椿姫 (岩波文庫 赤540-1)

  • 岩波書店 (1971年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (330ページ) / ISBN・EAN: 9784003254011

感想・レビュー・書評

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  • La Dame aux camelias(1848年、仏)。
    古典に対する敬意を払いつつも、自分の感性に従って正直に告白すると、分量の割には内容が薄いという印象が否めなかった。第一に、前置きが長すぎる。導入部が60頁もある上に、作者個人の意見が前面に出すぎていて興ざめしてしまい、うまく物語に入り込むことができない。また、物語の書き手である〈私〉と語り手である青年アルマンとの書き分けができていない。キャラがかぶっているのである。書き手と語り手の立ち位置が同じで、似たような視点しか提供しないのなら、物語を入れ子構造にする意味がない。冗長なだけである。

    第二に、登場人物に深みがない。特に〈椿姫〉ことマルグリットに全く説得力がないのが致命的だ。「パリで屈指の高級娼婦」というからには、美貌だけでなく相応の才気と野心を備えていて欲しいところだが、そういう覇気を感じさせる描写はない。ヒロインの魅力が身上の物語なのに、その魅力がいまいち伝わってこないのだ。「情熱的でみだらな娼婦だが、処女のようなあどけなさと貴婦人のような気品を備えている」という設定にいたっては、同性としては苦笑を禁じえず、男の欲望を具現化しただけだろうと嫌味のひとつも言いたくなる。江戸時代の歌舞伎や浄瑠璃ならともかく、19世紀の近代小説としては人物造形が稚拙だと言わざるをえない。

    ただ、戯曲としては面白いかもしれない。類型的な人物造形や予測可能な展開は、小説としては欠点だが、大衆演劇としてはむしろ好都合だ。ヒロインの象徴である椿の花を視覚的に活かすことができるのもいい。あいにくヴェルディの歌劇は観たことがないが、「椿をあしらったドレスを身にまとう高級娼婦」という構図は、いかにも華やかで洒落ている。役どころとしては、さぞ演じがいがあることだろう。

    『椿姫』はデュマ・フィス(1824-95)の処女作である。小説も好評だったが、のちに戯曲に書き直して上演したところ大ヒット作となり、最終的に彼は戯曲作家として大成した。父のデュマと異なり、息子のデュマの方は小説家よりも脚本家やジャーナリストに近い資質を持っていたようだ。『椿姫』でも、主題のラブストーリーはロマンティックで観念的なのに、娼婦の暮らしぶりや金銭事情はやけにリアルに細かく書かれていて面白い。恋愛小説というより、むしろ風俗小説として興味深く読んだ。先だって本作の短所ばかり述べてしまったが、この小説を発表したとき作者は若干20歳だったことを考えれば、この構想力と観察力はやはり非凡というべきだろう。

    • 深川夏眠さん
      お邪魔しま~す。
      以前、日本版というか、
      美輪明宏演出・主演の『椿姫』を観ました。
      つまり美輪氏がマルグリットなのですが……(うぷぷ)...
      お邪魔しま~す。
      以前、日本版というか、
      美輪明宏演出・主演の『椿姫』を観ました。
      つまり美輪氏がマルグリットなのですが……(うぷぷ)
      確かに、舞台での表現となると、
      余白が裁断された形になるので、
      冗漫さを感じることもなく物語に浸れたのかな、と
      往時の印象を振り返った次第です。
      ただ、テーマが「無償の、至上の愛」というにしても、
      女性が一方的に自己犠牲を払わなければ完結しないのかと、
      一緒に観劇した友人たちが素直に感動している横で、
      ちょっとシラッとしてしまったのは事実でありました(笑)
      2014/04/01
    • 佐藤史緒さん
      いらっしゃいませ〜。
      そうなのです。デュマ・フィス自身はむしろフェミニストだったそうですが、
      物語だけ読むと「男に都合よすぎだろう」とツ...
      いらっしゃいませ〜。
      そうなのです。デュマ・フィス自身はむしろフェミニストだったそうですが、
      物語だけ読むと「男に都合よすぎだろう」とツッコミたくなってしまいます。
      しかし、美輪明宏の椿姫なら、理屈ぬきで納得できそうです。
      「女の道」をニューハーフが説く…深い。奥が深いです。
      2014/04/02
  • 佐藤真由美さんが「椿姫を読んで可哀想って泣くのが気持ちいい」「泣きたくなったら椿姫」というようなことを言っていた(たぶん)ので、手に取ったらハマりました。マルグリット~。読みやすいフォントと大きさに揃えられたらもっと読みやすそうです。

