シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)

制作 : Andre Breton  巖谷 國士 
  • 岩波書店 (1992年6月16日発売)
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  • レビュー :46
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003259016

作品紹介・あらすじ

「シュルレアリスム宣言」こそは20世紀の芸術・思想の出発点である。夢、想像力、狂気を擁護して、現実の奥深くに隠されたを暴きだし、真の生、真の自由に至る革命の必要を高らかに謳いあげる。本書はその原書初版の構成に基づいて、自動記述による物語集「溶ける魚」を併収し、綿密な訳注を付した新訳決定版。

シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 詩人・文学者であったアンドレ・ブルトンが、
    新しい芸術運動を展開しようと、1924年に起草したのが「シュルレアリスム宣言」。
    地に足の着いた状態で、
    諸々の枷から解き放たれた瞬間に受ける天啓を作品化しようというのが
    基本的な姿勢かと。
    現実世界を超えたところにあるものに触れたい、けれども、
    ドラッグなんか使って酩酊しようという気は更々なくて、
    じゃあどうするのかというと、睡眠中に見た夢の記録を重要視したり、
    自動筆記を実践したりしたワケですね。
    ラリッちゃいないけど心が自由な状態にある中で「降りてきたもの」を
    キャッチして再構成しようという表現様式。
    「溶ける魚」が、この手法で書かれた散文集で、
    「シュルレアリスム宣言」は元々、序文に相当していたとか。
    「溶ける魚」は奇怪で不条理な掌編集として楽しめるので、
    小難しいことを考えず、イメージの奔流に身を任すが吉。

  • -

  • 2008年12月4日~5日。
     うーん……「ナジャ」がかなり面白かったから、期待したのだが、ちょっと肩すかし。
     シュルレアリスムってのがどういうものか、自動記述がどういうものか、判ったような判らないような。
    「溶ける魚」も面白い章と「?」な章の差が激しかったような。
     背伸びして「理解したぜ!」とはお世辞にも言えない。
     やはり僕の頭が悪いんだろうなぁ……。

  • 再読。「溶ける魚」は意味が解らなくても単純に面白いし、イマジネーションを刺激される。私にとってシュルレアリスムは、それで十分。

    その背後にある思考の過程とか手法とか理論とかはどうでもよくて、出てきた作品が、絵でも文章でも、面白い、好き、と思えるものならそれでOKだと思っているので、逆に「シュルレアリスム宣言」を読むと、いちいち面倒くさいやっちゃ、と思ってしまう(苦笑)でも最後の一文は好き。

  • 溶ける魚は「うお」と読みたい。
    難解すぎて、読み切れない。

  • マグリット展に行く前に読むべきだった

  • 学生時代の友人が、「そもそもシュールの定義って何なの?」という問いを発したことがあった。当時私はそれに答えられなかったと思うが、答えの方向だけは知っていた。それは、この本を読むことである! この本を読まずしてシュールの何たるかについて語れるはずがない、と思いつつ10年以上積読していたのだが、ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』を読んだ弾みで、ついに紐解くことになった。

    前半部の「シュルレアリスム宣言」は一応、その運動のマニフェスト的な位置付けの文章である。が、なかなか一筋縄では行かない。「超現実的」と訳されるシュルレアリスムを、他らなぬ詩人が説くのだから、一読明快な文章だったらそれこそ驚きだろう。実際、半分も理解できたか自信がないのだが、分かった範囲でまとめてみる。

    まずはシュルレアリスムの定義(さっそく冒頭の問いへの答え)。「心の純粋な自動現象(オートマティスム)であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書き取り。」(p.46)

    具体的にどうするかというと、「あらかじめ主題など考えずに、記憶にとどめたり読みかえしたくなったりできないほどすばやく書きたまえ。最初の文句はひとりでにやってくるだろう。事実そのとおりで、私たちの意識的思考とは無縁な、ひたすら表にあらわれることだけをもとめる文句が、刻々と生まれてくる。あとにつづく文句の件について、態度をきめることはかなりむずかしい。」(p.53)

    自分のなかの検閲者というか編集者に仕事をさせないで、とにかく考えるより先に書き綴れということだろう。「弾みを失うことだけが、私にとって致命的になりうる」(p.60)というわけだ。普通の意味で自分が考えいることを書くのではなく、考える以前の状態にあることを書く、とでも言おうか。これはフロイトの影響が大きい。つまり、意識ではなく無意識を書くわけである。それによってもたらせるのは、「この言語が私を教育しているとすらいっていいほどで、事実、自分では意味を忘れていた言葉をシュルレアリスム的に用いるといったことも私にはおこっている」(p.61)ということである。

