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Amazon.co.jp ・本 (324ページ) / ISBN・EAN: 9784003250938
みんなの感想まとめ
人間の存在や営みについて深く考察し、理性や道徳性の限界を探る内容が特徴的です。宗教的なテーマが強調されており、時には難解さも感じられるものの、モンテーニュの語りは単なる諦めや失望ではなく、自己認識を通...
感想・レビュー・書評
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「エセー(三)」モンテーニュ著・原二郎訳、岩波文庫、1966.01.16
324p ¥150 (2020.08.27読了)(2020.08.05借入)(1974.03.30/5刷)
この巻は、第二巻の第十二章「レーモン・スボンの弁護」のみの収録です。
注釈によると、レーモン・スボンは、1436年に亡くなったスペインの神学者、哲学者。
著書『自然神学、あるいは被造物の書』で「信仰を理性に基いて証明しようとした」ということです。
モンテーニュは、レーモン・スボンを弁護するつもりで書き始めたのですが、実際には、モンテーニュ独自の思想を展開してしまい、目的とはかけ離れた結果となりました。(10頁)
「大辞林第三版」によれば、モンテーニュは、以下のように紹介されています。
「(1533~1592) フランスの思想家。人間観察と己れの考察を書きついだ「随想録」により、ルネサンス期最大のモラリストとして批評的懐疑主義、理性的内省、寛容の精神を示した。」
レーモン・スボンは、モンテーニュの生まれる約100年前の人です。
【目次】
第二巻(つづき)
第十二章 レーモン・スボンの弁護
序論
(一)レーモン・スボンの自然神学に対する二つの非難
(二)第一の非難、すなわち、「レーモン・スボンが、信仰を理性のみによって証明することは誤りである」とすることに対するモンテーニュの反駁
(三)第二の非難、すなわち、レーモン・スボンの自然神学の論拠を薄弱なりとして、それを覆そうとすることに対するモンテーニュの反駁
本論
(一)人間のむなしさについて
(二)人間の知識のむなしさについて
(三)人間の知識の土台である理性と感覚のむなしさについて
結論
●キリスト教について(17頁)
私は明らかに知っている。我々が進んで信心のために捧げるお勤めは、自分の情欲を喜ばせるためのものでしかないことを。キリスト教徒の敵意ぐらい激しいものはどこにもない。我々の信心は、われわれの憎悪や、残虐や、野心や、貪欲や、中傷や、反逆への傾向を助けるときには驚くべき力を発揮する。逆に、親切や、好意や、節制への傾向を助けるときには、まるで奇蹟のように、何かのまれな性格にでも促されない限り、歩きもしなければ飛びもしない。
われわれの宗教は悪徳を根絶させるために作られたのに、かえって悪徳をはぐくみ、養い、かき立てている。
●生殖について(63頁)
女は動物のように四足の獣の姿勢をとれば孕みやすいと考えられている。なぜなら、そのように、胸を下げて尻をもち上げれば、種子は難なく器官に到達できるからだ。(ルクレティウス)
●欲望について(64頁)
欲望には、飲食のように自然で必要なものと、女性との交わりのように自然ではあるが必要でないものと、自然でも必要でもないものとがある。この最後の種類には、人間のほとんどすべての欲望が入る。それらはすべて余計で人為的なものである。
●戦争について(67頁)
戦争は人間の行為のうちでもっとも偉大で華々しいものであるが、人間はこれを何かの優越の根拠にしようというのだろうか。それとも反対に、人間の無力と不完全さの証拠にしようというのだろうか。
●人間の精神について(71頁)
皇帝の精神も靴直しの精神も同じようにできている。
我々に隣人と言い合いをさせるのと同じ理由が、王侯方に戦争をさせるのだ。我々に召使いを鞭打たせるのと同じ原因が、王様にある地方を滅亡させるのだ。王侯方も我々と同じく軽率に意志する。ただ彼らはわれわれより力があるだけである。
●猿と人間(84頁)
もっとも醜い動物である猿が何とわれわれに似ていることだろう。(キケロ)
●学問について(99頁)
もしも人間を、行為や行動によって評価するなら、学問のある者よりも無学な者の中に、一層多くの優れた者が見られるであろう。
●幸福について(101頁)
われわれの幸福はすべて空想のうちにしかない
●宗教について(156頁)
宗教こそはこれまでにはるかに多くの罪深く不敬な行為を犯して来た。
●精神と肉体について(203頁)
精神は肉体とともに生まれ、肉体と共に成長し、肉体とともに老衰するように思われる。(ルクレティウス)
☆関連図書(既読)
「エセー(一)」モンテーニュ著・原二郎訳、岩波文庫、1965.05.16
「エセー(二)」モンテーニュ著・原二郎訳、岩波文庫、1965.11.16
「モンテーニュ」原二郎著、岩波新書、1980.05.20
「ミシェル城館の人 第一部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.10.25
「ミシェル城館の人 第二部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.11.25
「ミシェル城館の人 第三部」堀田善衛著、集英社文庫、2004.12.20
「モンテーニュ」宮下志朗著、岩波新書、2019.07.19
「王妃マルゴ」アレクサンドル・デュマ著・鹿島茂訳、文芸春秋、1994.12.20
「王妃マルゴ(1)」萩尾望都著、集英社、2013.01.30
(2020年9月2日・記)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1巻、2巻よりも宗教的で難しい内容。
この時代からクチャラーが忌み嫌われていたのには笑った。 -
人間の様々な営みを取り上げ、人間がそもそも動物よりも優れた動物といえるのか、理性によって何かを知り、知力を高めていくことなどできるのか、道徳性を高めていくことができるのか、等々、人間の限界について語っている。むしろ人間の考えも社会のあり方もただ移ろっていくものにすぎない。ただこのようなモンテーニュの語りは人間に対する諦めや失望を単に意味しているのではない。そうであれば神への救済を求めることになろうが、エセーではそうはならない。むしろそのありのままに自己を認識し、これを認めることだけは少なくともできるのだという、この世を生きる人間それ自体への肯定を行っている、といえよう。
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2巻の12章の続きからで、12章をまるまる1冊にあてている。動物の行動の説明はかなり怪しく、聞きかじりの所もあり、現在では到底理解されないことも多いであろう。
さらに、勃起や射精などのことのついても頻繁にでてきている。
なんでもありのエッセイのような気がしてきた。 -
自身が翻訳した本を擁護する内容の一章のみの巻。
信仰を理性により説明する内容の本らしいが、どんどん横道に逸れたまま戻ってこなくなったという印象。人間以外の動物にも理性がある(人間の傲慢さを批判している)内容で、次から次へと古今東西のら動物のいい話が紹介され、何の話をしていたのかがわからなくなる。
これが古典なのか?と思いつつ読了。
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