カルメン (岩波文庫 赤 534-3)

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  • 岩波書店 (1960年12月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (108ページ) / ISBN・EAN: 9784003253434

作品紹介・あらすじ

スペインを旅行中の考古学者は、ふとしたことから今は獄中にいる山賊ホセを知る。彼は形見の品を母親に渡してくれと頼んだのち、懺悔話を始めた。それは、純情な青年が情熱の女カルメンに翻弄され、闘牛士や彼女の情夫、果ては彼女まで殺してしまった悲しい話だった。歌劇とはまた異なる沈痛な激情に貫ぬかれたメリメの傑作。

みんなの感想まとめ

物語は、スペインのコルドバを舞台に、フランスの考古学者と山賊、そして魅力的な女性カルメンシタとの出会いから始まります。学者は、山賊との交流を通じて危機を乗り越え、カルメンシタに引き込まれていく様子が描...

感想・レビュー・書評

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  • Carmen(1845年、仏)。
    カルメンは筋金入りの悪女である。男とみれば誘惑する。色目を使ってたぶらかす。凶暴で狡猾、男を手玉にとりながら、密輸と窃盗で荒稼ぎする。やりたい放題の性悪であり、男に刺されても文句は言えない。だが、自己弁護をせず、情熱的だが執着心はなく、ドライでさばさばしているので、どことなく憎めない。身ひとつを武器にあらゆる難局を切り抜け、次々仕事をこなしてゆくさまは、いっそ小気味がよいほどだ。男好きする女というより、女に格好いいと思われるタイプの女である。『ルパン三世』の峰不二子に少し似ているかもしれない。

    『カルメン』はプロスペル・メリメ(1803-70)の代表作。ビゼーの歌劇の原作で、一般的には悲劇とされる。純朴な青年だったホセが、カルメンを愛したばかりに道を踏み外して犯罪者になった挙句、彼女を殺して自分も処刑される話だから、確かに悲劇には違いない。

    ただ、彼らの恋を悲恋と呼ぶのはすこし違うと思うのだ。「夫婦になったら恋人だった時ほど愛せなくなった、もうあんたには惚れていない」と言われたホセが絶望するのは無理もないが、よく考えたらそれは普通の夫婦にも起こりがちなことだ(言わないだけで)。それでも多くの場合は愛情が完全になくなるわけではない。次の段階に進むだけだ。

    その証拠にカルメンは逃げなかったではないか。逃げようと思えばいつでも逃げられたのに、殺されるのを知っていながら律儀に待っていた。彼女にとって生命より大事な自由はゆずれなかったが、生命はホセに差し出して彼の妻として死んだ。それが彼女なりの貞操だったのではないか。ホセに惚れたことを後悔していると言ったのは、柄でもない自分に対する自嘲だったのではないか。

    カルメンを救いたいというのは、確かにホセの本心だろう。だが二人で渡米したとして、開拓の苦労のためにすっかり所帯じみてしまったカルメンを、ホセは変わらず愛することができただろうか。生活が安定したときに、別の女を、第二のカルメンを求めることがないと、誰が保証できるだろう。ホセが愛するのは情熱的でスリリングな女であって、従順な女などではないことを、ホセ以上にカルメンの方が熟知していたのではないか。

    結局、自分で思っている以上にホセはカルメンに愛されていたのではないか。本人がそれに気づいていないのが悲劇といえば悲劇だが、その鈍感さもひっくるめてカルメンはホセのことを愛したのではないか。そう考えると、この二人は悲恋どころか、結構似合いの夫婦だったのではないか。…と私は勝手に空想するのである。

    • hei5さん
      これはっ!
      意表を突かれたと申しませうか、「こんな本があったんだ、そういえば。」です。
      近日中に讀んでみたいと思ひます。

      ......タダ...
      これはっ!
      意表を突かれたと申しませうか、「こんな本があったんだ、そういえば。」です。
      近日中に讀んでみたいと思ひます。

      ......タダではないので、若干の躊躇が。。
      2023/12/11
  • オペラやミュージカルで憧れて、ようやく原作を手に取った。
    音楽や踊りなどで華やかに彩られた舞台版の印象が強いためか、淡々と叙事的に物語が進んでいくよう感じた。当時の文化や社会や風俗などの描写は興味深く、また個人的に直前に中丸明の著者を読んでいたため、スペイン固有のものの名前が登場しても情景を浮かべやすかった。
    カルメンの最期の場面は、やいのやいの言い合っているうちに呆気なくころしてしまい、些か呆然としてしまったが、その直後のホセの行いと心情に感じた悲しみと切なさは、オペラ以上だったように思う。