    しかし、まったく神がかった状態で奇天烈な文を書けばいいというわけではないようだ。「必要とあれば私たちの理性の監督下においてやることがなによりの得策である。」(p.20) このあたりの一貫性が私にはよく分からないが、訳注によると、「シュルレアリスムは非理性主義あるいは非合理主義ではない。むしろ偏狭な「絶対的合理主義」にうちかとうとする「運動」なのだ」(p.218)そうだ。したがって、やみくもに書いたテキストをそのまま提出するのではなく、編集したり推敲したりもするのである。(余談だが、こうした事情をバタイユが批判していたように思う)

    このような手法で、ブルトンは何を目指しているのか。あまり分かりやすくないが、本人はこう書いている。「私は、夢と現実という、外見はいかにもあいいれない二つの状態が、一種の絶対的現実、いってよければ一種の超現実のなかへと、いつか将来、解消されてゆくことを信じている。それの征服こそは私のめざすところだ」(p.26)

    これより分かりやすいのは、終わり近くにある次の言葉。「シュルレアリスムが弁護することのできるものといえば、私たちがこの世でなんとか行きつこうとしている完全な放心の状態だけだろう。」(p.83) これは大乗仏教や禅の語りを思い起こさせる。普通の意味の論理的思考では理解できない問いで、文字通り論理を飛躍して悟りに至らしめる手法である(甚深:じんじん)。論理を越えたところにあるものに到達しようという試みとして似通う行為と考えていいのだろうか。


    そして後半部の「溶ける魚」が、シュルレアリスムの自動記述の実践結果である。これは「宣言」とは別種の分かりにくさである。それぞれの一文を取り上げてみれば、一応意味は取れるのだが、主語になる文節と述語になる文節が(ふつうの意味で)対応していないので、わけが分からないのだ。

    「学校のチョークのなかには一台のミシンがある。小さな子どもたちは銀紙の捲毛をゆすっている。空は風によって刻々とぶきみに消されてゆく黒板だ。」(p.132)と、こんな具合だ。こうした文章が100ページちょっと続くのだから、なかなか骨の折れる本である。

    まぐれあたりと言っていいか分からないが、ときどきハッとする詩的に美しい表現や、何だか可笑しい言い回しにぶつかるが、率から言ったら1%あるかないかという感じで、基本的にはずっとわけが分からない。

    分からないから、優劣の判断もつかない。「宣言」で「イメージの価値は得られた閃光の美しさにかかっており」(p.66)とあるが、その美しさを見極めることが至難なのだからほとんど助けにならない。

    ただ、自分が実践してみれば、この自動記述には意味がありそうに思える。自分の使う言葉や言い回しは固定化してしまいがちだから、それを無理やり広げる効果はありそうだ。つまり、自分の言葉とフレーズの材料を生み出す行為。それがイメージとビジョンを拡張させることにもつながるだろう。

    しかし、それらをつなげて「作品」にするのはまた別の話。自分の自動記述がよいのか悪いのか、美しいのか醜いのか、価値があるのか無価値なのか、その辺りのことはさっぱり分からない。そういう意味で、「溶ける魚」は「宣言」以上に読めない文章であった。

    それでも、これこそ本家本元のシュルレアリスムだ、というのを知れたのだから、当初の目的は達したと言えるのかもしれない。

  • 何か理解しようとして読むものではないと思う。絵画や彫刻などで、よくわからない作品があるけれど、この本は、文学でのそういうものなんだろう。嫌いではないけれど、一気読みは少し辛かった。

  • シュルレアリスム宣言は読まない。
    何年かぶりに読んだが、溶ける魚の詩的表現は意味不明だが面白い。

  • シュルレアリスムの原点。20世紀美術の大きな潮流であるシュルレアリスム運動はすべてここから始まる。本書のタイトルになっている「シュルレアリスム宣言」はもともと、同じく本書に納められている「溶ける魚」の序文としてかかれたものである。「溶ける魚」が出来上がりつつある中、序文を書こうと思い立ち書き上げたのがこの「宣言」だ。この「序文」が「宣言」になぜ変わって行ったのか、その過程は本書の解説をご覧いただきたい。

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