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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784003253717
感想・レビュー・書評
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ボオドレール読みやすい!笑
バタイユの『エロティシズム』に出てきたフレーズが『人工楽園』にあるそうなので、その前にさすがにこちらを読む。
好きだった詩
「交感」
自然は神の宮にして、生ある柱
時おりに 捉えがたなき言葉を洩らす。
人、象徴の森を經て 此處を過ぎ行き、
森、なつかしき眼相に 人を眺む。
長き反響の 遠方に混らふに似て、
奥深き 暗き ひとつの統一の
夜のごと光明のごと 廣大無邊の中に
馨と 色と 物の音と かたみに答ふ
幼童の肉のごと新鮮に、木笛のごと
なごやかに、草原のごと緑なる、薫あり。
—あるは、腐れし、豐なる また ほこりかの、
無限のものの姿にひろがりて、
龍涎、麝香、安息香、焼香のごと、
精神と官學(にく)の法悦を歌へる、薫
「不遇」
「人と海」
自由の人よ、お前は海を 永久に愛するだらう。
海は お前の鏡。お前は自分の霊魂を、大濤の巻き返しては
繰り展げる うねりの無限の反復に じつと眺める。
そしてお前の精神も 海に劣らぬ苦い深淵だ。
お前は 自分の姿のままの海の懐に 好んで浸る。
眼で、腕で、お前は海を抱き緊める、また時をりは、
暴れ狂ふ野生の海の嘆きの聲に
お前の心は 心臓のときめきを紛らはして放心する。
海もお前も二人とも 暗黒であり 隠密だ。
人よ、お前の深淵の底を 誰も測らなかつた。
海よ、お前の水底に蔵した富は 識る者もない。
かくまで二人は汲々と秘密を守るに餘念がない
そしてその間、数知れぬ世紀を経たが、
憐憫も悔恨もなく、海と人とは、格闘する。
それほどまでに 二人とも 殺戮と死を好んでゐる。
おお 永遠の闘士たち、おお 宿怨の兄弟よ。
「理想」
…それともお前だ、巨人族の接吻に丁度似合ひの
魅力を、奇怪な娼態の中で、悠々とくねらせてゐる、
ミケランジェロの腕から生れた娘、巨大な夜よ。
ミケランジェロの夜!好きです!!となった
「美の賛歌」
「腐れ肉」
あの爽やかな夏の朝、わが戀人よ、ぼく達が
見たもの 思ひ出して御覧。
とある小径の曲がり角で、敷かれた砂利を寝床とし、
醜怪な腐れかかった獣の死骸が…で始まるこの詩、ぐっと引き込まれた。
特に好きだったのは、
ーだがしかし、わが戀人よ、わが天使、わが情熱よ、
きみだつて、この汚穢に、この恐しい
腐爛の臭気に 似た姿と いつかは成らう、
わが眼には星と輝き、わが本性には太陽のきみよ。…からなる最後の三連!
醜いものを語っていながら美しくある、三島みも感じるわけで。
「虚無の味」
…もう諦めろ、わが心よ。獣の眠りを眠れ。
…愛すべき春はもうその薫を失つた。
そして時間は 刻一刻と 俺を嚥む、
まるで 凍えた肉體の上に 大雪が降り積るやうだ。
俺は 天の高みから 地球の圓さを眺めるが、
地球に荒屋一軒の身の隠れ家も 求めない。
雪崩よ、お前の雪崩の中に 俺を攫つて行かないか。
「時計」
凶兆あつて、恐しい、無感覚の神、時計。
その指先が 俺たちを脅迫しながら告げるのだ。『思ひ出せ。
恐怖に満ちた心臓に、顫へてゐる苦痛が やがて
標的を射る矢のやうに 突き立つだらう。
…一時間ごとに三千六百囘、秒が 囁く、
思ひ出せ、と。ー昆蟲のやうな その聲で、
早口に 現在が言ふ、俺は 過去だよ、穢らしい
吸口の管から お前の生命を 吸ひ取つたのだ、と。
…そのうち 時が鳴るだらう。それを合圖に 神聖な
偶然も、まだ處女である花嫁の 尊い美徳も、
悔恨さへも(ああ、これが最後の宿だ)、あらゆるものが
お前に言はう、死ね、老耄の卑怯者、遅すぎるぞ、と。』
最近とみに年を取ること、時間が過ぎることに対する恐怖というかきつさを感じているのでささりまくる二篇でした…。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
テオフィル・ゴーティエGautier
詩人の人生。退廃。官能。シャルル・ボードレールBaudelaire『悪の華』1857
人生とは、病人の一人一人が寝台を変えたいという欲望に取り憑かれている一個の病院である。シャルル・ボードレールBaudelaire『パリの憂愁』1869
孤独でいかに暮らすかを知らない者は、忙しい群集の中でいかに忙しく暮らすかも知らない。シャルル・ボードレールBaudelaire『散文詩』
デ・ゼサント。人間に興味がない。趣味に没頭。好きな小説家はボードレール、マラルメ。好きな絵画はギュスターヴ・モロー「ヘロデ王の前で踊るサロメ」。一軒家を自分好みに改装。夕方の5時に起きて、朝の5時に寝る。昼夜逆転。次第に精神を病み...。ジョリス=カルル・ユイスマンスHuysmans『さかしま(逆さまに/逆向きに)』1884
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ドリアン・グレイ。若くて美しい青年。その姿を肖像画に描いてもらう。ドリアンは享楽・背徳な生活を送る。結婚を約束した女を捨て、自殺に追い込んだり、退廃・官能の世界に浸ったり。快楽と悪徳の日々。するとドリアンの肖像画の口元に残忍な影がさし、その姿は日に日に醜悪さを増していく。ある日、ドリアンは画家の友人を発作的に殺してしまい、良心の呵責に苛まれる。肖像画を見ると、狡猾さと偽善の表情を浮かべている。我を忘れたドリアンは肖像画にナイフを突き刺す。大きな悲鳴が邸内に響き渡る。悲鳴を聞いた召使がやってくると、若くて美しいドリアンが描かれた肖像画の下で、シワだらけの醜い男が胸にナイフが刺さったまま倒れていた。オスカー・ワイルドWilde『ドリアン・グレイの肖像』1890