  • ビゼー作曲の「カルメン」があまりにも有名ですが、原作をどう料理しているのかを知りたくて読みました。

    ストーリー本体はオペラのとおり「エリートの兵隊さんが妖しい黒髪の女によって運命を狂わされていく…」という展開で変わりありませんが、導入部が凝っていると思いました。旅の物書きが金品を美しい女に盗まれる。後日、盗まれたものが返ってくることになり、物書きがある所に受け取りに行くと、ある男に「自分の話を聞いて欲しい」と頼まれる。それは…という感じです(ネタばらしになってしまいました:すみません)。要するに、カットバックでの物語なんですね。

    別に、カルメンの生き方を悪いとも思わないし、ドン・ホセを気の毒だとも思いません。闘牛士のエスカミーリオも大スターなわけですし、女性を気に入ることなんか日常茶飯事でしょう。誰もが「こいつを破滅させてやろう」と絶対的な悪意を持っているわけではなく、でも悲劇的な方向に進んでいく・・・残酷ですね。

    オペラでは簡単に処理してしまっているところを埋めて読むにはおすすめですのでこの☆の数とします。

  • スペインを舞台にしたカルメンも、スペインの素晴らしさが書かれてるアルハンブラ物語もフランス人、アメリカ人に書かれてて、外から見た理想化されたスペインって感じがする。スペインはスペインを自分で語ることは出来ないのかな。

    プロスペール・メリメ Prosper Merimee
    生年:1803年
    没年:1871年
    フランスの作家。パリ生まれ。名門高校を出てパリ大学で法学を学ぶ。その後サロンや文学集団に通うなど、親がかりの遊民生活を送る。1825年、『クララ・ガスルの戯曲集』で作家デビュー。’29年、『マテオ・ファルコーネ』『タマンゴ』などを発表し、文壇での地位を確立する。’34年「歴史的記念物視察官」に着任。南仏、アルザス、ノルマンディー、コルシカ、バスク地方、マドリードほか各地の視察を長きにわたり続ける。’44年、アカデミー・フランセーズ会員に選出。’45年『カルメン』発表。’53年には元老院議員に任命された。’70年、カンヌで死去。