  • 肺病で余命幾ばくもない娼婦とヤンデレ青年の悲しい恋の物語。
    …ですが、ヤンデレがうっとうしくて読んでてイラッとした。私にはヤンデレ萌えはないようです(笑)。

    前半はヤンデレにイライラしすぎて読むのが苦痛だったりしましたが、後半、マルグリットの手記は壮絶で可哀想で一気に読めました。

    アルマンにもう少し甲斐性とエアーリーディングスキルがあったなら、と思わずにはいられません。

  • かきむしりそうになりながら読んでいたが、最後は救いがあり読後感は爽やかだった。
    「マノン・レスコー」が出てくるのが心憎い。おかげで何倍も増幅されてストーリーに厚みが出ている。罪深い女でも悔い改めれば云々はマグダラのマリアを思い起こす。
    構成も見事で現在と語られる過去、書簡と3部構成で複線を張るところなどサスペンスのようだ。
    「マノン・レスコー」「椿姫」「ナナ」プルーストのオデットというのがフランス文学の高級娼婦(ココット)の系譜らしい。マノン、ナナの残響を聴きつつ物狂おしく読了。

  • マルグリットとアルマンの切なく、悲しい物語。こんなに有名で今の時代にも語り継がれているのに、20歳のときに書いたなんてすごすぎるデュマ・フィス。お父さんのくだりなどストーリー展開は読めるとこもあるけど、アルマンの嫉妬、後半の手紙のやり取りの心理描写、ズンと心にくるものがあった。再読したい作品です

  • なんとも。

    高級娼婦に恋したえいいとこ(?)の坊ちゃんとその娼婦の話。
    森鴎外の舞姫とかと似た話ですね

  • 日本で「純愛もの」が流行った時期がありますが、大概が薄っぺらい作品でした。本作は本当の純愛ものです。シニカルな私が泣きました。

  • お互い愛し合っていることは事実であるのに、身分の違い、気持ちのすれ違いなどから、不条理を感じさせる悲恋物語です。今日の恋愛物語では味わえないような感情を楽しむことができます。

  • 恋人や家族や友人など、自分の知っている人に対する親切は容易にできるだろう。しかし全く面識のない他人に人は自分の宝物と言えるくらいの幸せを放棄できるだろうか。それを見事に成し得たのがマルグリッドだった。
    アルマンの父親から愛する娘の幸せの為に別れて欲しいという要望があっても、普通なら断固としてやっと見つけた幸せを失ってなるものかとしがみつくだろう。まして、マルグリッドの余命は残り少ないという。
    二人はやがて引き裂かれ夢のような日々は失われはしたが、二人の愛はアルマンの父親をも説得するほどの崇高なものになったと思う。
    この物語は時代は違えど現在にも十分に参考になる生き方の指針を表現していると思う。
    自分の我を貫くのは愚かなことであり、恋人と同じくらい隣人を愛せという教訓のように思えた。

  • 2017.1.27「本嫁の会」にて紹介。

  • 親父のデュマが書いた冒険復讐小説『モンテクリスト伯』も好きですが、恋愛小説だったら、この『椿姫』の右に出るのはないでしょう。娼婦に恋する青年の話。映画『ムランルージュ』の元になってます。