〇バジル・ホールワード。画家。ドリアンの肖像画を描く。ドリアンに背徳の生活を止めるよう忠告したため、ドリアンに殺害される。
〇ヘンリー・ウォットン卿。美を崇拝。ドリアンを享楽の世界に引込む。
〇シビル・ヴェイン。場末の劇場の女優。ドリアンの婚約者。自殺。
※女が再婚するのは先夫を嫌っていたからであり、男が再婚するのは先妻を愛していたからである。
※恋は自己を欺くことに始まり、相手を欺くことに終わる(ヘンリー卿)。
ヘロデは王である兄を殺して王位を奪い、兄の妻を自分の王妃とした。預言者ヨカナーン(ヨハネ)が「兄を殺して王位に就いたのは違法だ」とヘロデを糾弾。怒ったヘロデは預言者ヨカナーンを地下の井戸に閉じ込める。王女サロメ(ヘロデ兄の娘16歳)は、地下の井戸に閉じ込めらているヨカナーンに興味を持ち、兵士に命じてヨカナーンを地下の井戸から出させる。ヨカナーンに会い、恋に落ちたサロメは、ヨカナーンにキスを求めるが、ヨカナーンは拒否して井戸の中に帰ってしまう。サロメ「わたしのキスを断るなんて許せない」。城では宴会中。ヘロデ王がサロメに踊るように命じる。渋るサロメ。ヘロデ王「なんでも願いを叶えてやるから踊れ」。サロメは踊り終って言う「ヨカナーンの首をここに持ってきてください」。ヨカナーン処刑。サロメは銀の皿にのせられたヨカナーンの首にキスをする。「お前はもうわたしのもの」。オスカー・ワイルドWilde『サロメ』1893 ※ビアズリー挿絵、ファム・ファタール
人生は真剣に議論するには重要すぎる。オスカー・ワイルドWilde『ウィンダミア卿夫人の扇』1893
男は女の初恋の人になろうとする。女は男の最後のロマンスになろうとする▼義務はひとが他人から期待するものである。オスカー・ワイルドWilde『何でもない女』1894
愛情のまったくない結婚よりも悪い結婚は、愛情があっても片方だけの結婚である。オスカー・ワイルド『理想の夫』1895
楽観主義者はドーナツを見る。悲観主義者はドーナツの穴を見る▼噂されるより悪いことが一つだけある。噂すらされないことだ▼経験とは、自分の失敗に対して与える名前のことである▼人は自分が関心のない相手に対しては親切でいられる。オスカー・ワイルド
※オスカー・ワイルド(1854-1900)。ダブリン生まれ。写実&自然を批判。芸術が自然に追随してしまっている。むしろ自然が芸術を模倣するのだ。人間をリアルに描いても芸術にならない。仮面を与えることによって、真実が現れる。同性愛を理由に有罪となり収監される。梅毒により死去。非道徳的な書物は存在しない、書物は巧みに書かれているか、巧みに書かれていないかのどちらかしかない。
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言葉と物が乖離。フーゴ・フォン・ホーフマンスタール Hofmannsthal『チャンドス卿の手紙』1902
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※象徴主義。自然主義への反発。
※耽美主義(aestheticism)。退廃・厭世。 -
「忘却」とは死と近接した観念としてしばしば、とくにロマン派の詩人によく取り上げられるところだが、これに注目して『悪の華』の詩作を追っていくと「忘却の河」(レテ)にまつわる描写が多く飛び出し、さらに「陽気な死者」という詩編では「忘却の中に眠ろう」とある。
一貫した忘却へのこだわりと、その中での眠りを得る者が「陽気」であるというのは、ボオドレエルが紡ぐ死の甘美さをそのまま伝えてくれるだろう。 -
DIME 2012/10/02号
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グチャグチャとした重苦しい詩でした。
当時の時代背景などいれるとさらに読みやすいと思います。 -
いろんな方の訳した悪の華を手にとってきましたが、好みだった訳がどなたの手によるものなのか忘れてしまいました。
「行きずりの女に」(ある行きずりの女に?)という詩の
「まなかいひとつ あとは闇」
「行ってしまった 遠くの方へ ~
二度と会う日はまたあるまい」
こんな感じの訳をご存知の方、訳者の方のお名前を教えてください…。 -
ランボーよりボードレールなんだよなぁ。鈴木信太郎の訳も素晴らしい。名訳だと思う。
ここで追い求めている物とはフィッツジェラルドの「華麗なるギャッツビー」でギャッツビーが溺れていた物なのかな…。
三島由紀夫の『仮面の告白』と併せて読むと面白いかも。 -
こちらは岩波文庫版。
新潮のとは訳者が違うので、比べてみると面白い。 -
冒涜的、退廃的な詩の中に、洗練された美を感じます。世紀末の美術からインスピレーションを受けた詩や、有名な『魔王連祷』など。古風な文体、翻訳が19世紀末の雰囲気を感じさせるように思いました。
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私が購入した時は520円だったよ…時代の流れを感じるなぁ。シャルル・ボォドレールの傑作をいろんな人が訳しているが、私は鈴木信太郎氏の訳が一番好きだ。淡々と美しく、そしてデカダンス。
著者プロフィール
シャルル・ボードレールの作品
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