    「わたしのボヘミア女はしかし、それほど完成した美を誇るわけにはゆかなかった。肌は、まず完全に滑らかだったが、その色は銅色にはなはだ近かった。目は斜視だが、すばらしい、切れあがった目だ。唇はいささか厚いが、いい形で、そのあいだに、皮をむいた巴旦杏の実よりも白い歯並びをのぞかせていた。髪は、おそらく少々こわいが、まっ黒で、鳥の翼のように青びかりのする、つややかなたけながの髪である。あまり冗長な描写をもって、諸君をいたずらに疲れさせることはやめ、概括して言えば、欠点が一つあるごとに、彼女は必ず一つの美点を持っているのであって、おそらくその美点が、対照によってかえってそのよさをきわだたせているということなのである。  それは、不思議な、野生的な美しさであり、ひと目で見た者をまず驚かすが、けっして忘れることのできない顔だちなのだ。とくに彼女の目は情欲的で、同時に残忍性をおびており、わたしはこのような人間の目つきを見たことがなかった。ボヘミア人の目は狼の目だ、というスペインのことわざがあるが、なかなか鋭い観察を示しているといえよう。もし狼の目を研究しに動物園へ行く暇がなかったら、諸君の家の飼い猫が雀をねらうところをよく見ればいいだろう。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「数か月間アンダルシアを彷徨した末、マドリッドに帰ろうと思ったが、それにはどうしてもコルドバを通らねばならなかった。しかしわたしは、そこに長く滞在しようとは思わなかった。わたしはこの美しい町とカダルキビール河の水浴び女に対して、反感を抱いていたからである。だが会わなければならぬ友も少しはあったし、しなければならぬ用事も何かとあったので、少なくとも三、四日は、昔マホメットの教主らが首都と定めたこの地に、足を止めねばならなかった。わたしがドミニコ派の修道院に再び顔を出したら、わたしのムンダの位置決定に関する調査に対して、絶えず激しい関心を寄せていた一人の教父が、大手を広げて喜んでわたしを迎えてくれ、そうして大声で言った。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「プロスペールは、一八〇三年九月二十八日に、レオノール・メリメを父とし、アンヌ・モローを母として、パリで生まれた。両親ともに芸術に対する素質があり、ことに古典的な画家であり、絵の具の研究家である父からは水彩画やデッサンの手ほどきを受け、素質もあったので、画筆においても彼は素人ばなれのした腕をもっていた。また父のもとへイギリス人の来訪が多かったので、少年プロスペールは彼らに親しみ、長じて英国ずきになったのも、少年の頃の環境の影響がたぶんにあったと思われる。  プロスペールは父親四十六歳、母親二十八歳のときの子で、しかも一人っ子ではあるし、人一倍両親からいつくしみ育てられた。生まれてから彼は洗礼を受けなかった。この両親の無信仰は、終生彼についてまわる。八歳から彼は、ナポレオン中高等学校(アンリ四世校)の通学生となった。古代語、英語、デッサンに秀でていたほかは、凡庸な生徒としてすごしたといわれている。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「このようにしてプロスペールは、ブルジョワ的な環境のもとに少年時代をすごしたが、十六歳でリセを卒業し、引きつづきパリ大学に入学し、父親の要望にしたがって法学部にはいる。彼は法学が好きではなかったが、それでも勉強はしたのであろう、四年後には法学士となってパリ大学を卒業した。在学中、彼は法律以外の自分の好むもの、英語、スペイン語、ギリシャ語は申すにおよばず、哲学から妖術までも研究したという。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「卒業後、父は定職に就かせたがったが、息子の望みは文学で身をたてることにあった。幸い生活には困らなかったので、いそいで職に就く必要もなかった。当時文壇で認められるには、有名なサロンで自作を朗読することが必要だった。彼はリセ以来の親友であるジャン・ジャック・アンペールの紹介でレカミエ夫人のサロンに出入りしたり、やはり友人のアルベール・スタプフェールの父親のサロンにしげしげと通った。彼がスタンダールや、哲学者のヴィクトール・クーザンと初めて会ったのは、スタプフェールの父のサロンであった。一説にはスタンダールとは一八二一年、ジョゼフ・ランゲの家であるともいわれている。二十歳も年齢に開きのあるこの二人の関係はそれほど親しかったとは思われないし、性格から言っても、「スタンダールは沸騰したメリメ、メリメは凍結したスタンダール」だった。だが二人とも、それぞれの長所は認めあってはいた。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「だが一八四八年の二月革命が起こり、当時パリの警視総監であった夫妻はどうしても英国に亡命せざるを得なくなり、その別離が二人のあいだに溝をつくった。革命が終わっても夫妻の亡命期間はさらに延長され、そのあいだ二人はパリで三、四回会っただけであった。それにもまして、夫人はやはりカルメンのような多情な女であったのだろう。とつぜん、彼は一八五四年十二月二十九日に、夫人から短い絶交状をもらったのである。原因は夫人にマキシム・デュ・カンという新しい恋人ができたからだったが、メリメの受けた心の痛手はあまりにも大きかった。その翌年彼は、親身の間柄のド・モンティホ伯夫人に、こんなことを書き送っている。「長いあいだ、ほんとうに愛し合っていた二人の男女を考えてみてください。もう世間ではその二人のことなど忘れているほど、そんなにも長く愛し合っていた二人なのです。ところがある朝、とつぜん女が、十年ものあいだ幸福だったはずの関係に暗い影をさし入れたのです。『別れましょう、わたくしはいつもあなたを愛しています。けれども、もうあなたに会いたくはありません』と言うのです。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「奥さま、このようにとつぜん生涯の幸福を奪われた男の苦しみを、あなたは考えられるかどうか、わたしは知りません。だがこの話はほんとうのことでして、わたしの友だちの一人に起きたことなのです。スペインでは、人は恋をしながら死にますがね」  この友人なるものこそ、メリメ自身にほかならなかった。しかし彼は、ドン・ホセのようにカルメンを殺さなかった。彼はただ苦しみもだえ、その別離のにがさをのみこむよりしかたがなかった。「わたしはもう、仕事をする気がなくなってしまった。だれのために仕事をしたらいいのか、その相手の人がないのです。わたしには、ある目的があった。その目的がいまはもうない……」  彼が追い求めた目的、それは彼女に気に入られることだったのだ。じじつそれからの彼の文学上の仕事は、従来とはちがった志向をみせている。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「メリメはスタンダールとともに、ロマン主義文学のはなやかな時代に生きて、次に来るレアリスム文学の先駆をなした。つまりメリメは気質上からは、古典派にぞくすべき作家であるが、ロマン派の文学運動に迎えられて文壇に出たのであって、簡素、明晰、古典的な構成を古典主義の文学から、また主題の点において、ロマン派の文学傾向をとり入れている。色彩感、異国情緒、原始的な自然への趣好、人間性に潜む残虐的な要素などである。そしてそれらの主題を透徹した、やや冷ややかな、非感情的な観察により、むだな形容詞をはぶいた、簡潔直截な筆で描くことによってレアリスムの文学に達したのである。ここから芥川龍之介が彼の文学を称揚して述懐した「メリメ日に新たなり」というような評も出てくるわけであって、それは彼の文学が古典派のうるおいのなさ、ロマン派の大げさな身ぶり、レアリスムの現実のみにくさ、汚れた世界への没入を排除しているからである。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「そしてこの作を書くにいたった動機の一部に、ドレセール夫人との恋愛があることは前述したとおりである。強気な、しかし一面において女らしい弱さもある、コケットリーな多情なカルメン、それとドレセール夫人とをなにも結びつけて考える必要もないが、しかし少なくとも夫人の片鱗を、カルメンは留めているのではないかと思われる。  この半ば真実の材料から、そして半ば想像のもとに書かれたこの小説は、著者を思わせる一考古学者が調査旅行の途上でホセと知り合い、最後に獄中で面会したときに、女ゆえに身を誤った彼の話を聞くという構成をとっている。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

