのだという、この世を生きる人間それ自体への肯定を行っている、といえよう。

  • エッセイの生みの親。モンテーニュは養老先生に教えてもらい古本が見つかり読み続けた。ギリシャ神話等の知見を例に世の中の道理を書き綴った古典。英語、フランス語版も買って面白いところを読む楽しみもある。ペスト、宗教戦争と難事をボルドー市長も2度も推薦されてするキャリアもすごい。何度も読み返したい。

  • 青空文庫では随想録となっており、以前は随想録という名前になっていたと記憶している。1巻は31章までであり、全部で6巻ある。独特の書き方であり、注が多い。それだけでなく、最初の多くの事例は、戦争から、ギリシャやローマの戦争から引用した例である。後の方になれば、モンテーニュが考えたことも書かれている。1922年発行の原本をもとにしているが、1580年に書かれたということで、日本でいえば安土桃山時代である。したがって、戦争のことが多く書かれているというのは当然のことなのかもしれない。

  • 何だろう。一回読んだだけでは良く分からないのかな。何度か読んで噛み砕いて紹介していかないと。お世話になった人生の先輩に最初の巻だけで良いから読んでみろと進められて読み進める。ルネサンスの頃から何世紀も読み続けられている本だから何か学ぶところがあるんだろうと思い読み進めるも時代背景が違うからか、うわーと言う感動はない。どう読めば良い本なんだろう。モンテーニュ自体は宗教戦争の時代にカトリックながらプロテスタントとの融和を図ろうとした穏健派。この本も聖書からの引用はほとんどなく、ギリシヤ古典の引用ばかり。ギリシヤの事ってすごい勉強していたんだなと感心するほど。彼はラテン語で幼少期は育てられたみたい。本に戻ると子供の教育にかなり枚数が割かれている。どの時代も関心事は一緒なんだな。あとは友人の事とか。他の地域の事とか、本当にそうか?と感じる事も多い。命の価値は少し低かったのかなとも思った。

  • 【文章】
    読み辛い
    【ハマり】
     ★・・・・
    【気付き】
     ★★★・・

    1580年代、日本だと安土桃山時代に書かれた随筆。
    書かれている道徳観は、現代とそれほどかけ離れているようには感じない。

    ・哲学をきわめるとは、死の準備をすること。研究や瞑想は、精神を肉体から離して働かせる。
    ・自分の推論の中に誤りを発見したときに、他に気付いている者がいなかったとしても、白状することが誠実な行為であり、第一に求められるべき美質。自分の意見に固執して争うのは、より低級な魂によく現れる共通した特質。

  • 世のあらゆる知恵と理論は、結局、われわれに死を少しも恐れないように教えるという一点に帰着する。
    結局、われわれには、不変なものは何も存在しない。
    奉仕の果実は、奉仕そのものである。
    木原武一『要約 世界文学全集』より。

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著者プロフィール

1533―1592。16世紀フランスを代表する思想家、モラリスト。現実の人間、事象を洞察し、人間の生き方を、長短さまざまな〈随想〉を通して探求した主著『随想録』は、フランスのみならず、世界各国に影響を与えた不朽の名著としてあまりにも名高い。

「2014年 『モンテーニュ随想録』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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