  • 19世紀中ごろのパリ。夜の世界(ドゥミ・モンド、裏社交界)に生き、月の25日間は白い椿を身に付け、残り5日の生理期間には赤い椿を身に付けたために人々から『椿姫』と呼ばれた高級娼婦マルグリット・ゴーティエは贅沢三昧の生活に心身共に疲れ果てていた。そこに現れたのが友人に紹介された青年、アルマン・デュヴァルだった。青年の正直な感情に最初は戸惑いを覚えていたマルグリットだったが、今まで感じ取ったこともない誠実な愛に気づき、二人は相思相愛の仲となった。マルグリットは享楽に溺れる生活を捨て、パリ近郊にあるアルマンの別荘で幸福の時を過ごすが、それは長くは続かなかった。息子のよからぬ噂を聞いて駆けつけたアルマンの父親がマルグリットに息子と別れるように告げた。それを聞いて彼女は驚いたが、それでも真実の愛に満たされた彼女はある決意をした。
    何も知らないアルマンはマルグリットに裏切られたと思い込む。アルマンの酷い仕打ちに毅然として耐え続けていたマルグリットだったが、ある夜、アルマンの家を訪れる。

  • 読みながら、人物の言葉があざやかに耳に届き、街の映像がはっきりと目に立ち現れるようであった。これはどういう作者の操作によるものなのか、研究してみたいと思う。訳を変えて再読したい気持ちに誘われる。

  • 古典文学として有名だが、なかなか手に取らなかった本。
    古典文学だとなかなか読み進められないことが多いが、本書はすらすらと読めてしまった。
    今ではありふれた内容だとは思うが、当時はこういったあらすじの物語はあまりなかったのか?
    子供向けの本にもなっているが、子供向けにはどんな内容になっているか今度確かめたい。

  • 読み物としては面白かったけど、どうしても共感できず…時代背景、立場が違いすぎるから仕方ないかもしれないけど…
    考えるより行動派みたいな単細胞が読むものではなかったかも笑

  • 飾らない心理描写に好感が持てる。
    切ない恋物語が読みたい人におすすめ。

  • オペラで知っていたので。
    気だるい昼ドラマのような恋愛ものかと思いきや、恋と愛の探究、体を売ることの罪と罰をどこまでも考えるものであった。
    「恋はひとりでできるが愛はひとりでは無理!」とazukiさんは言っていたが、愛する人がこの世にいなくとも愛することはできる。自分と他人の境界が融け、他人を自分と同じように愛することができる時、キリストの隣人愛が実現される。ほんとうの愛は、どこまでいっても自己愛。
    どこぞの作家は「愛は永遠を一瞬にする」なんて言っていたが、ほんとうの愛は永久不滅なのだ。
    肉欲だけの愛だけをよく知るマルグリットが、ほんとうの愛に気付き、それだけを求めていくようになっていく様子がとても新鮮。三歩進んでは二歩下がるどこかじれったくて、でもともに過ごすそんな時間がとても愛しくて。
    マルグリットは体を売りながらも、心までは売っていなかった。だが、体を売るということは、自分を売り、ほんとうの愛を汚すことに他ならない。彼女は決して、自分の生い立ちを恨んだり、社会のせいにしたりなどしなかった。自分の行いから絶望に落とされても、ほんとうの愛を知ってしまった彼女の気高き魂は、自殺して死ぬことさえも許さない。その罪と罰にうちひしがれながら、彼女は誇り高く死んでいった。
    作者はここまでマルグリットを苦しませなければ、体を売ることの罪・罰を伝えることはできなかったのだと思う。そして、彼女の死を通して、気高き魂と真実の愛を知る。
    他の人物たちもそれぞれに独特の色や表情があって、ことばがいきいきしている。特にアルマンのお父さんの優しさは、登場回数や台詞も少ないのに、この物語を大きく動かすだけのとてつもない力がある。
    演劇やオペラではマルグリットの持つ二面性をどう役者は演じるのだろう。

  • 胸が締め付けられるような気持ちになった。親から結婚の反対を受けている今、すごく彼女の気持ちが分かる気がした。

  • マルグリットが神すぎる。アルマンがガキすぎる。

  • たしか、高校生のときに読んで、ぼろ泣きしたのを覚えています。
    若さゆえ、つい取ってしまう「本当の思いとは真逆の行動」。
    それをまさに自分がやっていたから、かなり主人公とヒロインに感情移入していました。
    いま読んだら、また違った見方もできるのかもしれないな。
    もう一度読みたい。

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