    「第三章のカルメン物語は、一人の純情な青年が、情熱と野生の化身のようなジプシーの女に対する恋情ゆえに道徳上堕落してゆく姿を、スペインを舞台に、密輸入者、山賊、闘牛場といったものを背景にして描いたものであって、男は嫉妬のあまりついに女を殺し、自分も死ぬ、女もいつかは自分が殺されるという運命にあることを知りつつも、多情なゆえに、地道に暮らそうという男の最後の頼みを拒んで男の刃のもとに倒れる。そういった暗い作品なのである。」

    —『カルメン』プロスペル・メリメ著

  • 少し読みづらかったかと思います。
    翻弄される部分が、文章なのか構成なのかコロコロとシーンが変わっている印象。主語が色んな形で表現されているので、集中して読まないと。

  • いつも2冊並行して読むのですが、片方が日本人によるビジネスノウハウ本なので、もう一冊は海外の古典的小説にしようと思って読了。数々のオペラや演劇で上演されているカルメンだが、原作とは異なる点が多いそう。確かに、裏切りや殺人など、ドロドロの場面も少なくない。ただ、晴れ渡ったスペインの海や平原地帯、船乗りや盗賊が闊歩する街中、酒と金、自由と誇りなどが織り混ざった物語を読んでいると、旅に出たくなる。これって本能?

  • 勝手な思い込みで、てっきり作者のメリメもカルメンもスペイン人だと思っていた。
    スペインが舞台だけど、カルメンはボヘミア人。一つ学習。

    歌劇を観たことがなくても、たいていの人がなんとなく「カルメン像」というのは持っていると思う。
    私も観たことないし、あらすじも知らなかったので、いわゆる「情熱的な」女性を思い描いていた。
    しかし読んでみると、なんか想像していたのと違う。
    情熱というよりは欲望に忠実というか、「愛している」と言っても所詮男を道具としてしか見ていないような。
    プライドは高そうだけど、人をだましたり物を盗んだり、そうして得たもので喜々としてばか騒ぎをする。
    情熱に加え、気高さを持っていた私の中の「カルメン像」はガラガラと音を立てて崩れ落ちました。
    世の中の男性に問いたいが、「この女と一緒にいたら身が破滅する」と感じるのに、それでも離れられない女って実在しますか?すると思いますか?
    どうも私には「マノン・レスコー」も「カルメン」も理解しがたい。
    結局は女性のどんな面を魅力的と感じるのか、という問題なのだろうけど。

  • 面白かった。女にくるわされる純情な男の物語。

  • この本が課題書の読書会に参加した時、カルメンとホセの年齢の話になり、オペラを鑑賞している方はそうか原作では二人とも若いのか!と目から鱗のようだったのがとても面白かった。
    確かに、オペラだとベテランが演じることが多そう。
    私はオペラ等を全く見ずにこれを読んだので、ホセの若さも惨劇の主要因の一つだとすんなり思っていたのだけど。
    若くて愚かで面倒だけど、ちょっと可愛くもあるんだよねホセ…。
    最後の台詞で本当に馬鹿だなと思ったけどねホセ…。
    起こることだけを見れば悲劇と呼べるが、ラストのカルメンの潔さで、私にとっては胸のすく話だった。

  • 昔読んだ気もするが、初めてのように読めた。カルメンの容姿や性格など、イメージしていたものよりずっと奥深い。短くてサッと読めるのに印象に残る。

  • ベタな筋と思うが、キャラクターに生気があって面白い。

  • その土地の歴史や人間たちを思い浮かべることが出来たらもっとこの作品を楽しめたに違いないと思った。残念ながら私にはその辺の教養がないのでぼちぼち養っていきたいと思う。読み終わった率直な感想としてはカルメンは悪女なのかもしれないが、私は好きだな。

  • オペラ「カルメン」の原作。ただしストーリーの骨格は類似しているものの、オペラの方が感動できる脚本に仕上がっている。メリメの原作はどちらかというとボヘミアン、ロマ、ジプシーの特異な暮らしぶり、風習、情熱といった民俗学的な関心が先行していて、そこに男女の(どちらかというと男の)熱情を加えたといった体裁。だからかあまり読者が乗れない物語になってしまっている気がする。あとホセが空回りしているだけに見えるが、あまりホセの感情を掘り下げることもしていないので乗れないのかなと思う。
    この岩波文庫版は翻訳としても古いので光文社古典新訳文庫で再読したいと思う。

  • 救われない終わり方でした。何故か読んでいる私まで途方に暮れるようなラストでしたね。

  • カルメンがそんな良い女には思えなかった

  • (あらすじ)
    真面目な軍人だったドン・ホセはある日煙草工場の女達の喧嘩を取り締まり、暴力をふるった女カルメンを取り押さえた。牢屋まで向かう道すがらカルメンの甘いことばに騙され逃してしまう。それにより彼の出世への道は妨げられた。

    それでもカルメンの魅力に抗えず、とうとう密輸業者の仲間に入り、様々な罪を重ねてしまう。
    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    オペラは見た事ないけど、SKDのミュージカルは子どもの頃見ました。ハバネラや闘牛士の歌はビゼーの音楽をそのまま使ってましたね。実はミュージカル見てもそれほど面白いと思えなかったんです。

    芥川龍之介の『偸盗』という作品が凄く好きで、芥川はカルメンを元にその作品を書いたそうなんです。それで、読んでみたら確かに似てます。ミュージカルと違って地味だけど原作のほうが余程面白い。

    最初旅行中の考古学者がホセに出会うまでが書かれていて、その辺はちょっと退屈だけど、ホセの独白になると面白くなります。

    カルメンは次々と男をとっかえひっかえするのだけど、突き詰めると自分以外は誰も愛してなどいないエゴイスト。その徹底したエゴイズムと常に自分の気持ちに正直な様は、徹底していてすがすがしいほど。

    何故でしょうね、男に破滅させられる女の話は厭なムードしか残らないのに、女に破滅させられる男の話は…面白く感じてしまう。やっぱりまだまだ女はマイノリティーだからかしら?

  • 翻訳の問題なのか、名作と謳われるほどの面白さは感じませんでした。ほとんどがホセの独白を占めるため、読者はただただ事実を聞くだけ。そこになんの面白味もなかったです。カルメンの人物描写も弱いので、印象に残りません。もしかしたら一昔前はこういうものが面白いとされていたのかもしれませんが、現代に読む作品としては、すべてにおいて迫力に欠け、物足りなさを残します。オペラ鑑賞のための導入として読むくらいの軽さでした。

  • まあまあ楽しかった
    もう一回読んだらさらに楽しめそうな本
    99ページの、言ってはいけないことを言ってしまった2人の壊れた関係についての描写は
    アドルフにもあった恋愛における普遍的な事実なのかもしれない

  • 燃えるような恋ってこういうものなんだろうな、と。
    カルメン、すごい。

  • 未読の名作を読む、これに勝る愉しみなし。カルメンは歌劇で有名ながら、元はメリメの小説。ボヘミア族の言語に対する考察などが語られており、筋立て以外でも楽しめる部分が多い。カルメンが工場(?)労働者として登場するところも意外で楽しい。「閉じたる口に蠅は入らず」というボヘミアの諺は、カルメンに出会った男の不幸を言うのか、逆か。

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著者プロフィール

プロスペル・メリメ(一八O三~一八七O)フランスの作家、歴史家、考古学者、官吏。『シャルル九世年代記』、そしてビゼーのオペラ『カルメン』の原作となった同名の短篇の作者として有名である。法学を学んだ後官吏になり、歴史記念物監督官として、多くの古代・中世の遺跡保存に活躍した。

「2011年 『南欧怪談三題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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